第33話 アッシュフォルデ家へ
開け放った窓から入る風が、ウインドチャイムを鳴らす。
メアリーからの誕生日プレゼントであるそれは、感情を揺らすような独特な音を響かせていた。
キッチンで家事をこなすオーウェンの動作も板についてきて、リリズは穏やかな日常を感じていた。
「リリズ、来週なんですが数日留守にします」
「どこかへ行くのか?」
「ええ、父に…アッシュフォルデ家に呼ばれました」
「なんだって!?」
「夜会が開かれるので顔を出すようにと」
オーウェンの言葉に、俺は一旦は口に近づけたカップをテーブルに置く。
オーウェンが父と呼ぶラザロ•ノアール•アッシュフォルデ。彼はアッシュフォルデ家の当主だ。
オーウェンはもとはハルメレイ家の人間で、
家が没落したのちオーウェンと母親を引き受けたのがラザロだと聞いている。
だが、この間のオーウェンの話ではハルメレイ家が王からの不信をかったのも、俺の家であるデヴロー家を利用したのも、すべてはラザロの策略だと言っていたはずだ。
リリズは腑に落ちない声で聞き返す。
「行く必要があるのか?」
「まあ、一応。公には息子ですから」
俺に気を遣っているのか、オーウェンは歯切れ悪くそう言う。
「数日ってどれくらいだ」
「2日ほどで帰ります」
「…そうか」
2日…今までの付かず離れずな期間を考えれば、たいしたことはない。だけどその日数がリリズにはなんだか長く感じられた。
なんでもないように語るオーウェンから本当の感情を見ることはできない。それでも、わずかに感じる違和感。
“勘“というのはこういうことだろうか。
他人の感情の色が見えてしまうリリズにとって勘というのは色を考察した結果にすぎなかった。
だが色が見えないオーウェンに感じるものは、もしかすると目ではなく鼻で感じるようなものではないかと思った。
俺は男だが、いわゆる女の勘というやつだ。
「俺も行っていいか?」
反射的にそう聞いていた。オーウェンを試したいわけじゃないが、蚊帳の外に置かれるのも俺の性分ではないからだ。
「あなたには危険すぎる、父は何を考えているかわからない」
「行ったらまずいことでもあるのか?」
オーウェンのいつもの俺を気遣う言葉すら、何かを隠そうとしているように聞こえてしまう。
オーウェンはしばし押し黙る。
「…リリズ…、もしかして何か疑ってますか?」
「そんな訳ないだろ、ただ、変だと思うだけだ」
「変?」
「一晩じゃだめなのか?」
「いろいろ準備があるんです」
「準備ね…」
俺の言葉に困ったように笑って、オーウェンは顔を近づけて「わかって?」というように首を傾げる仕草をする。
「寂しい思いをさせてしまってすいません」
「…別に、寂しくはない」
リリズは立ち上がって、朝の支度を始める。
ーーー実際には、寂しい。
絶対に行かないで欲しいと駄々をこねれば、オーウェンは行かないかもしれない。でも俺には素直に恋人に甘えるということができなかった。
「信じてリリズ、僕にとってはここだけが家です」
オーウェンの言葉を背中に聞きながら一言、「わかった」とだけ答えて、いつもの黒の革ジャンを羽織る。
煩わしいと思われたくはない。
求められる姿でいること、それが自分の存在価値だと納得させる。選手であれ、オーウェンの恋人であれ、それは変わらない。
求められなければ、自分に価値なんてない。




