地獄の門は開かれる 二
「どうしたものか……」
重時は知らずに右手の親指の爪を噛んでいる。焦っているときの癖のようであるが、噛みすぎて血が出ている。
「殿」
と呼ぶは佐久璃覇偉栖であった。
「おお、そうじゃ。これ覇偉栖よ、おぬしの魔術でどうにかならぬのか」
「なりますとも」
「なに、そうか。ならば早くしてくれ。このままではあの忌々しい市川時吉なる者が来てわしの首を持ってゆきかねぬぞ」
自分が討たれることまで考えるほどに、番場勢は推されていた。覇偉栖はこの時を待っていたとばかりに、
「では、鬼どもを……」
にやりと重時に向かって笑ってみせた。
すると、その顔に漆黒の闇の影が覆う。それを見て、重時はごくりと唾を飲み込む。
家来の話では、この闇に覆われた顔から鬼が出たという。それが目の前で行われようとしているのだ。
「よっくご覧なされよ」
闇はますます深くなり、覇偉栖の顔は異次元へと通じる門のようであり、事実そうであった。
「魔術・地獄の門!」
叫び声があがるや、顔の闇から鬼が三匹飛び出した。一匹は黒鬼、二匹目は赤鬼、三匹目は青鬼であった。
どれも人の倍はあろうかという巨躯で。それが、どどど、と足音を轟かせて乱戦の中へと突っ込んでゆく。
「な、なんじゃあれは!」
驚きの声があちらこちらであがる。戦の最中であることを忘れて、ぽかんと鬼を見上げる者もあったが。それは途端に黒鬼に踏み潰されてしまい肉塊と化した。
「鬼じゃと!」
これにはさすがの市川時吉もたまげた。それまで、浪人時代も含めて連戦連勝の兵法者として生き。石田家に仕えてからも、各地を駆け巡って外敵からの侵略を防いできたものだった。
が、今まで戦った相手は皆人間であり。鬼とあいまみえるのは初めてのことであった。
後方に控える総大将の石田頼信も、遠くから鬼の姿を確認して、たまげていた。
「そんな。まさか……」
それ以上の言葉は出ず、ただ絶句するしかなかった。
三匹の鬼どもは次々と石田勢の将兵を屠り、肉塊にしてゆく。それはもう戦ではなく、一方的な殺戮であり。市川時吉と言えば、あまりの凄惨さに身動きもままならぬ有様で。
そのまま赤鬼に迫られて、うなる拳を顔面に食らって頭骨に脳漿を飛び散らしてしまった。




