第14話 疑惑のカナリア
港の特有の塩風は、陽光を混じりあい肌にまとわりつく。
波止場の先では、網を干す男たちの声と、かもめの鳴き声が入り混じっていた。
オーウェンはその中をゆっくりと歩いていく。
光を受けてキラキラと白い光を跳ね返す水面にも、潮の匂いを運ぶ風にも、特に興味はない。
ただ――
リリズなら「綺麗だ」と言うだろうな。
そう思ったとき、胸の奥が小さく疼いた。
ある場所まで来て、彼は足を止めた。
木箱の上で網を修理している青年の姿が目に入った。
日に焼けた肌に、さらりと風になびく赤毛。
漁師――カナリア。
リリズが襲われた夜、最後に口にした名前──
試合では何度か見たことがある。カナリアの独特な足捌きは前から気になっていた。
「ルー・カナリアさん?」
声をかけると、青年は顔を上げた。
額にかかった前髪を手の甲で払い、まぶしそうに目を細める。
「そうだが、俺に何か用か?」
「僕はリリズの知り合いです」
「リリズの?」
「はい。…単刀直入に聞きます、4日前にリリズを襲ったのはあなたなの?」
オーウェンの言葉に、カナリアの手が止まった。
潮風が一瞬だけ静まるような錯覚。
「……リリズが…襲われた?」
なぜ?というように、青年の顔に驚きが見て取れた。
「あなたがやったんじゃないの…?」
「俺じゃない…」
「本当に…?」
「4日前なら覚えている。一日中沖に出ていたし、他にも何隻か船が出ていた。聞いてもらえればわかる」
カナリアの様子からは嘘は感じられない。
オーウェンは少し口調を緩めた。
「あなたじゃないなら誰がリリズを…」
カナリアは胸をなで下ろし、網を指にたぐり寄せながらも気になったように問う。
「おい、リリズは無事なのか…?」
カナリアは僕の不躾な態度よりリリズのことが気になるようだ。
「身体は大丈夫です…ただ数ヶ月間の記憶を失っています…」
「…なるほど、それであんたが来たのか。──で、俺がリリズを襲ったと思った理由は?」
オーウェンは一瞬迷ったが、口にする。
「あなたの足捌きです。あの試合で見た動きに、見覚えがあった。ある山間部に伝わる──あれは “血を分け与える儀式の “舞“ だった」
「儀式……?」
カナリアは目を瞬かせ、やがて苦笑した。
「それは俺の育ての親が教えてくれたものだ。祭事の一部で使う型だって」
「育ての親?」
「ああ、俺は孤児だったから。血はつながってないけど、俺に魚の取り方も、剣技も教えてくれた人だ」
オーウェンの心臓が、ひとつ大きく打った。
「そんな型、他にも知ってる人はいるんじゃないか?」
「そんなはずない!」
オーウェンは強く否定する。
「…!?」
「その儀式を行えるのはハルメレイ家の人間だけです。誰? その人は何者なの?」
「ハルメレイ……?」
思わず言葉が強くなってしまい、カナリアも困惑しているようだ。
まさか――
「その人のところに案内してもらえますか?」
「……ああ。わかった」
僕のただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。カナリアは頷いた。
自分の育ての親がリリズを襲った犯人かもしれないと気がついているはずだ。
だけどまだカナリアが犯人でないと決まったわけじゃない。
彼は僕を案内するフリをして襲うかもしれない。
オーウェンは警戒を解かずにカナリアの後について行くことにした。




