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第十二話

日が傾き、村が暁に染まる頃ゼファーが家に戻るとネネがふんわりとしたブラウンの髪を揺らしてやってきた。ゼファーの顔を見ると、垂れ目気味の大きな目を細めて微笑む。


「おかえりなさいませ。旦那様」


家に帰ったとき、こうして誰かが出迎えてくれことはゼファーにとって新鮮なことだった。


「ああ」


そんな事は言わずに素っ気なく返すがネネの微笑みは崩れなかった。


「お風呂の用意はできてますので、お入りになって下さい。もう少しで夕食ができるので」


「すまんな。先に入らせてもらう」


夕食の準備が少し遅いことが気になったが、それについては言及せずにゼファーは玄関に入ってすぐ左にある風呂に向かった。

しかし、そこで言い忘れていたことに気付いて足を止める。


「昨日も言ったが、背中を流しに来なくていいからな」


「あっ、はい!分かりましたぁ」


ゼファーの言葉にネネは顔を赤くしてそう言うと、そそくさと奥へと歩いていった。



風呂から出ると、すでに夕食は出来上がっており足の長いテーブルには所狭しと料理が置かれていて湯気が出ていた。


「ほう」


そのどれもが凝った作りをしているのが分かり、思わず感嘆の声が漏れる。そんなゼファーに横からネネが声を掛けてきた。


「あの、どうでしょうか?」


「ああ、美味そうだな」


ゼファーが素直に答えるが、ネネは困り顔になる。


「それは本当に嬉しいです。ですが……その」


ネネが何かを言おうとしているのは分かるが、それが何かわからない。


「何が言いたいんだ?もっと具体的にどこが美味しそうか言った方がいいか?」


「ち、違います!そうではなくて……」


意味が分からないゼファーをよそに、ネネはもじもじとし始める。そこで、ゼファーはあることに気付いた。


「お前、その服……」


ネネは昨日とは異なり、あのボロボロの服を着ていなかった。今は、薄い青色のワンピースを着ている。タイトな作りになっているようで、ネネの体のラインが強調されていて女性に免疫がないゼファーは余りじっくりと見れそうにはなかった。


ネネはそんなゼファーに嬉しそうに微笑みかけてきた。


「はい!実は新しい服を買ったんです。ど、どうでしょうか?」


「まあ、似合ってるんじゃないか?そういうのはよく分からんが」


先程の質問はこの事についてだったのだろう。ゼファーが答えると、ネネはほっと安心した顔になった。


「良かったです。私がみすぼらしい格好をしていると、旦那様まで悪く思われますから」


確かに、ネネはゼファーの奴隷なのでネネがぼろい衣服を着ていると、ゼファーがネネをぞんざいに扱っていると噂が流れるかもしれない。ゼファーはそんな事気にしないが、ネネは気にするのだろう。


そんな事を考えていると、一つ気になった事があった。


「そう言えば、今までお前はどうやって買い物をしてたんだ?俺はお前に金をやった覚えはないんだが」


「今までは、この村に来たときにトキ様から頂いたお金を使っていました」


「それ、今どれくらい残ってる?」


ゼファーの問いに、ネネは申し訳なさそうに肩をすぼめる。


「もう余り残ってません。すみません」


こんなに料理を作ればそれ相応の食費がかかるだろう。それはゼファーの為に作ってくれたものなので、服を買ったことについてもそうだ。別に咎めることでもない。


「お前が謝る必要はない。俺も気がつかなかったしな」


ゼファーはそう言いながら懐から布袋を取り出し、ネネに手渡す。ネネは両手でそれを受け取りながらも、不思議そうに首を傾げた。


「これは?」


「金だ。今日狩った魔物の素材を売ったら、それくらいなった」


「えっと……」


未だによく分かっていない様子のネネにゼファーはさらに続ける。


「お前にその管理をして欲しい。俺はそういうのに不慣れでな」


ゼファーの言葉にネネは目を見開いて両手に持つ布袋に目を向けた。


「私がですか!?そんな事できません!」


「どうしてだ?」


「どうしてって……、私は奴隷です。旦那様は、私がこのお金を持って逃げるとは思わないんですか?」


「逃げるのか?」


「旦那様はお優しい方です。逃げようなんて思いません」


「なら、任せても大丈夫だろう?」


あっけらかんと言うゼファーにネネは少しの間俯いた後、勢い良く顔を上げた。顔が近付き、ゼファーは一歩後退した。


「分かりました!この役割、責任を持って果たさせて頂きます!」


「そんなに力まなくてもいいが、頼んだぞ」


「はい!あっ、冷めないうちに夕食を召し上がって下さい」


「ああ、そうだな」


食卓についてスプーンを手に取り、料理を口に運ぶ。

薄味で、ネネらしい優しい味がした。


「美味い」


ゼファーがぽつりと呟くと、ネネはにっこりと嬉しそうに笑った。


「朝食は余り手の込んだものを作れなかったので、お口に合って良かったです」


「そうか、朝食の時も言ったがお前も一緒に食べていいからな」


「はい、大変恐縮ですがご一緒させて頂きます」


ネネも向かいに座り、暫く二人とも無言でスプーンを動かしていたが、その沈黙をネネの綺麗な声が打ち破った。


「あの、旦那様は今日のお昼ご飯どうされましたか?」


「昼飯は食ってない」


「お腹、空きませんか?」


「そこまで気にならない。悪いが、昼飯を食べている暇はない。気を抜けば、直ぐにあの世行きだからな」


「そうですか。余りご無理はなさらないで下さいね」


心配そうな顔をして見つめてくるネネを見て、ゼファーは最初何を言われたのか分からなかった。しかし、ネネの眼差しを感じて自分がこのか弱そうな少女から身を案じられているのだと分かる。


「分かっている。死なないようにはしているつもりだ」


どう返していいか分からず、素っ気ない物言いになってしまったが、それでもネネは穏やかに微笑んだ。


「はい、そうしてくれると嬉しいです」




その日の夜、ベッドで横になっていると、ゼファーの隣りで眠るネネがぶるっと震えて身をよじった。


「あの、まだ起きていらっしゃいますか?」


暗闇で視界が悪いため、ネネの声が妙に近くに感じて、ゼファーは体が強ばるのを感じた。


「起きているが、どうした?」


「もう少しだけ、近くに行ってもいいでしょうか?少し寒くて」


「別に構わんが」


この家は所々小さな穴が開いていて、今夜は風があるので確かに冷える。

ゼファーが了承すると、ネネは目の高さまで布団を被った状態でゴソゴソとすり寄ってきた。ネネの柔らかい腕が肘に触れ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

ネネはゼファーに身を寄せて布団を掛け直すと、ほっと息を吐いた。


「あったかいです。ありがとうございます」


「そうか、眠れそうか?」


ゼファーが問うと、ネネは布団から顔を出してにっこりと微笑んだ。


「はい、よく眠れそうです」


その笑顔を見て、ゼファーは体の中にネネの温かい体温が入り込んでくるのを感じた。


しかし、ゼファーの凍り付いた心が解けることはない。


「そうか」


そう言うと、ゼファーはゆっくりと目を閉じた。視界が黒く染まる。

明けない夜はない。次に目を開けるときには、きっと視界は明るくなっているだろう。





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