4月。クラスでの係決めでのこと。
「えー次は図書委員を決めます。誰か、なりたい人はいませんかー?」
学級委員長がクラスのみんなに呼びかけている。が、それに答えるクラスメイトはいない。みんな隣の人と喋っていたり、本を読んでいたり、寝ていたり、家から持ってきたと思わしき携帯ゲーム機をかちかちと遊んでいたりしている奴もいる。
こんな時には担任がどうにかするものなんだろうが、件の担任――本居島先生(独身。チョイ悪風の二十九歳)は今現在、クラスの後ろで誰かの柔道着を足枕にしてぐーぐーと周りに迷惑ないびきをかいて寝ている。
担任がこうなってしまったらクラスの主導権は生徒に握られたも同然で、今やクラスは無法地帯となっている。
だが、俺には関係ないな。そんな光景を見ているよりかは、今は果てしなく眠い。そのまま上のまぶたと下のまぶたが合体しそうになったときだった。
「なあなあ彰」
「何だ瀬戸。ついに頭から植物でも生えたのか?」
「そうそう。見てくれよこれ、最近生えたゴヨウマツでさぁ……って、俺は文字通りの植物人間かっ!」
なんでチョイスがゴヨウマツなんだ。
こんな風にノリのいいつっこみを遠慮容赦なく放ってくる俺の隣の席にいる少しハンサムな座高の高い人物は瀬戸叶。俺の幼なじみだ。
もっとも、幼なじみ、と言えば聞こえはいいのかもしれないが、正直言って、これはもはや腐れ縁以外の何物でもないと思う。
生まれた病院、幼稚園、小学校、中学校、そして高校、全て同じクラス。
ここまできたらもはやこれは神様のいたずら、悪魔の気まぐれとしか言いようがないくらいの腐れ縁だ。
それはともかくとして、と瀬戸は俺に引き続き話しかけてきていた。用事があるんだったら速くすませろ。俺のまぶたはすでに両方が手を繋ぎ合いそうな状態なんだよ。
「お前、脇にゴミがついているぞ」
「何ッ!? ……と言って普通だったらその脇をあけてみるところだが、お前の作戦だろ? 残念だったな。手はあげねぇぞ」
「そう言うと思ったので食らえッ!」
そう言って瀬戸は右手をチョキにして俺の両目に突き刺して目がいてぇぇぇぇ!
「はい。本屋君が図書委員に文字通り立候補してくれました。他に誰か立候補をする人はいませんか?」
しまった! 痛さのあまりに立ち上がって瀬戸にグーをふるおうとした所を委員長に見つかってしまった!
しかも委員長が真面目なことが仇になって図書委員になってるし!
つーか委員長! よく見ろ! 苦しそうに目を押さえ悶えて右こぶしを振り上げて喜んでなろうとする図書委員がどこにいるんだ!
てかなんで四方八方から拍手の音がしてるんだ? ひょっとしてこれ『おめでとう』の拍手か!?
やめろ! 俺は本という物が大ッッッッッッッ嫌いなんだ!
週刊誌や漫画、エロ本とは違って、あれは文字だけ! 教科書なんて論外。触るだけでもいやだ! 読むのなんてもってのほかだ!
そんな本ばっかりがある、図書室に行こうものなら、俺は気が狂って死んでしまう!
だから図書委員だけは、図書委員だけは選びたくなかったのに……!
「いやぁ……よかったよかった……」
「その声は……瀬戸かっ!」
人をダシに使っておいて、一体何様のつもりだ!?
と、聞きたいんだがいかんせん両目からやってくる痛みで、声すらも上げることができない状況に陥っていた。両手も目を押さえていて使えないから、殴りかかることもできない。
「てめぇ……」
「悪く思うなよ? お前が行かなかったらそのままクラスの係決めが放課後に持ち越されちまう。貴重な高校生の自由時間を、たかが学校の係決めに費やしたくないんでな」
だからってテメェ友人をダシにして逃げる選択肢を取るな!
と、言いたいんだがまたしても痛みに阻まれ、声に出すことができなかった。くそっ。奴は一体何センチまで……というか、人差し指と中指の関節何個分までめり込ませたんだ?
「ちなみに、めり込ませた指の深さは人差し指と薬指の関節で二つまでいったな」
使う指を明らかに悪意あるチョイスで使用してるだろ! てかなんで俺の考えてることが分かった! お前はエスパーなのか!
なんてことを叫びたかったのだが、さすがは人差し指と薬指の関節二個分までの深さ。痛みは尋常じゃない。
「あ、あの……わ、私も、その……………………とっ、図書委員になりたいんですけど……」
何とか俺の耳に届くくらいの声が聞こえた。声の具合からしたら女子みたいだが……。
と、その瞬間、瀬戸は吐血した(ような効果音をだした)。
「ば、バカなぁっ! い、今立ち上がって立候補しているのは緑川さんじゃねぇのかっ!?」
「はぁ? 緑川? だれだったか? それ?」
やっと見えるようになってきた赤く充血した目を手の甲でこすりながら俺は瀬戸に話しかけた。
瀬戸は血の涙を流さんばかりの顔で、
「お前は知らんのか!? あの緑川文さんを! 成績優秀、頭脳明晰、前髪が若干目にかかってはいるが、あれは間違いなく眼鏡をかけている! つまりは、隠れ眼鏡っ娘! ここまで萌の要素が強い女子は、うちのクラスにはそんなに多くないぞ! っつーかうちのクラスにいるだけだ! しかもすでに、我が校の先輩から後輩による、ファンクラブまで設立されているんだ! その規模は、もはや全国区にまで伸びようとしている! しかも、性格はおしとやかでたおやかでまさしく現代に生きる大和撫子! あそこまでの女子は俺は他には知らねぇ! さらにはなぁ――」
荒々しく熱弁していた。内容はほとんど分からんが。
そんなに人気なのか。あの緑川って子。
何とか見えるようになった目で見た感じ……深窓の令嬢、って感じだな。スタイルもなかなかいいし。うちの高校は女子の制服はかわいいからな……。かわいさを倍増させている気が……しないでもない。
てか、全国区って。
あの子は転校でもしてたのか? でも、全国区でも話題になるようなかわいさ……と言うところには素直に納得した。
でももうちょっと……明るくてもいいんじゃないのか?
そう思って緑川を見つめていたらこっちの視線に気がついたのか、あわてて目を伏せた……ように見えた。
その女子……緑川が図書委員に入ったことにより、急に図書委員の立候補者が多数出た。
無論、俺はこの時図書委員から外れようとしたのだが、生憎と俺がなりたかった委員会はすでに誰かが立候補しており、入ることができなかった。
それならば他の委員会を選ぼうと思ったのだが、他の委員会はどう見ても面倒な物ばかりだったので渋々そのまま居座ることにした。
そして、瀬戸の話は本当だったのか、立候補したのは男子ばかりだった。
もちろん、瀬戸はいの一番に立候補した。そして我らの有能なクラス委員長は古典的、かつわかりやすい方法――いわゆる『じゃんけん』で残りの一名を決めようと、この場にいる男子に壮絶なる修羅場を与えた。
戦いは壮絶を極め(たのかはどうか、定かではないのだが)、瀬戸が順調に勝ち上がって晴れて図書委員となった。
瀬戸はその場で小躍りをしながら晴れやかな顔でこちらに戻ってきた。
「お前なにかと勝負運強いよな。昔ッから」
「ふっふっふ。言ってるだろ? 俺には昔から……いや、何世代も前から、勝利の女神様が微笑んでいるんだよ!」
そういって、瀬戸は高らかに笑った。わざわざ「ほほえむ」を「微笑む」と言ってる時点でコイツはすでに調子付いていることが見え見えだった。
「でもいいのか? 図書室には――」
「こうしちゃいられない! ほら! 緑川さんの所に挨拶に行くぞ!」
「え? な、なんでだよ」
すでにクラス分けの後、自己紹介といった形でみんなの前で二人ともしている。もちろん、緑川もだ。
瀬戸は語尾を荒くして、
「馬鹿野郎! てか莫迦野郎! つーかむしろヴァカ野郎! いいか? こういうときにはな、たとえ初対面じゃなくとも、挨拶に行くのがフラグを立てるための第一原則なんだよ!」
「訳が分からんぞ訳が。あとフラグってなんだ」
そういいつつも俺は瀬戸に首を押さえ込まれ、そのまま緑川の所まで引っ張られていた。
緑川は図書委員に決まった後、ずっと本を読んでいたらしく、緑色のハードカバーの人でも殴れそうな分厚さの本だった。誓ってもいい。俺には絶対、生涯をかけても読めそうにもない。
「緑川さんっ!」
「ふぇっ?」
緑川はいきなり瀬戸から声をかけられてびっくりした様子で本から頭を上げた。その時、鼻筋の辺りを押し上げるような動作をした。
瀬戸は腰から丁寧に深々と礼をして、
「お初にお目にかかります。俺の名前は、瀬戸叶。瀬戸内海の『瀬戸』に、叶えるの『叶』で『かのう』と読みます。以後、お見知りおきを、マドモアゼル? あーちなみにこっちにいるおまけが本屋彰。『ほんや』の『かげ』と書いて『あきら』と読みます」
「勝手な解釈をするな。しかも漢字を間違えてるし。……まー、こんな奴だけど、よろしくな。緑川」
瀬戸の長々しい挨拶の後、俺も挨拶がてらに握手を、ぎゅっ、とした。
途端、緑川は顔を真っ赤にして「……ぅぁ」と一言呻いたと思ったら、
「あ、あの……そ、その……わ、私……し、しつれいひめふっ!!」
そんな風に噛んだあと、マンガさながらの土煙を出しながら廊下に行ってしまった。
それを見た瀬戸は「緑川さぁぁぁぁぁぁん!」と叫んで急いで緑川の後を追っていった。
そんな瀬戸を見た後、ふいに黒板に視線を移した。
次々と学習委員や風紀委員に決まったクラスメートの名前が書かれている。
その中に図書委員の名前もあった。
本屋彰
瀬戸叶
緑川文
きっちりと俺たち三人の名前が、その黒板に白いチョークでキレイに書かれてあった。




