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第8話 リリズは窮屈な籠の鳥だった

オーウェンとともに部屋を出て階段を降りていくと、背後から鋭い声が響いた。

その瞬間、足が止まる。


「待ちなさい」


──父だ。

自然と身体がこわばる。

振り返ると、階段の上から父の厳しい眼差しが突き刺さっていた。


「リリズ、これはどういうことだ。アッシュフォルデ卿は婚約を辞退して出て行ったはずだ」


その声に、オーウェンが小さく息をのむ。


「……あの、僕は……」


オーウェンが言葉を探す間に、リリズが振り返り一歩前に進み出る。

反抗的な目は、まっすぐ父の方を見上げる。


「ええ、婚約は破棄します。あなた達の決めた相手と結婚する気はないので。だからといって俺がどの男を選ぶかには口出ししないでほしい」


「言っている意味がわからない。リリズ、次の婚約者候補の目星は付けてある。勝手に家に男を連れ込むな」


父の声には怒りと失望が滲んでいた。

喉の奥がひりつく。だが、もう我慢する気はなかった。


「俺に指図しないでください。家に男を連れ込むなと言うなら、俺が出て行きます」


そんな俺の言葉に、オーウェンが慌てて口を開いた。


「リリズ様っ!……お父上の言うことは正しい……自分から婚約破棄を申し出ておいて、あなたに付け入ってまた屋敷に上がり込んだ僕が悪いんです。申し訳ありません」


「──チッ……もういいっ! 俺は出かけます!!」


声を荒げ、リリズは父に背を向けた。

背後で父が呼び止める声がしたが、もう聞きたくなかった。


エントランスを抜けて外へと飛び出せば、海からの風は思いのほか冷たく肌を撫でる。

追いかけてくるオーウェンの足音も無視して、車に乗り込む。


エンジンが唸りを上げ、アクセルを踏み込むと、家も街もあっという間に遠ざかっていく。

どこまでも自由に──そう思いたかった。



※ ※ ※


それから数日が経った。


デヴロー家──つまりこの屋敷で開かれた晩餐会の夜。

煌びやかな照明とシャンパンの泡の中、リリズは部屋の隅の椅子に腰をかけ、退屈そうに足を組んでいた。


出ていくと啖呵を切ったところで、今の俺に行くあてなどない。

オーウェンのことは気に入ってはいるものの、懐に入れるには正直信用しきれていなかった。


「リリズ様、お会いできて光栄でございます」


「こちらこそ。本日は楽しんでいってください」


笑顔を貼り付け、形式的な礼を返す。

手の甲にキスを落としていく若い男たちが、入れ替わり立ち替わり現れては消えていく。

リリズはそのたびに小さく息を吐いた。


また一人…


「リリズ様、よかったら一曲……」


「申し訳ない、練習で脚を痛めてしまって」


そしてまた一人…


「リリズ様、何度か目が合っていましたよね?」


「……合ってねえよ……」


こんな会話の繰り返しだ。


──クソッ


リリズはグラスの中の泡を見つめながら、舌打ちした。

普通のパーティーかと思っていたが、近づいてくるのはどいつもこいつも若く、家柄も良さそうな青年ばかり。


とんだ仮面舞踏会だ。


この晩餐会とやらが婚活パーティーだと知っていたなら俺は絶対に参加をしなかった。

俺が見そめた奴を婚約者にして番わせようという、両親の浅知恵なことは明らかだった。


と、そんな中に見知った顔を見つけた。


──奴は確か…

カナリア。ルー・カナリアだ。

俺を試合で負かした奴が、なぜ…こんなところに?

しかも奴は貴族ではないはずだ。


嫌な予感がする。

両親が求めるのは家柄や容姿よりも“血“だ。強い能力の血。

それは、俺の力がこの家を継ぐには弱すぎるからだろう。


まさか、カナリアは能力者なのではないだろうか? 強い能力を持つ者は王に仕えることで繁栄した。だが必ずしも貴族だけが能力者ではない。でも、だとしたら、どんな…


頭の中で疑念と憶測が湧き上がっては霧散する。

ぐだぐだと悩むのは俺の性分じゃない。そう考えて俺は自らカナリアのもとへ歩み寄った。


「おい」


「──!!」


呼びかけにカナリアの肩が跳ねた。

リリズはそのまま距離を詰め、正面から見据える。


「なぜ、あなたがこんなところにいる?」


不躾な問いに、カナリアは一瞬戸惑い、すぐに姿勢を正した。


「リリズ様、ご挨拶が遅れて申し訳ない。ルー・カナリアです。ご両親から是非にとお誘い賜り参りました。お身体はもう大丈夫ですか?」


──この間の試合で蹴られた傷のことか。

リリズは鼻で笑った。


「こんなもんは怪我のうちに入らねえよ」


品よく取り繕う気はなかった。

だが、そんな言葉にもカナリアは穏やかに笑う。


「それならよかった。リリズ様は本当にお強い方です」


試合では侮辱するような負かしかたをしたくせにと、俺は内心イラついた。

カナリアの言葉からは人を貶めるような嫌らしい感じはしない。

社交の場では誰もが仮面を被る。それだけのことだろう。


カナリアの彫刻のように鍛え抜かれた身体と日焼けした肌は人目を引くが、リリズの心は動かなかった。


「あなたに強いと言われても、嫌味にしか聞こえないけどな。何か特殊な力を持っているのか?」


そう聞けばカナリアは目を丸くして、破顔した。


「まさか。俺は漁師ですよ? 貴族のような力なんてありっこない」


「……だろうな、せっかくのパーティーだ、せいぜいいいスポンサーでも探せよ」


吐き捨てるように言い、リリズは踵を返した。

奴が何の目的でここにいるのかはわからない。

だが、少なくとも俺のためではない。


リリズは眉をひそめた。

俺の目は誤魔化せない。

カナリアの周囲に漂う“黒い色”


失望、恨み、復讐心──。


知ったところで、どうにもならない。

明らかな悪意の色を目の当たりにすれば関わらないようにはできるだろう。

だが人の“色”は日ごとに変わるし、安全な奴なんて存在しない。

それが、俺が人と深く関わらない理由だ。


臆病な俺には、この中途半端な能力がちょうどいい。

人の敵意や好意を見抜ける程度で、家を継ぐには役に立たないこの力が。

いつかきっと自分を自由へ導いてくれる。


そんな気がしていた。


誰にも心を開かず、ただいたずらに時間をやり過ごす。

頭の片隅には、怪我のせいもあって足が遠のいてしまった “あの銭湯” の光景がぼんやりと浮かんでいた──

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