第二十一幕 次の大会、進路、そしてクリスマスパーティ
12月、冬の寒さに入る頃、演劇部は多目的室で三月の大会について考えているとアリスが少し考えてから言う。
「……次の劇、
シェイクスピアみたいな“英国風”はどうかしら」
一瞬、きょとんとする空気となった。
「シェイクスピア……?」
りんかが首をかしげる。
「名前は聞いたことあるけど、難しそうっスね」
七海はすぐ反応する。
「悲劇と喜劇の人。
“ロミオとジュリエット”とか、“ハムレット”とか」
「さすが七海ちゃん」
紗里が感心する。
アリスは頷く。
「恋、裏切り、葛藤……
でも全部“人間の心”の話。
舞風のテーマとも、合うと思う」
そこでひのりが、少し困ったように笑う。
「……イギリスの映画って言われてもさ、
私、あの……魔法学校のやつくらいしか知らない」
「……ああ」
七海が即理解する。
「え、なにそれ?」
りんかが食いつく。
「ほら、額に稲妻の傷がある男の子が――」
「それ、ほぼ答え言ってるじゃん!」
紗里がツッコミ、場が和む。
アリスは少しだけ口元を緩める。
「……それも、立派な英国作品よ」
「そ、そうなんだ」
ひのりは頭をかきながら、
「じゃあ私のイメージ、
“イギリス=魔法学校”しかないんだけど……大丈夫かな」
「大丈夫よ」
アリスは静かに言う。
「魔法がなくても、
言葉と心だけで“舞台は魔法”になるから」
その一言で、空気が少し締まる。
唯香がゆっくり言う。
「……いいテーマかもね。
“言葉で魅せる劇”。」
音羽も頷く。
「声と台詞が、より大事になりますね……」
まひるが小さく。
「……衣装も……英国風……素敵かも……」
ひのりはみんなの顔を見てから、頷く。
「……うん。
正直まだピンときてないけど、
アリスちゃんの“やりたい”なら、聞いてみたい」
アリスは一瞬だけ驚いてから、静かに言う。
「……ありがとう。
じゃあ、少しずつ説明するわ」
七海がメモを取りながら言う。
「よし。
“シェイクスピア×舞風”――
それ、面白くなりそう。」
アリスの説明を聞き終え、七海がノートを閉じる。
「つまり――
“英国風”“言葉の劇”“心の葛藤”。
それを舞風流にアレンジして、オリジナルにする、と」
アリスは頷く。
「シェイクスピアそのままじゃなくていい。
たとえば……“ハムレット”みたいに、
迷い続ける主人公がいる物語を、
“魔法”の世界に置き換えるとか」
「魔法×ハムレット?」
りんかが目を輝かせる。
「なんか急にファンタジー来た!」
「復讐とか、選択とか……
魔法があっても“答えは自分で決める”話」
七海が噛み砕く。
「それ、舞風っぽいかも」
紗里が頷く。
「派手だけど、中身は心の話ってやつ」
ひのりは腕を組んで考える。
「……魔法で何でもできそうなのに、
結局“自分で決めなきゃいけない”って、
逆にキツそうだね」
「そこがいいの」
アリスは静かに言う。
「“力があっても、迷う”――
それが人間だから」
唯香がぽつり。
「……観る側も、刺さりそう。」
「じゃあ方向性は――
“魔法の世界で、自分の選択に苦しむ主人公”。」
七海がまとめる。
「ハムレットを下敷きにした、舞風オリジナル。」
音羽が頷く。
「……台詞、かなり大事になりそうですね」
まひるも小さく。
「……衣装も……世界観、作れそう……」
ひのりはみんなを見回して、笑った。
「よし。
まだ形はこれからだけど……
“次の舞風”、見えてきたね」
紗里がぽん、と手を叩いた。
「……でさ。
劇の話もいいけど、そろそろ“進路”も現実だよね」
空気が少しだけ変わる。
「……あ」
りんかが苦笑いする。
「それ、聞かなかったことにできないやつっスね」
「来年三年生だもんね」
紗里が肩をすくめる。
「もう“そのうち”じゃなくて、“今”の話」
ひのりは少しだけ視線を逸らす。
「……現実、来た」
七海が静かに頷く。
「じゃあ、軽くでいいから。
みんな、今考えてること話してみない?」
「一年の私たちは、大雑把でいいっスよね?」
りんかが手を挙げる。
「もちろん」
七海が微笑む。
「じゃあ……」
りんかは少し考えてから言う。
「体動かすの好きだし、
体育系の大学とか、スポーツ関係かなって」
「りんかっぽい!」
紗里が笑う。
「私は……」
音羽が少し緊張しながら口を開く。
「歌とか……声の仕事に関わりたくて。
歌手とか、声優とか……
まだ夢みたいですけど……」
「いいじゃん」
ひのりが頷く。
「音羽ちゃんの声、武器だよ」
まひるは膝の上で指を組みながら、小さく。
「……うちは……実家が……衣装の店で……」
「……いずれ……継ぐことも……考えてて……」
「もう立派な進路じゃん」
唯香が優しく言う。
「……でも……その前に……勉強は……する……」
まひるは少し照れたように俯いた。
「私は、変わらず」
紗里がにっと笑う。
「保育士。専門学校か短大行って、子ども相手の仕事!」
「似合う」
七海が即答する。
みこが少し間を置いて、ぽつり。
「……私……看護師か……
……福祉の仕事……」
「……誰かの……そばに……いられるのが……いい……」
「みこも、ほんとそれっぽい」
紗里が頷く。
アリスは少し考えてから言った。
「……私は……まだ、日本に残るか……
帰るかも……含めて、考え中」
「でも……舞台や表現に関わる道は……続けたい」
「アリスらしいね」
ひのりが微笑む。
そして、唯香。
「私は……」
少しだけ間を置いてから、はっきり言う。
「大学に行って、映画を学びたい。
父と同じ、映画監督を目指す」
「おお……」
りんかが声を上げる。
「でもね」
唯香は続ける。
「子役として、いろんな現場を見てきたから……
音屋先生みたいに、“教える側”の道も、
ちゃんと考えてる」
七海が感心したように言う。
「……二つとも、“伝える仕事”だね」
唯香は小さく頷いた。
「そして、私は」
七海が自分に視線を戻す。
「小説とか、脚本とか……
物語を書く仕事に携わりたい」
ひのりがにやっとする。
「知ってた」
「でも現実も見る」
七海は続ける。
「文系の大学に行って、
就職の道も残した上で、書き続けるつもり」
「さすが七海ちゃん、堅実」
紗里がうんうん頷く。
自然と、視線が――
ひのりに集まる。
「……で」
りんかが言う。
「ひのり先輩は?」
ひのりは一瞬だけ黙ってから、照れくさそうに笑った。
「……まだ、何も決めてない」
「えっ」
紗里が目を丸くする。
「ここまで聞いといて!?」
「だってさ……」
ひのりは少しだけ背筋を伸ばす。
「私は――女優になりたい」
一拍。
「舞台でも、映像でも、
とにかく“演じる側”でいたい」
「……それだけ」
りんかがぽりぽり頭をかく。
「……夢はでかいね」
七海はやんわりと言う。
「でも……進学とか、事務所とか……
そういう現実の話は?」
ひのりは、少し困ったように笑った。
「……そこが、まだ。
正直……大学は、学力的にキツいし……」
「だから……“なれたらいいな”って、
夢だけ語ってる感じ」
一瞬、空気が静かになる。
そのとき――
「随分、真面目な話してるじゃない」
ドアが開いて、音屋亜希が入ってきた。
「音屋先生!?」
ひのりが驚く。
「ちょっと資料取りに来ただけ」
音屋は笑いながら言う。
「……でも、聞いちゃったわ。進路の話」
「う……」
ひのりが目を逸らす。
音屋はひのりの前で立ち止まって言った。
「夢を語るのは、悪くない」
「でもね、“夢に近づく道”を考えるのが進路よ」
「……はい」
そこで、唯香が一歩前に出た。
「先生……ひのり……」
「もし本気で女優を目指すなら……」
ひのりを見る。
「うちの母が関わってて、
私が子役時代に所属してたプロダクションがあるの」
「ちゃんとした所で、育成もしてて……」
ひのりの目が、ぱっと開く。
「……え」
「紹介、できる」
唯香は静かに言う。
「もちろん、簡単じゃないし……
覚悟もいるけど」
「……」
ひのりは言葉を失う。
音屋が、少し驚いたように唯香を見る。
「……それは、かなり現実的な道ね」
唯香は頷く。
「夢で終わらせないなら……
“ちゃんと挑戦できる場所”が、必要だから」
ひのりは、拳をぎゅっと握った。
「……私……」
「本当に、そこまで……やれるかな……」
音屋が、優しく言う。
「ひのり」
「あなた、“演じること”から逃げたこと、ないでしょう?」
ひのりは、はっとして顔を上げる。
「演劇部を立ち上げて、
ここまで引っ張ってきたのも、あなた」
「それが、答えの一つよ」
ひのりの胸が、少しだけ熱くなる。
「……まだ、怖いけど」
唯香が微笑む。
「怖いってことは、本気ってこと」
ひのりは、ゆっくり頷いた。
「……うん」
「……ちゃんと、考えてみる」
七海が小さく笑う。
「これで、ひのりだけ“空白”じゃなくなったね」
「まだ“仮”だけどね!」
ひのりは慌てて言う。
でも、その顔は――
少しだけ、前を向いていた。
進路と次の劇の話が一段落し、多目的室に静かな空気が戻った。
「……あ」
ひのりがふと思い出したように言う。
「もうすぐ、クリスマスじゃん」
紗里が反応する。
「去年は朗読劇のあと、ここでパーティしたよね」
「でも今年は……」
七海が言葉を継ぐ。
「三月の大会準備で、そんな余裕はない」
ひのりも頷く。
「うん。何かやるのは無理だと思う」
少しの沈黙。
「……でも」
まひるが小さく。
「……パーティだけでも……」
「それくらいなら」
音羽も頷く。
「気持ち切り替えになります」
「だよね」
ひのりが顔を上げる。
「“集まって食べるだけ”のクリスマス、やろう」
紗里が笑う。
「賛成」
そのとき、アリスが静かに言った。
「……私の寮で、どうかしら」
視線が集まる。
「友達を呼んでもいいの」
少し間を置いて、
「……私一人だから」
ひのりはすぐ頷いた。
「じゃあ、今年もみんなで」
七海も言う。
「それが一番だね」
「決まりだ」
紗里が言う。
「アリスちゃんの寮で、クリスマス」
アリスは小さく微笑んだ。
「……歓迎するわ」
こうして――
今年の舞風演劇部のクリスマスは、
アリスの寮で過ごすことになった。
12月24日、夜。
風丘駅から少し歩いた先にある、留学生用のマンション。
インターホンが鳴る。
「はい?」
モニターに映る九人を見て、アリスが一瞬だけ目を見開き――すぐに扉を開けた。
「……いらっしゃい」
「メリークリスマース!」
ひのりが両手いっぱいに袋を抱えて言う。
部屋に入ると、暖房の効いた空気と、控えめなクリスマス飾り。
テーブルの上には、チキン、ピザ、ケーキ。
「思ったより普通の部屋だね」
りんかがきょろきょろする。
「……寮って言っても、ただのマンションよ」
アリスは少し照れたように答える。
九人は自然にテーブルを囲み、紙皿を手に取った。
「いただきまーす」
チキンを頬張りながら、笑い声が重なる。
「今年さ」
紗里が言う。
「ほんと色々あったよね」
「入部したの、まだ今年だよね」
みこが小さく言う。
「最初は八人公演で」
七海が指を折る。
「大会練習して、合宿して……」
「その途中で、アリスちゃんが来て」
ひのりが笑う。
「……分裂状態だったわね」
アリスが苦笑する。
「今思うと、あれも懐かしいっス」
りんかが言う。
「最初、空気ピリついてたし」
「でも今は」
音羽が静かに続ける。
「……こうして、同じテーブルにいます」
一瞬、静かになる。
唯香がワイン代わりのジュースを掲げた。
「じゃあ」
「今年の舞風に、乾杯」
紙コップが軽く触れ合う。
チキンとピザがひと通りなくなり、ケーキを切り分け終えた頃。
ひのりが思い出したように手を叩いた。
「そうだ。プレゼント交換しよ!」
「忘れてた!」
紗里が笑いながら袋を持ち上げる。
それぞれが持ち寄った小さな包みを、テーブルの真ん中に集める。
「ルールは簡単ね」
七海が言う。
「くじで番号引いて、その順に一つ取る」
紙を引いて、順番に包みを選んでいく。
「……これ、誰のだろ」
みこがそっと開けると、
中から出てきたのは、ふわふわの小さなマフラー。
「……あったかそう……」
「それ、私」
まひるが少し照れながら言う。
「……寒いって言ってたから……」
「……ありがとう……大事にする……」
音羽が開けたのは、シンプルなブックカバー。
「……これ、七海先輩ですよね」
「正解」
七海が小さく笑う。
「書く人は、道具も大事にしないと」
りんかの袋からは、スポーツタオル。
「お、分かりやすいね!」
「汗かきだから」
紗里が笑う。
唯香は小さな映画のキーホルダー。
「……ひのり?」
「うん。監督目指してるんでしょ?」
「ふふ……ありがとう」
そして、アリスの手に残った最後の一つ。
ゆっくり開けると、中から出てきたのは――
小さな写真立て。
中には、今日ここに来る前に撮った、
九人の集合写真が入っていた。
「……これ……」
「それ、私と七海ちゃんで用意した」
ひのりが言う。
「アリスちゃん、寮で一人の時間多いでしょ。
だから……ここに、私たち置いといてほしくて」
アリスは、しばらく黙って写真を見つめてから。
「……ずるいわね」
小さく笑って、
「……こんなの、嬉しくなるに決まってる」
写真立てを胸に抱えて、そっと言った。
「……ありがとう」
その一言で、場の空気がまた少し温かくなる。
「次はお正月だね」
ひのりが言う。
「集まる?」
まひるが小さく聞く。
「もちろん」
紗里が即答する。
「初詣でもいいし」
「……賛成」
みこが頷く。
アリスは、少しだけ迷ってから言った。
「……来年も、一緒にいられるなら……嬉しい」
ひのりは、当たり前みたいに笑った。
「いるでしょ」
「舞風だもん」
窓の外では、街の灯りが静かに瞬いている。
九人で過ごす、ささやかなクリスマス。
それは確かに、今年の締めくくりにふさわしい時間だった。
――そして、物語は次の季節へ向かっていく。
続く




