ep139:女神の祠
田植えを終えた水田に、無数の緑の芽が等間隔で並ぶ。
植えたばかりの稲はまだ小さく、その葉は水田を覆うには至らない。
澄んだ水が満ちた田んぼは、鏡のように青空を映していた。
「予定より早く終わったな。神様の祠にお祈りしたら、お昼にしようか」
背中をほぐすように伸びをしながら、父が穏やかな笑みを浮かべて言う。
屈んで苗を植える作業は、けっこう腰にくる。
長身であるほど大きく屈まなければならないので、父が一番しんどかったに違いない。
子供たちもそれぞれ伸びをして、身体をほぐした。
(日本なら農機を使うからすぐ終わるけど、こっちには無いから大変だなぁ)
腰を揉みほぐしながら、僕は思う。
オッサンの身体だったら、途中でギブアップしたかもしれない。
オール手作業での田植えは、小学生時代に経験したことがあった。
あのときは田んぼが小さかったから、そんなに大変だとは思わなかったけど。
体験実習用の田んぼと本職の田んぼでは、規模が全然違った。
◇◆◇◆◇
神様の祠は、村の中央にある池の畔に建てられている。
この池は地下水が湧き出たもので、遥かな昔に豊穣の女神がここに降り立ち、人々に授けたという伝説があった。
滾々と湧く水は年間通して温度が一定しており、真冬でも凍らない。
この池から田んぼまで続く用水路には、清らかな水が流れ続けている。
黒髪醤油顔ファミリーと僕は祠の前に並び、今年の豊作を祈願した。
祈りのポーズはリシュ領と同じで、胸の前で両手を交差させるものだった。
『神様、どうかこの村の作物が健やかに育ちますように』
『おっけー! 任せといて!』
僕が祠に向かって祈りを捧げた途端、ノリの軽い神様の返事が頭に響く。
あまりの軽さにズッコケそうになったよ。
幸い、家族は目を閉じて祈っていたので、苦笑する僕に誰も気づかなかった。
普通に返事してくる神様は、勿論ラ・テール様だ。
『ショウの依り代になってくれた子の故郷だもの。サービスしなくちゃね』
また頭の中に声が響いた直後、祠に祀られた女神像が光を放つ。
光に気づいて目をあけた父や兄弟たちが、驚愕の表情に変わる。
女神像の前に、淡紅色の花をつけた小枝が現れた。
小枝はフワリと空中に浮かび、父に近づいていく。
「こ、これは……」
呆然としながら小枝を見つめる父が、ハッと目を見開くと恭しく両手を差し伸べる。
おそらく、神託を受けたんだろう。
空中を進んできた小枝は、父の両手の上にスーッと降りた。
「ラ・テール様より神託を頂いた。この枝を祠の隣に植えるように、とのことだ」
「父さん凄い。それって【生命と豊かさの木】じゃない?」
エリチエルが興奮気味に言う。
彼は農業を継ぐつもりで知識を増やしているので、こうした事象にも詳しかった。
「ああ。どうやら、そうらしい」
「植えるの、手伝うわ」
父が肯定すると、エネフィーユが自分の両手に身体強化をかけて、素手で地面を掘る。
彼女は護身用として父から身体強化を学んでいた。
ラ・テール様が授けた小枝は植えられた直後からぐんぐん育ち始め、あっという間に祠とその周囲に木陰をつくる。
淡紅色の花が枝を覆い、辺りに花弁が舞う。
空の青を映す池の水面に淡紅色の花弁が浮かび、なんとも美しい風景を作り上げた。
「すげぇ……」
「綺麗……」
トロワジエムとシャルルーズが、感動のあまり言葉少なく呟いた。
女神が授けた小枝が生み出す奇跡。
リシュ城の中庭で見た光景と同じだ。
これで、この農村や周辺地域も、百年の豊作が続くだろう。




