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舞風学園演劇部 2年編 大会への道  作者: 舞風堂
第一章 後輩入部、8人へ
3/8

第三幕 舞台への仕込み

 放課後の演劇部部室。

 黒板にはすでに大きく「部活PR公演」と書かれていた。

 春の夕暮れが窓から差し込み、8人の部員が机を囲む。

 新入生を迎えて初めての本格会議、空気には期待と緊張が混じっていた。


「さて――」

 チョークを置いた音屋亜希先生が口を開く。

「去年は“異世界に迷い込んだ演劇部”で旗揚げ公演を成功させたわね。今年は8人になった。新しい挑戦をしましょう。……どんな話にする?」


 部員たちは顔を見合わせる。

 一瞬の沈黙――そして。



「はいっ!」

 最初に手を挙げたのはやっぱりりんか。

「バトルものがいいと思います! 剣でドーン! バク転でバーン! 必殺スーパーりんかキック!!」

 勢いよく椅子から飛び出し、木の剣を振り回しながらブレイクダンス風にポーズ。


「机壊すわよ」七海が冷静に制止。



「じゃあ私は魔法少女!」

 ひのりが髪飾りをキラッと光らせ、指先をひらり。

「ピコーン! 魔法少女ひのりん、参上!」


「また出たよ……」紗里が吹き出す。



「私は……現実的な学園ドラマを」

 七海は腕を組んで淡々と。

「友情や努力、日常の積み重ね。観客の心に届くのは、そういうリアルな物語よ」


「ドラマって、地味にならない?」唯香が首をかしげる。

「観客を引き込む“強さ”が必要だと思うわ」



「わ、私は……」

 みこがそっと手を挙げる。

「友情のお話がいいです。演劇部らしく、仲間の絆を大切に描きたい……」



「じゃああたしはコメディ!」

 紗里が笑顔で拳を上げる。

「観客が笑えば一気に盛り上がるし、去年もそれで助かったじゃん!」



「わ、私は……衣装が主役でもいいと思います!」

 まひるが勢い余って立ち上がる。

「和装! ドレス! SFスーツ! 縫い目の美しさを全面に押し出して――」

「お、おちつけ〜!」紗里が慌てて肩を揺さぶる。



「私は、一人芝居に挑戦したい」

 音羽がぽつりと呟く。

「声と仕草で何役も演じて……ひとりで物語を紡ぐ」


「えっ、それできるの!?」ひのりが目を丸くする。

「……やってみせる」音羽は淡々と答えた。


「1人で演じるの?8人で出るのよ」

 七海は冷静にツッコむ。



「ふむ……」唯香がまとめるように全員を見回す。

「アクション、魔法、学園ドラマ、友情、コメディ、衣装、一人芝居――八人八様。全員がやりたいことを持っているわけね」


「全部やるのは無理でしょ」七海が冷静に切り捨てる。


「でも……」

 ひのりはにっこり笑って拳を握る。

「全部を混ぜちゃえば、きっと面白い物語になるよ!」


「また安直な……」七海がため息をついたが――ノートに全員の案を書き留めていた。


 ここで先生が少し微笑み、

「答えは出たわね。練習を積んで、必ず“新しい舞台”を作りましょう」


 部員たちは声を揃えた。

「「「はいっ!!!」」」


 夜。

 伊勢七海の部屋。

 机の上にはパソコンと、積み重ねられた原稿用紙。画面には新しいファイルが開かれている。

指先がキーボードを軽やかに叩く。


「……また一つ、物語を書くと時が来たのね」


 ペン立てに差した赤ペンを取り、台本の構想をメモしながら、スマホにちらりと目をやる。

 そこには演劇部のLINEグループが光っていた。



ひのり『やっぱ変身シーン入れようよ! ピコーンって!』

りんか『敵をバク転で回避! ←これ大事!!』

まひる『衣装チェンジ=変身! これなら魔法少女も衣装劇も両立できます!』

紗里『おおwそれアリだな! 衣装替えでギャグもできる!』

みこ『友情が軸なら、魔法やバトルも“仲間のために”で成立します』

唯香『ふむ……観客に響くテーマは“絆”。これなら一本筋が通る』

音羽『……敵役は全部、私が声で演じる』

ひのり『うおー! 完璧じゃん!』



 七海は思わず吹き出してしまう。

「……本当に、賑やかになったわね」


 スマホを手に取り、短く打ち込む。


七海『了解。全部まとめる。脚本は任せて』


 即座に既読が並び、スタンプが飛び交う。

(ひのりの魔法使いキャラ、りんかのスポーツキャラ、まひるのミシン……)


 七海は微笑みながらPCに向き直り、キーボードを叩き始める。



七海(独白)

「全員の“やりたい”を一つの物語に――。それが私の仕事。……さあ、新しいページを始めましょう」


 窓の外、春の星空が瞬いていた。


 放課後の演劇部部室。

 七海がノートパソコンと数枚のプリントを抱えて入ってきた。


「……できたわ。ひとまず、完成稿」

 机にプリントの束を置く。


「えぇっ!? もう!?」

 ひのりが素っ頓狂な声を上げた。

「昨日の今日だよ!? 七海ちゃん、やっぱり魔法使いじゃない!?」


「すごっ! 徹夜?まるでAIみたい」と紗里が身を乗り出す。


 七海は小さく息をつき、肩をすくめた。

「まぁね。でも“形”がないと稽古は始まらないから」


 すると一年生たちも一斉に声を上げる。


「うわっ! 七海先輩すげぇ! アタシなんか授業のノートまとめるだけで限界なのに!」

「……速すぎる。処理能力が、人間じゃない」

「ひ、一日で台本完成って……そんなの論文並みの速度じゃ……!」


 りんかは興奮で目を輝かせ、音羽は淡々とした声で呟き、まひるはメガネを押さえながら早口でまくしたてる。


 三人の反応に、先輩組は思わず吹き出し、部室に笑いが広がった。


 部室の机の上で、プリントの束が回っていく。

 それぞれがページをめくり、ざっと目を通した。


 完成稿をめくりながら、ひのりが嬉しそうに叫ぶ。

「わぁっ! 変身シーンが入ってる! 去年は“勇者ヒノリス”だったけど……やっぱり一度は“魔法少女”やってみたかったんだよね!」


 七海は苦笑しながら肩をすくめる。

「去年だって十分、勇者で好き放題やってたじゃない」


「えへへ……勇者は勇者で楽しかったけどさ! でも今度は“変身して戦うヒロイン”! ほら、憧れってあるじゃん!だって定番でしょ!」


 ひのりは照れ笑いしつつ、隣のまひるに視線を向ける。

「ほら、衣装チェンジのところ、まひるちゃんが頑張ってくれるって!」


「は、はいっ! こ、ここ全部……三パターン衣装!? し、しかも変身後とバトル後と日常……!?」

まひるはプリントを抱きしめ、目をキラキラさせていた。

「燃える……っ!やってみます」


「おぉー! アタシのバク転アクションもページ半分使ってる!」

 りんかは身を乗り出して喜び、

「よっしゃー! 舞台で回るぞーーっ!」


「……暴れすぎると舞台壊れる」音羽が淡々と突っ込む。


「ははっ! 舞台崩壊ってコメディすぎる!」紗里が大笑い。


「……でも」みこが小さく声をあげる。

「主役の子、私……なんですね。だ、大丈夫かな……」


 唯香はページをめくり、静かに口を開いた。

「台詞のバランスも良い。観客にテーマが伝わる構成になってるわ。七海、よく仕上げたわね」


 七海は小さく頷いた。

「全員の要望を混ぜたから、多少強引な部分はあるけど……でも“演劇部らしい”舞台になったと思う」


 その言葉に、ひのりは懐かしそうに目を細めた。

「……なんか、思い出すなぁ。去年の初舞台」


「まだ一年前でしょ」七海が即ツッコミを入れる。


「えー! でもめっちゃ昔に感じるんだって!」

 ひのりは照れ笑いしながらスマホを取り出した。

「……ほら。動画、残ってるよ」


 全員の視線が一斉に集まる。

 机の上の七海のノートパソコンで再生ボタンを押すと――

 動画サイトに上げている去年の“旗揚げ公演・異世界に迷い込んだ演劇部”の映像が映し出された。


 暗転から始まり、舞台に照明が落ちる。

 映像の中、勇者ヒノリス(ひのり)が木の上でジタバタしている。


(映像:ヒノリスが木の上でバタバタして降りられないシーン)


「わぁあああ……! いきなりこのシーン!?」

 ひのりが顔を覆って机に突っ伏す。

「初舞台なのに、なんで私だけ最初からドタバタ役なの〜!?」


「いやいや、それがめっちゃウケてたんだって!」紗里が爆笑。

「観客、大喜びだったろ」


 画面が進み、ミコリアみこが台詞を口にする。

「……あの、ここは……どこですか……?」

 緊張気味の声が響き、当時の自分を見たみこが耳まで真っ赤になる。


「わ、私……声震えてる……」

「でもすごく雰囲気出てるよ!」ひのりが慌ててフォロー。

「観客から“姫感ある〜!”って声も出てたし!」


 ナナミス(七海)が舞台に現れたシーン。

 冷静な佇まいに一年生たちは目を見張った。


「うわ……七海先輩、別人みたい」

 りんかが感嘆の声をあげる。

「舞台に出てきた瞬間、空気変わるの伝わる……」音羽も小さく呟いた。


「衣装もすごいです!」まひるが食い入るように画面を見つめる。

「ドレスの刺繍とか、光に当たって映えてる……! どうやって作ったんですか!?」

「……予算なかったから工夫よ。古着を切って縫い直したり」唯香が肩をすくめる。

「ご、工夫でこれって……逆に尊敬します……!」


 やがて物語はクライマックスへ。

 音屋先生が演じる闇の魔女ヴェルダを前に、4人が声を合わせて立ち向かう。


「ひぃっ……これ先生!? 怖すぎるんだけど!」

 りんかが思わず肩をすくめる。


「……声の響き方が別格。舞台全体が支配されてる」

 音羽が真剣な目で呟く。


「衣装の迫力もすごい……でも、動きは最小限なのにあれだけ存在感出せるなんて……」

 まひるがぽそぽそと分析している。


「先生、さすがだわ。あの場面で部全体が締まったのを覚えてる」

 唯香が静かに言葉を添える。


 ひのりが頷きながら、少し誇らしげに笑う。

「うん……正直、先生がいなかったら、あの公演、成立しなかったかも」


「……やっぱり、このシーンは鳥肌立つな」唯香がぽつり。

「“仲間の心がひとつに”ってテーマ……胸に響いた」


 映像の中で「ご観劇ありがとうございました!」と4人が一礼。

 画面が暗転すると、部室にはしばし余韻の静けさが落ちた。

 

 ひのりがにこっと笑い、拳を握る。

「ふふっ、懐かしいね。でも……次はこの8人で、新しい伝説を作るんだ!」


 後輩たちが顔を見合わせ、うなずいた。

「うんっ!」「絶対成功させましょう」「……楽しみ」


 新しい舞台に向けて、部室の空気は再び熱を帯びていった。


 ノートパソコンの映像が消え、少しの余韻を残したまま静けさが戻る。

 七海は立ち上がり、ホワイトボードにさらさらと予定表を書き込んだ。


「はい、感傷はここまで。本番までの計画を立てるわよ」


 カレンダーには大きく書かれていく。

《今週:読み合わせ》

《来週:立ち稽古》

《その翌週:通し稽古》

《公演当日》


 ひのりが机に身を乗り出した。

「うおーっ! いよいよ始まるって感じだね!」


「役の割り振りは仮決定したわ」

 七海はプリントを全員に配る。


 紙を受け取った瞬間、まひるの手が止まる。

「わ、わたし……出番少ないんですね……」


 七海はすぐに補足した。

「その代わり、衣装準備をお願いしたいの。あなたの力が必要だから」


 まひるははっと目を瞬かせ、顔を赤らめてうなずいた。

「は、はいっ! がんばります!」


 紗里は紙を見てにやりと笑う。

「おっしゃ! あたし戦闘シーン多めだな! 派手に動いて盛り上げるぞ!」


「……あんまり暴れすぎると事故になるわよ」唯香が冷静に突っ込む。


「わ、私は……主役の“普通の子”役、ですか……」みこが台本を抱きしめる。

「ちょっと怖いけど……仲間のためにがんばるって、なんか私にもできそうな気がします」


「私はまた参謀役ね」七海が自分の配役に目を通し、軽くうなずく。

「作戦を考えたりまとめ役になったり。まぁ妥当でしょう」


 ひのりは大きな声でプリントを掲げる。

「私は……変身ヒロイン!? うわーっ! やったー!」

 勢い余って机の上でポーズを取る。

「今こそ友情の力で変身だーっ!」


「……完全にコメディ寄りね」唯香が半眼になる。


 最後に、音羽がゆっくりと顔を上げた。

 プリントの文字を見つめ、ぽつりとつぶやく。

「……私は、七変化の悪役か」


 その場に小さなざわめきが起こる。


「七変化って……つまりどういう?」ひのりが首をかしげる。


 音羽は無表情のまま立ち上がり、机の横に移動すると――声を変えた。


「ぐわははは! この村はわしのものだぁ!」

 しわがれた老人の声。


 続けざまに、甲高い笑い声。

「キャハハッ! 魔王様に逆らうなんて無駄よぉ!」

今度は女幹部。


 次は低く冷たい声。

「……お前たちの友情など、偽りに過ぎない」

 青年の悪役。


 さらに、子どものような無邪気な声。

「やーい! お前らなんか絶対勝てっこないもん!」


 場内はどよめきと笑いに包まれた。


「え、えぇ……本当に七変化してる……」みこがぽかんと口を開ける。

「ひゃー! すっげぇ! 本当に1人で全部できるじゃん!」りんかが大拍手する。


 音羽は淡々と肩をすくめる。

「……役が七変化っていうから、やってみただけ」


 唯香は感心したように小さく頷いた。

「その力、舞台をぐっと引き締めるわね」


「よーし! 読み合わせ、楽しみになってきたぞ!」ひのりが拳を握る。


 笑いと感嘆の入り混じる空気の中、彼女たちはついに稽古の第一歩を踏み出そうとしていた。


 稽古場には熱気がこもっていた。

 ひのりは大きな声を張り上げ、台詞を全力でぶつける――が、勢い余って裏返り、周りを笑わせてしまう。

 りんかはバク転を決めようとするたびにマットの端から飛び出し、七海に「舞台はそんなに広くないわよ」と真顔で指摘されていた。

 みこはまだ声が震えるが、それでも昨日より確かに届いている。小さな一歩を、皆が見守っていた。

 音羽は七変化を次々と繰り出し、老人の声、少年の声、妖艶な女の声――その自在さに、先輩たちも感嘆する。

 紗里は動きのキレで場を引き締め、唯香は全体を俯瞰して一人ひとりをフォローする。

 そして七海は冷静にペンを走らせ、改善点をノートに記録していた。


 そんな喧噪の隅。

 ミシンのリズムが、規則正しく鳴っていた。

 まひるは机いっぱいに布と針を広げ、ひとり集中していた。


 普段は人前に出るとすぐに口ごもり、早口で専門用語を並べてしまう彼女。

 でも今は違う。

 眼鏡が光り、指先には小さな絆創膏がいくつも貼られ、目は真剣に針先を追っている。呼吸は落ち着き、迷いは一切なかった。


「……ここはもっと丈夫に。舞台は汗をかくから……照明に映える色は……」

 誰に聞かせるでもない声が、淡々と漏れる。

 それはまるで職人の独り言。彼女の世界には、針と布しか存在しなかった。


 ひのりたちの稽古の声と、まひるのミシンの音が、同じリズムで重なっていく。

 舞台の上で命を燃やす者と、その舞台を陰から支える者。

 形は違えど、その熱は同じだった。


 ――公演まで、あと数日。

 舞風学園演劇部の物語は、いよいよ次の幕を開けようとしていた。


続く。


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