人魔決戦 七
阿修羅は迫る独鈷杵を腕を振るって追い払おうとするが、それことごとくかわされるばかりか。一瞬の隙を突いて。左上の腕を肘から斬り落としたではないか。
「おああ――」
叫ぶ阿修羅に第二撃が加えられて、次に右の下の腕が斬り落とされてしまう。それは一瞬のことだった。
「やれ、阿修羅をたおせ!」
我知らず楓太郎は叫んだ。それに呼応して、独鈷杵はさらに阿修羅の腕を次から次へと斬り落として。ついには、阿修羅は六本の腕を全て失った。
「あおお――」
阿修羅は悲鳴をあげて逃げ出した。
「帝釈天に敗れし修羅は身を縮めて蓮に身を隠す、か……」
妙蓮坊はつぶやいた。その仏説のとおりのことが目の前で起こっている。阿修羅は完全に臆病風に吹かれてしまっていた。
その逃げる阿修羅の前に黒鬼が立ちはだかり。顔面に痛恨の一撃を食らわす。そうすれば、阿修羅の首から上は西瓜のように砕けてしまい。それによって阿修羅は絶命し、どおっと倒れてぴくりとも動かない。
覇偉栖はすでに黒鬼から下りている。
「なんという……」
独鈷杵は阿修羅の腕を斬りおとしてから、宙に浮き。次の攻めの機会をうかがっているようだった。
帝釈天の独鈷杵にそこまでの力があろうとは。
「来よ、帝釈天の独鈷杵よ!」
ためしに覇偉栖は叫んでみたものの、独鈷杵は反応なし。
「なぜだ。山賊風情に操れて、地獄の門を体得した私に操れぬなど。そんなことがあるのか。あってたまるか!」
「取ってみろ」
と言うは楓太郎であった。
「お前の魔術が本物なら、独鈷杵を取ってみろ!」
「ううむ。言われるまでもないわ!」
覇偉栖は黒鬼に命じて、独鈷杵を取りに行かせた。しかし、いかに腕を伸ばしてとらえようとしても、独鈷杵はからかうように宙を舞い。決して黒鬼に捕まることはなかった。
「なぜだ、なぜだ!」
覇偉栖はうめく。
「かくなるうえは……」
覇偉栖の全身を漆黒の闇の影が覆う。
「いかん、地獄の門じゃ」
妙蓮坊は叫んだ。
全身を覆う漆黒の闇の影は、ぼっかりと開いた黒い穴のようであり。その中には、幾多もの魑魅魍魎がひしめきあっていた。それらをことごとくこの世に現出させようというのか。
「もはや帝釈天の独鈷杵などに未練はない。かくなるうえは、この人の世を魔物の魔界にしてやろうぞ」




