出会いには印象的なプロローグを
※カクヨムに掲載した話の転載です。完結済みなのでゆるゆる予約投稿していきます。
硬質なガラスのように透き通った青年の声が、目の前の本を朗々と読み上げた。
「公爵は、にいと口角を引き上げて、いたいけな少女に囁いた。
『私の力があれば君の家を救うことができる。そのために、君が差し出せる物は何か……わざわざ言わなくても、分かっているね?』
哀れな少女は身体を大きく震わせた。彼の望みを悟ったからだ。無力な子羊には、悪魔の生贄となる以外の道が残されていないということを」
読み上げられているのは、下衆な男が権力と金の力に任せて無垢な美少女に迫るというなかなかに救いのない一節なのだけれど、声には一片の後ろめたさすら含まれていない。
なまじ堂々とふるまわれると、まるで歴史書を片手に学校の講義を受けているかのような心持ちで聞けるものだ。アリーは半ば感心してその声に聞きほれた。
――なんだ、私が書いた三文小説も、演者次第では悪くない出来じゃないか、と。
「『私が、閣下の元に伺ったら……本当に、家族のことは助けてくださいますか?』
『善処しよう。だが、君は、エイマーズ伯爵令息と婚約していただろう? 私も、さすがに他人の婚約者に親切にするわけにはいかない』
『そんなっ! ……ううっ、分かりましたっ! 別れます、あのひととはお別れしますから……っ、どうか、閣下、私と家族にご慈悲を……!』
相思相愛の婚約者との離別を強いられた衝撃から、ふらふらと縋りついた少女を、公爵は鷹揚に受け入れた。ようやく手に入れた少女を囲い込み、泣きじゃくる彼女を優しく宥める彼の心中を、まだ誰も知るよしはなかった。……」
青年の朗読を聞かずとも、アリーは、その本の内容をよく知っていた。自分で書いた本なのだ、箇所によっては諳んじることも容易い。
『官能小説』と呼ぶには官能に訴えかける芸術性が足りず、『大衆娯楽小説』と呼ぶほど一般的でもなければ、読めば気持ちが晴れるような幸福な物語でもない。
ただ、人々の下世話な好奇心と劣情を満たすためだけの低俗な物語――敢えて呼び名をつけるなら、『三文小説』と呼ぶしかあるまい。
「アリー・アビントン。君は、シェリンガム公爵家のレジナルドとアニタ夫妻をモデルにして、この本を執筆し、無許可で出版した。間違いはないか?」
まさしく、この青年の言う通り。
アリーは、王族に次ぐ地位にある高位貴族のおしどり夫婦をモデルにして、その三文小説を書いたのである。
理由は至って単純で、上流階級の醜聞の方が、購買層の庶民にはウケるから。
そう、だから――。
「僕の亡き祖父母の名誉を踏み躙った、三流ゴシップ作家め! 僕は、彼らの身内として、この本の関係者として、抗議に来た」
だから、上流階級がこの本を読むことなんて、全く想定されていないのである。それも、ネタにした人物の身内がじっくり読み込むことなんて。
「僕の祖父、先代シェリンガム公爵レジナルドは、断じて女性に無理強いをする恥知らずなどではないっ! 訂正しろ、今すぐに! シェリンガム公爵家を虚仮にして、従わねばどうなるか……わざわざ言わずとも分かるな?」
いきり立つ美青年を前にして、アリーの背中にはじっとりと冷たい汗が伝っていた。




