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或る三文作家の恋文~婚約破棄された令嬢は、ペンの力でさくっと復讐を終わらせる~  作者: 美海@『承香殿の身代わり姫君』発売中


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三文作家と共同作業③

「ミッチェルったら、まったく……!」

「そういえば、君たちは何の話をしていたんだ?」

「何でもないわ! ええ、何でもないのっ!」

「えぇ……?」


『実は、あなたをネタにして勝手な妄想で盛り上がっていました』なんて言えるはずもない。

 露骨にごまかして口を割るそぶりもないアリーに、リックは理解できないものを見るような視線を送っていたが、深入りしてもろくなことがないと悟ったのだろう。もごもごと口を動かしてから、きゅっとつぐんでいた。


(賢明な判断ね。だって、『私と恋愛関係にあるかもしれない』なんていう下衆な勘繰りをされていたと知ったら、気分も良くないでしょうから)


 だって、アリー()()()と噂になって喜ぶ者はいないのだから。

 アリーだって、恋愛模様に巻き込まれるのも無責任な噂話に巻き込まれるのも、もううんざりだ。別に、リックに想いを向けているわけでもないし、勘繰られて不愉快な思いをするというのはこちらのセリフだ、という気持ちもある。

 それでも、どういうわけか――『僕と君との仲が噂されていた? 悪い冗談は止してくれ』などとリックに吐き捨てられる様を想像すると、アリーの胸はずしりと重くなった。


(馬鹿みたいね。()()()に何を言われたって、私は変わらない。私の価値が貶められたわけではないと分かっている……そう言い聞かせてきたはずなのにね)


 でも、懸命に言い聞かせてきたということ自体が、本当は、アリー自身もどこかで疑っていることを示しているのかもしれなかった。

 ()()()がアリーをそう扱ったように、アリーはちっぽけで、つまらなくて、誰からも尊重されないような存在なのだと――。


「君が言うつもりがないなら、聞きはしないが……」

「私の話はいいのよ。あなたの話をしましょう? 火傷させたお詫びに、時間は気にせず、好きな話をしてちょうだい」

「いいのか!? 実は、この間、祖母の遺品を整理していて見つけたものがあって」

「まーた、あなたのおじいさまとおばあさまのお話? どれだけ、お二人のことが好きなのよ」


 アリーがゴシップを好むのは、そうならざるを得なかった境遇のせいもあれば、元から生まれ持った冷ややかな性格のせいもあるだろう。

 だから、リックがアリーとは違って『ゴシップを好まず進んで話そうとしない』ことには何の不思議もないのだけれど、『祖父母の純愛の恋愛譚をたくさん話したがる』のは、それはそれで異常である。

 身内の恋愛話、それも、順調に進んでいてトラブルに巻き込まれるおそれもない話なんて、あえて聞きたくもないし、世間話の話題に上がることも少ないだろうに。


「育ての親なんだ」

「え?」


 だから、ぽつりと吐かれた言葉に対する反応は、一拍遅れたものになった。

 彼の『祖父母』が、彼にとっては、それ以上に大切な存在だなんて、知らなかったから。


「僕は……あまり、両親と仲が良くない。両親にとっては、僕よりも大切な子どもがいたし、僕は目障りだったんだろう。僕なりに、好いてほしくて、頑張ったこともあったんだけどね」


 微苦笑しながら続けるリックは、いつものぷんぷんと怒って頭から湯気を立てるような単純な青年には見えず、達観して――全てを諦めたかのように老成した雰囲気を漂わせていた。


「……へえ、そうなの。あなたは、誰にでも好かれそうだけど」

「両親にとっては、僕の『頑張り』は好ましいものではなかったみたいだ。僕は空回りしてばかりだった。頑張れば頑張るほど、嫌われて、疎まれて……でも、両親にだって世間体というものがあるから、放り出されることはない。針のむしろに座って過ごしているみたいな日々だった」

「それは……」


 気の毒だ。そう思う一方で、世の中に『親子なら必ず仲良くできる』という公式が成り立たないことも、アリーは知っている。

 親子とはいえ、所詮は別の人間だ。たまたま相性の悪い人間が、近くに生まれついてしまうことだってあるだろう。

 リックを慰め励ますことはできるけれど、心のどこかで『でも、今後もいい方向に変わることはないのだろうな』とも思ってしまった。


「ああ、今なら、僕も分かっているよ。合わないひとというものはいる。距離を置いて遠ざかることでしか、安らかに過ごせないひともいる。でも、かつての僕にはそれが分からなくて、いちいち傷ついていたし、もしも分かったところで、遠ざかるすべもなかった。子どもだったからね。……そんなときに、祖父母が僕を訪ねてきた」


『あとから思えば、祖父母は『可愛い自分の子を困らせている可愛げのない孫を子から引き離したい』くらいに思っていたのかもしれないけれど』と、リックはうそぶいたが、アリーは笑えなかった。

 もしも、それが現実だったとしたら、幼いリックは近しい身内の全員から疎まれて、居場所をなくしていたということではないか。


「幸いにも、祖父母は、僕に同情してくれた。僕の側に立つことを選んでくれた。……そうは言っても、現役を退いた立場の祖父母から、意見をすると角が立つ。だから、僕は、『病気の療養のため』という理由をつけられて、シェリンガム公爵家の別邸で祖父母に育てられたんだ」


『シェリンガム公爵令息が病がちで療養している』という噂をアリーが聞いたことはなかったが、アリーよりも少し年上の彼の幼い頃となると、さらに幼いアリーの記憶には残らなくても無理はない。

 それに、その頃のアリーは、突如始まった『妃教育』に追われて嫌がって泣き叫んでばかりいて、周囲の噂を聞く余裕もなかっただろう。

 そうして、公爵令息リチャードは療養地の別邸へと隠されて、そのうち、人の口の端にも上らなくなったということだろう。


「……僕にも、王都を離れたくない気持ちはあったのだけれどね。祖父母との暮らしの方が、心安らかに過ごせたことは否めないし、祖父母には本当に感謝している。おかげで、それなりにまともに育つことができたと思っている」


 むん、と力こぶを作ってみせるリックの顔に影はなく、明るい心根が表れている。その顔面があまりに美しいものだから、無邪気な仕草にも健康的な色気が漂って見えるのは、何とも得をしているようにも思えるけれど。


「『それなりにまともに育つ』どころか、十分すぎるほど立派にお育ちですよ。頑張ったんですね」

「っ、そうかっ! ありがとう!」

「きっと、お二人は、あなたのことを大切に大切に育てたのね」


 その手間に込められた愛情を否定することは、できそうになかった。

 そして、少なくともリックにとっては、祖父母の関係は、情操によいものだったのだろうな、ということも。

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