ep101:美人局なのか?
昨日の【僕】の記憶を思い出しながら、僕は今後の対応について必死で考えた。
記憶にある女性の状況はこんな感じだ。
崖から身を乗り出そうとした。
ボーッとしていて反応がほとんど無い。
手を差し出したら掴み、歩き出したらついてきた。
食べ物や飲み物を差し出すと飲食行動をするが、無表情のまま。
コミュニケーション能力は極めて低いが、見たものを認識する脳機能は活きているかもしれない。
(……服を着替えることはできるんだな)
居間に敷いた布団の傍らには、発見時に女性が着ていた服が畳んで置いてある。
白地に薄紅色の花が描かれたサマードレスだ。
リゾート地で観光客の女性がよく着ているが、地元民はあまり着ない服だった。
今まで見かけたことがない人だから、観光客だろうか?
どうやってあの崖っぷちまで行ったのか?
話しかけても無反応なのに、何故こんな丁寧に着替えられるのか?
彼女は本来は几帳面な性格で、何か精神的なダメージを受けて心を閉ざしているのかもしれない。
(問題は、それが演技かもしれないってことだよなぁ……)
僕は今後のことを考えて溜息をついた。
もしかしたら「放っておけない人」を演じる美人局かもしれない。
なにしろ容姿はモデルや女優並みに綺麗だし、どこか庇護意欲を掻き立てられる魅力がある。
(少年よ、君は何故いつもトラブルに巻き込まれるんだ?)
お人好しな性格のままに女性を連れ帰り、僕に丸投げするウォルクリスが恨めしい。
顔を引き攣らせつつ新聞に目を通すが、内容なんて頭に入ってくるわけがない。
再び溜息をついたとき、居間と寝室を隔てる引き戸が開く気配を感じた。
新聞から目を離して振り向くと、浴衣姿の美女が引き戸に両手を添えて立っていた。
腰より下までのびたサラサラの栗色髪が、ちょっと乱れている。
着崩れした浴衣が、色気を醸し出す。
美人てのは、どんな格好でも魅力的に見えるんだなぁ。
(……動揺しちゃ駄目だ。落ち着け、落ち着け……)
僕は必死で平常心を保ちつつ、新聞を畳んでテーブルの上に置いた。
女性が引き戸から離れて歩き出し、こちらへ近づいてくる。
「おはようございます。身体の具合はどうですか?」
僕は何事も無かった風を演じながら、笑顔で話しかけてみた。
女性は返事をしないが、僕を見て何か安堵したように泣き笑いを浮かべる。
それは冬を乗り越えて咲く春の花のように、可憐で美しい微笑みだった。
「お腹すいてませんか? 何か作りましょうか」
言いながらソファから立ち上がりかけた僕に、女性は半ば体当たりするように抱きついてくる。
押し倒される形でソファに仰向けになった僕の上に、美女が伏せて泣いている。
(ヤバイ、これはやはり美人局か?!)
僕は表面には出さないが、内心めちゃくちゃ焦っていた。
こんな冴えないオッサンに、女性が下心無く抱きつくわけがない。
世知辛い世の中を生きてきた男は、美しい女性に抱きつかれても、安易にときめいたりはしないのだ。
「駄目ですよ、こんなことしちゃ」
僕は冷静なフリをしながら起き上がり、女性の両肩を掴んで引き離す。
美人局対策は、誘惑に乗らないのが一番だ。
既に自宅へお持ち帰りしちゃってるので、手遅れかもしれないけど。
「もっと自分を大切にして下さい。とりあえず朝ごはん食べましょうか」
僕は説得するように穏やかな声で言うと、女性をその場に残してキッチンへ向かう。
内心は、いつ相棒のヤクザ男が押しかけてくるかとヒヤヒヤしていた。




