第12話 オーウェンの目覚め
目が覚めたとき、そこは白い天井の下だった。
消毒液の匂い。微かに聞こえる器具の音。
——病院にいるのだと気づくまでに少し時間がかかった。
どうしてここにいるのか、思い出せない。
意識を失う直前の記憶も曖昧で、ただ、地面に倒れたリリズの姿だけが、断片のように頭の中をかすめる。
オーウェンはシーツの上で両手を握りしめた。
リリズが怪我をしたのは、自分のせいだ。
あの時、自分が外で彼を待たせなければ——。
胸の奥が痛む。
リリズはいまどこにいるだろう。
怪我はどの程度で、無事なのだろうか。
リリズ、リリズ、リリズ…
居ても立っても居られなかった。
思い詰めたオーウェンは、翌日にはデヴロー家の門を叩いていた。
※ ※ ※
重厚な扉の向こうで、カシアン・ヴァン・デヴローは静かにオーウェンを見下ろした。
「——僕にリリズの看病をさせてください」
オーウェンは深く頭を下げた。
「アッシュフォルデ卿、あなたは自分からこの屋敷を去ったはずだ」
「仰るとおりですが、リリズが怪我をしたたのは僕の責任です。 召使いでも使用人でも庭師でも何でも構いません! リリズの役に立ちたいんです…」
カシアンはさほど間を置かず、一歩前へと進み出た。
「いいだろう、屋敷に入ることを許可する」
オーウェンは一瞬、胸を撫で下ろしたが、カシアンは続ける。
「…ただし、召使いでも使用人でもない、今度こそ正式な婚約者としてリリズと番いなさい。デヴロー家に尽くすならば私達もあなたを受け入れよう」
どこかリリズの面影を感じるその目には、暗く重たいものを感じる。
オーウェンはこういった視線をよく知っていた。
大人が子どもを言いくるめて、圧倒的な力で縛りつけようとする。そんな目だった。
「わかりました…、僕はデヴロー家に尽くし忠誠を誓います」
なんだって構わない。
今、リリズの側にいて無事を確かめられるなら。
カシアンはオーウェンの言葉に満足したように腕を広げ、屋敷へと招き入れる。
門を開けここまで案内してくれた使用人のケイデさんが、何か言いたげに僕を見ている気がしたが構わず中へと足を踏み入れた。
──リリズは嫌がるだろう。
結局僕は、リリズの意思を無視して踏み躙ることしかできない。
体調が戻ったら、今度こそリリズは僕を拒絶するかもしれない。
ケイデさんに案内されリリズの部屋の前まで来る。
軽くノックすると、ケイデさんは返事を待たずに扉を開けた。
「リリズ様、オーウェン様がおみえになりました」
おずおずと進んだ僕は息を呑む──
「…リリズ?」
リリズはベッドに横たわり眠っていた。
点滴の刺さる腕は痛々しく、そんなリリズを見て胸が締め付けられる。
「ケイデさん、リリズは襲われてから眠ったままなの?」
「いえ、一度は目を覚ましました…。ですが、混乱していたようで、眠れるよう処置いたしました」
「そう、ですか…」
「オーウェン様──…」
「──?」
「リリズ様は記憶を失っているかもしれません」
ケイデの言葉にオーウェンは目を見張る。
リリズは何があったかを覚えていない?
まさか…
「なぜそう思うんですか?」
動揺するオーウェンにケイデは言葉を濁すように言う。
「この家ではよくあることですから。…あるいは、オーウェン様のこともお忘れになったかもしれません」
「そんな…」
リリズの静かな息遣いだけを感じる部屋で、オーウェンは昔の孤独だった日々を思い出していた。
──母上も父上も側にはいない
そんな家で “見えない悪意” に囲まれて育った。
今はリリズさえ居れば、側に居られればそれでいいのに。
リリズも僕から離れてしまうの──?
そう思うとなぜか急に呼吸がしづらくなる。
──これは何…?
──早く起きて
──教えてくださいリリズ
オーウェンは力なくベッドの側に腰をおろした。
普段とは違い額から顔に落ちる黒髪は、帳のようにリリズの表情を見えなくしている。
ただリリズを待つことしかできなかった。




