第15話 再会
山を越えた先の小さな村。
朽ちかけた礼拝堂の裏手に、小さな家が建っていた。カナリアは迷いなく扉を叩く。
中から現れた男を見た瞬間、オーウェンの呼吸が止まった。
「おかえり…早かったな…」
見覚えのある横顔、そして記憶の底に沈んでいた声が甦る。
──まさか…ウソだ…
「……!? ……父、さん……?」
男の目が、ゆっくりとオーウェンを捉えた。
その瞳には驚きと、深い後悔が宿っていた。
「オーウェン……」
服装や髪型が変わっていても、見間違えるはずがない。
──10年以上前に蒸発したはずの父だ。
「なぜ……あなたがここに……!?生きていたの…!?」
「…どういうことだ…!?」
オーウェンの言葉にカナリアも動揺を隠さない。
「…この人は、デギオン・ソーン・ハルメレイ、僕の父だ…」
「…ハルメレイって、おじさん……!?」
カナリアが驚くのも無理はない。育ての親がまさか身分を偽っていて、息子までいたというのだから。
オーウェンは動揺を抑えて父に問いかける。
「…なぜ…今まで僕や母の前に姿を現さなかったの? 僕達を危険に巻き込むと思ったの?」
「すまない、オーウェン、カナリア…」
父は僕を中へと誘った。
カナリアは粗末な椅子に腰掛けたが、僕は立ったまま父を見つめる、
父は深く息をつき、語り出す。
「……あの日、王宮からの不信任を突きつけられた日…、カシアンに記憶を奪われ、殺されかけた。ある人が助けてくれたから港街に身を隠すことができた」
「…そう、だったんですか…」
「記憶を取り戻してから、アミナとは何度か意思疎通をしていた」
「…!?」
母は…父が生きていることを知っていた…!?
だが、父の話にオーウェンは納得した。母があの家から出られなくても、ハルメレイ家の“伝達“の力を使えば、それは可能だ。
だから母はあの牢のような家でも耐えることができた。
母はオーウェンに「お父さんを恨まないで」と言っていた。
それとたまに母は気分が良さそうな日があった。
今になってオーウェンのなかで過去の意味が繋がっていく。
「…それで?」
僕はやり場のない感情でいっぱいになっていた。
だけど、心を落ち着けながら冷静に問う。
「アッシュフォルデから逃げるようアミナに言って、屋敷の外で待っていた」
「…それは、でも…」
「…ああ、うまくいかなかった。アッシュフォルデに知られ、アミナは酷い目にあったかもしれない」
当時、オーウェンはまだよくわからなかった、母の苦しみも父の思いも。
「アミナを妻にしたアッシュフォルデはアミナが逃げないよう、お前を遠縁の家に隠した。俺は必ず居場所を突き止めると約束したけどアミナは…」
「──父さん、もういいです、よくわかりましたから…」
──これ以上は聞きたくなかった。
僕はこの後のことを、たぶん父以上に知っている…。
父は母を取り戻そうとしていた。
だけど僕を隠されてしまって、身動きがとれなくなった。
母は僕の無事を祈りながら過ごしたかもしれない。
でも…母はあの家でだんだんと心を病んでいった。
父は結局、僕には辿り着かなかった。
僕が大人になって母と再会した時にはもう手遅れだった….。
今まで黙っていたカナリアが問う。
「おじさん、記憶が戻っているならなぜ今まで黙っていたんですか? あんたはもとは貴族だったのか…!? リリズに…あの人に何したんだ!?」
それはオーウェンの疑問でもあった。
「リリズを襲ったのはまさか、父さんなの…?」
父は一泊置いて、息を吐く。
「ああ、そうだ」
「どうして……!?」
「どうして? お前はわからないのか? ラザロ・ノアール・アッシュフォルデはカシアン・ヴァン・デヴローをそそのかして、お前を介して情報を盗んだ。息子のリリズを使ってだ!」
そんな、まさか…
リリズが、あの時の子ども…?
オーウェンは茫然とする。
──そう…あの日、
ハルメレイ家が預かった大切は情報は僕が喋ってしまった。
そのことでハルメレイ家は信用を失い、家は取り潰された。それから両親は離れ離れになった。
父の話を聞いても、あの時の子がリリズだとは信じられなかった。
仲がよかった
よく遊んでいたのに、
その子どもから聞かれたらことに答えた
ただそれだけだったのに
「リリズ・ヴァン・デヴローとは関わるな…」
父の強い眼差しと言葉が、物理的な力のように胸を打つ。
「───嘘…何で…そんなこと…」
「オーウェン、お前はなぜ奴と関わっている!?」
怒りが、憎悪が流れ込んでくる──
「──はっ……は…ぁ…」
うまく呼吸ができない。
(まさか、共鳴──!!?)
(リリズ以外で…)
父の言葉が追い討ちをかける。
「デヴロー家は汚れている」
言葉が、感情が、僕のなかにこだまする。
あまりのことに息がままならなくなっていた。




