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第22話 蘇る記憶ー第三章へー

それから数日が経ち、屋敷に戻ったオーウェンは玄関の扉を閉めながら、静かに息を吐いた。

家の中は、どこかひっそりとしている。


「リリズ……?」


名を呼んでも返事はない。

階段のそばで控えていた使用人のケイデに声をかける。


「あの、ケイデさん…リリズは?」


ケイデは軽く会釈し、淡々と答えた。


「リリズ様は、まだお戻りになっていません」


「そう……」


オーウェンは短く返し、廊下を歩き出す。

部屋に戻ろうとしたとき、ふと、奥の部屋から両親の声が漏れ聞こえた。


「リリズはしばらく落ち着いているようね」


リリズの母、ロリーズの穏やかな声。続いて父であるカシアンの低い返答が重なる。


「ああ。だが油断はできん。あの子は感情に引きずられやすい」


「ええ。でも、本当に奪ってよかったのかしら…」


その言葉に僅かな違和感を抱き、オーウェンは足を止めた。


「あの時はああするしかなかった。リリズが無事ハルメレイの力を得てから真実を伝えればいい…」


二人の会話に、息が止まる。

オーウェンは一瞬足元が揺らいだように感じた。


──ハルメレイの力を得て?

──奪ったって……何を……?


いったい何を言っているのか思考が追いつかない。

だが次の瞬間には手が勝手に動いていた。

扉を押し開けて、中に入る。


「今の話……どういうことですか」


「──アッシュフォルデ卿」


「今の話はリリズのことを言っているのですか?」


カシアンは押し黙り、ロリーズはどこか感情のない目で僕を見た。


「まさか…リリズの記憶を消したのはあなた?」


「──ああ、そうだ」


カシアンは表情を変えることなく答える。


「なぜ…!? なぜそんなことを?」


「普通のことだよ、アッシュフォルデ卿」


普通…?

記憶を奪うことが普通だというカシアンに、オーウェンは底知れぬ恐怖を感じていた。

今回のようなことはリリズには何度も起きているのだろうか。少なくともリリズには子どもの頃の僕との記憶がない。


「あなた達は、狂ってる…」


その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、パンッと乾いた音が部屋に響いた。


「口を慎みなさいっ!」


リリズの母、ロリーズがオーウェンを睨みつける。


「──ッ……!?」


オーウェンは急に平手打ちをされた頬を抑え、ロリーズを見た。


「リリズには貴族としての役割があるわ。あなたならよくわかっているわよね? 食うか食われるか…負ければこの家は潰れるのよ、そう…あなたの家みたいにね…」


笑うロリーズに、僕の血が沸騰するように反応するのがわかる。


──子どもの頃、家族しか知り得ない大切な情報を、僕は喋ってしまった。


それから間もなくして、家族は貴族としての地位を奪われ、連盟も無関係を装ったため、僕達家族は孤立した。父が蒸発した後、母はあの男の元に行くことを選ばされた。


仲良くなった子…

そうだ、リリズに


「…あなた達は僕やリリズに何をさせようとしてるの……? ──ゔっ……!!」


ロリーズの手が僕の首を締め上げてくる。

その目には虫でも見ているように感情がない。


──その時

大きな音を立てて扉が開いた。


視線を向ければそこにはリリズが息を切らして立っていた。


「オーウェンを離せ」


今リリズはきっと事実に辿り着いている。なぜか、そんな予感がする。


「答えろ。子どもの頃の俺にも同じことをしたな? 何の記憶を失わせた!!?」


「リリズ……思い出したの…!?」


オーウェンはリリズから流れてくる感情の波に耐えていた。まるで嵐のなかに放り込まれたかのように、強い怒りと動揺が身体中を叩きつけてくる。


僕の言葉には答えず、リリズは恐怖に慄くように立ったまま視線はカシアンに向けられている。


「何故、思い出した記憶の中に子どもの頃のオーウェンが居るんだ!?──答えろ!!」


リリズの問いに、父であるカシアンが息を吐く。

リリズはすべての記憶を思い出しかけている──。


「お前の思ってる通りだ、リリズ。子どもの頃のお前をオーウェンに近づけたのは私だ。感情の色を見て情報を盗めると思ったからだ」


「──なっ─!!?」


リリズは息を呑む。

つまり、ハルメレイを潰したのは自分だと。カシアンの口から告げられた事実にリリズは固まった。


「……なんで、俺が……?」


人の記憶を見たり失わせる能力ならカシアンにあるはずだ。なぜとリリズは身を震わせる。


「あの家の守りは固かった、お前なら警戒されずに近づくことができたからだ」


「そんな……」


カシアンはリリズを諭すように言う。


「だが、昔のことだ。これから協力すればより強い血になっていく」


「ふざけるな!!」


「リリズ、些細なことに囚われるな。明日の敵はもっと強靭かもしれない」


「些細…?」


リリズは今にもカシアンに殴りかかる勢いでいる。尚もカシアンは続ける。


「リリズ、今まではお前の好きなことをさせてきた。だが襲われたのはデヴローの血が弱っているからに他ならない。アッシュフォルデ卿と番いデヴローを継ぐ、これが最善だ」


リリズの目には驚愕と怒り、そして強い拒絶があった。


「あんたと話す気はない、俺はもうこの家を出る!!」


「リリズ」


「オーウェン、お前は逃げろ」


「リリズ、逃げるって、あなたのそば以外どこに…?」


「…俺が…お前とお前の家を壊した…」


「リリズ、待って……僕はそのことを知っていました」


リリズは初めて僕と視線を合わせた。

未知のものを見るような目は、リリズのはっきりとした線引きを感じさせる。


「──知っていた……?」


「ええ」


「……お前は…復讐するために俺に近づいたのか?」


「それは違います!!」


蒼白な顔で立ち竦んだままのリリズの肩に触れようと手を伸ばす。

だがその手は触れる前に弾かれた。


「──触るなっ!!」


「──ッ、あなたがあの時子どもだということは最近知りました。信じてもらえないかもしれないけど、僕はあなたの味方です」


「そんなの、あり得ない…」


「リリズ聞いて。僕はデヴロー家を許さない、僕たち家族にしたことも、それにあなたを利用したことも──」


「だったら何でお前はここに留まろうとする!?」


「それは……僕があなたを守りたいからです……」


僕の感情の色はもうリリズに見ることはできない。だけど共鳴できるならきっと僕の本心だとわかってくれるはずだ。

リリズは混乱したように眉を寄せて僕から視線を逸らした。


「オーウェン、頼むからもう関わるな」


「リリズ」


「これ以上お前を巻き込めない」


「でも、僕はあなたを…」


「もう一度言う、俺の人生から出ていけ、俺にお前は必要ない」


「リリズっ!!」


はっきりとした拒絶の言葉と、そのまま立ち去るリリズにオーウェンはパニックになっていた。


「待って、リリズ!!!」


必死に追いかけているのに、なぜか脚は自分のものじゃないみたいに上手く走ることができない。


「──リリズ!!!」


あれほどまでに僕を遠ざけるリリズに、僕は追いついて何を言えばいいだろう。

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