第29話 約束
⭐︎主な登場人物⭐︎
リリズ(男)……… 貴族であり剣技のスター選手でもある。人の感情の“色“を見る能力を持つ。
オーウェン(男)……… リリズの恋人。言語を使わず伝達する能力を持つ。母の再婚でアッシュフォルデ家に入る。
カナリア(男)……… 剣技選手、漁師、オーウェンの実父に育てられた孤児
メアリー (男)……… リリズの幼なじみ、鍛冶屋、リリズに剣を教えた
⭐︎その他の登場人物⭐︎
カシアン……… リリズの父、記憶を消す能力を持つ
ロリーズ…… リリズの母
ケイデ……… デヴロー家の使用人として、カシアンに仕える。
デギオン……… オーウェンの実父、ハルメレイ家没落後行方不明だったが、カシアンに記憶を奪われたことが判明。オーウェンと同じ能力を持つ。
アミナ………… オーウェンの実母、ハルメレイ家没落後、ラザロと再婚。
ラザロ………… オーウェンの義父、アッシュフォルデ家当主、能力不明。
「リリズあなたに友達は居ないの?」
「あまり居ないな、何故聞く?」
荒れた山道を引き返しながら、リリズはオーウェンのに向かって答える。来た時には自分が案内してきた道だが、今はオーウェンも迷いなく進む。
「別に…あなた自身を見てくれて心から寄り添いたい人がいるか気になっただけです」
俺は鼻を鳴らした。
「俺を見に来る観客が何人いると思う? いちいち友達になれるか試してたら人生が終わっちまうだろ」
「確かにそうですね、僕もその観客のひとりですから、わかります」
オーウェンが笑う気配がする。
選手として人前に出ている俺を “特別“ と捉えるやつは多い。
「まあ、お前は俺にとって特別だけどな」
「本当?」
「そうでなきゃこんなに一緒に居ないだろう」
「そう言ってくれて、僕も嬉しいです」
そんなふうに言いながらも俺は何かしっくりこないものを感じた。オーウェンが俺に向ける感情と、自分の言う“特別“が何か違うもののように思えたからだ。
愛想を振り撒くのが上手いのに、時折見せる冷めた視線に壁のようなものを感じていた。
最初に会ったときにオーウェンが不器用なほど強引に距離を詰めようとしていたことを思い出す。
あの時は、急に婚約だなんて言われて頭にきていたし、オーウェンのことを図々しい奴とすら思っていた。
でもきっと違う、オーウェンも俺と境遇は似ているかもしれない。
リリズは口を開く。
「友と呼べる奴が少ないのは俺にも原因はあるが、ずっと前から外であまり他人とは話さないようにしてたせいもある。話せば父が不機嫌になったからな」
「そうなの?」
すかさず聞き返すオーウェンに頷く。
「父は俺に父と同じ力がないことを周りに知られるのを恐れていた。それに周りの奴らは俺に記憶を読まれるんじゃないかって嫌がっていたから、わざわざ寄ってくる奴もいなかった」
家柄や金や地位、そういったものが目的でなければ俺に関わる意味なんてそもそもない。
「…そうだったんですね」
だから選手としての俺を見てくれて求婚してきた男なんて初めてだった。
今も昔も俺たちが関わったことが父の策略だったとしても、それがなければ俺がファンの一人を特別視することなんてなかっただろう。
でももし、オーウェンが選手としての俺でなく貴族の俺を見ていたなら俺は歯牙にもかけなかったはずだ。
「オーウェン」
「何?」
「お前は俺を置いてどこかに行こうとしてるのか?」
「なぜそうなるの?」
意味がわからないというようにオーウェンが聞き返す。
「友達がそんなに必要か?」
「正直に言えば、あなたに他の人を近付けたくはありません。でも選手や貴族でなくても、あなた自身を知ろうとする人がいたらいいなと思ったんです」
「お前がいるだろ」
「今寂しくないならいいんです、僕も同じだから。子どもの時は他の子と話さないように親に言われていました。でもあの時リリズと話せて、とても嬉しかった」
「嬉しかった? 」
「ええ、やっと思い出せました」
リリズは押し黙る。
━━━嬉しい
どうしたらそんなふうに思えるのか。
「俺と友達になりたかったか?」
「うーーん、そうだと思いますけど、もう気にしていません」
「なぜ?」
「だって僕たちは恋人でしょう?」
いたずらっぽく笑うオーウェンに俺も頷いて見せた。
「ああ、そうだ」
足場の悪いぬかるんだ傾斜を歩きながら、自然と差し出されたオーウェンの腕が力強く俺を引き上げる。
“恋人”。オーウェンの口からそう言われると、何気ない仕草にすらなぜか胸が高鳴る。
「変ですよね、僕はあなたの何にも媚びない強さや、誰よりも繊細な脆さも、もっとたくさんの人に知ってほしいと思っていたんです。なのに今は誰にも知られなくてもいいとも思ってしまう」
俺はおかしくなって少し笑う。
「そんなに俺の側に居たいなら離れるな」
オーウェンは嬉しそうに頷く。
「約束します、離れたりしません。そもそも僕を置いて行ったのはあなたです」
「そうだな…悪かった…」
オーウェンを遠ざけたのは自分なのに、また会えて離れたくない感情を抑えられなくなっている。
リリズは我儘な自分を自覚せずにはいられなかった。
オーウェンは首を振る。
「謝らないでください。僕を危険から遠ざけるためだとわかっています。でもこれは僕も無関係ではいられない」
「どういう意味だ?」
俺は嫌な予感がしていた。普段は穏やかなオーウェンだが、森に来てから不安定に揺らぐ感情が感じ取れていたから。
だけどそれは過去の記憶がそうさせると思っていた。
「あの夜あなたを襲ったのは僕の実の父、ギデオン・ソーン・ハルメレイです」
突然オーウェンの口から出た人物と事実に混乱する。
ギデオン・ソーン・ハルメレイ
まさか…
「──生きていたのか?」
「ええ、父は長い間記憶を失っていたと言っていました、それと、ハルメレイ家は嵌められたとも。アッシュフォルデが裏で糸を引き、あなたの父上の力を利用した。僕達は彼らの道具に過ぎません」
「そんな……」
あの日ーー
俺を襲った男からは確かな殺意を感じ取ることができた。
だからこそその男がオーウェンの父親だと言うことには納得ができる。
オーウェンが許したとしても犯した罪は俺を逃しはしない。
「僕の父がしたことなら僕にも責任がある、それにカナリアももしかしたら力になってくれるかも」
「カナリア?」
「カナリアは僕の父のことを“育ての親“だと言っていました。父の居場所を教えてくれたのも彼です」
カナリアを育てたのが、オーウェンの実の父親だったなんて。
だがその話は、俺を襲った人間がカナリアの動きに似ていたことにも繋がる。
「…なるほどな」
鬱蒼とした森の少し開けたところで、改まってオーウェンは俺を振り返る。
「それでリリズ、よかったら僕と暮らしませんか?」
「ーーは?」
頭の整理が追いつかない上に、突然の一緒に暮らすという提案の意味が理解できない。
「あなたには危険が迫ってる。僕の父だってあなたにとって危険です」
「待て、住むってアッシュフォルデ家でか」
「まさか、ハルメレイ家の元々の家です」
「まだ残っているのか?」
「ええ、今はもう他の人の手に渡っていますが、今は借りて住んでます」
オーウェンはアッシュフォルデの屋敷に居ると思っていたが違ったらしい。
今更ながら自分はオーウェンの生活のことをあまり知らなかったことに気づく。
「どこだ?」
「あの銭湯です」
リリズは目をぱちぱちとしてオーウェンを見た。
「お前はあそこに住んでいたのか?」
「そうです」
あの田舎の古びた銭湯が名家といわれたハルメレイ家ーー?
まさか、冗談だろ。
俺の沈黙から察したのかオーウェンが口を開いた。
「意外ですか?」
「まあな……で、なんで一緒に住まなきゃならない」
「父はまたリリズを狙うかもしれません。それに父が生きているとあなたの父上に知れれば、今度はまたあなたを利用しようとするかもしれない」
俺はやっと理解する。オーウェンがしつこく友達が居るか尋ねていたのは、単に俺を知りたいからではなくきっとこのためだと思った。
俺が騙されたり利用されないよう守ってくれる立場の人が側にいるかを知りたかったのだろう。
「今はメアリーの家に居る、メアリーは鍛冶屋だがそれなりの剣の使い手だから心配はいらない」
俺だっていざとなれば自分の身は守れる。
だが俺の言葉にオーウェンはうかない顔をする。
「この間、メアリーさんに会って思ったんです。あなたのことをとても心配していたしあなたにとっても親しい関係だって。だからこそあなたはいざとなったらメアリーさんを巻き込めない、そうでしょう?」
「当たり前だろ、メアリーもお前も巻き込みたくはない」
「僕はあなた関わらなくても当事者です。気にする必要なんてありません」
リリズにはわからなくなっていた。
俺と関わったせいで今のオーウェンや、オーウェンの父の状況がある。
それに俺の親や貴族関係に関わればこれからもっと悪いことが起こるかもしれない。
今聞いた事実は、オーウェンと共に居ようとする俺の選択自体を揺るがすことでもあった。
「お前は、自分の父親がまた俺を襲ったとしてどうするんだ?」
「戦います」
「なんでそこまでする? 友達や恋人が必ずしもリスクを負ってまで助け合うものじゃない」
「そうかもしれないけど、僕とあなたの問題は同じだと思っていますから」
俺は言葉に窮した。
ただかわいい犬のように俺にくっついていたオーウェンが、全く別の得体の知れないものに見える。
狂気にも感じられるその揺るぎない言葉が俺の迷いごと蹴散らすようだった。
それから、ただ押し黙ったままリリズはオーウェンの踏み固めた足場を頼りに歩を進めた。
俺たちは道具にすぎない。オーウェンが言った通りお互いを遠ざけたところでもっと大きな力に運命を握られているのかもしれない。俺がオーウェンを巻き込みたくない思っている一方で、オーウェンは運命を共にする覚悟があるのだということに気付かされて、俺はひどく自分を卑下していた。




