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4月。家での不思議な邂逅のこと

 帰ってくる頃、すでに日は落ちて、太陽とは違った柔らかい光が、帰り道を明るく照らしていた。夜道だというのに、昼間と変わらない明るさだった事はすごく印象的だった。

 程なくして、俺は明り一つ点いていない真っ暗な家に帰り着いた。

 別に両親が死んだとか、そういう事じゃない。

 確かに、お袋はすでに他界しているし、親父は親父で趣味でもあり仕事でもある民俗学のフィールドワークとやらに出かけているため、海外を放浪中だ。

 まぁ、今となっては寂しい、なんて気持ちはない。ただ、少し無駄に広い家だから寂しくは感じる。

 俺は真っ先に自分の部屋に行き、鞄を置いて漫画を読もうと思った。

 だが、どうにもそんな気分にはなれなかった。

 あの夕方の出来事がかなり印象に残っており、どうでも良いことの方に意識を集中させようと頑張ってはいるものの、どうにもできない。


「……そういえば」


 ――弁当箱を洗わないといけないな。

 俺はそう思い、鞄を開けた。

 と、その中に妙な本があった。

 少しくすんだ赤褐色。縁に施された金色の装飾、辞書ほどの大きさ。鈍器にできそうなくらいに重そうな重量感に表紙の鍵付きのベルト。

 そして表紙に題名が入っていない。文字の一つも書かれていない。記号の一つも書かれていない。

 見間違いだと思ったが手にとった時の重さが見た目に反して予想以上に軽かったことから分かった。俺があの夕方の図書館で、間違いなく記憶した、あの本だということに。


「…………っ!?」


 何でこの本が入っている?

 俺は漫画、週刊誌以外は極力何も持たないようにはしている。重いし。

 というか、帰ってる最中、この本からは『重さ』という物を一切感じなかった。本が入っているという気配もなく。この中に入っていた。

 俺は少し不気味に思い、その本を何気なく机の上に一度置いた。

 ――明日、学校に返しに行こう。いや、この本は何なのか、望さんに聞こう。

 弁当箱を持って部屋を出て行こうとしたとき。本が開いたような音がした。音に合わせてページがめくれる音も。

 窓は開けていない。よって風によってめくれているわけでもなさそうだ。

 不意に振り向いてみると、少しちらりとその本の中身が見えた。

 その中身は、白紙だった。

 何一つとして書かれていない。少し周りが茶色く焼けているだけ。

 少し気味悪く思いつつ、やっぱり鞄の中に入れておこうと思って、その本を無理矢理閉じようと本の端に触れたとき、


「痛ッ!」


 指を少し切られた。

 切られた人差し指を見てみると小さな真赤の玉が人差し指の上にちょこんとできていた。

 俺はそれを舐めとり、もう一度本を手に取った。

 

 瞬間、目の前が真っ白になった。

 と、思ったら真っ黒になった。

 気がつけば、足下は先程まで地面についていたはずなのに、ふわふわとしていた。どこまでも見渡す限り広い空間の中、目の前が白くなったり黒くなったりが繰り返され、やがて目の前には何か人影みたいな物がぼやけて見える。

 その人影から、何かをつぶやく音が聞こえてくる。


『ふむ。君が――の、僕の――――か』


 ――なんていってるんだ? 聞こえねぇぞ?

 俺は耳に意識を集中させてその声を聞こうとした。


『まぁ、――――な。ちょ――――。これから――――なる――――』


 人影は落ち着いた、澄み切った口調でそう言った。

 訳の分からない状況で、とにかく俺はそれに答えようとした。が、声が思うように出ない。

 そうこうしていくうちに、その声は徐々に小さくなり、そして。

 目を覚ましら、ベッドの上だった。

 正確に言えば、ベッドの上に一人うつぶせになって寝ていたのだが。


「……疲れてるのか?」


 俺は起き上がって顔に手をやり、先程の事を思い出していた。

 本を手に取った瞬間、妙なところに連れて行かれ(たと思いたい)、そのままなにやら訳の分からん事をいわれてまた帰ってきた……ということでいいのだろうか。


「……さっぱり分からん」


 自問自答を繰り返していると、腹が減ってきた。


(そういえば晩飯食ってなかったな……)


 俺はドアノブに手を、今まさにかけようとしたときだった。


「待ちなよ」


 部屋から急に声がした。

 どこか大人びた、でも子供っぽさが残る声は耳に残っている。

 振り返ってみると、目の前にあるのは机にベッド、電源の入っていないCDラジカセと、声が発せられるような物は何もない。


「よし。誰もいない!」


 そのことを確認をして、そのままドアを開けて部屋から出ようと――


「現状からの非現実を真っ向から肯定する、か。まっとうな判断だね。自分の身体機能がおかしくなったと考えているのかな? しかし、その心配は無用だよ。君の体は正常に働いている」


 またしても誰もいないはずの――正確には俺だけしかいないはずの――俺の部屋からどこか大人びた少年の声がした。


「だれだ? どこにいる?」


 ゆっくりと、用心しつつ俺は訊ねた。


「ここだよ。ここ」


 声のした方を振り返ってみると、どうやら机の方からしたようだ。ドア近くから見ても分かるように下に誰かがいる、なんてことは無い。


「……えーっと……」


 いや。

 いやまて。本屋彰。

 いくら何でもまさか本が喋るとか、そんな非科学的なことは無いだろう。


「ないよな。これは」

「何が?」

「そりゃ、本と喋るとか、本が喋るとか――」


 まて。

 思考が、停止した。

 俺は今誰と喋っている?


「本が喋るしか無いんだけどね、この状況は。まぁ、認めなよ? 誰かさん。―― ああ、そっか。君、

こっち側にの人間じゃなさそうだからね」


 やはりだ。


「……声は……お前、か?」


 俺は目の前にある机の上の本に向かって言った。

 その事実を認めることはかなり抵抗があるが、認めざるを得ない。


「そうだよ。君が僕のえっと……『相棒』、ということでいいのかな?」

「あい……ぼう? 何のことだ? あと喋るな。キショイ」

「まあ、そう言わずに。……って相棒君? さっきから取り出しているその青いヒモはなんなのかな?」


 俺は無言でさっきから喋っている(と思う)本を近くにあった手近なビニールテープで十字で縛っていった。


「って君なにしてんの!? 痛い痛い痛い! すっごく痛いから! これ! ホント痛い! 止めて! ホントに止めて! 止めろってば!」

「ええい! ごちゃごちゃとうるさい本だな! 捨てるのに邪魔だから少し黙ってろ!」

「捨てる? 何を考えてるんだ君は! それは無いだろう! 契約してからすぐに魔導書を捨てる魔導師なんて聞いたことも見たことも無い! 自分で言うのは何だが、僕は貴重な本なんだから、そういうのやめてもらえないかな?」

「貴重かどうかは知らんが、生憎俺は本が大ッッッッッッ嫌いなんでな! 本を見ると虫唾が走るわじんましんが出るわでとにかくいやなんだ!」

「徹底した本嫌いだね!? ていうか、本当に捨てるのはよろしくないね! いや、別に捨てても良いけど、捨てたら、君は死ぬ可能性が高くなるかもね」


 死ぬ?

 穏やかじゃない単語を聞いて俺はビニール紐でがんじがらめに結んだ自称喋る魔導書を窓から放り投げる手を止めた。


「死ぬって、どういう事だよ?」


 宙ぶらりんになったままの自称魔導書に俺は問いただした。


「文字通りだよ。君は僕と仮契約をした。契約が不履行になるまでは君と僕は一心同体だ」


没ネタ。

「僕と契約して魔術師になってよ」


グーパンチ。


「……だーれがなるか。このバカ魔導書が」


そう言いながら俺はその魔導書にチャッカマンで火をつけた。ごうごうと勢いよく燃えていく。


――BAD END――

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