人魔決戦 四
「ふふ。お師匠さまこそ、現実を見ずに理想ばかり見られる。……や?」
独鈷杵を手にする男、見覚えがある。そうだ、あの、楓山の赤葉楓太郎! なぜあの男がこの村にいて、妙蓮坊のものであった帝釈天の独鈷杵を持っているのだ。
「お師匠さまよ、この男、山賊であることをご存知か!」
「知っておる! 改心したゆえに、独鈷杵を託したのじゃ!」
「なんと。それがしには託さず、山賊風情に……」
覇偉栖は歯軋りする。あれは何年前であったろうか。妙蓮坊の弟子であった覇偉栖は、妙蓮坊の指導のもと仏法を学んでいた。だがそれには下心があった。
妙蓮坊の持つ帝釈天の独鈷杵を手にしすることであった。しかしそれを見抜いた妙蓮坊は覇偉栖を破門にし、離れ離れになった。
「お主は邪悪の心が強すぎる。じゃによって独鈷杵を渡すわけにはいかなんだ。それを逆恨みし、地獄の門など体得しよって。どこまで外道に堕ちるのじゃ」
「うふふ、御坊も言うわ。万人に仏ありなど。そんなものは所詮理想である。現実は、人間とは性悪なもの。殺し殺されが人の世の常。ならば殺しの術を身につけ、殺されるより殺す側につくが道理!」
「愚かな!」
「もう御託はよいわ。どちらに理があるか、雌雄を決しようではないか! やれ!」
覇偉栖に命じられて、阿修羅と赤鬼は楓太郎に襲い掛かった。黒鬼は覇偉栖を肩に乗せて待機している。
楓太郎の双眸が光り、帝釈天の独鈷杵を握りしめて阿修羅と赤鬼に向かって駆けた。青鬼をたおしたことで手ごたえを感じていた。
阿修羅の六本の腕と赤鬼の両腕、計八本の腕が楓太郎にぶつけられようとする。それをかわしながら、隙をうかがうが。阿修羅と赤鬼もさるもの。右から左から、前から後ろから、素早い動きで楓太郎を四方から攻め立て。
楓太郎はかわすのがやっとである。
「楓太郎!」
お品は思わず叫んで、駆け出そうとするのを、妙蓮坊に押さえられる。
「そなたが行ったところで、足手まといになるだけじゃ」
「……」
お品は悔しそうに歯を食いしばり、楓太郎の戦いを見守るしかなかった。いかに青鬼をたおしたとはいえ、今は阿修羅と赤鬼。それをたおしてもまだ黒鬼が控えている。いかに帝釈天の独鈷杵を得物にするとはいえ、人間であれらに勝てるとは思えなかった。
「独鈷杵を、楓太郎を信じるのじゃ」
妙蓮坊はうめくように言った。




