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吹奏楽は君に咲く  作者: 七草小鳥
星の加護を受けた聖女
7/14

麗しい所有物

ガタン、ガタン。

私の白い瞳は、きめの細かい指先を捉え、ふわふわしたまつ毛は私の額に影を落とした。

──────あぁ、決まっちゃった。

私が今から行先・名家ピレシャノール家は、私がいたところよりもずっと遠く、ずっとずっと先にある。

窓についてるヒノキの板に肘をつき、窓の向こうを眺めている人物─────。

漆黒の髪に湖のような青い目の持ち主、カイト・ピレシャノール。

私は、彼の所有物となったのだった。


§§§


「さぁさぁ、聖女オークションもこれで最後となって参りました。本日の目玉商品、星の加護を受けた聖女、マチルダ・ロッティアです!」

男が叫ぶと共に、観客がわぁぁぁぁ!と騒ぐ。

─────星の加護を受けた?

全然、そんなものじゃないのに。

私は自嘲気味に微笑みながら、ステージに足を踏み入れた。

楽器ケースは右手でしっかりと持ち、しっかりとした足取りで私は歩く。

一歩歩くごとに星屑が舞い、麗しい髪の毛はふぁわりと揺れ、スポットライトの光を反射する。

自己紹介するのでさえ、疲れてきた。

私はだれとも目を合わさないようにした。

「マチルダは、聖女吹奏楽団に所属をしておりましたが─────」

嫌だ。

この先は聞きたくない。

そう。

私は聖女吹奏楽団という、聖女が楽器で音楽を奏でるという、変わった楽団に所属していた。

けれど、元は異世界転生をしてここにやってきたのである。

普通の吹奏楽部員だった私が、なんで───────。

もう、辿ってきた道のりを思い出すのさえ億劫になっていた。

「演奏を聴いていただきましょう♪」

男が楽しげにいう。

男は観客の見えないところで私にナイフをちらつかせている。

やるしかない。

けど、婚約するはずだった男性─────レガートに拒絶をされてから、怖くて怖くてたまらなかった。

また、拒絶されるんじゃないか。

でも。

どこかに私の音を認めてくれる人が、いるはずだから────。

「タタララ、リラリラリ…タタララ、リラララ、リラリラーラーラーラララー…」

あえて、前の世界で吹いていた時の曲を吹いた。

この方が、

私の思い。

私の音。

届くはずだから。 

吹き終わり、伏せ目がちにお辞儀をすると、わぁぁぁぁ!と観客は立ち上がって拍手をし、騒ぎ始めた。

胸ぐらをつかみ合うもの、唾を飛ばしながら自惚れるもの──────。

さまざまだった。

その中に、たったひとり、静かに拍手をする青年がいた。

顔はよく見えなかったが、水の輝きを持った青い目をしていた。

その青年と目があった気がしたが、その青年はすでにパンフレットを開いていたため、気のせいだったことがわかった。

「さぁ、始めますよ!八億リリベルから!」

男が盛り上げる仕草をする。

八億リリベル──────日本円で50兆くらいだろうか。

私の白い瞳に黒い影が宿る。

「9億リリベル!」「9億5000リリベル!」「9億8000リリベル!」

どんどん値は細かく、さらに上がっている。

男は嬉しそうだった。

いいね。私はちっとも嬉しくない。

私が呆れた視線を送っても、男は気がつかなかった。

「15億リリベル!」

誰かが、大きく周りのものと差をつけて叫んだ。

涎を垂らした、顎に髭を生やした男。

私の首筋から体のラインを、なぞるように凝視している。

嫌だ。

頭から指の差まで、この男を受け付けない。

怖い。怖い怖い──────。

男の視線が、まるで私の中を這い回る虫のように執拗だった。

唇の端から垂れる涎が、不潔さを際立たせる。

その目は獲物を狙う猛禽のように冷たく、私を丸呑みにしようとしていた。

怖い。逃げたい。でもここから逃げられない。

「皆さん、お手上げですかぁ?聖女を枯らしては聖女を、枯らしては聖女を…を繰り返してきた、聖女愛好家のグルテンさんに決まりでよろしいですカァ?」

司会者が観客たちを煽る。

観客たちはお手上げのようで、グルルル、と唸り声を上げている。

聖女愛好家。彼は一体───────?

「それじゃあグルテンさん、前に───」

司会者がグルテンを前に呼ぼうとする。

「20億リリベル」

それを遮る、冷たく冷酷な声が聞こえた。

青色の湖のような目、漆黒の髪──────。

演奏として、私の演奏を見ていてくれた青年だった。

「なっ!卑怯だぞ!」

グルテンが勢いでステージに上がり、叫ぶ。

「その金額を払うと言っているのだから、卑怯も何もないと思いますが?」

青年が挑発的に顔を歪ませる。

女子たちを魅了する、整った顔立ちだった。

「で、でも!!ここ、こいつは俺のものだ!」

グルテンは私の肩を掴んだ。

痛い。

ギシギシと音が聞こえてきそうなほどに、フリルの上から体を押さえつけられている。

肩を掴まれた瞬間、一気に体が冷えた。

このまま、連れて行かれてしまうのではないか?

恐怖で頭が回らなくなってくる。

「市場のルールも知らずに?滑稽ですね」

青年はシュッとナイフを取り出した。

きらりとライトの光を反射する。

「お、俺のナイフ!」

司会者の男が叫んだ。

あのナイフ、見たことが───────。

司会者の男が、私にちらつかせていたナイフだ。

私はようやく理解する。

司会者の男とグルテンは、グルだったのだ。

「じゃぁとにかく、その娘を俺にくれないだろか。君の不正がバレる前に」

青年がナイフを指先でなぞり、一回転させた。舞台の小道具のように、そのナイフは光っていた。

「わ、わかりました。マチルダ・ロッティアは、冷酷で無慈悲だと有名な、ピレシャノール家長男、カイト・ピレシャノール様の所有物とに決定しました。どうぞ、お持ち帰りください」

司会者は頭を下げ、周りの反応も待たずに幕を閉じた。

急速に終わった聖女オークション。

今、なんて?

冷酷で無慈悲だと有名な?

この人もまた──────。

私はグルテンに買われなくてホッとした気持ちと、カイト・ピレシャノールに買われた、複雑な気持ちが混ざり合い、放心状態になっていた。

─────あぁ、決まっちゃった。

彼の目は、ずっと見つめ、彼の考えていることを知ろうとすると、底なし沼にハマってしまうよな、危なかしさを纏っていた。


§§§


私と、カイト・ピレシャノールは、列車を乗り継ぎ、ピレシャノール家を目指していた。

彼は何を思っているのか、ずっと無表情のまま。

整った顔立ちと、底なし沼の目だけが浮き彫りになっていた。

彼のブローチの小鳥が、私をずっと見つめていた。





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