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吹奏楽は君に咲く  作者: 七草小鳥
楽器に咲く花
12/14

あの人の影

「おはようございます!」

「おはようございます」


先輩と挨拶を交わす。

私は大きい声を出すのは得意ではないし、年上を相手にすると声が出ない。

だから、なるべく笑顔で、元気よく挨拶をするようにしている。

私は、吹奏楽部、テナーサックスパートの守谷友。

私は最初、自分がテナーサックスになるだろうなとか、ましてやサックスになるだなんて思っていなかった。

だから、先生から聞かされた時は嬉しかったし、たった1人のパートってなんかかっこいいな、と思っていた。

「おはよ、ゆうらっちょ」

「やっほぉ、ゆう!」

独特のイントネーションでホルンパートの優楽が手を振ってくれる。

「やっぱ、コンクール終わってから、一緒の部屋にならなくなったよね」

優楽が悲しそうに、でも楽しそうに話題を口にする。

ゆるゆると、優楽のポニーテールが揺れる。

「だよね。木管と金管だし」

私は部活バックを肩にかけながら答えた。

コンクール前は、先輩たちはコンクールで忙しく、一年生だけでまとめられることが多かったのだけど、三年生の引退式へと準備がすすめられている今、どちらかというと「学年関係なく、パートで」といった感じだ。

遠くに見えるビルの群をなんとなく眺めてから、がんばろ、と第一音楽室の前で、楽器と譜面台を持って別れた。


私の先輩は、すっごく可愛い。

反応が可愛いし、いろんなことを教えてくれる。

もっと、先輩と仲良くなれたらなぁ…。

なんて思いながら、サックスの練習場所へと向かう。

私が年上のコミュ障だからいけないんだ。

どうしたらなくせるんだろうなぁ。

それに比べて、ガンガンいける優楽とか、フレンドリーに話せる涼君は羨ましくて仕方がない。


頑張るか…。

そう心の中でつぶやいても、解決策を見つけたわけじゃない。

今日は、美術室での練習である。

もう、音楽室から遠いし、勘弁してくれって感じなんだけど。

「こんにちは〜」

「こんにちは」

美術室には先客がいた。

アルトサックスの、八木舞花まいか先輩と、

同じくアルトサックスの、神田詩夢しゆ先輩だ。

2人とも上背がある。

ここの学校は皆、髪を結ばなければならなくて、大体の人がポニーテールだ。

テナーサックスを机に置いて、譜面台を袋から取り出す。

青色のラメが入ったピアノのキーホルダーが揺れた。


***


「おはようございます、マチルダお嬢様」

朝起きると私は、たくさんのメイドに囲まれていた。

「カイト様の婚約者と聞いております。これから私たちがお世話をさせていただきます」

メイドのリーダーらしいのが、今私がはなしている女性だ。

赤茶の髪に、黄色の眩しい目。

口元にはにこやかな笑み。

優しそうだな、と思った。


マチルダ・ロッティア。

前世の名前は、守谷友。

吹奏楽部員のテナーサックスパートだった。

白色の目、星屑色の髪、麗しい首筋━━━━。

世にも麗しい聖女、マチルダ・ロッティアへと転生してしまった。

私が寝ているベットは、ヨーロッパのお姫様のようなベットで、全てが青調だ。

上にはキラキラと光を反射する魚のシャンデリア、壁には優美な絵が描かれている。

「今日もお綺麗です」

昨日を見たことがないだろうに、と不満を覚えながら、ベットから降りた。

ふわぁり。

星屑色の髪が水に舞う。

ちりと水がキラキラと輝いた。

ドレッサーの横には、銀色の滑らかな楽器ケースがある。

あの中にはテナーサックスが入っていて、私の相棒だ。

壁はローズクォーツでできているようで、手を当てると冷たさが伝わってきた。

「今日は、茶会でございます」

メイドのリーダー━━━━━アンナが私の髪をとかしながらいった。

茶会。

ミアと、エドワードにも会うのだろうか。

もしかしたら、演奏をしなければいけない…?

「テナーサックスもお持ちになってと、ミア様から言伝です」

やっぱりか。

鏡に映る自分は、明らかに名家の聖女だ。

私はメイクをされ、着飾られ、髪を結い上げられた。

仕上げに、ネモフィラのかんざしがお団子に刺さる。


少しだけ、カイトに会えるのが楽しみになっていた。


***


茶会は、カイト、ミア、エドワード、それと、その他の名家の方々。


ティーカップの澄んだ音が、庭に広がる静寂を破った。

金と青のテントが張られた中庭には、名家の貴族たちが静かに談笑している。

白いテーブルクロスの上には繊細なレース、花瓶にはネモフィラの花が活けられていた。

その一角に設けられた特別席。

私はそこに座っていた。

「よく似合っているわ、マチルダ」

ミア・ピレシャノールが、カップを口元に運びながら微笑んだ。

その目には笑みがあるのに、瞳の奥には冷たい湖面のような静けさがあった。

「ありがとうございます。ミア様に選んでいただいた髪飾りですから」

「ふふ……気に入ってもらえて嬉しいわ」

口元に浮かぶのは、まるで少女のような愛らしい笑み。

だが、私はもう知っている。この人の笑みの下に潜む、獣のような眼差しを。

「この茶会は、あなたの“紹介”の意味もあるの」

ミアはさらりと続けた。

「今ここに集まっているのは、ピレシャノール家にとって重要な繋がりを持つ名家ばかり。あなたが、どんな聖女であるかを、皆に知ってもらう場でもあるのよ」

「……私の演奏も、ですか?」

「もちろん」

少しも揺るがない声音だった。

まるで「当然」とでも言いたげに、ミアは上品に頷いた。

「聖女であるあなたの“音”は、名家の者にとって興味の的。神の音を有する者が、どの家に属するか──それは、政治においても力を持つの」

その言葉の端々に、“あなたの立場を忘れないで”という暗い響きが混じっている。

だが、私は俯かなかった。

たとえ売られた聖女でも、私は私だから。

「恥じない演奏をお届けできるよう、努力します」

そう答えると、ミアの瞳に微かに意外そうな色が走った。

「……ふふ。強くなったのね、マチルダ。ほんの少し前までは、怯えた子猫のようだったのに」

「それでも、演奏だけは……譲れませんから」

そのとき、遠くから聞こえる靴音が、私たちの会話を断ち切った。

名家の一人が、遅れて茶会に現れたのだろう。

「来たようね。少し、変わった子よ。……でも、見る価値はあるわ」

ミアの言葉に、私は何気なくその方向に目を向けた。

そして━━━見てしまった。

それは、彼だった。

いや、彼ではない。

でも、似すぎていた。

私の心が凍る。

━━涼……?


私の初恋の相手の、前谷涼に似ていた。


「初めまして、マチルダ様、カイト様。私の名は、セシルといいます」

オレンジの髪に、薄い水色の瞳だけれど…

声まで、そっくりだった。

彼は、セシルという役を演じているのだと━━そう信じたかった。

カイトは、私の視線が彼に奪われたのが嫌だったのか、私を抱き寄せた。

「うぇっ?!」

ぱたん、とカイトに倒れ込んでしまう。

周りの水を蒸発させてしまうのではというくらいに、顔が熱くなる。

男子の体。

ドキン、ドキン。

心臓の音がうるさい。

「……」

カイトはしばらくセシルを見つめていたが、やがてセシルはミアの元へと向かって行った。

見上げるとそこには、底なし沼の湖の瞳。

カイトは何事もなかったかのように、ズズ、と紅茶を飲み始める。

いや、ズズ、じゃなくて!

「カ、イト、様?」

白い目を瞬かせながら、名前を呼ぶ?

「?」

カイトがこちらを見下ろす。

?って…。

少しだけしょんぼりしながら、セシルのことを考える。

涼君、なのかな…。

半ば放心状態で、星屑色の髪の毛に触れた。


〈次編へ続く〉




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