第二幕 笑いと衝撃!クセ強後輩達
入学式から数日が経った放課後。
春の夕陽が差し込む校舎の一角、演劇部の部室前に三人の新入生が並んでいた。
「……ここ、だよね?」
早乙女りんかがポニーテールを揺らして確認する。今日はもう制服ではなく、動きやすいジャージ姿だ。
「演劇部、間違いない」
白川音羽が短く答え、無表情のままドアに視線を向ける。
「わ、わぁ……ドキドキする……」
成川まひるは大きなバッグを抱えながら、落ち着かない様子で足踏みしていた。中には裁縫道具と布の切れ端がぎっしり詰まっている。
そのとき――。
「お待ちしてました!」
ドアが開き、中からひのりが顔を出した。ジャージ姿に少し汗の残る表情、にこやかに三人を迎え入れる。
「ようこそ、舞風学園演劇部へ!」
明るい声に押されるように、三人は部室へ足を踏み入れる。そこには七海、紗里、みこ、唯香がすでに待っていた。
「じゃ、軽く自己紹介したし……早速やってみる?」と紗里が笑う。
「もちろんっ!」
勢いよく手を挙げたのは、やっぱりりんかだった。
「入学式の時にも披露したけど体動かすのが得意なんです! ちょっと見ててください!」
そう言うと、マットを敷いた中央に立ち、軽く腕を回す。
次の瞬間――。
「はっ!」
りんかの身体が宙を舞い、きれいなバク転を決める。
さらに連続バク宙、ブレイクダンスのような激しい動きまで披露してみせた。
「うおおっ!?」「すごすぎ!」
思わず拍手する部員たち。
「舞台で戦闘シーンとかあったら、絶対盛り上がるでしょ!」
りんかは汗をぬぐいながら胸を張る。
「そういうの考えてないから...って言いたい所だけど検討してみるわ」
七海が冷静にツッコむ。
「じゃあ、次は……」
静かに前に出たのは音羽だった。机の上に置かれていた小道具の杖を手に取り、淡々と口を開く。
「……我こそは、闇の王」
低く響く声と冷たい目線。
次の瞬間には、軽やかな少女の声で「お姫様を救ってくださいませ!」と声色を変える。
「えっ!? 同じ人!?」
みこが目を丸くし、唯香も思わず感嘆の声を漏らす。
「フフフッ……闇の王よ!」
突然、ひのりが髪飾りを指先でキラッとさせてポーズを取る。
「この私、“魔法少女ひのりん”が現れたからには、あなたの好きにはさせないっ!ピコーンッてね!」
「え、えええっ!?」
りんかがぽかんと口を開けた。
「ま、魔法少女ひのりんってなにそれ!? 部活でそんなのアリ!?」
音羽はわずかに目を細め――。
次の瞬間、重々しい老人の声色で低く響かせた。
「……ふん、ひのりんとやら。小娘の魔法が、この私に通じると思うか?」
続いて、まるで少女アニメの悪役幹部のような甲高い声に切り替える。
「キャハハッ! 闇の王様、やっちゃってくださーい!」
一瞬で“闇の王とその手下”を演じ分ける音羽に、部室は爆笑と拍手の渦に包まれた。
「……今の、二役同時ってこと!?」
ひのりが目を丸くすると、音羽は淡々と答える。
「……舞台は一人でも作れる。けど――みんなでやった方が、もっと楽しい」
「りんかちゃん、うん、アリ! 舞風学園演劇部はなんでもアリなんだよ!」
胸を張るひのりに、紗里がすかさずツッコむ。
「いや、勝手に部の方針決めんな〜!」
笑い声が部屋中に広がる。
そして――まひるが小道具棚に目を輝かせた。
「きゃーっ! この衣装、去年のですよね!? 裾の縫い方が二重仕立てになってる! 照明当たったら絶対に映えるやつ! しかも小道具、この木の剣……あ、ここ布巻いて補強してる! めちゃくちゃ丁寧っ!」
矢継ぎ早にまくしたて、頬を赤くしながら興奮気味に語るまひる。
七海がくすっと笑い、「落ち着きなさい」と肩に手を置く。
唯香が少し肩をすくめて言った。
「実際は、予算もなくて工夫でごまかしたのよ。古着を切って縫い直したり、百均の布を照明映えするように染めたり……舞台裏はてんやわんやだったわ」
「ええっ!? これで“ごまかし”なんですか……!?」
まひるはさらに目を輝かせる。
「す、すみません……!」
慌てて縮こまるが、その目はまだ輝いていた。
――こうして、新入生たちの個性は鮮烈に刻まれた。
先輩たちも驚き、笑い、拍手しながら、その熱を受け止めていた。
「よーし、それじゃあ、まずは準備運動から!」
ひのりが元気いっぱいに声を張り上げると、部室兼練習場に声が響いた。
床にマットが敷かれ、部員たちは円になって並ぶ。
「はーい、手をぐーっと上に伸ばしてー!」
「いっち、にーっ……」
一斉にストレッチを始める。
⸻
「よっ、ほっ……ぜんっぜん余裕だよ!」
りんかはぺたりと胸まで床にくっつけて、笑顔でポーズ。
「おお〜! すごいじゃん!」紗里が拍手する。
「運動神経は本物ね」唯香も感心したように頷いた。
⸻
音羽は――。
無駄のない動きで、すっと上体を倒し、滑らかにストレッチをこなしていく。
「……普通」
淡々とした一言だけを残し、呼吸も乱さない。
「いや、普通ってレベルじゃないでしょ……」ひのりが呆れ笑いする。
「舞台の所作そのままみたい……」みこがぽつりと呟くと、七海は真剣に分析していた
「動きに無駄がないわね。舞台所作にも活きそう」七海は真剣に分析していた。
⸻
まひるは――。
「う、ううっ……!」
ぷるぷる震えながら、ほんの少ししか前に倒せていない。
「え、まひるちゃん大丈夫!?」ひのりが慌てて駆け寄る。
「これ以上……足が……広がらないです……!」
顔を真っ赤にして必死に答えるまひる。
「こりゃ筋肉痛になるなー!」紗里が大笑いする。
「だ、大丈夫……っ、これも経験値だから……!」
汗をにじませながら、まひるは涙目で答えた。
「……無理しなくていいよ」
みこが小さく声をかける。
「少しずつ慣れていけばいい。大切なのは継続よ」七海がそう言うと場に和やかな空気が広がった。
「うん……その根性は買うわ」唯香が小さく微笑み、場に和やかな空気が広がった。
トップバッターはりんか。
「アエイオウエオアオアっ! ……ア、アギャッ!?!」
見事に裏返った声が部室に響き渡った。
「ぷっ!」紗里が吹き出す。
「声までバク転してんじゃん!」
「な、なんだよそれ〜!?」りんかは頬を膨らませるが、ひのりが「勢いはあるから大丈夫だよ!」と笑顔でフォロー。
「気持ちが伝わる声ってのも大事よ」七海が小さく付け加え、みこも「元気は一番強みです……」と恥ずかしそうに言った。
⸻
続いて音羽。
「アエイオウエオアオア」
澄んだ声がぶれなく響く。高さも低さも完璧にコントロールされた声は、部室全体に自然に届いていた。
「おおーっ……」
ひのりが目を丸くし、紗里も「なにこれチート級!」と口を開ける。
「響きも安定してるわね。プロ顔負けよ」唯香が真剣に評価すると、七海も頷く。
「ここまで出来ると逆に怖いわね。演技とどう結びつけるか、楽しみだわ」
音羽は小さく首をかしげただけで、特に反応を見せなかった。
⸻
最後はまひる。
「ア、アエイ……アエイ……オエ、オウ、えっと……」
どもりながら進めていき、ついには――。
「アオア……アオ……あわわっ!」
自分で噛んで真っ赤になるまひる。
「が、がんばれー!」ひのりが思わず声をかける。
「き、緊張すると舌が回らなくなるんです〜っ!」
涙目になってうつむくまひるに、みこが小さく「わ、私もよく噛みますから……」と励ました。
「仲間がいて良かったな!」紗里が明るくまとめ、笑いが広がる。
「大丈夫。言葉は練習すれば必ず身につくもの」唯香が落ち着いた声で言い、七海も「一歩ずつ慣れていけばいいのよ」と優しく締めた。
「ふふっ、やっぱり新入生はみんな個性的ね」
亜希先生は一同を見回し、にっこり笑った。
「得意なことも苦手なことも、それぞれあっていいの。大事なのは、お互いを補い合って“ひとつの舞台”を作ること。これからが楽しみね」
その言葉に、新入生たちは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。
そして先輩たちもまた――新しい風を受けて胸を高鳴らせていた。
練習を終えた部室。
水筒を手にそれぞれ一息つく部員たちの間に、まだ新鮮な空気が流れていた。
「ふぅ〜……体力、予想以上に削られるんですね……」
まひるが肩で息をしながら呟くと、紗里が笑い飛ばす。
「だろ〜? 演劇って意外とスポーツなんだよ!」
そのとき。
音羽がふいに、紗里の真似をした。
「『だろ〜? 演劇って意外とスポーツなんだよ!』」
声も抑揚も、紗里そっくり。
「ちょっ!? あたしの真似すんな〜!」
紗里が抗議するが、すでに笑いが起きていた。
「じゃあ次……」
音羽はひのりの髪飾りを指でつまむ仕草をし、元気な声に切り替える。
「『ふふん、高校生の私はひと味違うのだ!』」
「えぇー!? 私そんな言い方してないってば!」
ひのりが慌てると、七海がくすっと笑う。
「……してるわよ」
場の空気がさらに和む。
音羽は淡々とした表情のまま、今度は唯香の落ち着いた声色を真似て言った。
「『演劇は甘くないわ。台詞ひとつに魂を込めなきゃ』」
「……そんなに冷たい?」
唯香が首をかしげると、みこが「ちょ、ちょっと似てました……」と控えめに笑う。
最後に、音羽は両手を小さく握りしめ、みこの震える声色を真似た。
「『ひ、ひのりちゃん……わ、私……がんばりますっ』」
「うわぁぁぁ! そ、そんなに震えてませんっ!」
真っ赤になって抗議するみこに、今度は全員が大爆笑した。
「じゃあ次……」
音羽は少し顎を引いて、すっと姿勢を正した。
静かな目線を落とし、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「『ひのり、もう少し落ち着きなさい。あなたはいつも突っ走るんだから』」
「ちょっ、それ七海ちゃんの声だ!」
ひのりが大笑いして机を叩く。
七海はわずかに目を細めて、ため息をつく。
「……私はそんなに説教くさいかしら?」
「くさいくさい!」
紗里がすかさず茶々を入れる。
「でも愛ある説教って感じ〜」
七海は少し肩をすくめながらも、口元に笑みを浮かべていた。
「……まだある」
音羽が小さく息を整えると、今度はりんかの元気な声色を真似した。
「『バク転百発百中ーっ!』」
「ちょっ、あたしそんなに単純じゃないから!」
りんかが慌てて手を振るが、もう笑いの渦。
続けざまに、まひるの早口を真似する。
「『あ、あの、この縫い目が二重仕立てでっ! こっちの布もほつれ防止で……っ!』」
息を詰まらせそうな勢いに、本人が「や、やめてくださいーっ!」と耳まで真っ赤になった。
最後に、音羽は眼鏡をかけ直す仕草をして、落ち着いた大人の声に切り替える。
「『得意なことも苦手なことも、それぞれあっていいの。大事なのは、お互いを補い合ってひとつの舞台を作ること』」
「そ、それ……先生の声!?」
ひのりがびっくりして叫ぶと、みんなの視線が音屋亜希先生へ。
先生本人は苦笑しつつ腕を組み、
「……私、そんなに大人っぽいかしら?」
と、少し恥ずかしそうに呟いた。
場はついに大爆笑。
新入生の緊張も完全にほぐれ、部室は笑顔で満ちていた。
大爆笑の余韻が残る中、唯香が小さく手を叩いて場を落ち着かせた。
「……すごいわね、音羽さん。単なる真似じゃなくて、声の癖や呼吸まで掴んでる」
音羽は淡々とした顔のまま、小さく首をかしげる。
「そう、ですか」
「ええ。これ、ちょっと訓練したくらいじゃ身につかないわ」
唯香の瞳は、どこか本気の光を宿していた。
「演劇か、声の表現に触れた経験……何かあるの?」
しばしの沈黙ののち、音羽は視線を横に逸らした。
「……昔、ちょっと。遊びみたいなものです」
それ以上は語らず、また無表情に戻る。
けれど、その一瞬の揺らぎを、ひのりも七海も見逃さなかった。
⸻
笑いが収まったところで、音屋先生が黒板にチョークを走らせた。
「来月――新入生歓迎公演をやります」
一瞬、空気が静まり返る。
驚きに目を丸くする後輩部員たち。
りんかが勢いよく手を挙げた。
「えっ!? もう舞台に立てるんですかっ!?」
まひるは目を白黒させながら、「わ、私まだ柔軟もできないのに……!」と慌てる。
音羽だけが静かに、短く言った。
「……やってみます」
「大丈夫。去年の私たちも同じだったんだ」
ひのりが優しく微笑む。
「でも、あの舞台があったから“演劇部”になれたんだよ」
その言葉に、新入生三人も少しずつ顔を上げる。
――夕陽に染まる空の下、まだ空っぽの舞台。
そこに立ち、一礼する八人の姿が重なって見えた。
こうして。
舞風学園演劇部の、新たな一年が始まろうとしていた。