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或る三文作家の恋文~婚約破棄された令嬢は、ペンの力でさくっと復讐を終わらせる~  作者: 美海@『承香殿の身代わり姫君』発売中


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三文作家と押しかけ読者②

「初めまして。私はアリー・アビントンと申します。……初めまして、で、合ってますよね?」


 探る視線を送ったが、彼はどこか呆けたような表情をしていて、アリーを間近に見ても驚いた様子はなかった。おそらく『知らない』ということだろう。

 ならば、初対面用の対応をしようと決めて、アリーはぺらぺらと口うるさく囀った。


「私のご無礼は、あなたも私につかみかかった点をもってトントンということで、ご容赦いただきたく。貴族のお手本たるシェリンガム公爵家のリチャード様にとって『女性を殴ろうとした』という事実はかなりの不名誉でしょう。それを黙っていて差し上げますから」

「っ、どうして……」

「あなたの名前が分かったのか、って? 今のシェリンガム公爵にはご子息はお一人だけでしょう? さすがに私みたいな一般庶民だって、筆頭公爵の跡継ぎの名前くらいは知っています」


 本当は、判断した理由はそれだけではないが、わざわざ見知らぬ男にネタバラシをする必要もないだろうと口を閉ざした。


(いかにも高位貴族なのに、『私が知らない』人だもの。それに、彼の方も、私のことを『知らない』ってことは、ここ数年、この国の社交界に顔を出していなかったということ……第二王子の留学に随行していたリチャード・シェリンガム公爵令息なら、条件に合致するわ。王子に合わせて最近になって帰国して、シェリンガム公爵家の醜聞本を目にしたのね)


 リチャード・シェリンガムは、家柄も良く本人の資質にも欠けるところのない貴公子で、第二王子の腹心だとみなされている。お世辞にも出来の良くない王太子が王位に就いた後の治世を支えるのは、彼のような第二王子派閥の人材だろう。

 そんな非の打ちどころのない貴公子でさえも、怒り任せにひとを殴りかねないなんて、高位貴族も庶民と何も変わらない。

 やはり、高貴なる青い血なんて嘘っぱちなのだと思うと、なんだか不思議と嬉しかった。


「ねえ、リチャード様?」

「……っ、『リック』でいい。申し訳ない。つい、自分を抑えられなくなって……僕の未熟さゆえに、君を傷つけた。だがっ、君の本が事実無根で品性下劣な作り話なことは、確かだっ!」


 意外なことに、素直に自分の非を認めたリックは、それでも勢いよく噛みついてきた。彼にとって、祖父母の不名誉は、どうしても捨て置けない事項なのだろう。


「私の本が下劣な内容なのは否定しませんが、一応、世に出す前に、裏は取りましたよ」


 だが、アリーにも言い分はある。

 実話を元にして執筆する以上、元ネタの醜聞についての調査は欠かさない。倫理的に云々というよりも、あまりにも現実と異なる描写をすると読者から苦情が殺到するからだ。職業人として当然の危機管理である。

 そして、この本の執筆時にも調査は行っている。


「アニタ・シェリンガム夫人の生家は歴史ある伯爵家でしたが、当時、彼女の生家は既に没落していました。レジナルド様が彼女を娶る政略上のメリットはありません。それに、彼女には幼なじみの婚約者もいた。そこに強引に割って入る必要なんて、微塵もない」

「祖父母は生前『お互いに一目で恋に落ちたんだ』と言っていた」

「一目惚れねぇ……なんとまあ、ロマンチックですこと!」

「なんだ? 不満そうだな」

「いいえ? 私が個人的に『一目惚れ』が好きではないだけです」

「どういう意味だ、それは? もちろん、祖母の決まっていた婚約に祖父が後から割って入る形になったことで、周囲にかけた迷惑については、償いもしたと言っていた」

「なるほど、なるほど。『それくらい好きで、純粋に結婚したかっただけ』と仰っていたんですね。――じゃあ、どうして、シェリンガム公爵は、夫人の生家を滅ぼしたんですか?」

「えっ?」


 飛び出した物騒な単語に、虚をつかれた様子のリックを、アリーは冷めた目で見た。

 愛だの恋だのと抜かすなら、相手の幸せを願うのが普通ではないか。シェリンガム公爵夫妻の結婚は、その意味で普通ではなかった。


「シェリンガム公爵は、アニタ様の生家がしていた借金を、借金取りから買い集めて自分の元にまとめると、アニタ様の両親に『娘を差し出すなら、自分は取り立てをしない』と申し出たそうです」

「それは……それくらい、祖父が、祖母のことを愛していたということだろう?」

「それだけならね。無事に結婚が済んだ後、シェリンガム公爵は、たちの悪いごろつきのような業者に、自分がまとめた証文を安値でばらまき、ご自身は手を引いたようですよ」

「何だって!? そんなことをすれば……!」

「公爵様は約束を違えてはいません。約束通りに『自分は取り立てをしない』という条件は満たしたままで……夫人のご家族は、大貴族の手ぬるい取り立ての方がどんなにマシかと思えるような目に遭ったそうですが」


 ――このことに、『相手を徹底的に破滅させたい』という途方もない悪意を感じ取ってしまうのは、私が貴族のご事情を存じ上げない庶民だからなのでしょうか?


 アリーが空とぼけて嫌みたらしく言うと、敬愛する祖父の裏の顔を初めて知らされたらしいリックは、しばらく言葉を失っていた。


「まあ、アニタ様にとっても、宜しかったのではないですか? 生家という泥船と一緒に沈んで苦界に身を埋めるよりは、不本意な婚姻でも、『公爵夫人』の地位が手に入るだけマシでしょう。公爵に目をつけられた時点で、どうせ逃げようはなかったでしょうし」

「違う! 祖父母は愛し合っていて……」

「別にそれは否定しません。見方によっては、『自分だけ』を助け出してくれる王子様にも見えたでしょう」

「そうじゃなくてっ!」


 事実、アニタ夫人は、子が立派に育ち、夫以外の後ろ盾を得た後も、生涯夫の傍にいたのだ。最終的に彼らの間には確かな愛情が芽生えていたのだろう。ならば、彼らの関係の始まり方なんて、何だっていいだろうとアリーは思ってしまうのだけれど。


「そんな打算とかっ、洗脳みたいな話じゃないっ!」


 だが、純粋培養のお坊ちゃんに言わせると、恋愛の始まり方こそが重要事らしい。

 きっと、彼は、花畑の真ん中で跪いて姫君に花を捧げて愛を乞うような真似をしなければ『正しい恋愛』とは認めないクチなのだろう。――と考えて、ふと気づいた。


「……そんな純粋培養さんには、私の本は、劇薬だったんじゃないですか?」

「なっ!?」

「大丈夫ですか? ショックで頭が痛くなったりしませんでした?」

「ばっ、馬鹿にするなっ! 僕はもう、成人している! 立派な大人だ! それくらいのことでショックを受けたりなんか……」

「いえ、馬鹿にしたつもりはなくて。純粋に、申し訳ないなと思いました」

「そういう真面目な態度を取られると、余計に気まずくなるだろうがっ!」


 リックは顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていた。どうやらアリーの指摘は、彼のプライドをいたく傷つけるものになってしまっていたらしい。


「もう、いいっ! 帰るっ!」


 頭から湯気を出し、茹で蛸のようになったリックは大声で喚くと、一目散に部屋から駆け出していった。完全に捨て台詞である。


「……さて。早いとこ、引っ越しましょうかね」


 ひとまず、一旦は、厄介な来客の撃退にはどうにか成功した。今のうちに、引越しの準備をしよう。

 居心地のいい下宿を失うことは惜しいけれど、彼が『庶民に馬鹿にされた!』と彼の父である現シェリンガム公爵に泣きつけば、即座にアリーは牢に放り込まれてしまうだろう。権力の前で庶民は無力なのである。

 そうはいっても、次の引越し先の当たりをつけるにも数日はかかる。その間は怯えて暮らすしかないと思っていたが――。


「見てくれ! 祖父母が相思相愛だった証拠を持ってきたっ!」

「……なんで昨日の今日でまた来てるんですか」


 次の日、アリーが日課の散歩から帰ると、小汚い部屋の真ん中に、輝かしい男が仁王立ちして待っていた。


「ふんっ、決まっている! 君の馬鹿げた妄想をとっとと捨てさせるためだ!」


 ……どうやら、この男、相当面倒くさい類らしい。

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