4月。学校での魔導のこと。
メイドさんきゃっほぉぉぉぉう!!
「やはり、『魔法』についての説明がよろしいでしょうか」
瓢さんは語り出した。
正確には定義はされていないが、瓢さんたち『魔術師』が呼ぶ魔法というのは「異界から物質を召還する」というものだった。
それが術者によって契約されたものであればどこにだろうと召喚――『使う』ことは可能ということだった。
「まあ、さすがに自分で確認――つまりは視認できるところでなければ、魔法も使うことはできませんが」
「いや、かなり万能だよな。そういわれれば」
自らが確認できるところであればどんなところにでも使うことはできる。つまりはそういうことではないであろうか。
瓢さんは少し肩をすくめて「代償となるものを知っていますか?」と聞いてきた。
「術者の魂……とは行きませんが、体力や気力と、実に代償は多岐にわたります」
やはり万能の力、と称されていてもその代償にはかなりのものが必要だった。
大魔術の際には人一人分の命をささげるものから、
呪う際には鶏の心臓まで。
万能を使うにはそれ相応のリスクがある。
――それ相応のものを払えば何だってできる。
ベブズが言っていたことを思い出す。
だとしたら一つ、疑問点が浮かぶ。
俺が昨夜魔人の少女を召還したとき、何を支払ったのか。
俺がそう口にしたとき、瓢さんは「ここが重要なことです」と前もって言ってきた。
「しかし、リスク無しでできる『魔法』があります」
「リスク無し?」
「はい。それを私たちはまぁ――『魔』を『導』く、と書いて、『魔導』……と呼んでいます」
魔導って、何なんだ? 魔術とはどう違うんだ?
そう言えば、ベブズのことをこいつらは魔導書と言っていた。
「『魔導』は一部しか『魔法』が使えないという制約がありますが、リスク無しでその力を働かせることができます」
じゃあ、俺が昨日召喚……したもの、っていうのはリスク無しで召喚した、って言うことなのか?
「そうなりますね。しかし、ハズレだったんでしょうか……。ここにすさまじい魔力を感じたのですが……」
「ハズレ? 魔力?」
何のことだか分からなかった。特に後者。ベブズは魂、と言っていたが。
「先ほど代償になる、と言っていた力の総称です。あなたの場合、大規模な魔術を使う際にはそれが必要になる、と言うことでは?」
……ちょっとまて。
さっき魔導にはリスクはいらない、って言ってたよな。
なのになんでリスクがいるような話になってるんだ?
「まぁ、魔導書にもよります。その人の適合率にもよりますし……とにかく、いろんな事が重なり合うのです。そこは魔術師も頑張って研究しているのですが、いかんせんサンプルとなる魔導書とその適合者が少ないのです」
あまり進んでいない、って魔法の世界もこっちと同じような感じなのか……。
進んでいるようで、進んでいない。
進んでいないようで、進んでいる。
対極的な二つだけど、イコールでもないし、イコールでもある。
矛盾する物でもあり、そうでもない。
そう思ったら少しだけ親近感が湧いた。
「そうそう。魔導には必要な物は二つあります。まず情報と魔力源となる本。所謂魔導書が必要です。それと――それに適合する人間」
「適合する人間?」
「そう。魔導書は自分を読ませる人間を選ぶのです。まぁ、木之絵馬さんみたいな人は例外ですが」
つまり俺はベブズに選ばれた、って事になるのか? でも俺の家は魔術なんかとはあんまり関わり合いは無いぞ? ただ親父が民俗学の研究でどこかにあっちこっちに出かけているだけだし。
それを言ったら瓢さんは「才能の問題です」と一言で片づけた。おざなりだ。
しかし、そこでまた一つ疑問に残ることがある。何故に木之絵馬は襲ってきたんだ? 魔導書に適応するんだったら俺の後にでも読めばいいだろうに。
木之絵馬は溜息をついてその理由を説明し始めた。
「魔導書の適合者は一人だけだ。読み手は二人もいらない。そんな例は未だかつて聞いたこともないし、見たこともない。だから私はお前にあのとき魔導書を渡せと言った。まぁ、無関係の人間を巻き込みたくはないと言うのもあったんだがな」
つん、と済まされたような顔で木之絵馬は言ってきた。
「う……で、でも、あの空気は確実にこっちの話を聞く気もなかったし、そっちの話を聞かせるつもりもなかっただろ!」
「無論だ。言ってわからないのならば、無理やりにでも奪う。まぁ、殺すつもりで奪わないと、適合した人間との連結は切れそうにもないからな」
つまりは、殺す気だった、と。
すこし背筋が冷たくなったとき、「それに」と木之絵馬は付け加えて、
「何の力も持っていないお前が持っている現時点でも、魔導書は様々なところから狙われている」
さらりと一言。
木之絵馬は何の気もなしに行った。
「狙われてるんだったら狙われてるってちゃんと言えよ!」
「普通そんなことを言って信じるやつがいるか?」
「う」
確かに。
外から見ればただの本一冊のために狙われているとは思えない。
「それに、不用意に事情を説明するわけにはいかない。再三言わせてもらうが、一般人を魔術の世界に引き入れることは好ましく無いからな」
無表情に、木之絵馬は言ってのけた。
つまりは今回は例外だ、と言うことだろうか。
入れ替わりになるように、瓢さんがさて、と手を叩き、
「本屋君。先ほど聞いたように、君が様々な方面から狙われている……これは紛う事なき事実。ですが、それはどこかの魔術団体に所属していればその命と身柄は保証します」
「あんたが言うとえらくうさん臭いな」
俺がジト目で見つめていると、瓢さんは両手を挙げて、
「やだなぁ。私は何も考えてはいませんよ。こんなか弱い老人をいじめて何になるというのですか?」
嘘だ。
「こほん……とにかく、早い話がこうです。……本屋君。私の所に来ませんか?」
「ダイレクトなアプローチだな」
「まあそうともいいますね。……実のところ、抱えている蔵書の量は私の所ではこの部屋で判別できるのが精一杯。他は別の所にあるか、あるいは図書室にあるか……図書委員である君ならば探すのは手っ取り早いでしょう?」
「だとしたら断る。俺は本が大ッッッッッッッッ嫌いなんだ」
「まあ、そう言わずに」
「相棒君。こんなあからさまに胡散臭い、「ジジイ」の上に「クソ」がつきそうな老人にはついて行ったら、何されるか分からない。早急にこの部屋から出て行くことを推奨する」
「おう。言われなくとも出ていくぜ」
そう言って俺はこの部屋から出て行こうと――ってちょっとまて。
俺はいつの間にやら話に入ってきていた喋る紙束を探す。
「ふっふっふ……どこに僕がいるか、分かるかな? 相棒君?」
「すぐに分かるぞ、お前」
声をたどったら本棚の一角にヤツは紛れ込んでいた。
「ほほう? さすがにサル並みの知能を持っている相棒君にも分かったようだね」
「喋らなければお前は普通の本だ」
「いや、僕は時たまこうやって話さないと、自分の存在意義が危ぶまれるような気がするんだよ。だからこうやって適度に話を……って相棒君。まさか、また……ぐぁっ! ま、待てっ! 待つんだアキラ! 話せば、話せば分かぐぁっ! くっ、食い込む! なんかすごい食い込んできてるぞっ!」
「コイツ、焼却炉に飛ばしてもやってくるかな?」
「いやさすがにそいつはまずい! 馬鹿なことは止めるんだ! 僕は紙だぞ! 火とかに弱いんだ!」
「ほほう? そうか? いいこと聞いたな」
「しまった! つかやめてホント振り回さないでいーやぁぁぁぁ――――…………」
今まさにカウボーイよろしくぶんぶんと振り回し、窓に向かって本をぶん投げようとしたとき、笑い声が上がった。
「いやはや。話だけには聞いていましたが、本当に喋るとは! これだからこの世界に関わっていると面白い!」
瓢さんが手を叩いて笑っていた。
「見せものじゃないぞぉぉぉぉ……」
遠心力で弱まってきている中、不愉快そうにベブズは言った。
笑い声を納めつつ、それすらも意に介さないかのように瓢さんは、
「だからこそ、この世界にあるべきなのですよ。すでにあなたの所有者は半歩この世界に足を踏み込んでいる。そこから抜け出すか、入り込むかはあなたにもかかっているのでは?」
「……ふん。それは……僕が決める事じゃない……」
ビニール紐に宙ぶらりんになったまま、ベブズは疲れたように呟いた。
どこか緊張感がないのはまぁ、仕方ないとしか言いようがない。
「ああ、そうだった。アキラ。君に火急の用があるんだった」
ベブズは思い出したかのように言った。緊張感はさらになくなりそうだった。
「そろそろここから離れた方がいい。なるだけ遠くに、だ」
「なんでだ?」
「あー、まぁ。なんというか、君に分かりやすく説明するならば……」
ベブズが言いあぐねているとき、
ドアが粉砕された。
文字通りの、粉砕だった。
最近、ドアを粉砕するのが流行なのだろうか。
俺はひとまずドアから離れていたので無事だった。瓢さんは机につき、木之絵馬はそのそばで待機していたから、二人ともひとまずは無事だった。
ドアの破片が木之絵馬に飛んできていたりしていたが、木之絵馬はうまくかわしていた。
今までの部屋の空気を一掃するためにドアを開けたというのは分かるのだが、いかんせん、威力が強すぎるのでは無いのだろうか?
やがて、破れられたドア、もといゲートから人が現れた。
「……意外と早い到着だったな」
仏頂面の眼鏡メイド。
触れれば切れそうな目にすっきりとした顔立ち。結い上げられた髪の毛の上にはヘッドドレスがある。いたってスタンダードなメイド。何も持っていなかったらこのメイドさんはちょっと無愛想だが普通のメイドさんだと思うだろう。瀬戸がいたら間違いなく飛びつきそうな格好ではある。
だが、その背中にはいかんせん、メイドさんにはにつかわない、彼女と同じくらいの大きさを持った高枝切り鋏が背負われていた。
そして、
「――お初にお目にかかります」
お辞儀。それも丁寧に四十五度で。
その時に鋏がかちゃかちゃと音を鳴らした。
「わたくし、主に仕えています魔人、レイと申します」
この発言、どこかおかしくなかったか?
いや、最初っからおかしかった。
まずマスターって誰なんだよとか、なんで四十五度も深くお辞儀をしたんだよとか、なんでドアを粉砕したんだよとか、ドアを普通に破ればよかったのにぶち壊すような乱雑さでよくメイドになれたなとか、いろいろとつっこみたいところはあったが、
中でも、「魔人」というキーワードには引っかかった。
魔人。
俺があのとき呼びだしたって言われてる少女と、同じ。
人の形をした、人ではない物。
「で? 何しに来たんだ?」
木之絵馬がメイドさんに視線を向けた。
なにやら殺気立っているように思える。部屋の空気が先ほどとはうってかわって張り詰めた物に変わる。
メイドさんは木之絵馬から視線をそらさずに、
「僭越ながら申し上げますと、そちらのお方がお持ちになっていらっしゃいます我が主が所望しています魔導書を、是非ともわたくしに預けてはくれないでしょうか」
「預けたら? どうなる?」
「……それはお教えかねます」
少し言い淀んだ後、レイは改めて、
「もう一度提案させてもらいます……その本を、わたくしめに預けてはくれないでしょうか?」
ここでの預けるって、要するに渡せ、って言ってるのと同義、だよな。
俺がそう考えていると、木之絵馬はこちらを静かに一瞥し、口を開いた。
「だとしたら、断る。だいたい、お前のいう預けるとはそちらに渡すのと同じではないか? おまけに貴様の言うお方は私たちの先客だ。後からやってきた奴に『はいそうですか』と、とられるわけにはいかんのだ」
「俺はものじゃねぇぞコラ」
そう言って木之絵馬は俺の方をちらりと見た後、
「欲しければ、力ずくで奪ってみろ」
そう言って、少しの静寂ができた。
その時、木之絵馬の足下が少し後ろに伸びたような気がする。
それは、徐々に伸びていった。
徐々に。徐々に。
そして壁まで到達したとき、昨日、俺に向かってふるわれた黒い腕が現れた。
指先、爪まで黒かった。深いしわが寄せられた指、だらんと下げられたような腕が、魔人――レイに向かって伸びている。
金色の複雑な文様が彫り込まれた、筋肉質の腕。
それが、木之絵馬の命令を待っているように、メイドにその手の先を向けていた。
レイはそれを見た時ほう、と息を吐き、
「――致仕方ありません」
残念そうに。
そう言った後、背中にある高枝切り鋏を取り出して構える。
「僭越ながら、お相手させていただきます」
今回の没ネタ。
「――お初にお目にかかります」
お辞儀。それも丁寧に四十五度で。
その時に鋏がかちゃかちゃと音を鳴らした。
「わたくし、主に仕えています魔人、レイと申しますにゃん」
……ネコミミつけてないのににゃんとかいうキャラを初めて見た。
――nyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanyanya!!――




