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舞風学園演劇部 第二部 大会への挑戦  作者: 舞風堂
第三章 衝撃の黒船
15/26

第十五幕 演劇部、分裂?!

 2年C組の英語の授業。

 年配の高沢先生のコテコテなカタカナ英語が、眠気交じりの教室に響いていた。

 その中で1人、明らかに不機嫌なオーラを放つ生徒がいた留学生、アリス・ジョンソンだった。


 彼女は教科書も開かず、腕を組んで教師を睨みつけている。

 その鋭い視線は、「発音がなってない」「時間の無駄」と雄弁に語っていた。


 数席離れた場所から、同じクラスの紗里がこっそりとその様子を窺う。


(うわぁ……めっちゃ先生のこと睨んでるじゃん……)


 アリスは教師と目が合うと、ふいっと露骨に窓の外へ顔を背けた。


(……やっぱ性格キツい子だな~……)


 紗里は教科書の影で小さく苦笑いをした。

 窓の外には、秋晴れの空。

 しかし2年C組の一角だけは、ロンドンの曇り空のような不穏な空気が流れていた。


 放課後の部室。

 昨日の“英国式スパルタ指導”の余韻がまだ床に残っているようだった。


 ひのりたちは全員、椅子に座ったまま沈黙。

 空気は明らかに重い。


「……昨日のアレ、マジできつかった……」

 りんかは上を向いてぐったりしたまま言う。

「いくらあたしでも、さすがに……キツい……」


 まひるは手を胸に当てて震えていた。

「わ、私……ダメです。あれは……もうついていけません……」


 みこも珍しく弱音を吐く。

「……ごめんひのりちゃん……私も無理。昨日の呼吸法だけで、今も脇腹痛い……」


 紗里は床にぺたりと座り込み、ぼそっと呟いた。

「ねぇ、なんであたしたち……文化祭前にこんなことしなきゃいけないの……?」


 七海は眉間を揉みながら淡々と言う。

「……私は耐えられたけど……精神的にくるね、あれは。」


 音羽は自分の手を見つめながら、ぽつりと呟く。

「アリスさん……すごいけど、怖い……。声を出すたびに心まで覗かれてる気がしたよう……」


 唯香は少し難しい顔で息を吐く。

「……でも、あの子、ちゃんと“見てる”。冷たく言ってるけど……全部的確だった。

 悔しいけど……ああいう人、私は嫌いじゃない。」


 ひのりは俯いたまま拳を握っていた。

 昨日の悔しさ、挑発、そして自分の未熟さが胸で渦巻いている。


(悔しい……痛い……でも……

 あんなのに負けてたら――演劇部が終わる)


 ゆっくりと顔を上げたひのりの目は、昨日と同じく、燃えていた。


 そのとき。


 ――ガラッ!。


 またノックなし。

 まるでそれが正しい礼儀であるかのように、アリスが部室へ入ってきた。


「Good afternoon。みんな、昨日の疲れはとれたかしら?」


 まひるが震える声で返す。

「と、取れてません……」


 りんかも叫ぶ。

「アンタのせいだろ!!」


 しかしアリスは微動だにしない。


「さて。今日は“文化祭の劇”を決めるんでしょう?」

アリスは当然のように部室の中央に立つ。


 ひのりが立ち上がろうとするが、その前にアリスが言い放った。


「でもその前に――“leaderリーダー”を決めましょう。」


 全員の動きが止まる。


「え……?」

 七海の目が細くなる。


 アリスは腕を組んで、ひのりを真っ直ぐ見る。


「昨日見てわかったわ。

 あなたたちには“明確なリーダーシップ”が足りない。」


 ひのりの眉が跳ね上がる。


「……何が言いたいの?」


 アリスは胸を張って宣言した。


「今日から――私が“演劇部のニューリーダー”になるわ。」


 部室が空気が爆発した。


「はぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 りんかが椅子を蹴りそうになる。


「アリスさん、それは……」

 まひるが青ざめる。


「ちょ……ちょっと待ってよ……!」

 紗里は一気に立ち上がった。


 みこは目を見開き、

「……なんでそうなるの……?」と呟く。


 七海は冷静だが、明らかに怒っていた。

「その決め方……英国式なの?」


 しかしアリスは平然。


「だってあなたたち、昨日の練習だけでバラバラだったじゃない。

 “実力”と“覚悟”がある者が指揮をとらなきゃだめ。」


 アリスの視線が刺すようにひのりに向けられる。


「ひのり。昨日のあなた、技術は最悪だったわ。

 heart はあるけど、それだけじゃ部は導けない。」


 ひのりも黙ってはいなかった。


「……部のリーダーは、力で名乗るものじゃないよ。」


 アリスは笑った。


「Oh? じゃあ、あなたに“導く力”があるのかしら?」


 空気が一瞬凍る。


 ひのりとアリスが、まるで舞台の“対峙シーン”のように睨み合う。


 ひのりの肩が震えている。怒りなのか、悔しさなのか。

 アリスは余裕の笑みを浮かべている。挑発そのもの。


 七海が(やば……)と思わず息を飲むほどの空気だった。


 アリスはゆっくり言葉を続ける。


「culture festival(文化祭)の劇は、

 “リーダーが誰か”で作品の質が変わるわ。」


 そして、ひのりの胸を指さす。


「あなたの“heart”だけじゃ足りない。

 本気で舞台を作りたいなら――私が引っ張るべき。」


 ひのりは一歩前へ出た。


「演劇部のリーダーは私だよ。

 アリス、あなたに奪われるつもりはない。」


 アリスも一歩前へ。


「じゃあ――証明しなさい。」


 部室の中央で、二人の視線がぶつかり合う。


 空気は完全にギスギス。

 他の部員は誰も割って入れない。


 その時、音屋亜希先生が静かに部室へ入ってきた。

 ドアの音だけで、全員の背筋が伸びる。


「……ギスギスとした話し合いね。」


 アリスとひのりは反射的に姿勢を正す。


 先生は二人を見比べ、落ち着いた声で言った。


「文化祭の劇――誰がリーダーになるか。

 それは“演技”で決めなさい。」


 音屋先生の「演技で決めなさい」という言葉が落ちた瞬間、

 部室の空気がさらに重く沈んだ。


 先生が去ったあと、ドアが閉まる音だけが妙に大きく響く。


 ぽつりと最初に口を開いたのは、みこだった。


「……ねぇ、みんな……どうするの……?」


 その声で、凍りついていた空気に小さな波が走る。


 りんかが勢いよく立ち上がった。


「決まってんじゃん! あたしはひのり先輩についてくよ!

 昨日のあれ、アリスのスパルタとかホント無理!!」


 紗里もすぐ賛同する。


「だよね!? あたしもひのりの方がいいよ。

 演劇って“心”が大事でしょ? 技術ばっかじゃつまんないし。」


 まひるもおそるおそる手を上げた。


「わ、私も……ひのり先輩の方が……落ち着きます……

 アリスさんの指導は……命が縮む……」


 みこも同じくひのり側への賛同だった。

「私もひのりちゃんの方がいい...今まで通りのやり方が私たちらしいじゃん」


 ひのりは驚いたように3人を見る。


「……みんな……」


 一方で七海が静かに立ち上がった。


「私は……アリスさん側につく。」


「えっ……七海先輩!?」

「ど、どうして……?」


 驚く後輩たちに、七海は淡々と言葉を続ける。


「私は“技術”をもっと学びたい。

 ひのりの意思は尊重する。でも……心だけじゃ越えられない壁があるのも事実。」


 視線がひのりに向けられる。


「……私は、もっと上を目指したい。」


 ひのりの胸の奥がじくっと痛んだ。


 続いて唯香がゆっくり立ち上がる。


「私も……アリス側につく。」


 紗里が驚いた声を上げる。


「えっ!? 唯香ちゃんまで!?」


 唯香は強い目で言う。


「アリスの言葉はキツいけど……全部“本気”だった。

 私……あの子の目を見たとき、怖いけどワクワクした。」


 そしてひのりを見つめる。


「ひのり。あなたの熱意は魅力だよ。でも……私はもっと“自分を変えたい”。

 そのためには、アリスの方が刺激になる。」


 ひのりは言い返せずに固まる。


 そんな中、音羽はしばらく迷った末、ゆっくりと言った。


「……私も。アリスさんの側に。」


「音羽……?」


「私、昨日言われた“感情が薄い”って……図星だった。

 怖かったけど……あの人なら直してくれる気がしたよう。」


 静けさが、部室をふたつに割る。


 ひのり側:紗里、みこ、りんか、まひる

 アリス側:七海、唯香、音羽


 部室は、誰かの息づかいすら聞こえるほどの緊迫に包まれる。


 アリスはその光景を見て、静かに言った。


「――これで、はっきりしたわね。」


 ひのりは絞り出すように言う。


「……アリス。

 分かれたからって、勝手に演劇部を支配できると思わないで。」


 アリスは微笑んだ。その笑みは挑発と期待が混じった、不穏な輝きを持っていた。


「支配なんてしないわ。

 ――ただ、“勝つ”だけよ。」


 二人の視線が重なった瞬間、

 まるで文化祭よりも先に、本当の“戦いの幕”が上がったようだった。


 翌日の放課後。

 多目的室には、昨日の重い空気とは違う“軽い息づかい”があった。


「――よし! 今日はアドリブやってみよう!」


 ひのりがぱんっと手を叩く。

 その声はいつもより明るくて、みんなの表情が少し軽くなる。


「アドリブ……? いきなり……?」


 まひるが戸惑い気味に手を上げる。


「うん! 文化祭は“自分を演じる”のがテーマになると思うからさ。

 まずは、カッチリした演技より“素の自分”を出してみよ!」


「……ひのりちゃん、それはちょっと楽しそう……」


 みこが小さく微笑む。

 紗里も腕を回しながら言う。


「昨日のスパルタより、ぜんっぜんマシ……! やる!」


「よし、じゃあ――ひのりvsりんか、コンビで即興掛け合いね!

 設定は……えっと、『道に迷った勇者と謎の店員』!」


「なんでその設定!?」

「勢いで決めた!!」


 りんかが爆笑しながら前へ出る。


「よし、やってやろうじゃん!」


「じゃあスタート!」


 演劇経験より、楽しさで殴るようなひのりの“勢いアドリブ”が始まる。


「勇者よ! あなた、道に迷ってますね!?」

「うるさい店員現れたァ!! あとそのテンションなんだよ!」


 多目的室に笑い声が響く。


 みこ、紗里、まひるも自然とその輪に混ざり、ツッコミを入れたり、応援したり。


「りんかちゃん、完全に素だね……」

「むしろそれがいいの。りんからしさ出てる!」

「アリスさんが見たら卒倒するやつ……!」


 重かった空気は完全に消え、

 “ひのりチーム”はゆるく、楽しく、伸び伸びと稽古を進めていく。


(これだ……これが舞風の良さ。

 昨日の痛みも、悔しさも、全部“演じる喜び”で吹き飛ばすんだ)


 ひのりは心の中で静かに決意を固めていた。


―――


 一方その頃、体育館横の特別リハーサル室では。


 扉を開けた瞬間、空気が違った。

 冷たく、張りつめていて、まるで“別世界”。


「――もっと肩を開いて。Breath、深く。」


 アリスの声が静かに響く。

 唯香、七海、音羽の三人だけの、濃密な空間。


「……こう、ですか……?」

 音羽は胸へ手を当てながら、震える声で息を整える。


「そう。あなた、声に“影”があるのよ。

 それを fear(恐れ)じゃなくて、weapon(武器)に変えなさい。」


「……武器……」


 音羽の目がわずかに変わる。

 今まで聞かれたことがない自分の“魅力”を突かれたからだ。


(わたし……こんな声、こんな感情……あったんだ……)


 アリスは次に唯香へ視線を向けた。


「唯香。あなたはさすが child actor(元子役)ね。

 立ち方、声、視線……基礎が整ってる。」


「……ありがと。なんか、久しぶりに“本気の現場”を思い出した。」


「でも慢心しないで。あなたは“型”が綺麗すぎる。

 もっと dirty に、もっと raw に感情を出せるようになりなさい。」


 唯香の表情に火がつく。


「……やってみる。やれるよ。」


 アリスは七海の前に立つ。


「七海。あなたは observer(観察者)タイプ。

 頭で理解して、身体で遅れてる。」


「……自覚はある。」


「でもあなたは“脚本家”だからこそ、演技の本質に近い。

 自分の emotion(感情)を台詞に還元して。

 メモだけじゃ足りない。」


 七海は手帳を閉じた。


「……わかった。“学ぶ”じゃなくて、“感じる”わけだね。」


「そういうこと。」


 特別リハ室の緊張はさらに高まり、

 ひのりチームとは対照的に“研ぎ澄まされた静寂”が続いていく。


 唯香の表情は真剣そのもの。

 音羽の声は力強さを帯び。

 七海はページを閉じて、自分の感情と向き合い始める。


(……強い。

 この三人、ひのりにとって最大の壁になるわね)


 アリスは静かに微笑んだ。


 文化祭の舞台。

 “二つの側”の練習は、とうとう別の道へ進み始めていた。


 部活が終わり、二つのチームに分かれた部室の空気を引きずったまま、ひのりは校門を出た。

 夕焼けがオレンジ色に伸びて、その影がひのりの足元に長く落ちる。


「……ひのり」


 背後から静かに声がかかる。

 振り返ると、七海が手提げバッグを肩にかけたまま立っていた。


「七海ちゃん……」


 二人の間に、気まずい沈黙が数秒ほど流れる。

 けれど、幼なじみ同士は“無理に言葉を選ぶ必要のない距離”でもあった。


「……本当に、アリス側につくんだね。」


 ひのりは真正面から言った。

 怒りでも泣き言でもない。ただ、まっすぐな確認。


 七海はふっと目を伏せた。


「……うん。あの子のやり方はキツいけど……

 “見る目”は本物だと思ったから。」


「わかるよ。七海ちゃんはずっと、高いとこ目指してるし。」


 ひのりは苦笑した。

 七海の性格を誰より知っているからこそ、責めることもできない。


 七海は少し歩き出す。

 ひのりも自然と隣に並んだ。


 校舎の影が二人を包み込む。


「……ひのり。」


「ん?」


「アリス、ただの“嫌な外国人キャラ”じゃないと思う。」


 急に七海が言った。

 その声音は、観察者としての七海そのものだった。


「演技が雑な人を、あそこまで正確に言語化できる人……

 あれ、相当いろいろ見てきたタイプだよ。

 ……裏で何か抱えててもおかしくない。」


「抱えてる……?」


 ひのりが足を止める。

 七海は夕陽に照らされた横顔のまま、ゆっくり続けた。


「自信家に見えるけど……あれ、本気で“戦いに来てる目”だよ。

 普通の留学生じゃない。

 “何かを証明しなきゃいけない人”の目。」


「証明……」


「ひのり、気をつけて。

 あの子、強い。でも……たぶん、壊れそうなくらい強がってる。」


 それは、ひのりにしか言わない七海の本音だった。


 ひのりは胸が少しだけ締めつけられる。


「……七海は、アリスのこと、嫌いじゃないんだね。」


「嫌いになれないね。

 ああいう“尖ってる子”、私……見てられないんだよ。放っておけない。」


 七海はひのりを横目で見た。


「でもね、ひのり。」


「何?」


「アリスの“強さ”を変えられるとしたら……

 多分、この演劇部でただ一人――」


 七海の言葉が止まり、ほんの小さく笑った。


「……あんただよ。」


 ひのりの心臓が跳ねる。


「わ、私……?」


「ひのりは“心で動く人”だから。

 アリスみたいに全部を武器にしてるタイプとは絶対に違う。

 でもその違いが――あの子の壁を壊すと思う。」


 夕焼けの中で、二人の影が重なる。


「……じゃあ私、負けないよ。

 アリスにも。自分にも。」


「その気持ち、忘れないで。」


 七海はバッグの位置を直しながら歩き始める。


「明日から、別々の練習だね。」


「……うん。でも敵じゃないよ。」


「当たり前でしょ。

 私たち、幼なじみで、舞風の仲間なんだから。」


 七海のその言葉は、ひのりを救うような、やさしい重みを持っていた。


 ひのりは前を向き、小さく拳を握る。


(負けない。絶対に、負けたくない。)


 夕暮れの風が吹き抜ける。


 ――二つに割れた演劇部。

 “日常”と“本気”が別々の場所で走り始め、文化祭の幕は静かに上がりつつあった。


続く。

 

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