第五幕 りんかはアクションスター?!
放課後の演劇部部室。
机の上にはお菓子とジュースが並び、部員たちは紙コップを手にぐるりと輪を作っていた。
「それじゃあ――PR公演おつかれさまでしたー!」
ひのりが音頭をとってコップを掲げる。
「「「かんぱーい!」」」
カラン、と乾いた音が響いて、自然と笑顔が広がった。
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紗里はポテチを頬張りながらニヤッと笑う。
「いやー! 観客の拍手、めっちゃ気持ちよかったよな! あたし、ついドヤ顔しちゃったわ」
「ほんとにしてた」七海が即答。
「最後、完全に“決め顔”で固まってたから」
「えー!? でもウケてたし!」
紗里が肩をすくめると、みんな笑い出した。
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りんかは机に両肘をつき、目を輝かせる。
「アタシのバク転、超ウケてたよね!? 絶対歓声聞こえたもん!」
「……そのあと板がミシッて音立てたけど」七海が冷静に刺す。
「ひぃっ!? マジで!?」
りんかが顔を青くすると、紗里が背中を叩いた。
「まあまあ、結果オーライってことで!」
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「でもさー、衣装ホント最高だったよ」ひのりが隣のまひるに視線を向ける。
「変身シーン、照明とピッタリ合ってて……あれ完全にプロの舞台だった!」
「……う、うん……ありがと……」
まひるは顔を赤くして、糸くずのついた指先をぎゅっと握った。
「いや、ほんと大変だったんだよな?」唯香がフォローするように口を挟む。
「直前まで夜遅くまで縫ってたでしょ」
まひるはおずおずとうなずき、ぽそぽそと語り出した。
「えっと……照明が当たると普通の布って色飛びしちゃうから……試しに10種類ぐらい買って、全部テストして……でも予算ギリギリで……」
「えっ!? そんなことまで!?」ひのりが身を乗り出す。
「スカートの広がりも、ジャンプしたときに綺麗に見える角度……何回も仮縫いして、りんか先輩に何度も飛んでもらって……」
「おい、それでアタシよくジャンプさせられてたんか!」りんかが机を叩く。
「しかもあんとき“もう一回お願いします!”って30回くらい言ってたよな!?」
まひるはさらに顔を赤くして小さくうなずいた。
「……うん……ほんと、ごめんなさい……」
「謝るなって!」りんかが笑顔で手を振る。
「そのおかげでウケたんだし! アタシなんか筋肉ついた気がするし!」
部室に再び笑いが広がる。
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「音羽ちゃんも、すごかったよ」
みこがふいに口を開いた。
「声、次々に変わって……ほんとに別の人みたいで。観客、完全に引き込まれてた」
音羽はそっと髪を耳にかけ、短く返す。
「……七変化は、まだ不完全。でも……舞台の上なら、いくらでも声を変えられる」
「うん。でも、その一瞬一瞬に全部集中してたんだよね。練習のときも、ずっと同じセリフを声色変えて繰り返してて……。その努力、ちゃんと伝わってたよ」
音羽は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく「……ありがと」と答えた。
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みこはさらに周りを見渡す。
「……りんかちゃんも。バク転とか派手だったけど、それだけじゃなくて、何回も基礎の動きを繰り返してたの、私は見てたよ。筋トレも黙々とやってて……。だからあの瞬間が映えたんだと思う」
「……! みこ先輩……!」
りんかの顔がぱっと輝く。
「まひるちゃんも、衣装だけじゃなくて、読み合わせのときも本気でセリフ練習してた。声小さくても、最後まで諦めなかった」
「わ、私……そ、そんな……」まひるがぶんぶん首を振る。
「ひのりちゃんも、七海ちゃんも、紗里ちゃんも……。みんな、舞台の裏で努力してたから成功できたんだと思う」
少し俯きながらも、しっかりとした声。
かつて小動物のようにおどおどしていたみこが、今は堂々と“先輩”の顔をしていた。
ひのりが目を丸くして、にっと笑う。
「……なんか、みこちゃんが言うと重みあるね。立派になったよね」
「でしょ?」紗里がすぐさまおちょくるように笑い、場の空気がまた和んだ。
(みこが先輩らしく全員を評価して、部屋が少し静まったあと)
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そのとき、扉がノックされて――音屋亜希先生が顔をのぞかせた。
「ふふ、いい雰囲気ね。打ち上げ中にお邪魔してごめんなさい」
「先生!」ひのりが手を振る。
先生は部員たちの顔を見回して、にっこり微笑んだ。
「昨日の公演、本当に立派だったわ。舞台ってね、失敗や不安も含めて全部“そのとき限りの物語”になるの。あなたたちは最後まで仲間と物語を演じきった。それが一番大事なことなのよ」
その言葉に、部員たちは少し照れながらもうれしそうに頷いた。
先生は腕を組んだまま、ゆったりと歩み寄り、目を細めて言った。
「青春は一幕きり。台本なんてなくても、その場でどう演じるかで輝きは変わるの。……だから存分に楽しみなさい。舞風学園演劇部の“物語”をね」
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七海は最後にノートを閉じて、冷静に締める。
「……つまり、全員がそれぞれの役割を全うしたってこと。演劇部としての第一歩は、大成功だった」
「おーっ!」
全員の声が重なり、拍手と笑いが部室に響いた。
七海が冷静にまとめて、打ち上げは一段落。
その言葉に、部員たちはしんと聞き入り、次の瞬間――ひのりが「はいっ!」と元気よく返事をする。
そしてみんながコップを片付けたりお菓子の袋をまとめていると――りんかがぽんっと手を叩いた。
「よーし! せっかくだし、今度の土曜さ! みんなで市民体育館でスポーツやんない!?」
「……スポーツ?」七海が眉を上げる。
「うん! なんかさ、チームワークもっと強めたいし! バレーとかバスケとか、球技やれば盛り上がるっしょ!」
りんかはすでにノリノリでポーズを決めている。
「いいね〜! 運動すれば打ち上げで食べた分も消費できるし!」紗里が笑う。
「わ、私は……運動音痴だけど……でも、楽しそう……」みこが小さくうなずいた。
「……ふむ、演劇も体力勝負だし、悪くないわね」唯香も頷き、七海も「まあ合理的ではある」と認める。
「わ、わたし……」まひるが小さく声を上げる。
「ボールとか……うまくできるかな……。足引っ張っちゃうかも……」
「大丈夫大丈夫! アタシが特訓してやるって!」りんかが即座に笑って親指を立てた。
「最初から上手いやつなんかいないし、みんなでやれば絶対楽しいから!」
まひるは目をぱちぱちさせ、それからほんの少しだけ微笑んだ。
「……そ、そうかな……じゃあ、がんばってみる……」
「決まりっ!」ひのりが手を叩く。
「次のイベントは“舞風スポーツ大会”だね!」
笑い声が部室に広がる。
舞台を終えて絆を深めた彼女たちは、新しい一歩を踏み出そうとしていた。
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土曜の昼下がり。
舞風学園から歩いて少しの市民総合体育館に、ジャージ姿の演劇部員たちが集まった。
「おー! やっぱ体育館広いな! ここで思いっきり動けるぞー!」
りんかが真っ先に駆け込み、持参したバスケットボールをドリブル。もうテンションは試合開始前のアスリートだ。
「りんかちゃん、いきなり全力出しすぎ……」
七海が呆れたように肩をすくめつつ、シューズの紐を結び直す。
「わ、私……足引っ張らないかな……」
まひるは袖口をぎゅっと握りしめ、不安げに体育館を見渡す。
「大丈夫だって!」ひのりが笑顔で肩をぽん。
「今日は本気で勝ち負けやるんじゃなくて、楽しむのが目的なんだから!」
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最初の競技はバスケットボール。
りんかが勢いよくジャンプしてレイアップを決め――たと思った瞬間、ゴールの支柱に体をぶつけて「いてっ!」と声を上げた。
「りんかちゃん、ゴール壊す気!?」
紗里がツッコミを入れ、場は爆笑。
一方のひのりは「友情ドリブル〜!」と叫びながら走り回り、逆にボールを取られる。
七海は冷静にパスを回してゲームを作り、唯香は確実なシュートで得点を重ねた。
みこはドリブルがたどたどしかったけど、ゴールを決めた瞬間、思わず両手を握りしめて「……やった!」と小さくガッツポーズ。
その姿に、先輩組は思わず「かわいい!」と笑顔になった。
まひるはというと――パスが飛んでくるたびに「ひゃっ……! ご、ごめんなさい!」と反射的に避けてしまい、ボールが転々と床に転がる。
「まひるちゃん、それバスケじゃなくて避け球だから!」紗里が笑いながら突っ込むと、まひるは顔を真っ赤にして「……だってこわくて……」と俯いた。
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次はバレーボール。
りんかは強烈なジャンプスパイクを打ち込み、ボールは「バシィッ!」と床に突き刺さった。
「どやぁ!」とガッツポーズする彼女に、ひのりが「ここ体育館壊すとこじゃないから!」と即ツッコミ。
七海はチームをまとめる声を飛ばし、唯香はブロックで冷静に得点を重ねる。
紗里は空振りして「うそん!」と頭を抱え、観客もいないのに会場を沸かせた。
そして、まひるの番。サーブを思い切って打とうとしたけれど、全力を込めたはずがネット直撃。
「……あぅ……」顔を真っ赤にして項垂れるまひるに、
「ナイスファイト!」と全員が声をかけると、彼女は少しだけ嬉しそうに笑った。
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最後はドッジボール。
ひのりはアクション映画の主人公みたいに飛び跳ねて避け、紗里は当たった瞬間「ぎゃーっ、やられたー!」と派手に転倒して笑いを取る。
りんかは反射神経を活かして最後まで残り、見事な速球で決着をつけた。
ただ――まひるはやっぱりボールが飛んでくるたびに「ごめんなさいっ!」と避けるばかり。
それでも、彼女が逃げ続ける姿に「逆にすごい回避能力だな」「ステルス能力高すぎ」なんて冗談が飛び交い、笑い声で体育館は包まれた。
汗だくになった演劇部たちは、体育館に併設されたレストランへ。
カウンターで注文を済ませ、番号札を持ってテーブルにつくと、ふわりとカレーの香りや味噌汁の匂いが漂ってきた。
「運動のあとって、なんでこんなにお腹空くんだろうね!」
ひのりはカレーライスを待ちながら、すでにスプーンを握りしめている。
「りんかちゃんは絶対大盛りでしょ」
七海が呆れたように言うと、りんかは胸を張った。
「もちろん! 体育館来たら大盛りカレー一択! これぞ勝者のメシ!」
ほどなくして、それぞれの注文が届く。
ひのりとりんかはカレー、七海と唯香はざるうどん、紗里は唐揚げ定食、まひるはナポリタン。
みこはお子様ランチ風のプレートを前にして、先輩らしさを表しつつも子どもっぽさにちょっと恥ずかしそうに笑った。
「……い、いいじゃん。旗ついてるの可愛いし……」
その言葉に場が和み、自然と笑い声がこぼれた。
笑いが広がったあと、りんかはふっと真顔になり、スプーンをいじりながら口を開いた。
「……なぁ、ちょっといい?」
「え、なになに?」ひのりが首をかしげる。
りんかは少し間を置いて、カレーをかき混ぜながら視線を落とした。
「アタシさ……こう見えて勉強とか、めっちゃ苦手なんだ」
部員たちは一瞬驚いて、自然と耳を傾ける。
「小さいころから、体を動かすのは得意でさ。走るのも飛ぶのも一番。でも、勉強は全然ダメで……テストの点なんかいつも10点とか」
りんかは乾いた笑いを浮かべる。
「中学のとき、家族にめっちゃ心配されたんだ。“このままだと進学できないぞ”って。お姉ちゃんは頭いいし、妹は要領いいし……アタシだけ、バカって感じで」
「りんかちゃん……」みこが小さくつぶやく。
「だからさ、舞風入れたときはほんと奇跡だと思った。演劇部だって……正直、アタシがついていけるか不安だったんだ」
りんかは拳を握り、少し唇を噛む。
「でも……舞台に立ったらさ、全部忘れられた。バク転したときの歓声とか、仲間の声とか……あれで、“アタシにもできることあるんだ”って思えたんだ」
紗里が笑いながら肩を叩く。
「なに言ってんの! あんたのバク転が会場をさらったんだよ!」
「そうだよ!」ひのりも笑顔で言う。
「演技が苦手でもいいじゃん。りんかちゃんは“動き”でみんなを魅了できる。それって、誰にも真似できない武器なんだよ!」
「……武器、か」
りんかの顔に少しずつ笑みが戻る。
唯香がうどんを啜りながら、落ち着いた声で言った。
「強みと弱みは誰にでもあるわ。でも、りんかさんの強みは“舞台を動かす力”。その輝きは、絶対に代わりがきかない」
七海もうなずく。
「そう。あなたは“演劇部のエンジン”よ。止まったら部全体が進まない」
「エンジン、ね……」
りんかはぽかんとしたあと、ガハハッと笑った。
「じゃあアタシ、演劇部のバイクか車か!? いいじゃん、それ!」
テーブルの周りにはまた笑いが広がり、空気が軽くなった。
――でも、その笑顔の奥にほんの少しの影を、みこは見逃さなかった。
昼食を終えて体育館のロビーに戻った時、りんかがちょっと離れたベンチに座って、靴ひもをいじりながら下を向いていた。
ひのりが気づいて声をかける。
「りんかちゃん、どうしたの?」
「なぁ……アタシ、ちょっと思ったんだけどさ」
「ん? なに?」とひのりが身を乗り出す。
「アタシ、体動かすことしか取り柄ないけど……逆にそれで、これからどんなことができるんだろうなって。もっとすごい技とか、舞台でしかできない動きとか」
りんかは、わくわくしているような笑顔を浮かべた。
一瞬、空気がしんとする。
けれど、ひのりがぱっと笑顔になって胸を張る。
「何言ってるの! りんかちゃんはもう、大物アクションスターだよ! 絶対ハリウッド出れるって!」
「ハ、ハリウッド!?」
りんかが思わず吹き出す。
「そうだよ! だってあんなにバク転できて、剣振り回しても絵になる子なんてそうそういないもん!」
七海も腕を組んで頷く。
「舞台はセリフだけじゃないわ。動きで観客を引き込めるのは、あなたの大きな武器よ」
まひるも勇気を出して口を開く。
「わ、私……運動できないけど、衣装なら自信あるの。……だから、りんかちゃんの動きも、ちゃんと衣装で輝かせたいって思ってます」
その言葉に、りんかはぐっと目を潤ませて、すぐにいつもの元気な声を張り上げた。
「……なんか、アタシちょっと泣きそう! でも、ありがと! そっか、アタシ……アタシはアクションスターでいいんだな!」
ひのりが親指を立てる。
「うん! 舞風のアクション担当はりんかちゃんにしかできない!」
「よーし! 決めた! 次は絶対もっと派手に跳んでみせる! ……体育館の天井ぐらいまで!」
「壊す気!?」七海の冷静なツッコミに、みんな大笑い。
体育館の窓には、夕焼けが差し込んでいた。
続く。