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狸を嗤う者たちへ

掲載日:2026/01/01

「エカテリーナ嬢、君との婚約を君の有責で破棄させてもらうよ。」

 学園の卒業から半年、現国王の体調が思わしくなく国王不在のまま始まった建国祭。

 年が変わる日に行われるそれは国防を担う辺境伯以外国中の貴族が集まっている。

 今の流行は狐や狸などの毛皮のショールらしく、会場にいる令嬢達はそれぞれ毛皮を纏ってその毛並みの美しさを争っていた。

 王太子候補として最後に入場した第一王子のアルフレッドはこの喜ばしい日を迎えられたことを寿ぎ、また学園を無事卒業した令息令嬢が貴族の一員としてこの国の発展に貢献するように期待をなげかけた後この言葉を発した。


 第一王子の周りの評価としては「暗愚」。

 常に困った様な笑みを浮かべ義理の母である王妃に叱責される姿や婚約者に嗜められる姿、また学園で殆ど行動を共にしていた男爵令嬢に振り回される姿が見られ口さがない人は「上手く立ち回ろうとして間抜けな姿を晒してる寓話の中の狸だ」などと笑っている。

 そんな彼が放った一言に王妃は扇子で口元を隠して目を細め、隣に座っている王妃の実子である第二王子のカールスは思うところがあるのか目をぎらつかせた。

 貴族達もそれぞれ頭を抱える者、失望した様に顔色失せる者、余興を見る様に半笑いのものそれぞれだった。


 「因みに私の独断ではないよ。

 国王には今日の事は全ての権限を与えられているからね。」


 ざわつき始める会場。

 その中で名前を呼ばれたエカテリーナが前に進み出て口を開こうとした。

 が、その時横からアルフレッドに体当たりするようにピンクの塊…いやピンクのボリュームのあるドレスを着た令嬢が躍り出て騒ぎ出す。


 「アルフレッドさまぁ!!

 エカテリーナ様はちょっとヤキモチを妬いちゃっただけなんだと思います!!

 だからあまり虐めないであげて下さい!」


 オーブル男爵令嬢のアルビーナである。

 学園に入ってきた平民上がりの庶子で常に王子の周りにいた令嬢であり、エカテリーナからいじめを受けていると訴える姿やアルフレッドがエカテリーナに対して「上手くやってくれ」と苦言を呈している姿を大勢の子息が見ている。


 アルフレッドは自分の左腕にしがみついたそれを一瞥することなく近衛兵に話しかけた。


 「近衛兵、何故この者の接近を許した?」


 「はっ、コンラッド侯爵令息が彼女は殿下が懇意にしている者だから構わないと…」


 「君はそんな大事なことを私本人に確認も取らず信用したと。

 もし敵対派閥の雇った暗殺者だとしたら私は殺され放題だな。」

 

 顔を白くした近衛兵に代わり近くに侍っていたコンラッド侯爵令息が庇うように声を上げた。


 「余りにも御無体なお言葉ではございませんか!

 アルビーナは学園で長くを共にした殿下のご学友です!」

 

「学園は卒業したよ。

 学園の中では様々な身分の者と分け隔てなく過ごし見識を広めよとの学則に則り近くにいるのを許したが貴族として社会に出た以上今は通用しない。

 そして勘違いしているようだが学園内で私がオーブル男爵令嬢を重用してた事は一切ない。

 彼女が勝手に近くにいただけだ。」


 「そんな!

 嘘ですよね!?

 アルフレッド様は私と仲良くしてくれたじゃないですか!!」

 

 腕にしがみつく力が強くなり金切り声で叫ぶアルビーナをアルフレッドが初めて視界に入れた。


 「オーブル男爵令嬢。

 私の名前を呼ぶ許可は出してない。

 ……不敬である。」


 その言葉に死人のような顔をしていた近衛兵が弾かれたようにアルビーナを引き剥がし取り押さえる。


アルビーナへの対応に慌てたのはアルビーナ派と呼ばれた下位貴族を始めとする多数の子息、令嬢である。

 慌てて押し寄せようとした時、アルフレッドが手を一つ叩いた。

 一同の動きが止まり緊張感から静けさが会場に広まった。


 「さて。

 もういいか。

 近衛、すまないがオーブル男爵令嬢を放してやってくれ。」

「……はっ」

 戸惑いながら手を離すとアルビーナは今までの姿が嘘のように会場の貴族、アルフレッドに見事なカーテシーを披露するとその場に侍る。


 一息ついてしがみつかれていた袖を直すと改めて視線をアルビーナに向ける。


 「オーブル男爵令嬢アルビーナ。

この者は私の子飼いでね。

 先に礼を言っておこう。

 君は良い試金石となってくれた。

 顔が良いだけの平民出身の下位令嬢が暗愚と噂される王太子候補の第一王子に近づいた時周りがどう動くか。

 お陰で今後そばに置く者の色々な判断材料となったよ。」

 

 にこりと微笑んだ後、更に言葉を続ける。


 「私と婚約者の仲を心配し掣肘する言葉をくれる者。

 国を思っての言葉を掛けてくれた忠義者であり信用おける者とみた。

 私の対応を見て真の意味を悟った者、答え合わせを求めてきた者。

 今後国を支えるに足る者がいた事、喜ばしく思う。

 だが。

 私が彼女にうつつを抜かしていると思い込み、彼女にすり寄る者や私がエカテリーナと破談になった方が得と見る家門の子息達。

 しっかり記録させていただいたよ。

 私は敵対するものには容赦はしない。」

 

 特に大きくもないのに会場に響き渡ったその声に何人かの令嬢や夫人がよろめき倒れ、当主らしき何人かが目立たぬように会場を後にした。

 もう遅いと言うのに。


 「そしてコンラッド侯爵令息、フリンジャー伯爵令息。

 君達は私とは関係なくオーブル男爵令嬢と懇意にしていたようだね。

 婚約者には私をダシにしていたのは確認が取れている。

 明日から文官、騎士としての勉強が忙しくなるだろうから城まで来なくて結構だよ。」

 

 それは実質の側近の資格を失ったと言う事。

 2人の喉が変な音を立てるも声にならない。


 「コンラッド侯爵、フリンジャー伯爵。

 これは老婆心だが2人の婚約者への予算を見直すと良い。

 ドレスや宝飾品など少なくない数をオーブル男爵令嬢に贈っていたからね。」


 2人の父が信じられないものを見るようにそれぞれの子供を見る。

 彼らの婚約者の家族がアルフレッドに頭を下げていた。

 知っていたのだ。

 自分の娘が蔑ろにされていると。

 しかし爵位の問題で言えずにいたのだ。

息をついて今度はエカテリーナを見る。


「貴方にはオーブル男爵令嬢の事も上手くやってくれとお願いはしたよね。

 しかし何もしなかった。

 それこそ何もだ。

 私に苦言を呈する事も、男爵令嬢を諌めることも、父親の公爵を通してオーブル男爵に働きかける事も一切しなかった。

 そして周りの同情を買っていたようだが、それは私の無能ぶりを周りにアピールしたかったのかな?」


 君は賢いからね。

そう告げると、エカテリーナが口を開いた。

 その手の中の扇子は関節が白くなるほど握りしめられている。

「…私も試されていたと?」


「そうだよ。

 第二王子派と言われる派閥が目立ち始め王妃の母国と通じているのが判明したからね。

 誰が味方で誰が敵か徹底的に炙り出す必要があった。」


 その言葉に顔から表情が抜け落ちた。

 焦っているのか目が泳ぎ始めている。


「最初はただ私より優位でありたいだけかと思っていたんだ。

幼少の時は何かと世話を焼いてくれていたから。

 だが違ったようだね。

 学園に入る少し前からかな?

 大分王妃やカールスと仲良くなったようだね。」

 

「婚姻とは愛情より、国の安定を選ぶもの。

もし王家が“より安定する選択”をなさるなら、

そのお相手がどなたであっても私は拒みませんわ」


 この場にいる者は皆“次は誰が王太子になるのか”を

エカテリーナが天秤にかけているのを理解した。

そしてその天秤がカールスに傾いているのも。


 アルフレッドが鼻で笑う。

 

「まるで貴方が次代の王を選べるような発言だね。

直接は言わない。

それが貴方の賢さで、卑怯さだ。

 

 だが貴方は道を誤った。」


 首を傾げるアルフレッド。

 アルビーナより顔が白くなっているエカテリーナにアルフレッドは聖母の様な顔で微笑む。


「私はこの国を思って!!

 無能な王が立てば国が傾きます!!!!」


 ほとんど叫ぶ様に言葉を紡ぐエカテリーナ。

 

「私は無能だったんじゃない、わざと分からないふりをしていたんだ。

……貴方は私が賢くあるのを嫌っていたからね。 」


困ったように微笑むアルフレッド。


「アルビーナ嬢がいつも言っていた

 『殿下は今のままで良いんです。』

 『いつまでも優しい殿下でいてください。』

 この言葉に聞き覚えはないかい?

 常に貴方が私にかけていた言葉だ。」


 エカテリーナが息を呑む。


「貴方は私に変化する事、努力する事を拒んだ。

 それでいて周りにはいつまでも変わらない事を態度で、言葉の端々で嘆き私の評価を下げていった。

 とんだ狐ぶりだったよ。」


 君がそれで喜ぶならと黙ってみていた私も大概愚かだったけどね。

 独りごちた後

 「因みにカールスに君のことを聞いてみたんだよ。

 毎週金曜日の午後の鐘がなってからの1時間、人払いまでして図書館で2人の時を過ごしていただろう?

 好意が無いものが侍女や護衛を付けずに2人きりで部屋に篭るのは令息、令嬢としてありえないからね。

 そうしたら『彼女は賢く、しっかりしてるようで脆い。

 彼女を理解して支えてやれるような伴侶が必要だと思う。』

 と言っていた。

 これも証言として書き留めてある。

 私は婚約者を貶め王権簒奪を仄めかすような国賊を支えてやれるような度量はないので現在を持って私との婚約は破棄、同時にカールスとの婚姻を成立させるものとする。これは王命である。」

 

 国賊と言い切り弟との婚姻を強制する発言にその場に居た貴族は激しく動揺した。

 第二王子派などはクーデターもやむなしと顔を高揚させている。

 しかしその次の言葉に顔色を失った。


 「君たちは勘違いしている様だがカールスには王位継承権はないよ。

 この国では王の嫡子しか継承権がないからね。」

 

「何を言うのですか!?

 カールスはあなたの弟ですよ!!」

 

 王妃が立ち上がり詰め寄る。

 アルフレッドが近くにいた近衛隊長に目配せすると彼は王妃を拘束し地に這わせた。

 周りから悲鳴が上がる。


 「元王妃イザベラ。

 貴方には彼女達より多く、そして重い罪があるのをご自身で知っているでしょう。」

 

「そんなものはないわ!!」

 

 悲鳴に近い声で叫ぶ王妃を汚物のように見下すアルフレッド。

 

「父上は初恋である私の母に全てを捧げていた。

 母が身罷った後誰も娶るつもりも抱くつもりも無かったらしい。

 なのに半ば押しかけるように隣国から貴方が嫁いできた。」

 

 だから

断種をした影武者に閨を任せたんだ。

 言い放った瞬間王妃から力が抜けた。


 「元から初夜以外お呼びのかからなかった貴方が無理やり寝室に押し入ったのがカールスの生まれる10ヶ月前。

当然その夜も貴方を相手したのは種無しの影武者。

 奇跡的に影武者が孕ませたとしてもそれは王家の血ではない。

 この説明で十分でしょう?」

 

 目を見開いた王妃が唇を震わせる。


「……そ、そんな……違う……」


「貴方は今日私が立太子する事を恐れて王に毒を盛ったね?

 貴方の侍女頭が話してくれたよ。

 貴方が今呑んでいた酒にはここ数ヶ月貴方が王に毎日差し入れてる薬が入ってる。

 原液がたっぷりとね。

 貴方の母国から取り寄せた特別な薬だ。

 滋養強壮にいいんだろう?」

 

 そう言われた瞬間王妃が吐いた。

 近衛の隊長を振り解き胸を掻きむしりネックレスの引きちぎりその中の小指の爪ほどの小瓶を煽ろうとする。


 「隊長!その小瓶を奪い早急に王の元へ持っていけ!」

 

 女の力で男に敵うはずもなく小瓶はすぐさまひったくられ鳥が鳴くようなけたたましい声をあげる。


 「元王妃イザベラ、王の殺害未遂、反逆罪、王位簒奪罪、王家血統撹乱罪により斬首後王都に首をさらされる事心得よ。

 この事は既に隣国には了承を得ている。」

 それからアルフレッドは泣きそうな顔で王妃とエカテリーナをみた。

「私は愛して欲しかったんだ。

 義理とはいえ母である王妃に、婚約者でありこれから共に歩むエカテリーナに。

 だからこそ貴方達が望むように努力する事を否定し、無知である事を是とした。

だけど国を背負う者としての自責の念が限界に来てふと思ったんだ。

  『何故私は他人からの評価や愛をもらう事に必死になっていたのだろう』と。

 己の事は己が一番わかっている。

 努力したなら自分で労い褒めてやればいい。

 努力した自分を自分で愛してやればいい。

 もう貴方達は必要ない。

  近衛!!

 この王妃と王妃の親族を貴族用の牢へ連れて行け。」


 それぞれが悲鳴をあげて抵抗するも引きずられる様に会場から連れ出されていく。

 

「さて。

 カールス。

 最後に君の処遇だが、君自身この事実を知っていたかどうかはもう関係なくなってしまってる。

 君が王位を欲している言動をしてしまったからね。

 丁度夫婦となったエカテリーナと共に北の塔に幽閉させてもらう。

 後ほどワインを差し入れるから2人で楽しむと良い。」


 それは実質の所の自害を求める発言だった。

 

「嫌だ!!

 僕は悪くない!!

 助けてくれ兄上!!」

 

「だから言っているだろう、私は君の兄ではない。」

 

 近衛に命令し連行されるカールスを見送ると言葉を失い静かな会場を見渡す。


「国王は王妃に盛られた毒で回復しても床から起き上がる事が不可能に近い。

 故に次期国王は私になるね。

 何せ直系の子供は私しかいないから。

 この場にいるものの中には未だに私が国王となる事を不安に思っている者もいるだろう。

 だが今まで暗愚なままで居た罪はこれからの働きぶりで濯いでいこうと思う。」


 言葉を切ると息を吸い込み声を張った。

 

「私は優しい王になるつもりはない。

だが、愚かな王にもならない。


この国に必要なのは

“好かれる王”ではなく、

“誤魔化されない王”だからね。」

 

 言い切った後いつものように困ったように微笑んだ。

 そんな中、宰相が恐る恐るアルフレッドに尋ねた。

 新たな婚約者の選定はいかがなさいますか?と。

 肩をすくめて第一王子が宣う。

「共に国を守ってくれる子がいいけど、狸や狐は嫌かなぁ。」

 その瞬間令嬢たちが悲鳴を上げてショールを一斉に投げ捨てたとか。

 

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