三文作家と共同作業④
「……でも、そんな話を私にしてよかったの?」
「え?」
きょとんと見つめ返されると、かえってこちらが心配になる。
アリーは呆れのため息を吐いた後で、彼に『忠告』を贈ることにした。
「『息子を冷遇していた』なんて、『先代シェリンガム公爵夫妻のなれそめ』よりもずっと、醜聞じゃない」
――そんな大事な秘密を、私みたいなゴシップ作家相手に打ち明けてはダメでしょう?
幼子に諭すように言うと、リックは動揺も見せずに答えた。
「なぜ言ってはならないんだ? 僕は最初から『真実を歪めるのは良くないことだ』と伝えてきたつもりだが」
それはつまり――現シェリンガム公爵夫妻による冷遇は真実だから、広まっても構わないと――否、むしろ『広めろ』という意味だろうか。
(まさか……リックが、私にさせたいことって『復讐』なの? 自分をひどい目に遭わせた人たちについての『不都合な真実』を広めるために、私や私の書く本を利用するつもりで近づいてきた?)
彼がアリーのもとにしつこく日参するのには、何か深刻な理由があるからだろうとは思っていた。
それに、復讐に燃える彼の気持ちも理解できる。だって、アリーもそうだったから。
だが――リックには、その道を選んでほしくないと思った。
それは、リックだって、アリーのことを利用しようとするのは変わらないのだ、という静かな失望と、同じ道を選んだ先の虚しさを彼には味わってほしくないという、同朋への憐れみがあったからかもしれない。
「……私の本なんか、誰も読まないわ。少なくとも、こんな低俗な本は、お貴族様たちの目には入らない」
だから、リックがもくろむ両親やその周囲への復讐というのは、アリーを利用したところで実現できないのだ。復讐は諦めた方がいい。諦めて、前向きに生きていけばいい。――そう言うと、リックはゆるく頭を振った。
「そんなことはないだろう。少し前にもあったじゃないか、『婚約者をこっぴどく捨てた王太子』の噂が広まった件だとか」
「……っ!?」
――まさか、知っていたのか!? どうして、どうやって知られた!?
狼狽して恐慌状態に陥ったアリーには気づかぬように、リックは淡々と続けた。
「ひどい話だった。将来の王太子妃として召し上げておきながら、自分に身分の低い愛人ができた途端に、婚約者にはいわれのない悪評をでっちあげて、ポイ捨てして。挙句に、婚約者の父親のアトキンソン侯爵は、王太子の側近としての地位欲しさに目が眩んで、自分の娘を救うどころか、王太子と一緒になって娘を陥れて、終いには追放したんだ、って。……よくもまあ、そんなことができるな」
リックが語る『噂』の中身を、アリーは知っている。
それは、アリーが書いた本の内容でもあったし――アリーが体験したことでもあったのだから。
「――アリー」
「なっ、なにっ!?」
彼の手がアリーの手を取った。その手を逃がすまいとするように、しっかりと力を込めて。
(どうしよう。彼は、私の正体に気づいて、『追放された人間が王都に留まっているとは何事だ』って咎めるために、だからわざわざ、接触してきて……っ、全部、私を捕まえるためだったんだ)
冷や汗が止まらずぶるぶると震えるアリーをじっと見て、リックは笑った。
「僕は気づいたんだ。アトキンソン侯爵令嬢の悲劇についての本を書いたのは、君だね? 筆名は違うものを使っていたようだけれど」
「ちっ、ちが……っ!」
「嘘を吐いたって分かるよ。君は――天才なんだって!」
「……へっ!? ……ええっ!? 何っ、何がっ!?」
予想していた糾弾とはまるで違う言葉を聞いて、アリーは固まった。
てっきり正体を見破られ、拘束されて、官憲に突き出されると思っていたのに、自分はどうして今、賛辞を浴びているのだろう。
「君が書いた本があまりにも真に迫ったものだったから、アトキンソン侯爵令嬢は同情を大いに買ったし、王太子や侯爵の非道についての追及の手も緩まなかった。王太子は『自分と愛人は身分差もものともしない運命の恋人なのだ』みたいなことを言おうと準備していたようだけれど、逆風の中でそんな言い分を突き通せるはずもなかった。結局『運命の恋人』との仲も冷めて、今はつかず離れずの関係らしい。あっけないことにね」
おかしそうに笑うこの男は、本当にリックなのだろうか。純粋無垢な日頃の彼とは違って、『ゴシップ』を心から楽しむというか、受け入れているようだ。
「だから、違うんだよ」
「『違う』って、何が?」
「アリーはさっき『自分の本なんて誰も読まない』と言った。『低俗で貴族は読まない本』だと言った。それは違うよ、皆が読んでいた。読んで、心を動かされた」
だから、卑下するようなことを言わないで――というのは、応援のメッセージに分類されるものではあろうが、モノが『ゴシップ』なのだから、褒められても素直に受け入れがたい。
アリーはぎこちなく『褒め言葉は受け取っておくわ』と頭を下げておいた。




