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舞風学園演劇部 第二部 大会への挑戦  作者: 舞風堂
第五章 一人のため、そしてみんなのための舞台
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第二十四幕 One for all all for one

 冬の体育館は、声がよく響く。

 照明は最低限、客席は使わず、ステージ前の床に円を描くように部員たちは座っていた。


「……じゃあ、一人ずつ」

 ひのりが短く言う。


 今日は通しじゃない。

 **“見る日”**だった。


 最初に立ったのは、りんか。


 大きな身振り。

 一歩踏み出すたび、床が鳴る。


「――選ばなきゃいけない?

 そんなの、選ばされてる時点で負けじゃん」


 声が前に出る。

 感情も、先に出る。


「強いな……」

 紗里がぽつりと呟いた。


 りんかは終わると、肩をすくめて戻る。

「どう? うるさかった?」


「うるさいけど、嘘はない」

 七海が即答する。


 次は紗里。


 動きは少ない。

 けれど、言葉の置き方が丁寧だった。


「……選ぶってさ」

 一拍。

「諦めることでもあるんだよね」


 視線を下げたまま、最後の一言だけ前を見る。


 空気が、少し沈む。


「紗里ちゃん、ズルい」

 りんかが小声で言う。

「刺してくる」


 みこは、立つまでに少し時間がかかった。


 台詞は短い。

 ほとんど動かない。


 けれど、立っているだけで、場が静まる。


「……ここに、いる」

 それだけ。


 誰も笑わない。

 誰も補足しない。


 音羽は、声を変えなかった。


 淡々と、同じ高さで喋る。

 感情を乗せる寸前で、止める。


「……伝える声と」

「……隠す声は、違う」


 七海が、無意識にペンを止めた。


 唯香は、教師役の立ち位置から動かなかった。

 声を張らない。

 寄り添わない。


「あなたが選ばないなら」

「世界は、先に進むだけよ」


 突き放す台詞なのに、冷たくなりすぎない。

 “分かっている大人”の距離。


 まひるは、舞台装置の動線を意識しながら、象徴的に立つ。

 人ではなく、“場”として存在していた。


 そして――アリス。


 ステージ中央。

 一歩目が、わずかに遅れる。


「……私は」

 声が、少しだけ揺れた。


 それに、ひのりが気づく。

 七海も、唯香も。


 台詞は完璧。

 間も、正しい。


 なのに。


(……立ち方が、前と違う)


 アリスは、終わると静かに一礼した。


 拍手は起きない。

 評価も、まだしない。


「……今日は、ここまで」

 ひのりが言う。


 誰も立ち上がらない。


 体育館のステージに、

 それぞれの“色”だけが、はっきりと残っていた。


 ひのりは、アリスの背中を見る。


(――見えてきた)

(でも、まだ言わない)


 これは、稽古の回。

 答えを出す回じゃない。


 舞台は、静かに、次の段階へ進もうとしていた。


 翌日。

 放課後の多目的室は、昨日よりも少しだけ空気が張っていた。


 今日は通しでも、個別でもない。

 七海が決めたメニューは、ひとつだけ。


「エレナの“選択の場面”を、全員で分解する」


 ホワイトボードには、短く場面名だけが書かれている。


 ――《庭/決断前》。


「このシーンは」

 七海が言う。

「エレナが“まだ選んでない”状態で立つ唯一の場面」

「だから、派手に動かない」


 アリスは、静かに頷いた。


「アリス、中央」

 ひのりが位置を示す。

「他のみんなは、昨日と同じ配置で」


 全員が立つ。

 昨日よりも距離が近い。


「じゃあ……いくよ」

 七海が合図する。


 静寂。


 アリスが、一歩前に出る。


「……私は」

 エレナの声。


「……ここに残るべきなのか」


 声は安定している。

 台詞も、間も、完璧だった。


 なのに――


(……早い)


 ひのりは、違和感の正体を掴みかけていた。


「……魔法があっても」

 アリスは続ける。

「選ばなければ、意味がない」


 言葉は強い。

 覚悟が、もう“出来上がっている”。


 七海が、そっと手を上げた。


「ストップ」


 誰も驚かない。


「……アリス」

 七海は、慎重に言う。

「今のエレナ、もう“決めてる”」


 空気が、止まる。


「……そう?」

 アリスは、少しだけ首を傾げた。


「うん」

 七海は頷く。

「この場面は、“決められない”時間」

「今のは、“覚悟を語る人”の声だった」


 アリスは、何も言わない。


 ひのりが一歩前に出る。


「アリスちゃん」

「昨日の演技も、今日も」

「上手すぎるんだと思う」


 それは、責める言葉じゃなかった。


「エレナはね」

 ひのりは続ける。

「まだ、立ち方が分からない子」


「……」

 アリスの指が、わずかに動く。


 唯香が、静かに補足する。


「“正しい答え”を出す前に」

「立ち止まる勇気が必要な場面ね」


 沈黙。


 やがて、アリスが口を開いた。


「……分かっているわ」

「台本上は、そう」


 でも、と続けて。


「……迷っている“ふり”をするのが」

「一番、難しい」


 その一言で、全員が理解した。


 これは技術の問題じゃない。

 役の問題でもない。


 本人の時間が、先に進んでしまっている。


 りんかが、珍しく口を挟まなかった。

 音羽も、みこも、何も言わない。


 ひのりは、ゆっくり息を吸う。


「今日は、ここまでにしよ」

「このシーン、まだ詰めない」


「……いいの?」

 七海が聞く。


「うん」

 ひのりは頷く。

「今は、無理に“正解”出さない」


 アリスは、少しだけ目を伏せた。


「……ごめんなさい」


「謝る必要ない」

 ひのりは即答した。

「これ、演技の問題じゃないから」


 その意味を、アリスはまだ聞かなかった。


 でも――

 違和感は、全員の間で共有された。


 稽古は続く。

 けれど、もう誰も気づいていないふりはできなかった。


 翌日。

 昼の名残りがまだ残る中庭は、冬にしては少しだけ明るかった。

 コンクリートの床に、低い日差しが斜めに伸びている。


「……今日は、ここでやろうか」


 ひのりの一言に、誰も反対しなかった。


 椅子も、マイクもない。

 ステージを区切る線もない。


 あるのは、校舎に囲まれた四角い空間と、冷たい空気だけ。


「舞台っぽくしないで」

 七海が念を押す。

「立ち位置も、動線も、気にしない」


「つまり」

 りんかが言う。

「“そのへんに立って喋る”感じ?」


「そう」

 七海は頷く。

「生活の中のエレナ」


 みこが、ふっと視線を上げる。

「……見られるね」


 通り道だ。

 部活帰りの生徒が、遠巻きにこちらを見る。


 ひのりは一瞬だけ考えてから言った。

「見られていい」

「今日は、それ込みで」


 全員が、なんとなく円になる。


 昨日までの緊張とは、少し違う空気だった。


「じゃあ」

 七海が言う。

「同じ場面」

「でも、台詞は途中まででいい」


 アリスが、小さく頷く。


 ステージ中央、ではない。

 中庭の真ん中でもない。


 ただ、みんなの中に立つ。


「……私は」


 声は、昨日より低かった。


「……ここに、残るべきなのか」


 言い切らない。

 最後を、わずかに曖昧にする。


 ひのりは、その変化に気づいた。


(……でも)


「魔法があっても」

 アリスは続ける。

「選ばなければ――」


 言葉が、止まる。


 ほんの一瞬。


 通りすがりの生徒の笑い声が、遠くで響いた。


 アリスの視線が、そちらに流れる。


 ほんの一拍。


 それだけで、空気が変わった。


「……アリスちゃん」

 みこが、珍しく即座に口を開いた。

「今の」


 責める調子じゃない。


「“役”から外れた」


 アリスは、驚いたように瞬きをした。


「外れた、っていうか」

 音羽が言葉を継ぐ。

「……現実に戻った、感じ」


 りんかが腕を組む。

「さっきの一瞬さ」

「エレナじゃなくて、“アリス”だった」


 誰も、笑わない。


 アリスは、否定しなかった。


「……ごめんなさい」

 小さな声。


「違う」

 ひのりが、すぐに言った。

「今の、初めて“迷ってた”」


 アリスが顔を上げる。


「昨日までのエレナは」

 ひのりは続ける。

「ずっと、ちゃんとしてた」

「でも、今のは――」


 言葉を探す。


「……揺れてた」


 七海が、ゆっくり頷く。

「中庭だと、それが見えるね」


 唯香は、少し離れた位置から全体を見ていた。

「舞台は、守ってくれる」

「でも、ここは違う」


 沈黙。


 風が、制服の裾を揺らす。


 アリスは、しばらく黙ってから言った。


「……舞台に立つと」

「私は、ちゃんと出来る」


 誰も遮らない。


「台詞も、動きも」

「“正解”があるから」


 一拍。


「でも」

 声が、少しだけ低くなる。

「ここだと……」

「どこに立てばいいのか、分からない」


 それは、役の話のようで。

 役だけの話ではなかった。


 ひのりは、何も言わない。


 今は、聞く時間だと分かっていた。


 七海が、そっと締める。


「今日は、ここまで」

「この違和感、覚えとこ」


 誰も異論を出さない。


 中庭に、日が傾き始める。


 エレナの迷いは、まだ答えを持たない。

 けれど――


 “迷いが存在している”ことだけは、全員がはっきりと知った。


 片付けが終わり、中庭に人の気配が減る。


 誰からともなく、ベンチに腰を下ろした。

 汗も引き、息も整った頃。


「……アリスさ」


 最初に口を開いたのは、紗里だった。

 探るようでも、責めるようでもない。


「最近、ちょっと無理してない?」


 アリスは、一瞬だけ目を伏せた。


「無理、ってほどじゃ……」


 言いかけて、言葉が続かない。


 その沈黙が、答えだった。


「昨日から思ってた」

 りんかが、珍しく声を落とす。

「上手いんだけどさ」

「なんか……先に行っちゃってる感じ」


 音羽が、小さく頷く。

「声も、立ち方も」

「“決まった後”の人のそれ」


 みこは、何も言わない。

 ただ、アリスから視線を外さなかった。


 ひのりは、少し遅れて口を開く。


「……ねえ、アリスちゃん」


 呼び方が、柔らかい。


「今、私たちに言ってないこと」

「あるよね?」


 空気が、ぴたりと止まる。


 七海と唯香は、黙ったまま様子を見ている。

 知っているからこそ、割り込まない。


 アリスは、ゆっくり息を吸った。


「……ごめんなさい」

 小さな声。

「言うつもり、だった」

「でも……」


 言葉が、途切れる。


 ひのりは、一歩だけ前に出た。


「じゃあ」

 静かに言う。

「私から話すね」


 全員の視線が、ひのりに集まる。


「……これ、演劇の話じゃない」

「アリスちゃん個人の話」


 一拍。


「でも」

 ひのりは、はっきりと言った。

「もう、みんなに関係してる」


 アリスが、わずかに目を見開く。


「アリスちゃん」

 ひのりは振り返る。

「今、話してもいい?」


 一瞬の逡巡。


 それから、アリスは小さく頷いた。


「……お願いします」


 誰も、急かさない。


 中庭の冷たい空気の中で、

 ようやく“言葉にする時間”が始まろうとしていた。


 演技でも、役でもない。

 アリス・マーガレット・ジョンソン自身の話を――。


 ひのりは、深く頭を下げた。


「……黙ってて、ごめんね」

「私だけ、先に知ってた」


 誰も、責めない。


 ひのりは続ける。


「実は――」

「アリスの留学」

「三月で、打ち切りになるかもしれない」


 一瞬、言葉の意味が空中で止まる。


 そして、ゆっくり落ちる。


 アリスは、俯いた。


 肩が、ほんの少し震える。


「……まだ、決まったわけじゃない」

 ひのりは補足する。

「でも、可能性があるって」


 沈黙。


 やがて、アリスが小さく口を開いた。


「……ここに来て」

「最初は、全部が新しくて」

「演劇も、学校も、友達も」


 言葉を選ぶように、ゆっくり。


「でも」

「気づいたら……」

「ここが、私の居場所になってた」


 指先が、ぎゅっと握られる。


「みんなと練習して」

「笑って」

「悩んで」


 声が、少しだけ掠れる。


「……まだ」

「一緒にいたいって、思ってしまった」


 誰も、目を逸らさなかった。


 唯香が、静かに口を開く。


「ねえ」

 穏やかな声。

「“one for all, all for one”って言葉、知ってる?」


 アリスが、顔を上げる。


「一人は、みんなのために」

「みんなは、一人のために」


 唯香は、アリスを見る。


「今のこの舞台」

「まさに、それじゃない?」


 りんかが、鼻を鳴らす。

「ズルい言い方するよね、大人って」


 でも、笑っている。


「……でも、嫌いじゃない」

 音羽が、小さく言う。


 みこは、短く。

「……一人じゃない」


 紗里は、ゆっくり頷いた。

「だったら」

「この舞台、アリスのためでもある」


 アリスは、目を伏せる。


 そして――


「……留学が、どうなるか」

「正直、まだ分からない」


 顔を上げる。


 その目は、迷いながらも、まっすぐだった。


「でも」

「私は、みんなのために」

「この舞台を、やりきりたい」


 一言、一言を噛みしめるように。


「ここで過ごした時間が」

「本物だったって」

「証明したい」


 ひのりは、静かに笑った。


「うん」

「それでいい」


 誰も拍手しない。

 誰も、励ましすぎない。


 ただ――

 同じ方向を向いた。


 多目的室に戻るとしばらく、誰も口を開かなかった。


 その沈黙を、りんかが破る。


「……ねえさ」

 頭をかきながら、少し照れたように言う。

「この台本さ」


 視線を、ホワイトボードに向ける。


「今の状況と」

「めっちゃシンクロしてない?」


 数人が、はっとしたように顔を上げる。


「エレナってさ」

 りんかは続ける。

「魔法学校を辞めるか、残るかで悩んでるじゃん」


「でもさ」

 一拍置いて。

「どっち選んでも、全部失うわけじゃないんだよね」


 七海が、小さく息を吐く。

「……確かに」


「選ぶって」

 りんかは言う。

「一人で決めることみたいに見えるけど」

「実際は、周りごと動くんだよな」


 紗里が、静かに頷く。

「だから、物語になる」


 みこは短く。

「……独りじゃ、舞台は立てない」


 音羽が、ぽつりと。

「声も、同じ」

「一人で出しても、響かない」


 ひのりは、みんなを見る。


 この空気を、知っている。

 一年前には、まだなかったもの。


「……大会まで、時間はない」

 ひのりが言う。

「でも」

「今の私たちなら、この舞台、ちゃんと立てる」


 アリスが、ゆっくりと頷いた。


「うん」

「みんなと一緒なら」


 唯香が、微笑む。

「じゃあ、決まりね」


「この舞台」

「一人のためで」

「みんなのため」


 七海がノートを閉じる。

「よし」

「本番に向けて、やろう」


 誰かが拳を軽く握り。

 誰かが深く息を吸う。


 声を張り上げる必要はなかった。


 意志は、もう揃っている。


 大会は、ゴールじゃない。

 でも――

 この舞台に立つ理由には、なっていた。


 三学期。

 舞風演劇部は、確かに前を向いていた。

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