最終話文化祭の六つの告白
高校3年の秋、文化祭当日。
校舎は色とりどりの飾り付けで溢れ、廊下は生徒と来場者の笑い声で賑わっていた。
北条蓮太郎は、虹野陽菜たちのクラスが合同で出している「六色のステージ」コーナーに向かう足取りが、少し重かった。
一週間前までのデートで、六人の本音を少しずつ知った。
虹野陽菜の笑顔の下に隠れた、姉としての孤独。
虹野凛の冷たい視線の奥にあった、傷ついた心。
虹野澪の無表情の裏側に潜む、誰にも触れられたくない世界。
虹野葵の元気の裏に諦めた夢と、負けを恐れるプライド。
虹野紬の完璧主義の奥に、失敗を許せない自分への苛立ち。
そして虹野茉白の、静かで深い視線。
全員が、蓮太郎を本気で好きだと認めた。
でも、蓮太郎の胸には、まだ一つの答えが残っていた。
あの修学旅行の少女。
なぜ自分に手を差し伸べたのか。
なぜ、あの言葉をくれたのか。
文化祭のステージは、六人それぞれの個性がぶつかり合う特別なものだった。
そして、最後のステージ。
虹野茉白のライブ。
小さなキーボードとマイクだけ。
照明が落ち、スポットライトが彼女を照らす。
シルバーホワイトの髪が柔らかく揺れ、白いワンピースが光に透ける。
彼女は静かに歌い始めた。あの夜の公園で弾いたメロディを、歌詞付きで。
歌詞は、優しくて、少し切ない。
「迷った君に、手を伸ばした
あの日の約束、覚えてる?
君が変わるきっかけになれたなら
私は、それでいい」
歌が終わると、会場は静まり返った。
虹野茉白はマイクを握ったまま、ステージから降りる。
蓮太郎の前に立って、初めて大きな声で。
「……蓮太郎くん。あの修学旅行の少年……あなただったよね」
蓮太郎の息が止まる。
周りの喧騒が遠くなる。
虹野茉白はゆっくりと、声を震わせながら続ける。
「あの日……中学2年の秋、修学旅行の2日目。私はみんなの期待が重くて、一人になりたくて抜け出していたの。木陰に隠れて石段を見下ろしたら、あなたがいた。顔を伏せて、肩を震わせて……。
『勉強なんて意味ない……俺なんか誰も必要としてない……』
その声が胸に刺さった。私と同じ、一人で抱え込んで、笑顔の裏で潰れそうになってる。だから、迷子になったふりをして近づいたの。
一緒に石段を登りながら、私は言った。『君がしたいことのために、頑張ればいいよ。君の未来は、君が決めるんだよ』って。
あの瞬間、私の心が初めて軽くなった。誰かを励ませた、誰かのために何かできた。あなたは、私を変えてくれたの。私の音楽が『誰かのため』に変わった。だから……あなたは、私のメサイアだった。救われたのは、私の方だったのかもしれない」
蓮太郎の目から、涙がこぼれる。
「……俺、あの時、本当に一人だった。君が現れて、手を差し伸べてくれた時、白い髪が陽光に輝いてて、天使みたいだった。君の言葉があったから、俺は変われたんだ。ずっと、君を探してた」
虹野陽菜が最初に口を開く。
「……ましろ、あの時からずっと想ってたんだね。ましろの曲がいつもより優しい理由、やっとわかったよ。最後は……ましろに任せよう。だって、あの子が一番長く蓮太郎くんを想ってたんだから」
しかし、その言葉がきっかけだった。
虹野葵が突然、声を荒げて拳を握りしめ、涙を溢れさせて。
「待ってよ、陽菜姉! 私、まだ納得できない! ましろのこと大好きだけど、蓮太郎くんのこと、私だって本気で好きになったんだよ! なんでましろだけが特別なんだよ……私だって、選ばれたかった。祝福したいけど、胸が痛くて、息が詰まって……素直にできないよ!」
虹野凛が髪を強く巻きつけ、涙をこらえきれずに。
「……私もよ。蓮太郎くんが私の絵を見て『寂しさが滲んでる』って言ってくれた。あの言葉で、私の傷が癒されたのに。祝福したいのに、素直に喜べない。私の想いが、こんなに重いなんて思わなかった。怖くて、胸が潰れそう……!」
虹野澪がヘッドホンを強く握りしめ、声を震わせて。
「……計算、全部狂った。蓮太郎くんが初めて、外の世界が楽しいって教えてくれたのに。ましろに取られるなんて。データは正しいけど、心が追いつかない。この感情、効率悪すぎて、苦しくて、辛い……」
虹野紬がメガネを外し、嗚咽を漏らしながら。
「……私だって、完璧じゃなくてもいいって、初めて思えたのに。ましろの過去の繋がり、羨ましいよ。祝福しようとしたけど、胸が張り裂けそう。また失敗したみたいで、自分が嫌で、どうしようもないよ……!」
虹野陽菜が唇を強く噛み、涙を溢れさせて。
「……みんな、私もよ。長女としてまとめたいのに、豪雨で抱きついた時のあの温かさが忘れられない。甘えられたのに、ましろに譲るなんて辛すぎる。本当は『おめでとう』って言いたいのに、素直になれない。胸が痛くて、息ができない……!」
控室は悲しみと悔しさの渦に包まれ、誰もが声を上げて泣いた。
蓮太郎は耐えかねて、声を出す。
「……みんな、ごめん。俺は、みんなの想いを全部受け止めている。陽菜の笑顔も、凛の絵も、澪のゲームも、葵の走りも、紬のクイズも、全部俺を変えてくれた。だから、俺は……茉白を選ぶ。忠告する。それはみんなの想いを否定するわけじゃない。俺は、みんなのことが……」
虹野茉白は静かに、自身の涙を拭いながらみんなを抱き寄せる。
「……みんな、ありがとう。悔しいって言ってくれて、ありがとう。私たち、ずっと六色だよ」
虹野陽菜が最初に息を吐いて、涙を拭きながら頷く。
「……ましろ、おめでとう。辛いけど、みんなの絆のために、祝福するよ」
一人、また一人と、涙を拭いながら微笑みを浮かべる。
蓮太郎は六人を見て、静かに言う。
「……ありがとう。俺は、茉白を選ぶけど、みんなの想いは一生の宝物だ」
文化祭の夜空に、花火が上がる。
六人と蓮太郎は、屋上で並んで見上げていた。
虹野陽菜が笑う。
「六等分でも、恋は一人分だね」
虹野茉白が蓮太郎の手を握りしめ、頷く。
「……でも、絆は六人分」
蓮太郎はみんなを見て、微笑む。
「……そうだな」
六色の約束は、ここから新しい色を加えていく。
終わりではなく、始まりとして。
END




