第34話 夢 ー第4章へー
夢をみた。
暗い空の下だった。
空気は重く、どこか湿った匂いが漂っている。
仕事を終え車へと向かう道すがら、たくさんの黒い鳥が何かに群がっているのを見て俺は眉を顰める。
羽ばたきが擦れ合う音。
喉の奥で鳴くような、不快な声。
地面の上で、黒い影が蠢いている。
きっとゴミか、何かの死体だろう。
そう思った。
足元の地面は妙に柔らかく、靴の裏に湿った感触がまとわりついてくる。風が吹くたびに、黒い羽が一枚、また一枚と舞い上がる。
見ないほうがいい。そんな直感とは裏腹に視線はそれを捉える。
そして、黒の隙間から見えた金糸の髪に足が止まった。
光を含んだような淡い色合い。
黒い羽の間から見えるのは、俺がよく知るあの髪だ。
――違うっ
胸の奥がざわつく。
―こんなのは嘘だ
鳥たちは夢中で何かをついばんでいる。
羽がぶつかり、嘴が打ち合わされる音は生々しく、まるで俺に見せつけるようだ。
違う違う、嫌だっ!!
「オーウェンっ!!!」
叫びながら、俺は黒い塊へと掴み掛かった。
……つもりだったのに
なぜか剣を握っている。
重みのある柄が、汗ばんだ掌に食い込む。
暗闇の中へ、まっすぐ突進する。
「やめろォォッ!!――このっ……!!」
がむしゃらに剣を振るうたびに、黒い羽が散り耳障りな声がする。
だが、払っても払っても鳥は減らない。
何匹かなんてわからない。だが黒い塊はむしろ膨らんでいくように感じた。
金糸の髪は埋もれたままついばまれ続け、バタバタと羽が暴れると血と肉が飛び散った。
「――っ……!!!」
ゴミのような臭い、鳥の浅ましい鳴き声、血肉。
届かない。
何度剣を振っても、鳥たちはまた群がる。
視界がそれで埋まっていく。
焦燥感と不快感―
———
目を開けた。
暗闇が消え、急に広がった部屋の光景と、差し込む朝の光に茫然とする。
ガラスの向こうから、淡い光が部屋に流れ込んでいた。
「――!!?……」
喉がひどく乾いていた。
荒い息だけが、静かな部屋に残る。
「……リリズ……??」
隣から、まだ眠気の残る声がする。
「オーウェンっ…」
思わず名前を呼ぶ。
「大丈夫?」
半分起き上がったオーウェンが、こちらを覗き込んでいる。
髪が少し乱れ顔に掛かっている。
「……ああ」
息を整えながら答える。
夢の残骸が、まだ胸の奥に残っているような気分だ。
「やっぱり寂しいの?」
オーウェンが苦笑するように言う。
俺はヤケクソになって、その腰あたりに顔をうずめる。
温かい。
この体温が、今が現実だと教えてくれている。
「おかしな夢を見た」
「どんな?」
オーウェンの指が、軽く髪に触れる。
「たぶんお前は鳥の餌になった」
「おかしな夢ですね」
本当に怖かったのに、言葉にすれば現実味のかけらもなくて、自分でも拍子抜けしてしまう。
オーウェンはくすりと笑った。
そんな様子に、胸の奥に残っていた嫌な感情がようやく薄まっていく。
「助けようとしたのに、助けられなかった」
「助けなくていいです」
「なんでだ」
「自分が理解できないことが起こったなら、逃げてください。あなたはパニックになりやすい」
「そんなことできるか」
「あなたさえ逃げてくれたら、僕は一人でもなんとかなります」
「冷たいな」
「ちょっと違う」
「何が違う?」
「あなたが心配で僕がパニックになるかもしれないから」
「……わかった、ならそうする……」
オーウェンの言葉にリリズは顔を上げずに、ただその膝に額を押しつけた。
自分の敏感さや、ままならなさには辟易する。だがオーウェンはそんな俺の感情のクセを拾いあげて現実に引き戻そうとする。
リリズは薄々気がついていた。
共鳴するのは強い感情が伴う時ーー。
それでも、オーウェンの穏やかな感情が俺の心に影響を与えているだろうと。
真っ白な色を見ていると、心が落ち着く。
この色は、俺に余計な憶測や不安を与えない。だからこそ、オーウェンの思いやりのある言葉と仕草をただ素直に受け止めることができるのだと。
第4章に続く




