表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

処刑人

作者: 智片 蒼犀

 圭亮は生真面目を絵に描いたような男だった。

 高学歴で、容姿は平凡、そして現在公務員として働いている。女性にとっては、その肩書きだけで見れば結婚相手とするには好物件であった。

 しかし、その仕事内容が問題であった。


 圭亮は、刑務官だった。


 受刑者を更生させる素晴らしい仕事だと、圭亮は誇りを持っていた。

 だがその一方で、死刑の執行をすることには苦痛を感じていた。

 あれだけは何度経験しても慣れるものではない。


 死刑囚を処刑場に連れて行く。

 その日の朝に死刑執行を知らせ、それに対し死刑囚たちはそれぞれ様々な反応を見せる。

 自分の死を予告され、震えて涙する者や騒ぐ者。受け入れて、静かに感慨にふける者。

 気味の悪いことに、自らの死を宣告されたというのににへらと笑う者もいた。

 そうして他の受刑者たちが不在の間を見計らって、連れて行くのだ。

 処刑場に着くと、祭壇が置いてあり、花で飾られた阿弥陀如来の仏画が掛けられている。

 さらにそこには、立会人たちが椅子に座り、待ち構えている。


 ――――読経の声が響く。

 線香の、独特のきつくも甘いにおいが充満する。

 それはまるで、葬式のようである。

 …………まだ、死を受ける者は生きているというのに。

 なんと滑稽だろう。

 しかし、その厳粛で、重厚な空間では、とても笑う気にはならない。

 むしろ萎縮してしまうだろう。

 その厳粛な儀式は流れるように行われ、ついに白いカーテンの向こうへとかれらをいざなうのだ。


 そこにあるのはぶら下がる輪っかのロープと、床には二重の四角を描く赤いテープ。


 その赤いテープのもとで、かれらの首にロープをかけ、膝を縛る。

 それは、事務的に。

 そうして刑務官が数人、死をもたらすスイッチがまじっている、ボタンの前に立つ。


「君の立派な態度に非常に感動しました。きっと君は大往生できます。御仏のお迎えが参りました」


 所長が、軽薄な言葉をかける。

 その滑稽な形式的儀式が終わると、死刑執行だ。


 ――――保安課長が右手をあげる。

 執行官たちはボタンに手を添える。


 手が、振り下ろされた。


 同時に、ボタンを押す。


 床板が落ちる。


 読経の声は大きくなり、断末魔を打ち消そうとする。


 …………長い時間、そうして苦しんで、死へと向かう死刑囚を眺める。

 死刑囚は大きな痙攣を引き起こしたかと思うと、動かなくなり、そこに物体としてぶら下がっていた。

 ほんの少し前まで生きていた人間は、ただの物体に成り果てていた。


「――心臓停止、12時11分27秒」

 医官は、その物体に聴診器をあて、脈拍を調べ、告げる。

「本日の――の執行、無事完了致しました。執行、午前11時58分、心臓停止、午後12時11分27秒。所要時間13分27秒であります」

 記録係が挙手の礼をし、死刑は完了する。


 圭亮は執行人に指名される度、自分だけでは耐えきれない重圧を感じていた。

 たとえ誰が本当のボタンを押していたとしてもだ。

 その日の仕事を終えた圭亮は、数万の手当てを持ち、寺に行って死刑囚の供養をしてもらう。

 帰宅すると、キッチンの戸棚から薬を出して口に含み、コップに水を注いで一気に飲み干す。それでやっと、一息つくのだ。


 それは、精神安定剤だった。


 生真面目で人一倍優しい圭亮は、自らの正気を、薬なしでは保つことができなくなったのだ。

 優しい圭亮は、家族を殺されて「死刑にしてくれ!」と泣き叫ぶ遺族の悲痛な思いも理解しているつもりであった。

 …………しかし、何故自分がこんな思いをしなければいけないのか。いっそのこと死刑などなくなってしまえばいいのに。

 圭亮は、卑屈な気持ちになった。

 ……こんな仕事、もうやめてしまおうか。

 そう考えていたとき。

 玄関のチャイムが鳴った。

 圭亮は重い腰をあげ、玄関に向かう。

 のぞき穴に目を近づけてみると、一人の女性の姿が目に入った。

「先生?」

 圭亮は急いで鍵を開けると、扉を開いた。

「福原さん」

 その女性は圭亮の顔を見ると、美しい顔に笑顔を浮かべた。

「先生、何故家に?」

 女性は医者だった。圭亮に薬の処方をした、精神科の妖艶な女医だった。

 突然の思いもよらぬ訪問者に、圭亮はとても驚いた。

「その……お薬のことで少々緊急のお話がありまして…………」

 艶やかな医者は言いよどむ。

「あ…………あがりますか?」

 相手は医者といっても女性だ。

 男の一人暮らしの部屋にあげるのはどうなのだろうか、と思った圭亮は慎重な様子で尋ねた。

「すいません、お邪魔します」

 そんな圭亮の気遣いなど無用だったようで、女医はさっと圭亮の家に入り込んだ。


 圭亮は、彼女を部屋に案内する。

「散らかっててすいません……」

 比較的きれいな座布団を出してきてそこに座るように促す。

「今お茶を……」

「すいません、お茶はいらないのでここに座ってもらえますか」

 彼女の口調が急に厳しくなる。

 その彼女の様子に萎縮して、圭亮は彼女の対面に腰をおろした。

 ――――しばしの沈黙が流れる。

 彼女は意を決した様子で、おもむろに口を開いた。

「今日は、もうお薬飲みましたか?」

 圭亮は、どんな言葉が出てくるのかびくびくしていたので、少し拍子抜けした。

「はい、飲みましたけど…………」

 そう答えると、彼女は困惑の表情を浮かべた。

「そうですか、飲んでしまったんですね…………」

 圭亮は、自分はいけない薬でも飲んでしまったのかと恐怖する。

「なんかあるんですか? あの薬……」

 彼女ははっとすると、いえいえと、手を振る。

「違うんです! その……あの薬は」

 そう言いかけたとき、突如圭亮の意識に靄がかかった。

「あ……れ…………」

 急激な眠気に襲われる。

 彼女のびっくりした顔を最後に、圭亮は意識を失った。


          *


 空がすっかり明るくなる頃、圭亮は目を覚ました。

 部屋には既に彼女の姿はなく、圭亮は残念な気持ちになった。

 しかし圭亮は、彼女が座った座布団を見て、自分の中に徐々に湧きあがる情熱を感じ、時間を確認しつつ、秘密の愛撫に耽った。

 …………そして家を出る時間になった。

 圭亮は、これから仕事だという憂鬱感と、情熱を解放した疲労感を抱えながらいつも通りに職場に向かった。


 職場に着くと、目を背けたくなるような――いや、ショックで倒れてしまいそうになるような光景がそこにあった。


 受刑者から刑務官まで、そこにいたはずの人間が皆そろって首を吊っていたのだ。


 白目を剥き、首が不自然に折れていたり伸びていたりしていた。

 人間だったその物体たちは、天井から不自然に出ているロープによって、鈴なりになって揺れていた。

 ――なんなんだ、これは!

 圭亮は、混乱した。

 ――大量虐殺か何かか?

 動転した頭で必死に考える。

 すると突然。

「やってしまったんですね」

 背後から、声をかけられた。

 その声は、昨夜聞いたばかりの彼女の声だった。

「…………せんせい?」

 振り向くと、昨夜と変わらず微笑む、あの妖艶な女医が立っていた。

「これは……貴女の仕業ですか?」

 圭亮は、問う。

「いいえ…………皆を殺したのは、貴方よ」

 彼女は、そう答えた。

 圭亮は、この惨状の中でも微笑みを絶やさない美しい彼女に、うそ寒さを感じた。

「何を言っているんですか! 僕がこんなことをするわけがないでしょう!」

 そう言う圭亮に、彼女は途端に無表情になって、「貴方が殺したのよ」と言い放った。

「かれらの顔をよく見てみなさい」

 彼女のその強烈な迫力に、思わず従ってしまう。

 …………そこで気づいた。


 更生を目指している受刑者と同僚だと思っていた者たちの顔は、自分が携わってきた死刑の、被死刑執行者たちの顔に変わっていたのだ。


「かれらを殺したのは……」

「そう、貴方よ」

 ――そうだ。かれらを殺したのは、僕だ。

「僕は…………」


 …………………………

 ……………………


          *


「君の立派な態度に非常に感動しました。きっと君は大往生できます。御仏のお迎えが参りました」


 美しく妖艶な所長が、笑顔で言葉をかける。

 死刑囚はその言葉を聞くと、にへらと笑った。


 ――――保安課長が右手をあげる。

 執行官たちはボタンに手を添える。


 手が、振り下ろされた。


 同時に、ボタンを押す。


 赤いテープで囲われた床板が落ちる。


 まるで断末魔を打ち消すように、読経の声は大きく響いた。



「――心臓停止、12時11分27秒」

 医官は、その物体に聴診器をあて、脈拍を調べ、告げる。

「本日の福原圭亮の執行、無事完了致しました。執行、午前11時58分、心臓停止、午後12時11分27秒。所要時間13分27秒であります」

 記録係が挙手の礼をし、死刑は完了した。


                                          ―終―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです。拙い文章ですみません。 木乃伊取りが木乃伊になるというのもいいですね。
[良い点] 智片 蒼犀さんのおっしゃる通り、謎が様々な解釈を呼ぶ面白い作品だと思いました。短編は、短く纏めてかつ短い間に個性を出さなければ、凡庸な作品になってしまうため、そういった意味でこの処刑人とい…
2014/11/20 13:00 退会済み
管理
[良い点] 死刑執行のシーンをやけにしっかり描くな、と思っていたらこのオチ。見事に序盤のシーンを生かした内容に、うまいなー、と膝を打ちました。 このオチにいろいろな解釈のしかたができそうな所もGOOD…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ