三文作家と共同作業②
「そろそろ休憩にしようか。お茶を持ってきた」
その時、リックが部屋の扉を叩いた。どうやら、彼の耳が汚れそうな話は聞かれずに済んだらしい。
しずしずとカップの載った盆を運び入れたリックは、端に物を寄せてどうにか空けた机上の狭い空間に、カップを三つ並べた。不揃いなカップはきっと、階下のシェルマン夫人からの借り物だろう。
「どうぞ」
「ややっ! 自分にまで、どうも、すみません!」
恐縮してみせたミッチェルが、こっそりと視線を送ってきた。
唇もあわせてパクパクと動かしつつ。その動きを目で追えば『ほら、すぱだり』――やかましいな!
「気持ちを落ち着かせる効果のあるハーブティーなんだ。僕はいい香りだと思ったんだが……君は気に入ってくれるだろうか?」
リックがカップに手をかけて、アリーの前に押しやった。少し緊張したような顔と仕草で、じっと見つめられると、面映ゆい。
そういう仕草は、可憐に恥じらう美少女がやるからこそ様になるというのに……確かに彼にも、よく似合ってはいるけれど。
(……『情報提供者は不安そうに、筆者の顔をちらりと見た。身体の前で合わされた腕は、まるで自身を守るかのようで、抱えた秘密が重大であることをひしひしと伝わらせた』って?……馬鹿みたい。その実態は、何とかの一つ覚えみたいに『僕のおじいさまとおばあさまは両想いだったんだ!』と繰り返すだけの、恋愛お花畑ちゃんなのよ?)
「あっ」
「熱っつっ!」
「ごめんなさい!」
彼を本に登場させるなら、という妄想は、強制的に打ち切られた。
アリーが手元をよく見ずにカップを引き寄せたせいで、うっかり傾いたカップからこぼれた熱い茶が、リックの腕にかかってしまったのだ。
「ごめんなさいっ! 早く冷やさないと! ミッチェル、階下から冷たい水の入ったバケツをもらってきて!」
「大げさだな。シャツに少しかかっただけだから、脱げばいい――」
「皮膚がシャツに張りついて剥がれたらどうするの!」
「なっ!? グロテスクなことを言うな!」
顔を青ざめさせるリックには構わず、アリーは彼の腕をぐいと掴むと、冷水で満ちたバケツの中に自分の腕ごと沈めた。
熱かった彼の腕から、徐々に熱が奪われて――また少しだけ、ほのかに温かくなったのを感じた。
「まだ冷えないのかしら」
「ちがっ! ……手、繋いでる……!」
「えっ? ああ、気にしないで?」
アリーも袖まくりをする暇もなくバケツに腕を突っ込んだせいで、肘までびしょぬれにしたことを気に病んだのだろう。合点したアリーは、自分の腕を引き出すと、ぬれた布地の水を絞った。
「いや、そうじゃなくて……ううん、まあ、君も冷えてしまうから、いいか……」
リックは悲しそうな……ともすれば残念そうにも見える顔で、もごもごと何かを言っていたけれど、よく聞き取れなかった。
「ごめんなさいね。ひりひりと痛むところはない?」
「大丈夫そうだ」
動きを確かめるように拳を握っては開いてしたリックは、『平気だ』と示すようにひらひらと手を振ってみせた。無事で何よりである。
「せっかくのお気遣いだけれど、私にはもったいないみたい。物でごちゃごちゃした汚部屋で優雅にハーブティーを淹れてもらっても、不相応よ」
「汚部屋なの認めてるじゃないですかぁ」
「やかましいわよ、ミッチェル」
「それなら、部屋が散らからないように片付ければいいのでは? 部屋の方を『相応』にしていこう!」
「正論は誰も幸せにしないのよ、リック」
遠慮をはっきりと示したつもりが、二人がかりで『汚部屋なのが悪い』『汚部屋を改善していこう』という方向で結託されてしまった。
気まずく視線を明後日の方角に逸らしたアリーは、リックが胸元のボタンに手をかける場面を見た。
「……っ、ちょっと!? どうして脱いでるの!?」
彼ときたら、妙齢の女性が二人も目の前にいるというのに、着ていた上等なシャツをごそごそと引っ張り、袖から腕を引き抜こうとしていたのだ。
「どうして、って……ぬれたものを着ていたら、風邪を引きかねないし」
「だからって……!」
もっと時と場合を考えて、と思ったが、後先考えずに彼をびしょぬれにしたのは、アリーである。
彼が『へくちっ』と可愛らしいくしゃみをするに至っては、もはや薄目で見ないふりをするしかなかった。
「……お湯を沸かせたってことは、一階では火を使っているんでしょう。そこでシャツに火を当てさせてもらったら?」
「そうする」
「待って! そのまま行かないのっ!」
半裸のままで部屋を出ようとした彼を、極力見ないようにしつつ、しかし、動きを見張ることはできるように……と考え抜かれた薄目で見つめながら、アリーは、ミッチェルが『良かったら、自分が帰り際に大家さんに預けてきますよ』と申し出たのを聞いた。
「先生も濡れネズミだから、大家さんが見たら驚くだろうしぃ、だからといって、先生まで上半身を脱いで下着姿だったりしたら、なんというか、露骨に事後? って感じですしぃ」
「やかましいわ!」
放った言葉も上手くするりと避けられて、 にんまり笑いのミッチェルは、すたこらさっさと去って行った。




