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舞風学園演劇部 第二部 大会への挑戦  作者: 舞風堂
第三章 衝撃の黒船
14/26

第十四幕 アリス、来日

 演劇部県大会が終わった夜。

 駅前の焼肉屋の奥の席に、舞風演劇部と音屋亜希先生の九人が集まっていた。


 鉄板の上で肉が弾ける音。

 店全体に広がるタレの匂い。

 その中で、りんかが鶏肉をトングで高々と掲げた。


「今日はタンパク質取るぞ! 舞台で体力全部消えたし、筋肉増やす!」


「私も肉いっぱい食べる!」


 ひのりも対抗したかのようだが、七海がすかさずツッコむ。


「演劇の打ち上げで“筋肉増やす”って言う人、初めて見たわよ」


 テーブルに笑いが広がり、ようやく緊張が抜けていった。


ハラミを噛みながら、紗里がぽつりと言う。


「……でもさ、準優勝、やっぱちょっと悔しいよね。

 舞台袖で優勝校の名前呼ばれたときの“あー……”って感じ。」


 みこがご飯を食べながら冷静な声で返す。


「でも……今日の舞風、絶対に負けてなかったよ。

 SNSのコメント見た? “高校演劇であの完成度は反則でしょ”って。」


「マジで!?」

 りんかがスマホを覗き込み、目を丸くする。


 音羽が静かに補足する。


「県大会の掲示板にも……“椿ノ宮の歌劇に次ぐ衝撃作が舞風だった”って。

 “心に残ったのは舞風の方”って書いてる人、多かったよう。」


 ひのりは胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。


「……ちゃんと届いてたんだ……」


 そこでまひるが、感想ノートを広げるような仕草で言う。


「……椿ノ宮女子の“歌劇”はすごかったけど……

 北原中央のストレートプレイもすごかったですよね。

 “沈黙の教室”……あれ、演技力がエグかった……」


 七海が頷く。


「脚本も良かった。あの緩急のつけ方はプロに近い。」


 紗里が続ける。


「南ヶ丘の“影絵×朗読劇”も良かったよね!

 影だけで泣かせるとか反則でしょ……」


「あと、城ノ台高校のコメディ!」

 りんかが声を弾ませる。

「あれ絶対アドリブ入れてたよね!? 客席めっちゃ笑ってたし!」


 みこは冷静に総括する。


「今年の大会、全体のレベルが高すぎたんだよ……。

 その中で準優勝って……普通にとんでもないことだから。」


 七海がふと思い出したようにりんかを見る。


「そういやりんかちゃん……最初、舞踏会のステップ間違って覚えてたよね。」


「ちょ、七海先輩言うなって!!」


 まひるが笑いながら言う。


「でも音屋先生……“あれはあれで自由さが出てて良い”って言ってましたよ?」


「マジで!?」

 りんかは半分嬉しそうに、半分怒りながら先生を見る。


 音屋先生はカルビを裏返しつつ、穏やかに笑った。


「直したら“りんからしさ”が消えると思ってね。

 あの揺れは“リベルタそのもの”だったよ。」


「……先生っ!!」

 りんかが泣き笑いになった。



 話題が一巡したとき、紗里がぽつりと呟く。


「……でも椿ノ宮の歌劇、やっぱ圧倒的だったなぁ……」


 その瞬間、唯香が少しだけ視線を落とした。

 ひのりが気づく。


「唯香ちゃん……椿ノ宮に何かあった?」


 唯香はひとつ息を吸い、落ち着いた声で言った。


「……実はね。

 中学のとき、椿ノ宮から“推薦で来ないか”って話をもらってたの。」


「えっ!!?」

 テーブルの全員が声を揃える。


「学力も足りてたし……お母さんも“伝統ある学校に行きなさい”って。

 ……でも私は違うと思った。」


 唯香は静かにみんなを見渡す。


「椿ノ宮は“完成された場所”だった。

 でも私は……用意された枠にハマるより、

 “自分を変えられる場所”に行きたかった。」


 ひのりは胸の奥がじんわり熱くなる。


「舞風なら、私らしく演じられる気がした。

 今日の舞台を終えて――本当にそうだったって思ったよ。」


 音屋先生が優しく頷く。


「唯香ちゃんが舞風を選んでくれたから、“仮面の庭”は生まれたんだよ。」


「……ありがとう、先生。」


 唯香が照れくさそうに笑い、紗里とりんかが同時に拍手する。


 焼肉の煙がゆらめき、笑い声が続く中、

 そろそろ解散の空気が漂ってきた頃だった。


 そこで――音屋亜希先生が手元のグラスを置き、軽く咳払いする。


「……ねぇ、ひとつだけ“お知らせ”があるの。」


 全員が一斉に顔を向けた。


「来月ね。舞風に……“留学生”が来るのよ。演劇に興味がある子でね。」


「えっ!? 留学生!?」

 紗里がタレのついた箸を落としそうになる。


「演劇に興味って……つまり仲間?」

 七海が眉を上げる。


 音屋先生は静かに微笑む。


「詳しくは来月のお楽しみだけど……

 すごく、刺激になると思う。“風”が変わるかもしれないわよ。」


 ひのりは胸がじわっと熱くなるのを感じながら、コーラをもう一度掲げた。


「……よし。じゃあその“新しい風”も楽しみにして――

 舞風サイコー!!」


「舞風サイコー!!」


 九人の声が店中に弾け、

 大会の余韻に続いて、次の物語の幕開けを予感させた。


 10月に入ったばかりの朝。

 景色も制服もまだ夏の名残があるのに、校内だけは妙にそわそわしていた。


 「え、今日“全校集会”?何のために?」

 「昨日急にアナウンス出たよな……?」


 ざわつく生徒をよそに、体育館のステージには校長と数名の教師。

 その一列の端に――見慣れない“外国人の少女”の姿があった。


 長いブロンド。

 背筋がまっすぐで、大人びた気配。

 周囲のざわめきも、一切気にしていない。


 校長がマイクを持つ。


「えー……本日より、舞風学園に新たな仲間が加わります。

 イギリス・ロンドンからの留学生――」


 一拍の静寂。


「――アリス・ジョンソンさんです。」


 体育館が一瞬でざわついた。


「ロンドン!? マジかよ……」

「え、ちょっとモデルみたいじゃない?」

「てか、あの目……強そう……」


 ひのりたち演劇部は、学年席の左端で顔を見合わせる。


「……あの子が、留学生……?」

 紗里が小声でつぶやく。


「雰囲気、普通じゃないね……舞台に立ってるみたい。」

 みこが真剣な顔で観察する。


「なんか……圧ある。」

 りんかが身を縮める。


 アリスはゆっくり一礼する。

 その動作だけで、体育館の空気が引き締まった。


「Nice to meet you.

 My name is Alice Johnson.

 よろしくお願いします。」


 発音は綺麗で、落ち着いている。

 しかし……どこか“相手を値踏みするような眼差し”。


 七海が目を細める。


「……あれ、ただの留学生じゃない。」


 その瞬間、アリスがほんの一瞬だけ――

 客席の中の演劇部の列を、まっすぐ射抜くように見た。


 ひのりはぞくりとした。


(……知ってる? 私たちのこと……?)


 音屋亜希先生は腕を組んだまま、微妙に眉を上げた。


(……来たわね)


 校長の締めの号令が響き、生徒たちは解散へ向かう。

 だが、この瞬間のざわつきだけは、しばらく校内に残り続けた。


 放課後。

 天気のいい10月の夕方、演劇部の部室には、まだざわざわとした余韻が残っていた。


「……ねぇ、本当に今日来るのかな。アリスさん。」

 まひるがそわそわしながら衣装ラックを整理している。


「さぁね。でも全校集会のあの感じだと……相当クセある子だよ。」

 七海はノートをめくりながら、淡々と答えた。


「てか、あれ絶対演劇部見てたよね!」

 りんかがビビった顔で言う。

「視線が“狙ってる”って感じしたんだけど……」


「わかる……なんか、刺さる目だった。」

 ひのりもその瞬間を思い返し、肩をすくめた。

 

 そこへ。


 ――コンコン。


 ……ではなく。

 ガチャッ。


 ノックもなく、当然のようにドアが開いた。


 黄金の髪が光を吸い、逆光の中から長い影が伸びる。


「Hello。ここが“演劇部”…で合ってるわよね?」


 アリス・ジョンソンが、まるで“自分の家”に入るような足取りで入室した。

 背筋は一直線、顎は少し上向き。

 瞳は淡い青――なのに冷たい。


(……うわ、本当に来た……)

 ひのりたちは固まった。


アリスは周囲を一瞥し、鼻で笑った。


「へぇ……“部室”ってこういうのなのね。

 意外と……cheap(安っぽい)」


「……ノックぐらいしなさいよ」

 七海が思わず眉をひそめる。


「Oh? そっちは日本のルール?

 私は“必要ないと思っただけ”よ。」


 あまりに堂々と言うので、りんかが小声で「女王様気取りだ……」とつぶやいた。

 みこが肘で止める。


アリスはさらに部屋を歩き、舞台模型や脚本に勝手に手を触れた。


「これがあなたたちの“演劇”?

 県大会の動画、見たわ。」


 一気に緊張が走る。

 あの“冷笑”を含んだ口元が動く。


「――正直、驚いたわ。

 “高校生のごっこ遊び”にしては、まあ、頑張ってたんじゃない?」


 紗里が噛みしめていた肉を思い出したように固まり、

 音羽の眉間がわずかに震え、

りんかが「はぁ!??」と立ち上がりそうになる。


 しかしアリスは止まらない。


「でも……所詮は amateur(素人)。

 “演じてるつもり”の域を出てなかった。

 セリフ回しも、動きも、感情も――“浅い”。

 英国の舞台じゃ、客は席を立って帰るレベルね。」


「……っ」

 ひのりの胸が熱くなるのを、本人も抑えきれなかった。


「どういう意味?」

 ひのりは一歩踏み出す。


 アリスは平然と答える。


「Meaning?

 “あなたたちの演劇は低レベル”って意味よ。

 日本の高校演劇って、あれが普通なの?」


 ひのりの拳が小さく震えた。


「普通じゃないよ。

 私たちは本気で――」


「本気? それで“あの程度”?」

アリスはひのりの言葉を切り捨てるように笑った。

「自信があるのは結構。でもね――」


 アリスはひのりの目をまっすぐに射抜く。


「私はあなたたちを甘やかす気はないわ。

 “演劇”を名乗るなら。

 “挑む側”の覚悟くらい見せなさい。」


 空気が張り詰めた。

 部室の温度が一度下がったように感じられる。


「……それでも」

ひのりは胸の奥で何かが弾けるように声を出した。


「舞風の演劇は、ごっこ遊びなんかじゃないよ。」


 アリスは鼻で笑う。


「なら――証明しなさい。

 私が“認めざるを得ない演劇”を見せて。」


 ここでアリスは去らない。


 ひのりをじっと見据えたまま、腕を組み、

 むしろ“続きがあるのを当然として”その場に残った。


「あなたたちが文化祭で新作をやるって聞いたわ。

 so?(で?) どんな劇をやるつもりなの?」


 唐突な質問に、全員が固まる。


「え、えっと……」

 ひのりが言いかけたところで――


「まさか、また“異世界転移ごっこ”じゃないでしょうね?」

 アリスはあざけるように眉を上げた。

「そんな child play(子ども遊び)、二度と見たくないわ。」


 りんかの堪忍袋が爆発しそうになる。


「アンタさぁ……言い方ってもんが……!」


「りんかちゃん、落ち着こう。」

 みこが肩を押さえる。


 アリスはひのりに向き直り、

 まるで“試すように”言った。


「あなたは、いったい何を“演じるつもり”なの?

 本気を見せるって言ったんでしょう?」


 ひのりは息を吸い、まっすぐ答える。


「……自分の“全部”を演じるよ。」


 アリスの表情がわずかに動いた。

 一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、興味を示したように。


「ho…」

 アリスは小さく鼻で笑った。

 だが、それはさっきの冷笑とは違う。

 “試しに見てやる”という色が混じっていた。


「いいわ。

 その“全部”、見せてもらう。」


 アリスの発言に部室は重い沈黙だが、ひのりの声がそれを破る。


「……やるしか、ないね。」


 七海は小さく笑って言った。


「燃えてるね、ひのり。」


 りんかも拳を握る。


「やってやろーじゃん!」


 紗里は肩を回しながら、


「……ホント、めちゃくちゃ言ってきたなあの子……でも負けたくない!」


 みこは真剣な顔でうなずいた。


「挑まれたんだもんね。

 だったら応えるだけだよ。」


 唯香は静かに言う。


「……本当に“新しい風”が吹いたわね。」


 アリスは扉に向かって一度歩きかけたが、ふと立ち止まり、くるりと振り返った。


「そうだわ。せっかく来たんだし――今から私が“本物の演技”を教えてあげる。」


「……え?」

 ひのりたちは目を丸くした。


「You can follow me?(ついてこれる?)

 “日本式のゆるい練習”じゃなくて、プロがやる基礎トレーニングよ。」


 アリスの指導に部室の空気が一気に緊張する。


 七海が小声で言う。

「……めんどくさいの来たな。」


 りんかは拳を握りしめる。

「でも……やるしかないっしょ。」


 アリスはひのりにだけ目を向ける。

「あなた、リーダーでしょう? 逃げないわよね。」


「……逃げないよ。」

 ひのりは真っ直ぐにアリスを見返した。


「Good。」

 アリスは満足げに指を鳴らした。


「まずは――呼吸の再構築。

 あなたたち、“声”じゃなくて“喉”で喋ってる子が多かったわ。」


「喉……?」

 紗里が戸惑う。


「声はbodyから出すのよ。」

 アリスは床に軽く手をつき、

「全員、正座して。呼吸、私が見る。」


「せ、正座!?」

「いきなり!?」

 りんかと紗里が同時に悲鳴をあげた。


 みこも目を丸くする。

「なんか……軍隊みたい……」


「This is training.(訓練よ)」

 アリスは淡々と告げる。


 その声だけで、“本物”の迫力があった。


「背筋。曲がってる。」

「う、うっ……はいっ!」


「息を吸って。もっと。More。

 ……苦しい? その程度で?」


「は、はい……!?」


 りんかは完全にペースを乱され、息が続かず崩れ落ちた。


「りんかちゃんっ!?」

 紗里が慌てて支える。


「……ほら。最初に落ちたわ。

 あなた、ステップも大会で一度間違えてたでしょ?」

 アリスは冷静に指摘した。


「な……なんで知って……!」


「あなたは身体の使い方が下手。悪くないけど amateur(素人)。」


 りんかは悔しさで唇を噛む。


「音羽。あなたは breathing は綺麗。でも――」


 アリスはじっと彼女の肩を見た。


「emotionが薄い。言葉に“体温”がない。」


 音羽はピクリと驚く。


(……そんなこと、言われたの初めて……)


「あなた、感情を声に乗せるのが怖いタイプね。」

アリスは鋭く言った。


 音羽の胸がわずかに締め付けられた。


「あなたは……姿勢が美しい。視線の使い方もgood。」

 アリスが珍しく褒める。


「え、あ……ありがと……」


「でも timid(臆病)。

 あなたは“正解を探しすぎ”。もっと大胆になれば mainもできる。」


 みこは少しだけ目を伏せた。

 図星だった。


次は紗里。

「……あなたは論外。呼吸が浅い。」

「の、の、論外!?」


「あなたは身体を“力で押してる”。

 保育士になりたいなら、もっと body control 覚えなさい。」


「う……っ! なんであたしの進路知ってんの!?」


「見ればわかるわ。」


 紗里は口をパクパクさせた。


 アリスは七海の前でぴたりと止まり、数秒観察した。


「あなたは…… interesting(面白い)。

 頭で組み立てるタイプ。でも――」


 七海は無言で見返す。


「あなた、自分の“感情”を舞台に乗せないようにしてる。

 それじゃ観客には響かない。」


 七海は眉ひとつ動かさなかったが、胸の奥がざわついていた。


 最後にアリスはひのりの前に立つ。


「あなたは……もっと最悪。」

「……最悪?」


「心だけで走ってる。技術が追いついてない。

 でも――」


 アリスはほんのわずか、表情を緩めた。


「その“heart”こそ、あなたの才能。

 磨けば、誰より強い。」


 ひのりは息を飲んだ。


 そこからアリスの“英国式トレーニング”は過酷だった。


 腹式呼吸、発声、歩き方、視線の使い方。

 部室中に響く指示。


「もっと背中で呼吸しなさい!」

「視線、逃げてる!」

「emotionを殺すな!」

「喉に力入れない!」


 次々と脱落する部員たち。


 しかし。


 最後まで食らいついたのは――

 ひのりと七海と唯香だけだった。


 アリスは腕を組んで言う。


「ふぅん。

 “ついてこれる子”と“そうじゃない子”、はっきり分かれたわね。」


 りんかが肩で息をしながら叫ぶ。


「はぁっ……はぁ……なんでそんな本気なんだよ……!」


 アリスは冷たく笑う。


「あなたたちに“本気を見せさせるため”よ。」


ひのりは荒い息のままアリスを見据える。


「……アリス。

 私たちは、これくらいじゃ折れないから。」


 アリスは挑むように微笑んだ。


「いいわ。

 だったら――本物の舞台で証明してみせなさい。

 文化祭の劇、期待してるわよ。」


 イギリスからの留学生、アリス・ジョンソン。彼女の存在は演劇部への黒船となった。

 部室はまだ夕焼けの光が差し込んでいるのに、

空気は完全に“戦いの始まり”に変わっていた


 続く。



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