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吹奏楽は君に咲く  作者: 七草小鳥
楽器に咲く花
13/14

続・あの人の影

前谷涼。

私の友達でもあり、憧れの人でもあり、好きな人。

世界を超えた先で、会えるのなら━━━━━。

そんなことを考えていた。


***


彼が、異世界転移をして、暮らしている。


そう思いたかった。


「…マチルダ」

声が降ってきて、はっと、顔をあげる。

空中で視線がぶつかった。

「知り合いか?」

カイトの声は震えていて、顔も青ざめている。

何か恐ろしいものを見るように、彼の目はさざなみだっていた。

様子が変だ。

「昔の…っていうか」

セシル…涼くんの姿をした彼を、そう確かめたわけでもないのにそう言ってしまう。

髪の毛に触れると、しゃらりとネモフィラの髪飾りが銀色に光った。


私が曖昧に口を動かしていると、カイトは困ったように前髪をいじり出した。

漆黒の髪が、踊りだす。

グリグリと、前髪同士を擦り合わせるように。

知っている気がした。

それが何なのか掴みかけた時、ミアに声をかけられた。

「マチルダ。そろそろ全員が到着なされるわ。演奏の準備をしておいてね」

掴みかけていた感覚がヘリウムの風船のように飛んでいき、セシルにであった高揚感もどこかへ飛んでいってしまった。

足元にある銀色の楽器ケースに目を移す。

そして、カイトの椅子の下に、細長い、不自然な形の黒いバックがあったことに気がついた。

あ、これ━━━━━。

それが何かに気づいたとか、

「マチルダ、急ぎなさい」

上から高圧的な声が降ってきた。

仲裁をしてくれるエドワードは、何も声をかけてくれず、カイトも黙ったままだ。

心の中でため息をつき、宇宙の片隅のようなリードを取り出す。

口にくわえ、マウスピースと、透明なリガチャーを取り出す。

どんな状況に置かれても、楽器を組み立てる時は楽しい。

私も、楽器を買ってもらったときは、組み立てるのも、片付けるのも楽しかったな。

優美な曲線を描くテナーサックスは、アルトサックスとはまた違ったかっこよさがある。


最初に来たよりも、人は少ないように感じられた。

私がちゃんと確認していなかったからかもしれない。

セシルを視界の端で捉える。

準備が終わった時、私はほっと息をついた。

大丈夫━━━━━━。

だけど、いつものように心臓は治らない。

彼が、私を私だと信じてくれなかったら。

そんな不安が私の脳にしがみついて離れなかった。


不安があるなら、打開策を見つけるのが先だ。


彼に、私が守谷友だと気がついてもらえるような音を、届けよう。


「タタタティティ、トトティ…タタタティティ、トトティ…」


私の学校の十八番だった曲だ。

気がついてくれるだろうか。

そして、私の音だと。


吹いていた時の記憶はない。

すぐに顔色を確認できなかったけど、うまく演奏はできた。

冷たく滑らかなテナーサックスの感触が、手に残っていた。


その時、一番驚いていた人物が、私の予想もしない人物だったことに私は気づいていなかった。


§§§


「マチルダ様。ベッドで寝そべってはいけません」

アンナが私を嗜めるように言った。

アンナの目線の先は明らかに私の髪に向けられている。

なぜなら私は今寝そべっていて、星屑色の艶やかにひかる髪がベットに広がっていたからである。

もう、茶会なんてやってられるか。

聖女として張り詰めていた私は、疲れ切ってしまったわけである。

シャンデリアが水に揺られて光るのを眺めながら、腕もベッドなら投げ出す。

あぁ、高校生に戻りたい。

ここで、裕福な暮らしをさせてもらっているだけマシなのかな…。


「……」

「マチルダ様、服を動きやすくして、髪飾りも取りましょう」

その言葉に私は起き上がる。

さっきから胸が締め付けられてて苦しかった。

ドレスを解いてもらい、緩やかなワンピースへと着替えた。

肩の荷が降りるように、体もふっと軽くなる。

これ、私の高校の制服に似てる。

白のポロシャツに、水色の繋ぎワンピース。

水色ではないけど、デザインがそっくりだ。

懐かしくて気分があがり、くるくると踊る。

ふわっ。ふわっ。

スカートが膨らみながら回っていく。

それとシンクロして星屑色の髪も宙を舞い、白色の目は陶器のように輝いた。


セシルに無視されてしまい、帰られたことも何処かへ飛んでいく。

あの後、セシルには何も声はかけられず、待ってみたものの、セシルは現れなかった。

けれども、その後私のポケットにポピーのボタンが入っていることに気がついた。

セシルの髪色と同じような、綺麗で儚いオレンジ色。


童心に帰ってくるくると回っていると、扉にカイトがいることに気がついた。

え、みられてた?

がっつりみられてる!

そう確信したのは、カイトが気まずそうな顔をしているからである。

じゅっ、と周りから音がした。

水が蒸発してる!

顔がそんなにも暑くなっていることに驚きつつ、カイトは私に用があるのだと気がついた。

漆黒の艶のある髪に、底なし沼のような澄んだあおい瞳。

「何でしょう」

カイトに駆け寄ると、ふわっとスカートが水に揺れた。

「君は一応、今の所、身寄りのない聖女だ。俺とまだ契約をしていないから」

「はい」

「だから…うちにこんな仕事が回ってきたんだ」

カイトから髪が差し出される。

……魔物の討伐依頼?

細やかな字で、そう綴られていた。

え?

「最近街に出てる子供の魔物が騒ぎを起こしてるらしい」

「それを……私に……?」

カイトがこくりと頷く。

「む!無理です!」

ブンブンと両手を振って否定する。

こんな私なんかに、できるはずがないのだから。

カイトは辺りを行ったり来たりした後、ぽんぽんと私の頭を撫でた。

シルクのような髪の天使の輪が、行ったり来たりする。

顔はこっちを向いておらず、よく見えない。

状況を理解した瞬間、赤面した。

最近顔が赤くなりすぎてるような。

ていうか,今━━━━━━━━。

「頑張って」 

カイトはそう言葉を絞り出すようにいうと、私の部屋から出て行った。

背中がゴマのように小さくなるまでカイトを見送り、ドアを閉めた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

私は跳ね上がった。

その仕草はこうさぎのようで、気泡が周りに舞った。

これが……これが……。

興奮して状況がまともに理解できない。

より一層私の周りには異質が漂い、気泡がビー玉のようにかがやいた。

「恋人…」

麗しい私の唇が憧れていた言葉を告げる。

私と一緒に顔を赤くしているメイドを見ていると、なぜか冷静になってきた。

私、他に好きな人いるし。

嬉しさを隠しきれていないことに気づかずに、心の中でそうつぶやく。

ていうか、紛らわせて仕事を押し付けてない?!

嬉しさから怒り。

私の情緒が少し心配になる。


カイトの頼みを断りきれず、私は明日旅立つこととなった。

旅立つと言っても、そんなに遠くではないけど。

鏡の中の虚像を眺めながら、私は光を感じた。


***


「マチルダ・ローティア……もしかして」

とあるところで、1人の青年が一枚の紙を握っていた。

「━━━」

青年は空を仰ぎ、麗しい聖女の元へと歩き出した。

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