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三題噺もどき4

名前

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくよんじゅうに。

 




 半月とも、三日月とも言えない、中途半端な形の月が浮かんでいる。

 あの月は果たしてなんと呼ばれているのだろう。

 それとも名前なんてなく、月が欠けていくための過程としか見られていないのだろうか。

 名もない、ただの、そこにあるだけのものとして。

「……」

 過去の私のようだなんて、感傷に浸るつもりはないが、呼び名というのは、それだけで存在の証明になるからな。……まぁ、一応私には名はあるので、あの月と全く同じではないかもしれないな。呼ばれることはあまりなかった気がするが。

「……」

 それに今は、あの家を思い出す名前より、私の従者が呼ぶ名がある。

 名前とは言えるものではないかもしれないが、私にとってはそれが今の名前になっているのかもしれない。突然名前で呼ばれても反応出来ないくらいには、アイツの呼ぶ名が当たり前になっている。

「……」

 その従者は、家を出るときに、今日はクッキーを焼いていた。

 しかし、作りだすにはまだ早くないかと問うたら、メインはクッキーではないらしい。それを使って別の何かを作るのだとか。

 まぁ、アイツが作るものは大抵うまいので、何でもいいのだが。

「……」

 名もなき月の浮かぶ夜の街。―あるかもしれないが生憎私は知らない。

 仕事をして、昼食を摂って、日課の散歩に出ている。

 今日は特に予定もないので、適当に歩こうと思ったが。

 そういえば、墓場に行けていなかったと思いだし、足はそちらに向かっている。―公園のブランコに会いに行こうとも思ったが、まぁあちらはいつでも行けるから。

「……」

 あそこに縛られていたあの子供にも、名前があるのだろう。

 残念ながら、本人が話せるわけでもないので知ることはないだろう。

 それに、名前を呼ぶことでさらに縛られる可能性がないわけではないからな……下手に縛られるようなことが在ってはいけない。

 墓石を見ればわかることかもしれないが、まぁ、それはそれ。知らないことにしておく方がいいこともある。

「……」

 いつかあった大雨の日以降、墓場に縛られずに自由に行動できるようになった……はずだと思っていたのだが。

 散歩中に見かけたり、外出中に見かけたりということが全くなかった。

 あの日はたまたま流されてあそこにいただけで、別に自由になったわけでもないんだろうか……。まぁ、あの時も本人は相当困っていたし、子供にとってアレはトラウマになりかねない。外に出るのを怖がるのも無理はないかもしれない。

「……」

 まぁ、なんにせよ。

 あの子は墓場にいた方がいいに越したことはない。

 下手に外に出て、変なものに襲われでもしたら溜まったものではないだろうからな。

 最近、微妙な違和感じみたものが私の回りで、また起こりつつあるので、油断はならない。

「……」

 よくわからない落とし物とか、体調がどうにも万全ではない日が続いていた事とか。まぁ、この辺はあの新月の前にあったことだから、関連性がよくわからないが。

 ―その新月に紛れて、何かが起きていてもおかしくないのだ。この間の悪夢もそうかもしれないな。

「……」

 道を進んでいくと、住宅街の端の方にたどり着く。

 そこにある墓場は、先月のお盆のおかげか少し綺麗になっているように見える。

 それでも、この土地には草花は生えないし、植わっている桜の木も栄えることはない。

「……、」

 墓場の入り口を過ぎると、自分の墓石の近くで寝転がっていたのであろう少年が、こちらに気づき体を起こした。

 何をしていたのかと思ったが、この子はいつも同じことをしている。それが楽しかった記憶なのだろう。

「……また何か描いているのか」

「……!」

 近づきながら訪ねてみると、首が取れるのではないかという程にぶんぶんと縦に振る。

 この子はいろんな動作がかなり大きいな。話せない分そうしようとしているのだろうか。

 分かってはいたが、賢いし気の効く子供だ。

「……うまいじゃないか」

「――!!」

 嬉しそうに顔を緩ませながら、更に絵を描きはじめる。

 これは彼が共に過ごした家族の絵なのだろうか。

 それとも、彼が理想としている家族なのだろうか。

「……」

 彼の名前も、その絵の真意も。

 私には、知る由もない。





「ただいま」

「おかえりなさい」

「……まだクッキーを焼いているのか?」

「まぁ、たくさんあればあるだけいいですからね」

「……何を作るつもりなんだ」

「休憩までのお楽しみです」












 お題:桜・クッキー・ブランコ

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