第一話
ファンタジーは初めてなので、感想などでアドバイスを貰えると助かります。
加えて「無関係ボーイは関係あります。」も執筆してありますのでこちらとは違い学園ものですが、よろしくお願いします。
一人の四十代に程に見える男が大きな門の上に立っていた。
ここは王都、地方の人々からは中央と呼ばれている。
男の眼下には大陸一の大都市と呼ばれるのに恥じない風景が広がっていた。区画整理された大きな通りに多くの人々、そんな王都に住む民衆を守るのがこの男の指名である。
というのも、ここ十年ほど前から人間を襲う化け物達、「魔物」が盛んに人里に来てはその町を蹂躙していたのだ。魔物の存在は前々から知られていたが、ここまで表立ってきたのは初めての事だった。
そして、遂に人類はこの戦いに終止符を打つべく、各地から歴戦の猛者を集め魔物達の根城と言われている南へ遠征に向かい、大規模な討伐を行うのだ。
この知らせにここ王都の人達も湧きに湧き、もうから討伐成功の祝いの席について話し合っている者もいるくらいだった。
かく言うこの男もそんな気の早い者達のうちの一人だった。
「なんと言っても、あの『無敗の五将』のうち四人も参加しているからな」
男が興奮に顔を少し紅潮させて呟く。
『無敗の五将』とは名の通り、魔物達に対して一度の敗北もしていない伝説の五人のことである。一人で何百もの魔物を葬り、その者達が率いる部隊は国をも滅ぼすだろうと言われている。人間より遥かに強い魔物達に対してこの戦果なのだからまさに最強の五人である。
各地で魔物との戦が起きていたため、今まではその者達が集って戦に出ることはなかったが、今回の作戦では五人のうち四人も同じ戦場に集まるらしい。それだけでも、長きにわたる戦を終わらせるという強い意志が感じられる。
「それに比べて俺ときたら、ただのお留守番かよ」
しかし、男はその討伐作戦にお呼びが掛からなかった。これでも幾つもの死線をくぐり抜け、それなりには強いつもりだ。なのに、選ばれなかった。一応この王都を守る部隊の副隊長ではあるが、できるなら今からでも南へ向かった部隊に参加したい気持ちもあった。
「そう落ち込むことありませんよ。副隊長殿」
そんな事を考えていると、男の横から落ち着いた声が掛かった。
声のした方に目を向けると、すぐ隣に一人の少年が立っていた。黒髪の少し長めの前髪に背は余り高くない。年は十五に届かないくらいだろうか。
男と同じ王都のマークが入った青色の鎧を身に付けていなければ、早々にここからつまみ出してもおかしくない、戦場には余りにも不釣り合いな少年だった。特徴といえば、覇気の無さそうな目くらいだ。
「お前、どこからここに上ってきた?今は隊長を待っているところだ。早く下に戻れ。隊長が来れば指示を出す」
これでも男は戦場を知る者だ。しかし、この少年が接近してくる気配を感じることはできなかった。少し警戒しながら言うと、少年は男の様子を気にすることなくゆっくりと門の外に目を向けた。
「じゃあ、それまでに一つ小話でもしませんか?」
「お前、俺の言った事が聞こえ」
「副隊長殿は、もし件の討伐隊が魔物の巣窟を壊滅させたら、人間たちはどうなると思いますか?」
男の声を遮り、少年は抑揚のない口調で質問してきた。
別にこんな事に付き合わずに少年をここから蹴落としても良かったが、男は答えることにした。何故なら、余りにも簡単な問いだったからだ。
「そんなもの、決まってるだろうが。人々が魔物に怯えることがなくなり、今よりも遥かに栄えていくだろう」
男の答えに少年は苦笑した。
「副隊長殿は、誠実なんですね」
「どういう意味だ?」
男の問いに少年が酷く無感情な声で答える。目は、相変わらず王都の外に向けられたままだ。
「魔物という共通の敵がいなくなった時、次に人間が目を向けるのは今まで外にいた魔物達ではなく内側、つまり人間です。このままいけば、近い将来人間達は殺し合う事になる。お誂え向きに『無敗の五将』なんて奴らもいますしね」
「何を言っている?そんな事ある訳がないだろう」
男は反論したが、少年の言うような事になる可能性をどこか心の中で否定できないでいた。今人間達は魔物に対抗するために国同士で競い合うように武力を増強している。もし、魔物達がいなくなった時そのエネルギーが隣の国に向かう事があるかもしれない。
少年の独白は尚も続く。
「もしそうなった時、あなた達は大切なものを守るために戦わなくてはならないでしょう。今は魔物達を倒すための力がないのかもしれませんが、必ずその剣を抜く時が来ます。だから、その剣の使い道はよく考えなければいけません」
少年がそこまで言い終えると、突然王都の外から地響きが聞こえてきた。それは、戦場を知る者なら誰しも聞いたことがある音だった。
その地獄から何かが這い出てくるような音は、魔物の大群が押し寄せくる音だった。
「まさか、そんなはずは!?」
慌てて双眼鏡を取り出しその音の発生源に目を向けると、牛や鳥などの動物を形どった、しかし動物でもないおびただしい数の魔物達がこちらに向かってくるのが見えた。
「こんな大群見たことがない!三千は下らないぞ!」
今までで最大規模の戦でも魔物達の数は二千体だったと聞いている。それを遙かに越える数の魔物達が迫っている。
男の動揺した様子を見たからか、門の下にいる男と同じ任務に当たる者達もざわつき始める。中には逃げ出す者もいた。
それも仕方のない事なのかもしれない。男も副隊長という肩書きがなければ、もしかしたら逃げ出していたかもしれない。
今、この門の下に集まっている者の数は魔物達の十分の一程でしかない。それも、討伐隊に選ばれなかった者達だ。とてもではないが、無事に王都を守りきることはできそうにない。間違いなく部隊は全滅し、王都は壊滅するだろう。
「しかし、どうしてこんな大群が王都に?今は討伐隊が南であいつ等を根絶やしにしている最中ではないのか!?」
こんな大群、魔物達の根城から向かってきたとしか思えない。しかし、討伐作戦が順調に進んでいるなら今頃討伐隊は魔物達の根城に到着しているはずだ。
「まさか、討伐隊がやられたのか?」
もしそうなら、もう人間は終わりだ。この先何十年も魔物に蹂躙され続けるだろう。
「簡単なことですよ。外に目を向けながら、内側も見ることができる奴が居たというだけです」
「おい、それは一体どういう」
男はそこで言葉を詰まらせた。何故なら、先程まで隣にいた少年の姿、雰囲気までがまるで変わってしまっていたからだ。
そして、その姿は誰もが知るものだった。
「あなたは……『神風』様ですか?」
灰色のローブに身を包み、フードを目深にかぶるその姿、下手なことをすれば一瞬で命を刈り取られてそうな雰囲気、それはまさしく『無敗の五将』の一人『神風』だった。
『神風』とは勿論本名ではない。『神風』は『無敗の五将』の中でただ一人自分の部隊を持たず、ふらっと戦場に現れては瞬く間に魔物を殲滅し、またふらっといなくなる。その風のような振る舞いから『神風』
という通り名で呼ばれている。
『神風』は素顔も本名もごくわずかな人にしか知られてないという『無敗の五将』の中でも異質な存在だった。
そんな戦場を知らない者の間ではそんな人存在しないのではないかとも言われている、神話のような存在が目の前にいて、男は全身に脂汗が浮かぶのを感じていた。本人に自覚はないのかもしれないが、『神風』は目にした者が畏怖してしまう独特な雰囲気を持っていた。男はその雰囲気にあてられ、『神風』と知らなかったとはいえ、先程までの失礼な態度を取っていたことを忘れてしまっていた。
「そうですよ。この王都護衛任務の隊長ってことになってます」
「そ、そうですよね。では、ご指示を!」
南への討伐隊には『無敗の五将』のうち四人しか加わっていないので一人は王都にいるのだ。もしかしたら勝機もあるかもしれない。
しかし、男の予感に反して『神風』の指示は有り得ないものだった。
「ではあなたは民衆と部下を伴って直ぐに王都から出て下さい。僕はその時間を何とかして稼ぎます」
「なっ!?私達に逃げ出せと言うのですか!?」
「さっきも言ったでしょう。あなた達の力はもっと別の機会に使うべきだ。だから、今回は我慢して下さい」
「で、ですが、そうなればあなたも無事ではいられないでしょう!」
『神風』は腰から黒い細身の刀を鞘におさめたまま取り出した。
「大丈夫ですよ。僕は化け物『専用』の存在ですから、これから先の時代には不要です」
「そっそんな事」
ない。と言う前に『神風』は振り向いて門の下にいる者達に向けて叫んだ。
「いいか!?良く聞け!あなた達はここで散っていい命ではない!その命は何か大切なものを守る時のためにとっておきなさい!」
それは、自分の部隊を持たず、官位や褒美も一切受け取らなかったという……
「総員、退けえー!」
『無敗の五将』の一人、『神風』の最初で最後の命令だった。