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舞風学園演劇部 第二部 大会への挑戦  作者: 舞風堂
第五章 一人のため、そしてみんなのための舞台
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最終幕 虚無との向き合い

 春休み前の多目的室は、どこか音が吸われたように静かだった。

 机はいつも通り並んでいる。椅子も、黒板も、窓の外の景色も変わらない。

 なのに、そこにあったはずの稽古の気配だけが、きれいに消えていた。


 結果は、もう全員知っている。


 ――特別賞。


 悪くはない。

 胸を張れないわけでもない。

 けれど、素直に喜べるほど単純でもなかった。


「……まあ、順当だよね」


 りんかが椅子にもたれ、天井を見上げたまま言った。

 強がりでも、照れ隠しでもない。ただ事実を口にしただけの声だった。


「順当、って言われるとさ」

 紗里は小さく息を吐いた。

「ちょっと悔しいかも」


 その言葉に、誰も反論しない。


「うん」

 ひのりも頷く。

「私も……もう一歩、行ける気はしてた」


 そう思っていた自分がいる。

 でも、それを証明するものは、もう舞台の上には残っていなかった。


少しの沈黙のあと、紗里がぽつりと言った。


「……優勝、じゃないんだよね」

「これで、良かったのかな」


誰もすぐに答えなかった。


りんかが、肩をすくめる。


「正直さ」

「普通、ここって優勝してハッピーエンドじゃない?」

「部活ものならさ」


「分かる」

 まひるが静かに言う。

「大会に出る=勝つ、がゴールみたいな」


「漫画とかアニメだと」

 紗里が続ける。

「だいたい、ここで一回スッキリするよね」


みこが、小さく首を傾げる。


「……今回は、しない」


「しないね」

 りんかが苦笑する。

「なんか、ずっとモヤってる」


少し間が空く。


「……じゃあさ」

 音羽が、考えるように言う。

「何のために大会、出たんだろ」


 その言葉に、空気がわずかに張りつめる。


 ひのりは、すぐに答えられなかった。


「勝つため、だったはずなんだけど」

「それだけじゃなかった気もして」


 誰かが、息を吐く。


「答え出てないのが」

 七海が静かに言う。

「今の私たち、なんだと思う」


 音羽は窓の外を見たまま、ぽつりと呟く。


「……でも舞台、終わった実感がない」


「分かる」

 まひるが静かに言った。

「終わったはずなのに、区切りがついてない感じがする」


 終演の拍手は確かにあった。

 照明も落ちたし、幕も下りた。

 それでも、心のどこかが舞台に置き去りのままだった。


 みこは何も言わない。

 けれど、机の上に置いた手は、まだぎゅっと力が入ったままだった。


 七海がノートを閉じる音が、静かな部屋に小さく響く。


「出た意味は、あったよね」

「少なくとも、無駄ではなかったと思う」


「うん」

 ひのりはそう答えたけれど、その言葉が自分の中で完全に腑に落ちているかは分からなかった。


 少し離れた位置で、唯香が腕を組んだまま口を開く。


「……“無駄じゃなかった”って言葉」

 ゆっくりと、考えるように続ける。

「本当に納得して言える舞台って、案外少ないのよ」


 視線を上げたのは、ひのりだった。


「ほとんどの舞台はね」

 唯香は淡々と言う。

「終わったあと、必ず何かが残る」

「後悔とか、悔しさとか、やりきれなさとか」


 一拍。


「それがあるってことは」

「ちゃんと“舞台をやった”証拠でもある」


 誰も、すぐに返事をしなかった。


 慰めでも、評価でもない。

 ただ事実を置かれたような感覚。


 アリスは、少し遅れて口を開いた。


「……私は」


 一瞬、言葉に詰まる。


「この舞台、好きだった」


 それだけ言って、視線を落とした。

 成功とか、結果とか、評価とか。

 そういう言葉を、今は選びたくなかった。


 誰も、すぐには反応しなかった。


 特別賞。

 頑張った証。

 でも、何かが足りない。


 それが何なのか、まだ誰にも言葉にできなかった。


 窓の外では、春休み前の校舎が静かに光っていた。


 ――この終わり方で、よかったのか。


 その問いだけが、部屋の中に残っていた。


ドアが、軽くノックされた。


「入るわよ」


 音屋亜希先生だった。

 いつもの軽やかな調子より、少しだけ声が低い。


 全員が、自然と背筋を伸ばす。


「結果の話ですか?」

 りんかが聞く。


「それはもう終わったでしょ」

 音屋先生は首を振った。

「今日は、別の話」


 その視線が、アリスに向く。


 アリスは一瞬だけ息を止めた。

 胸の奥で、何かが嫌な音を立てる。


「留学の件だけど」

 音屋先生は、言葉を選ぶように間を置いた。

「私が掛け合った結果、中止は、ひとまず免れることになったわ」


 空気が、わずかに動いた。


「……本当ですか」

 ひのりが、思わず声を出す。


「ええ」

 音屋先生は頷く。

「ただし、条件つき」


 その言葉で、期待が一気に引き締まった。


「アリスさん」

 音屋先生は真正面から彼女を見る。


「三年目は」

 音屋先生は言葉を区切る。

「自分で選びなさい」

「演劇をどう続けるのか」

「この場所に、どう関わるのか」


 評価でも、勝敗でもない。


「途中で迷ってもいい」

「失敗してもいい」

「でも、“投げない”こと」


 沈黙。


 沈黙。


 その中で、アリスが小さく言った。


「……舞台、続けられるんですね」


 声が、ほんの少し震えている。


「ええ」

 音屋先生は微笑む。

「ただし、“何となく”はもう通らない。あなたがまだこの学校にいられるように支援制度を通したのよ」


 アリスは、ゆっくり顔を上げた。


 迷いは、ない。


「感謝します……条件、受けます」

「私、まだ」

 一拍。

「ここで、終わりたくない」


 その言葉に、ひのりは思わず笑ってしまった。


「アリスちゃん、エレナと同じだね」


「ほんと」

 紗里も頷く。

「選ばなかった時間が、まだ続いてる」


「二年目らしいじゃん」

 りんかが肩をすくめる。

「スッキリしないけど、嫌いじゃない」


 音屋先生は、ドアへ向かいながら言った。


「三年目はね」

「結果より、“どう立ち続けたか”が問われる年よ」


 ドアが閉まる。


 多目的室には、また静けさが戻った。


 でも、さっきまでとは違った。


「……まだ、終わってないね」

 ひのりが言う。


「うん」

 アリスは小さく笑った。

 目は、少しだけ潤んでいた。


 二年目は、答えを出さなかった。

 けれど、未来が続くことだけは、確かに示された。


 しばらく、誰も話さなかった。


 先に口を開いたのは、ひのりだった。


「……この一年、色々あったね」


 それは総括というより、思い出をなぞるみたいな言い方だった。


「りんかちゃんが最初にさ」

 少し笑って続ける。

「いきなりアクロバティックな動きやって」

「床、ミシッて鳴ったの覚えてる?」


「やめて」

 りんかが即座に返す。

「失敗談みたいに言わないで」


「失敗じゃないよ」

 ひのりは首を振る。

「“あ、空気変わった”って思った」


「私は?」

 音羽が首を傾げる。


「音羽ちゃんは」

 ひのりは少し考えてから言う。

「七変化みたいに声変えて」

「みんな、最初ぽかんってしてた」


「……引かれてたと思ってた」

 音羽が小さく言う。


「引いてない」

 七海が即答する。

「驚いてただけ」


「で」

 ひのりは話を戻す。

「まひるちゃんは衣装の話になると、急にスイッチ入って」


「入る」

 まひるは否定しなかった。

「素材と縫製の話になると、止まらない」


「説明、長かった」

 りんかが言う。


「でも助かった」

 紗里が続ける。

「実際、あの衣装なかったら成立してなかったし」


「ほんと」

 ひのりは頷く。

「まひるちゃんのお母さんと、おばあちゃんにも」

「頭上がらないよね」


「……うん」

 まひるは少し照れたように視線を落とす。


「球技大会もあったし」

 ひのりはふと思い出したように言う。

「部活関係ないのに、結局みんなで集まって」


「あれ、何であんな本気だったんだろ」

 りんかが笑う。


「負けたくなかった」

 みこが短く言う。


「それな」

 七海が頷く。



 少しだけ、間が空いた。


「……そういえばさ」

 りんかが、思い出したように言う。

「アリスちゃんが来たばっかの頃、結構ヤバかったよね」


 その一言で、空気が少し戻る。


「ヤバかった、は言い過ぎじゃない?」

 ひのりが苦笑する。


「いや」

 紗里は首を振った。

「正直、分裂しかけてたと思う」


 誰も否定しなかった。


 留学生として突然やってきたアリス。

 経験も実力も突出していて、しかも価値観が違った。


「方向性、全然噛み合ってなかった」

 七海が淡々と言う。

「“舞台に何を求めてるか”が違った」


「私は」

 音羽が静かに言う。

「正直、置いていかれると思った」


「私も」

 まひるが続ける。

「技術とか、完成度とか」

「比べられてる感じがして」


 みこは少し考えてから言った。


「……居場所、揺れた」


 その言葉に、ひのりは小さく息を吐いた。


「みんな、同じだったと思う」

「部活、楽しい場所だったはずなのに」

「急に“試される場所”みたいになって」


「アリス悪くないのにね」

 りんかが言う。

「でも、空気はピリピリしてた」


 その視線が、自然とアリスに向く。


 アリスは、少し遅れて口を開いた。


「……私も」


 一瞬、言葉を探すように視線を落とす。


「留学してきた時」

「正直、みんなのこと」

「“同じ舞台に立つ人”として見れてなかった」


 誰も、口を挟まない。


「結果を出せば」

「分かってもらえると思ってた」


 小さく、首を振る。


「でも、それで」

「部活が壊れかけてるの、分かってた」


 指先が、わずかに震える。


「……それが、怖かった」


 顔を上げる。


「だから、この舞台」

「ちゃんと一緒に作れたのが」

「すごく、嬉しかった」


 声が、少しだけ掠れる。


「結果とかじゃなくて」

「“ここにいていい”って思えた」


 その言葉に、誰も笑わなかった。

 代わりに、静かに頷いた。


「だからさ」

 ひのりが、やわらかく言う。

「この一年、無駄じゃなかったと思う」


「うん」

 七海が短く同意する。


 りんかが、いつもの調子で肩をすくめた。


「分裂しなかったし」

「それだけで、結構すごいよ」


 アリスは、少しだけ目を潤ませて笑った。


「……ありがとう」


しばらく、静かな余韻が残った。


 その中で、七海がノートを閉じる。


「……ねえ」

 少しだけ、いつもの分析する声。


「私たちの高校生活ってさ」

「物語に例えるなら、今がちょうど“二作目”だと思うんだよね」


「来た」

 りんかが小さく笑う。

「その例え」


「聞いて」

 七海は構わず続ける。


「一作目は、出会いと始まり」

「何もなかったところから、部活ができて」

「演劇って面白い、って知る話」


 ひのりは、黙って頷く。


「で、二作目」

 七海は続ける。

「だいたい、ここが一番しんどい」


 少し間を置く。


「ヒーロー映画なら」

「仲間が割れたり」

「信じてたものが揺らいだり」


「SF映画なら」

「世界の裏側が見えて」

「簡単な正解が消えるやつ」


「あるある」

 紗里が小さく言う。


「今回の一年って」

 七海は言葉を選ぶ。

「まさにそれだったと思う」


「勝ちきれなかった」

「でも、壊れなかった」

「答えは出てないけど」

「次に進む理由だけは残った」


 アリスが、静かに頷く。


「……衝撃展開の途中って感じ」

 まひるがぽつりと言う。


「そう」

 七海は微笑む。

「途中で終わるから、意味がある」


 そして、少しだけ声の調子を変えた。


「でもさ」

「春からは――」


 一拍。


「三作目だよ」

「いよいよ、完結編」


 その言葉が、部屋に落ちる。


 誰も大きく反応しない。

 でも、全員がちゃんと受け取っていた。


「三年目は」

 七海は続ける。

「もう“途中”じゃいられない」

「何を選んで、何を残すか」

「全部、決着つける年」


 ひのりは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。


 ゆっくりと、前を向く。


「……そっか」


 小さく、息を吐く。


「じゃあさ」

 ひのりは、みんなを見る。

「私たちの高校生活って」

「もう、ここまで来たんだね」


 みこが、静かに言う。


「……終わらせる話」


「うん」

 ひのりは頷いた。


 そして、少しだけ笑う。


「でも、ただ終わるんじゃなくて」

「ちゃんと“物語”として」


 一人ひとりに、視線を向ける。


「演劇部として」

「この三年間」


 一拍。


「――完結させよう」


 派手な宣言じゃない。

 拍手もない。


 それでも、その言葉は確かに届いていた。


 多目的室の窓から、春の光が差し込む。


 二年目は、答えを出さなかった。

 けれど――


 三年目へ進む覚悟だけは、

 全員の中に、はっきりと芽生えていた。


 舞風演劇部の物語は、

 いよいよ最後の幕へ向かって、動き出そうとしていた。


舞風学園演劇部第二部 大会への試練

ー完ー

_______


「舞風学園演劇部 第二部 大会への試練」を、ここまで書き切ることができました。

 最後まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。


 演劇部という題材に、高校三年間を三部作で描く構成。

 その真ん中にあたる第二部を完結させられたこと自体、ひとつの達成だと感じています。


 正直に言うと、第一部に比べて、この第二部はかなり難航しました。

 第一部は元々構想の骨格が固まっていたのに対して、

第二部は「途中の物語」として、答えを出さない構成を選んだからです。


 有名な三部作でも、二作目は世界を揺さぶり、衝撃や違和感を残す役割を担うことがあります。

 明確な勝利やカタルシスよりも、「この先どうなるのか」を強く意識させる位置づけです。


 この第二部で描きたかったのも、まさにそこでした。

優勝ではない結果。

 スッキリしない感情。

 それでも続いていく時間。


 りんか、音羽、まひるという後輩たちが加わり、

 舞風学園演劇部の空気は確実に変わりました。

 そして途中から登場した留学生・アリスは、物語にも部活にも、はっきりとした衝撃をもたらす存在になったと思います。


 答えを出さずに終わる二年目。

 その違和感ごと、物語として受け取ってもらえたなら幸いです。


 いよいよ次は第三部、完結編です。

 演劇部として、高校生活として、

 彼女たちが何を選び、何を残すのかを描いていきます。


 もう少しだけ、舞風演劇部の物語にお付き合いいただけたら嬉しいです。


 以上でした。

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