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地獄の門  作者: 赤城康彦
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楓山に血風吹き荒ぶ 六

 人間必死になれば通常の倍の力が出るものか。

 韋駄天にでもなったかのように速く駆けて、村人の追撃を振り切った。

 足を止めることはなかった。

(殺される)

 という恐怖心が楓太郎を突き動かして、駆けさせていた。

 どこをどう走ったかなど覚えているはずもなかった。

 そのまま陽は暮れて夜の帳が落ちても、楓太郎は駆けた。駆けねば命はない、と。

 しかし人間である以上は限界はあって、足も力が尽きて、ついにはばたりと倒れてしまった。

 同時にひどい疲労が全身を襲い、さきほどまでの活力はどこへやら。生存本能もどこかへ行ってしまったのか。

「もう、どうでもえいわ……」

 と、疲労感が言わせたのかどうか、そのまま瞳を閉じて眠りこけてしまった。

 眠ってどのくらい経ったのか。目覚めればまだ夜で、どうにか起き上がって走ろうとしたとき。

 目の前に、あの鬼があらわれたではないか。

「う、うわああ」

 喉から炸裂するような悲鳴をあげて逃げ出そうとするが、途端に肩をつかまれてしまい。そのまま持ち上げられてしまった。

「助けてくれ! 助けてくれ!」

 泣きじゃくりながら懇願するも、鬼は「ふふふ」と笑い、大きな牙が見えるほどに大口を開けて楓太郎を食らおうとする。

「いやだ、死にたくない!」

 頬に激しい痛みが走った。鬼にびんたされた、と思った瞬間に、

「う、うわああああああ!」

 と叫んでぱっと目が開き。上半身を起こした。

「きゃっ」

 という黄色い声がした。

「え、あれ」

 楓太郎はきょとんとして周りを見回した。自分はどこかの川の川原にいて、そこで倒れてしまったようだ。

「三途の川?」

 自分は鬼に殺されて三途の川にやってきたのであろうか? と思ったとき。

「ちょっと」

 という声がして、その方へ振り向けば。そこには、若い娘がいた。「……?」

「なんだ、生きてるじゃない」

 娘はふうっとため息をついて、きょとんとする楓太郎を見やった。

「あ、ああ」

 思わず、楓太郎は腰を引き摺るように後ずさった。この娘は鬼女ではないか、と。

「大丈夫よ、とって食いやしないよ」

「お、鬼……」

「鬼? どこに鬼がいるのよ」

「う、うう」

 楓太郎は娘を指差した。

「あたしが鬼ですって! 馬鹿言わないでよ!」

 娘はかんかんに怒った。 

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