第三話
「出ろ」
大柄な看守のぶっきらぼうな物言いを気にすることなく、ゼファーは五年ぶりに監獄の外から出て大きく息を吸った。五年ぶりの外の空気は牢獄のカビ臭さなどがなく、とてもおいしかった。
「出獄祝いだ。持って行け」
そう言って強引に押し付けられたのは見慣れた物だった。
「こんな物を残してたんですね」
それは一振りの黒刀だった。手に持つと、嫌でも五年前のことを思い出す。
ゼファーは愛刀を腰に差すと、看守に会釈して歩き出した。
王都の街並みは五年前と同じように賑やかだった。監獄の中では聞いたこともない人々の笑い声を耳にして、ゼファーは改めて晴れて自由の身になったことを実感した。
「まあ、別に何かしたわけでもないんだけどな」
万が一知り合いにでも会ったら大変なことになりそうだったので、ゼファーは寄り道することなく王都の門の外に出た。
そこには魔物の影すらなく、広い草原があるだけだった。ここで何が起きたのかなど王都に住む人々はもう覚えていないのかもしれない。
それなら、ゼファーも覚えておく必要はない。
数分門の前に立っていると、一台の馬車がやってきた。愛想のいい中年の御者がこちらに気付くとぺこりと頭を下げた。
「申し訳ございません。少し遅れてしまいました」
「構いませんよ」
ゼファーはこの御者のように愛想よく出来ないので、なるべく丁寧な口調で言った。
恐らくこの御者はわざと遅れたのだろう。ゼファーは今日出獄したばかりだ。少し王都の街並みを楽しむ時間をくれたのだろう。もし、先に着いてしまったらゼファーが御者に気を遣うと思ったのかもしれない。
だが、生憎ゼファーは王都の人々を見ても大して楽しくもなかった。元より余り感傷的な性格でもないのだ。
馬車は豪華な作りになっていて、中も広そうだった。
「厄介払いすることに多少胸が痛んだのか?」
それはない。と心の中で否定する。彼等がそんな心臓を持っている筈がない。
「お客さん、大丈夫ですよ。あの『聖戦』以降めっきり魔物が出ることがなくなりましたから。護衛を着けなくても安心です」
ゼファーの様子に何を勘違いしたのか御者がそんな事を言ってくる。その中に、気になる言葉があった。
「聖戦?」
ゼファーの疑問に御者がにこやかに答える。
「お客さんが知らないのも無理ありませんね。ちょうど五年前の事ですから。聖戦は今から五年前に各地から集った精鋭部隊と『無敗の五将』のうち『神風』を除いた四人が魔物達の根城を壊滅させた戦いのことです。確か今日はその記念日ですから盛大なお祭りが催されるそうですよ」
「そうなんですか。すみません、そんなめでたい日に仕事をさせてしまって」
ゼファーの言葉に慌てて御者が手を振る。
「いえいえ、構いませんよ。祭りは毎年ありますし、お客さんはお急ぎなんでしょう」
「そう、ですね」
別に急いでいないが、せっかくの祭りに水を差すつもりもない。
ゼファーはちらりと王都に目を向けた後、馬車に乗り込んだ。
「行き先は東にあるアルムでよろしかったでしょうか?」
「はい、確かそうだったと思います」
扉を閉めにきた御者にそう返すと、御者は少し眉をひそめた。
「あの辺りにはまだ偶に魔物が出ると聞きます。お客さんも気をつけて下さいね」
「気をつけるもなにも、その魔物たら村を守るめに行くんですよ」
ゼファーが言うと、御者は目を見開いた。
「え、そうなんですか?今日出てきたばかりなのに、それはちょっと酷くないですかね?」
「上からの命令ですから、仕方ありませんよ。それに」
ゼファーは黒刀を持ち上げそれをぼんやりと眺めながら、呑気な口調で言った。
「僕は化け物『専用』の存在ですから」