第十六話
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日が傾き、村全体が茜色に染まる頃ネネは今日の夕食をテーブルに並べながらある決心をしていた。
「もう、十日ですもんね」
そう、ゼファーとある意味衝撃的な出会いをしてから十日が過ぎた。ゼファーは相変わらず朝狩りに出かけては夕暮れ時に帰ってきて、風呂に入りネネと共に夕食を食べて、一緒のベッドで寝る毎日を送っている。
そんな単調な毎日だが、奴隷であるネネからすれば有り得ないことだった。
先ず、主人が奴隷と一緒に食事をすることが有り得ない。普通奴隷は主人が食べている間は後ろに控え、後で自分の食事を作るか、主人の食べ残しを貰うかして腹を満たす。中には倒れる寸前まで水しか飲ませて貰えない奴隷だっているのだ。しかし、ゼファーは「お前が作った料理だろう」と言って至極当然のようにネネと夕飯を共にする。お陰で、前より体調が良くなり、そろそろ運動しなければと思うほど肉も付いた。
次に、ネネは毎日風呂に入らせて貰っている。普通主人が奴隷の衛生面を気にするのは奴隷を抱こうとしている時くらいだ。しかし、ゼファーはネネと同じベッドで寝ているにも関わらず、ネネの体に決して触れようとしない。
そして、これが最も有り得ないことなのだが、ゼファーはネネにお金の管理をさせている。もし、ネネがお金を持ち逃げしたらどうするのだろうか。
「何か恩返しをしなければいけませんね」
しかし、奴隷であるネネがゼファーに捧げられるものなど殆どない。
「やはり、体しかありません」
ネネは頭から湯気が出そうなくらい顔を赤くしてそう呟いた。
「大丈夫です。旦那様はそんなに酷いことはしない筈ですから」
もうすぐゼファーが帰ってくる時間だ。ネネは自分にそう言い聞かせると、夕飯の準備を急いだ。
☆☆☆
ゼファーが家に帰ると、いつも通りネネが出迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
最初は出迎えられる事に慣れなかったゼファーだが、ネネは十日間欠かさず出迎えに来たためそれだけ続けば流石に慣れた。
「ああ、これは今日の分の金だ」
この十日間で、ネネはだいぶ血色が良くなった。毎日風呂に入っているからか、ブラウン色の髪もさらさらと柔らかそうになっており、鎖骨辺りで緩く巻かれている。
「ありがとうございます。大切に使わさせて頂きます」
これもいつものやり取りなのだが、ゼファーはあることに気付いた。ネネが異常に血色が良すぎるのだ。もっと言えば、いつもより顔が赤い。表情もいつもより固く、あまり目を合わせようとしない。朝家を出る前はそんなことなかった気がするが。
「お前、昼間に何かあったのか?」
「ふえっ!?そ、そんな事ありませんよ?」
そう言ってネネはふいっと顔を背ける。
明らかにいつもとは様子が違う。ゼファーは一つ思い付いたことを聞いてみた。
「また、村の人達から俺の悪口を聞いたか?」
あの自己紹介兼説明会以降、村人達はゼファーに対してあからさまな嫌悪感を示すようになった。そうするだけの背景があることを知ったので、ゼファーは何とも思わなかったが、ネネはひどく気にしていた。
ゼファーの問いにネネは首を振った。
「いえ、村の皆さんも旦那様が誠実な方だと分かってきて下さったようで、今日は全く聞きませんでした」
だからといって、ネネがいないところでもそうかと聞かれれば、そうではないだろう。たった十日間で収まるとは思えない。もう一つ言えば、ゼファーは誠実ではない。ただ、魔物を狩る事しか考えてないだけだ。
「じゃあ、何もなかったんだな?」
「は、はい!私は寸分違わずいつも通りです!」
その口振りがすでにいつも通りではない。しかし、本人が言いたがらないのなら、そこを問いつめても仕方ない。
「そうか」
ゼファーはそう短く返すと、風呂場に向かった。
その後、夕食の時間もその片付けをしている時もネネは口を真一文字に結んで黙っていた。唯一口を開いて言ってきたのは「今日はお疲れですか?」という質問だった。よく意味が分からなかったがゼファーが「特別に疲れてはいない」と答えると、ネネは緊張した面持ちになって益々黙り込んでしまった。
そして、夜が深まりベッドに入る時になってネネは漸く声を掛けてきた。
「あの、旦那様」
「何だ?」
ベッドから上体を起こした体勢振り返ると、ネネはベッドの横の床に正座をしてこちらを見上げていた。
朱に染まった白く柔らかそうな頬が月明かりに照らされていて、何とも言えない色気を醸し出している。
「お、恩返しを……させて下さい」
そう言ってネネは頭を下げる。寝苦しくない服にしているのだろう、ゆったりとした服の襟が重力で垂れ下がり、そこから二つの果実がこぼれ落ちそうになる。
「お、恩返し?」
慌ててそれから目を逸らしながら問い返すと、ネネはゆっくりと顔を上げた。その少し潤んだ目は何かの決意を秘めているように見えた。
「はい、旦那様は私が奴隷であるにも関わらず、とても良くしてくれています。それに比べて、私は旦那様に何もできていません」
「そんな事はないだろ。お前は掃除、洗濯、料理、買い物全部してくれている。俺はただ魔物を狩っているだけだ」
ゼファーの言葉にネネは一歩こちらに近付いた。ゼファーは知っていた。この穏やかな少女は何かを訴えようとする時、その相手に詰め寄るのだ。
「ただ、なんて言い方しないで下さい。旦那様は村の人達の心ない言葉にも負けずに頑張っています」
「それは仕事だからだ」
「仕事でも、そんな人達を守るために命の危険がある狩りに毎日行くなんて……普通じゃありません」
「つまりお前は、俺が変わり者だと言いたいのか?まあ、強ち間違ってはないが」
ネネは一瞬ぽかんとした後、ぶんぶんと頭が取れるんじゃないかと思うほど勢い良く首を振った。
「そ、そうではありません!そんな事ができる旦那様が凄いと、立派だと、素敵だと言ってるのです!」
そう言ってネネはベッドに細くとも柔らかそうな足を乗せて睫毛が数えられそうなほど顔を近づけてきた。
「お褒めいただき光栄だが、少し近い」
「す、すみません。きゃっ」
ネネは慌てて離れようとしたが、足が滑ったのかゼファーの胸に倒れ込んできた。ネネの華奢で柔らかい体と甘い香りを意図せず感じたことで、ゼファーは体を強ばらせた。
「お、おい。どうした?」
「すみません。目を回してしまいました」
先程頭を振りすぎたのだろう。いつもなら溜息を吐いているところだが、今の状況でゼファーにそんな余裕はなかった。意図したことではないが、今ネネはゼファーの腕の中にすっぽりと収まっている形になっており、それはゼファーにとって初めての経験だった。
ネネから離れることもできずに、せいぜい「人間の体とはこんなに熱かっただろうか」と半ば現実逃避気味にそんな事を考えるのが関の山だ。
しかし、ネネは今自分がどんな体勢でいるのか忘れているのか、放心状態であるゼファーを見て好機と思ったのか、ゼファーの胸にある顔を上げて目を向けてきた。
「私は、そんな旦那様にどうしても恩返ししたいのです」
「その恩返しとは、具体的に何をするんだ?」
トクトクと脈を打つ音が聞こえる。果たして、それはどちらの体から発せられている音なのだろうか。
「この体を捧げます。私は生娘ですから、病気の心配もありません」
「な、何を言っている!?」
「やっぱり、私の体では満足して頂けませんか?」
そんな事はない。もし、ゼファー以外の男に同じ事を言えば殆どの者が喜んで頷くだろう。だが、ゼファーは頷かない。
「そういう問題じゃない。ネネ、自分の体は大事にするべきだ」
ゼファーは自分の体を差し出すと言ってからネネが微かに震えているのを知っていた。無理もない。好きでもない相手に抱かれるのだから、怖くて当たり前だろう。女性でないゼファーでもそれくらいは分かる。
ゼファーが言い聞かせるように言うと、ネネは縋るような目を向けてきた。
「ですが、私には旦那様に捧げられるものが体くらいしかありません」
「だから、お前は俺の身の回りの世話を全てしてくれている。それだけで十分だ」
そう言って、柄でもないため余りしたくないがゼファーは安心させるようにネネの背中をトントンと片手で軽く叩いた。指に触れたネネの髪は絹のように柔らかかった。
「もし、どうしても何かしたいと思ってくれてるなら、最近第Ⅰ種の魔物を殆ど狩って少し余裕ができたんだ。昼食を作ってくれないか?」
ネネは驚いたように顔を上げた。
「そんな事でいいんですか?」
「ああ」
「それ以上何もしなくても?」
「そうだ」
まだ信じられないのか、ネネはゼファーの服をきゅっと握って少し潤んだはしばみ色の目を向けてきた。
「本当、ですか?」
「本当だ。さっきからそう言ってるだろ」
ため息混じりにそう言うと、ネネは泣き笑いのような表情になった。
「ありがとう、ございます」
その日の夜以降、ネネは嬉しそうに微笑みながらゼファーにぴったりとくっ付いて眠るようになった。