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吹奏楽は君に咲く  作者: 七草小鳥
楽器に咲く花
11/14

有力者との対面

吹奏楽部にはいい人が集まる。

それは私が胸を張って言えることのひとつだった。

理由は単純。

吹奏楽部で暮らしていくうちに音楽に真剣な人たちが残っていくからである。

もちろん、やむを得ない事情の退部も多々あるが、音楽に真剣な人たちは、よっぽどのことがない限り辞めることはない。

良さそうな人でも、だんだん化けの皮が剥がれていくものだ。


けれど…。

その逆は会ったことがなかった。

怖そうな人で、性格も最悪。

そう聞いていたのに、性格に幼さがあって、優しいなんて、反則にもほどがある性格ではないだろうか?

私は彼の、ほんの一部しか見れていない。


§


私の名前は、マチルダ・ロッティア。

元の名前は守谷友という。

一度死んで別世界に聖女として転生してしまった。

私の所属先は聖女吹奏楽団という一風変わった楽団で、それなりに充実した日々を過ごしていた。

けれども、掟によって婚約をするはずが、破棄され、それによって売り飛ばされ、ピレシャノール家に買われ━━━━━━今に至る。


何回思い出しても小説のような肩書きだし、自己紹介していて恥ずかしくなる。

けど、自分の現状を理解していないと落ち着かなくなった。

白色の瞳、シルクのような星屑色の髪。

そして、私の足元には優美な曲線を描くテナーサックスが入った銀色のケース。


私は今何をしているかというと…。

カイト・ピレシャノールの両親と対面しているのである。

緊張で頭が回らなくなってくるし、喋り方もおかしい気がする。

頭上のシャンデリアがいつにも増して輝き、なぜかこの部屋の魚の彫刻は動いている。

私はロッティア家から見放された身だから、カイトの両親が婚約を許すわけがない。

「こんにちは、マチルダ」

カイトのお母様がニコリと微笑む。

カイトと同じ湖の輝きを持つ青い目。

ゴールドベージュの髪。

顔つきがカイトに似ているけど、お母様のほうが華奢だ。

そして、カイトのお父様は思いの外若く顔つきが優しい。

けれども、どこかに威厳あり、と言った感じだ。

夕焼けのようなオレンジ色の瞳、

カイトと同じ漆黒の髪。

それぞれの遺伝子を受け継いだ。

そう証明されている気がする。


こうして並べてみると、カイトが2人の子供でないような、どこかは似ているんだけど、()()()()()()()()()()()()()感じがする。

カイトのお母様の周りにはタツノオトシゴが戯れていて、海の女王といっても納得してしまいそうな佇まいだった。

汗がじっとりと手に浮かぶ。

カイトの両親に囲まれると、自分の異質さが浮き彫りになるような、曝け出されるような、カイトといる時とは真逆だった。

ちらり、と横にいるカイトを見る。

私よりも、カイトの方が緊張している。

腕は小刻みに震え、顔色が悪い。

カイトが優しいと認識し始めたのは最近だ。

ちょっと思い出すのは恥ずかしい。

ふとした仕草。言葉遣いが彼に似てる気がして━━━。

ほんのり頬が赤くなった気がした。

小さく首をふる。

思い出すのを無理やりやめ、目の前に集中した。


「こんにちは、私はマチルダ・ロッティアといいます」

震えながらもちょこんと挨拶をする。

髪飾りが、追い出されないようにという私の決意をなぞるように、しゃらりと揺れた。

「初めまして。私は、ミア・ピレシャノール」

「私はエドワード・ピレシャノールだ」

ミア。エドワード。

威厳のある名前だ、と思ってしまう。

「カイトが、オークションで聖女を買ってくるなんて驚いた」

エドワードが肩をくすめた。

「そういう取引を毛嫌いしていたから、買ってこないかと思っていたんだが」

感想について話しているのか。何かの前触れなのか。

何を考えてるのかわからない、エドワードの優しい口元を見つめた。

「気が変わったのか?」

エドワードが親しげにカイトに話しかける。

一瞬何かを思い出したかのようにカイトの口がかすかに開いた。

が、カイトは怯えた子犬のような目をしていて、頑なに口答えようとしない。

「だが、身寄りのない聖女だ」

ゆっくりとエドワードが口を開く。

「婚約を許すわけには━━━━」

バクバクと心臓が速く波打つ。

早すぎて、吐き気さえしてきた。

「父上が、いったじゃありませんか」

それを、カイトが遮った。

「『オークションに婚約者を探しに行け、経験にもなるだろうから』と」

確か,そのようなことをカイトと言っていた。

緊張のあまり、記憶が飛んでいってしまっていたのだろうか。

正気に戻るために、シャンデリアを見つめた。

まるで、赤ちゃんをあやすモビールのようだった。

私の精神の幼さを嘲笑っているかのようだ。

「父上は、マチルダのことを、気に入らないのかもしれません。俺と同じで異質だから」

今、なんて?

俺と同じで異質?

心臓がまだ波打っていて、物事が右から左に流れていく。

「だとしても、俺はかまいません」

決意を示すカイトに、エドワードはさらに口を開こうとしていたが、それをミアがとめた。

「カイトが婚約に前向きになったのはいいことだわ。見放されていても、彼女にはロッティア家の血が流れているわけだもの」

ミアは不敵に微笑んだ。

私たちを庇ってくれたのだろうけど、信用できない。

人質に取られる可能性だってゼロとは言えない。

ミアの目の奥には、私を獲物で見るような、獅子の光が住んでいた。


ふと気づくと、エドワードは執務のためといって部屋を出ていた。

広すぎる客間に残されたのは、ミアと私、そして無言で立ち尽くすカイト。

「カイト、少しだけ外してもらえるかしら?」

ミアの声はやわらかく、けれど反論の余地を与えない響きを持っていた。

カイトは一瞬だけ私を見た。

何か言おうと口をぱくぱくさせていたが、少しだけ微笑むと、カイトは去っていった。

その目に、心配と何かを託すような色が混じっていて、私はうなずくしかなかった。

扉が閉まる音が、やけに重く感じられた。

静寂が落ちた部屋で、ミアは優雅にティーカップを口に運び、ゆったりとした動作で私のほうへ向き直った。

「怖がらなくていいのよ。あなたに危害を加えるつもりはないわ」

その言葉に、私は曖昧に笑うしかなかった。

本当は怖がっていると悟られるほうが、危険な気がした。

「マチルダ。あなたはロッティア家の血を引いているわね。けれど、今は見放された存在…だったかしら?」

彼女の青い瞳が、まるで深海のように底知れず、私を覗き込んでいた。

「……はい。そう聞いています」

私は静かに答えた。

この場で軽率なことを言えば、たちまち“口の利き方を知らない聖女”として切り捨てられる。

それはわかっていた。

「では訊くわね。あなたは──ロッティアの“名前”をどう思ってるの?」

問いは、まるでお茶会の雑談のようにさらりとしていた。

体温が一度下がった気がした。

本当に下がったのか──────寒気がした。

「…まだ、整理がついていません。家族が私を聖女としてみてくれていたかは、わからないので」

「ふふ、正直ね。でも、嫌ってもいない。よかったわ」

ミアは嬉しそうに笑った。だが、その笑みはまるで、“駒としての価値”を測っているかのようだった。

「カイトが選んだあなたを、私は歓迎したい。でも──それは、あなたが“利用価値のある娘”である場合に限るの」

言葉に一切の遠慮はなかった。

ようやく、仮面の裏側が見えた気がした。

ぼろぼろと、美しい仮面が剥がれていく。

「……利用、価値……ですか?」

私の声が少しだけ震えたのを、自分でも感じた。

「ええ。ロッティア家とピレシャノール家は、交流関係にあるの。政略、財政、そして……“神の音”に関わる権利」

“神の音”──それは、聖女の演奏が世界に与える影響力を指す言葉だった。

演奏は祈りであり、魔術であり、象徴である。

特定の聖女の演奏は、戦争の勝敗すら左右するとまで言われていた。

ロッティア家とピレシャノール家が交流関係にあるなんて知らなかった。

だとしたら私は、敵陣に潜り込んだことになる。

「マチルダさん。あなたの演奏、私はまだ聴いていないわね?」

ミアがティーカップをそっと置いた。

くるん。

光が紅茶の周りをなぞるように一回転する。

まるで、次の手を指すように。

「……近いうちに、披露する機会があると思います」

そう言うしかなかった。

“あなたの価値を見せなさい”という、無言の圧力をひしひしと感じる。

今は、目を瞑るしかない。

「楽しみにしているわ、マチルダ。貴女が本当に“カイトの婚約者”として相応しいかどうか、私たちも見極めなければいけないもの」

言葉とは裏腹に、微笑みはやさしかった。

けれど、氷でできた花のような冷たさが、その奥に確かに存在していた。

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