2.帰宅
「ただいま帰りました。」
「おかえりお兄ちゃん」
こちらは今年中学2年生になった妹の神谷西さん。
「入学式どうだった?」
「西さんただいま帰りました。入学式はつつがなく終わりました。では夕食の支度をしなければいけないので失礼します。」
私の家は両親が共働きで夜遅いため家事は基本私がやっています。
「あ、ありがとう。私も何か手伝うよ」
「ありがとうございます。しかしすぐ終わりますのでどうかゆっくりしててください。」
「あっ」
さて今日は鶏肉があったはずなので親子丼でも作るとしましょうか。
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お兄ちゃんがこうなってしまったのは私のせいだ。昔までは一緒に遊んでいたのに今では必要最低限の会話しかしていない。会話でもずっと敬語だし、妹の私のこともさん付けで呼んでくる。私がお兄ちゃんを壊したんだ。
それは私が小学生でお兄ちゃんが中学校2年生の時だ。私の小学校とお兄ちゃんの中学校は近所だったためよくお兄ちゃんや中学校の話を聞いた。
ある日私は噂を聞いた。その噂とは「バスケ部の神谷南がマネージャーを襲った」というものだ。小学生だった私には襲ったということがよくわからなかったがとにかくお兄ちゃんが悪いことをしたのだと思った。お兄ちゃんがそんなことするはずないのに…
小学校でもお兄ちゃんの噂が大きくなっていき、当時の私はずっと恥ずかしかった。自分の身内がこんな悪い意味で噂になっているなんて耐えられなかった。
その日私は走って帰ってお兄ちゃんを待った。お兄ちゃんが帰ってきた時私はお兄ちゃんの話を一切聞かないで批難してしまった。ちょうど帰ってきた母親にも話して2人で一方的にお兄ちゃんを責め立てた。思い出してみればあの時からお兄ちゃんの目は今みたいに完全に光がなく沈みきっており、その日から私はお兄ちゃんが卒業するまで話せなかった。卒業式の日襲われたという女子生徒が私に話しかけてきた。
「ごめんなさい!ミナくん、あなたのお兄ちゃんはなにもしてないの。私を守ろうとしてくれただけなの!私本当のことを言うのが怖くて…本当にごめんなさい!」
気が動転した。お兄ちゃんは悪いことをしたんじゃないの?あの噂は嘘なの?じゃあ私がしたことは?気づいたら私は家に向かって走り出していた。今すぐお兄ちゃんに謝らないと。そして前みたいに…
そんな考えは甘かった。家に帰ったらお兄ちゃんが卒業証書や中学校でもらったものを全てゴミ箱に捨てていた。
「なにしてんのお兄ちゃん!それ大事なものでしょ!思い出でしょ!?」
「いえもう必要のないものです。高校にも受かっていますし、あっても邪魔なだけです。」
よくみれば卒業アルバムにも悪口がたくさん書いてあった。
「あ、お兄ちゃんごめんなさいごめんなさいごめんなさいグスごめんなさい」ポロポロポロ
「何を謝っているのですか?泣いていますね。大丈夫ですか?」
これが私の罪。お兄ちゃんを信じてあげられるのは家族だけだって言うのに。
もうお兄ちゃんの目には私は写っていない。家族とも思われてないかもしれない。でももう間違えない。お兄ちゃんの世界でたった1人の妹として嫌われていても家族と思われてなかったとしても私がお兄ちゃんの良心になってあげるんだ!
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はあ 疲れた。
「ただいま」
「おかえりなさい。東さん。今日は早いんですね」
私、神谷東には2人の子供がいる。
「え、ええ。ただいま南。仕事もひと段落ついてね。これからはリモートワークになってね。毎日出社しなくて良くなったわ。」
もう何年も息子に母と呼ばれていない。
「それは良かったですね」
「今日入学式だったわよね。いけなくてごめんね。何が欲しいものとかない?どこかお祝いに食べにいきましょうか?」
「いえ特に欲しいものはありません。ご飯ももう食べてしまったので結構です。お気遣いありがとうございます。」
「お気遣いなんてそんな…じゃ、じゃあお金とかは?お小遣い足りてる?」
息子はもう私とは必要最低限の会話しかしていない。学校であったことも好きなことも何も話してくれない。
「大丈夫です。そのお金は西さんに使ってあげてください。」
息子が笑った顔も思い出せない。私はなんてダメな母親なんだろう。
南は昔からしっかりした子だった。少しおちゃらけていたけれどやることはちゃんとやって友達思いの子だった。この子なら心配いらないとそんな歳の変わらない西ばかりを優先してしまった。南の授業参観に行ったのは数えられる程度、しかも数分見てすぐ西の方に行ってしまった。誕生日も西の時は有給を使ってプレゼントを一緒に見て外食をしていたが南の時はプレゼントのお金を置いて仕事に行ってしまった。西が風邪を引いた時は有給を使って介護した。南は勝手に大丈夫だろと思って西に任せて仕事に行ってしまった。いつからだろう。南が「妹を優先してあげて」って言うようになったのは。家を探してもスマホを見てもある写真は西ばかり。南の写ってるのは家族写真とかの数枚。南が中学校に入学して一年経った時南が女の子を襲ったと西に聞いた。仕事を言い訳にしても意味ないが疲れていた私は南の話を全く聞こうとせず、一方的に南を批難した。私は息子を信じてあげることができなかった。そのあと今は単身赴任している夫の北斗さんに怒られた。「なんで南を信じてあげないんだ。俺が近くにいてあげれれば…いや俺のせいでもあるな…」など。南が卒業式の日に西からあの噂は嘘だったと聞いた。なんで私はあの時信じてあげられなかったのか。これが私の罪。息子を蔑ろにし、息子に甘えてきた母の罪。
もう南は私を母と呼んでくれない。私たち家族にもずっと敬語だ。
でももう一度やり直す。私たち家族がまた本当の家族になれるように。そして南を子供の頃甘やかしてあげられなかった分甘やかすんだ。私の何を使ってでも。待ってて南ママが甘やかしてあげるからね。
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ゾワゾワ
「なんですかね?悪寒が。まあ気のせいでしょう。それにしても暇ですね。小説も書き終わっちゃったし。溜まってるアニメでも見ましょうかね?今期は豊作ですからね。見れるうちに見とかないと」
南は知らない。これからの生活が大きく変わることを。
「薫る花は凛と咲くはやっぱり素晴らしあっですね。薫子さんも凛太郎さんもいい人すぎますね。心がぴょんぴょんするんじゃーですね。」