第十三幕 仮面の庭で私たちは演じる
九月の下旬。
県民文化会館のエントランスには、朝の冷たい空気と緊張が混ざっていた。
ひのりたち演劇部は、大きなホールの一室に集まり、衣装の最終確認をしていた。
みんな顔つきが違う。
“遊び”じゃなくて“本番”の目だ。
まひるは自分の衣装の裾をそっと撫でていた。
「……これ、お母さんとおばあちゃんが作ってくれたんです。
昨日の夜まで縫ってて……。
“思いきり舞台に立ちなさい”って言われました」
言葉は控えめなのに、胸の奥にある誇らしさが伝わる。
音屋亜希先生が、全員を見回して優しくうなずいた。
「ここまで、本当によく頑張ってきたね。
練習でも、気持ちでも、みんな成長した。
あとは――自分を信じるだけだよ」
その背中に、いつもの余裕はなく、指導者としての真剣さがあった。
すると唯香がバッグを持ち上げた。
「あ、これ。お母さんが作ってくれたサンドイッチ。
“みんなで食べなさい”って。
終わったら、一緒に食べようね」
場の空気が少しやわらぐ。
“特別な一日”が本当に始まるんだと、ひのりは胸の奥が熱くなるのを感じた。
ひのりは深く息を吸い、みんなの中心に立つ。
「……今日、私たちはここに立ててる。
七海ちゃんも、唯香ちゃんも、紗里ちゃんも、みこちゃんも、りんかちゃんも、音羽ちゃんも、まひるちゃんも……。
みんなで“舞風学園の名前”を外に届けるために来たんだよね」
仲間たちの視線がひのりへ集まる。
「緊張しても、失敗してもいい。
私たちは“舞風学園演劇部”として、ここまで積み上げてきた。
本番は――それを全部、出すだけ。
『仮面の庭で、私たちは演じる』を、私たちだけの舞台にしよう」
言い終えた瞬間、部員たちの表情に力が宿った。
音屋先生が静かに告げる。
「そろそろ時間だよ。舞台袖へ向かおう」
返事をしながら、それぞれが荷物を持つ。
足取りは軽いのに、心の奥には確かな緊張があった。
舞風学園演劇部、二年目の挑戦。
その幕が、もうすぐ静かに上がる。
劇中劇「仮面の庭で、私たちは演じる」
第一幕
薄暗い照明。
中央に“庭の門”を象ったアーチ。
木漏れ日のような模様がゆっくり回り、
舞踏会の始まりを予感させる静けさ。
白いドレス衣装を着たミラが、白い仮面を手に、ゆっくりと舞台中央へ歩いてくる。
まるで“自分の心の中に迷い込んだ”かのように、周囲を見回す。
ミラ(ひのり)
「……ここは、どこ……?
さっきまで確かに“日常”にいたのに……。
気づいたら、見たことない庭に立ってる……」
足元の光が揺れ、ミラの影が大きく伸びる。
ノワール(七海)
(黒いドレス衣装。暗闇から滑るように登場。黒い仮面を指先で回しながら微笑む。)
「迷い込んだのね。
“仮面の庭”へようこそ、ミラ。」
ミラが驚き、一歩退く。
ミラ
「仮面の……庭……?
ここは……舞踏会?」
ノワール
「ええ。
今夜、この庭では“真実を隠すための舞踏会”が開かれるわ。
全員が仮面をつけ、
本当の自分を悟られないように踊る場所――。」
ノワールが指を鳴らすと、
背景の照明が一瞬だけ“舞踏会場”のように光る。
(舞台左右から光が射し、二つの影が重なるように登場)
ルーチェ(紗里)
(明るく、光を纏うように)
「ようこそ、旅人さん。
迷ったのなら……私が照らすよ。」
ヴェール(みこ)
(静かで、フードをかぶっている)
「……でも、光だけが真実とは限らないわ。
仮面は“守るための布”でもあるから。」
⸻
ノワール
「さあ、ミラ。
あなたも舞踏会に参加して――
“どの仮面をつけるか”選ぶのよ。」
ミラ
「仮面……? 選ぶ……?
私は……何を隠したいんだろ……」
(ミラの手が、壁の仮面へ伸びる)
ミラが壁に並ぶ仮面へ手を伸ばした瞬間、
ルーチェがその手をそっと押さえる。
ルーチェ(紗里)
「焦らなくていいよ。
ここは“選ばされる場所”じゃなくて、
自分で選べる場所だから。」
ミラ
「……選べる……?」
ヴェール(みこ)
「ええ。
ここはあなたの“心”にある庭。
現実じゃない。
でも夢でもない。
……あなたの奥にある、“舞台のような場所”。」
ノワール(七海)がゆっくり近づく。
仮面の縁を指でなぞりながら、言葉を落とす。
ノワール
「ミラが迷い込んだのは偶然じゃない。
あなたの“本音”が、あなたをここに連れてきたのよ。
気づいてるでしょう?
日常の中で――“本当の顔”を隠してるって。」
ミラがハッと目を瞬かせる。
ミラ
「……どうして、わかるの?」
ルーチェが微笑む。
光を反射するような柔らかい所作。
ルーチェ
「あなたは“迷ってる人の影”をしてる。
光の前に立つ前の……揺れた影。」
ヴェール
「でも、心配しないで。
この庭の“舞踏会”では、
誰もが仮面をつけて踊る。
隠したいものがあるのは、あなただけじゃない。」
ノワール
「だからこそ――面白いの。」
ミラは三人をゆっくり見回し、
自分の手にある“白い仮面”を見つめる。
ミラ
「ここは……私の心。
みんなは……私の感情……?」
ノワールは意味深に笑い、
彼女の後ろをくるりと回るように囁く。
ノワール
「答えはひとつじゃないわ。
“真実は、仮面の数だけ存在する”。
さあ――選びなさい、ミラ。」
ルーチェ
「あなたを照らす仮面か。」
ヴェール
「あなたを守る仮面か。」
ノワール
「それとも――隠し続ける仮面か。」
ミラは胸に手を当て、息を吸い込む。
ミラ
「……わかった。
この庭に来た理由。
“本当の私”を見つけるためだ。」
四人の視線が交差し、
照明がゆっくりと舞踏会の色へ変わっていく。
ノワール
「では――舞踏会を始めましょう。」
ルーチェ、ヴェール、ノワールの三人が
仮面を顔に添え、
光と影に溶けるように舞台の奥へ歩き出す。
ミラは一歩前に踏み出し、
白い仮面をゆっくり持ち上げる。
ミラ
「私も……演じてみせる。
ここで――“私”を見つけるために。」
(照明が暗転し、舞踏会の幕が静かに開く)
第二幕(前半)
― 舞踏会が開く、“素”の3人の登場 ―
音が変わる。
弦楽器の軽いリズム、仮面舞踏会の幕開けを知らせるようなワルツ。
庭の奥から三つの光がふわりと揺れる。
ノワール
「……お客様が増えたみたいね。」
ルーチェ
「ふふ、にぎやかになってきたよ。」
ヴェール
「仮面の向こうの“本心”が……近づいてくる。」
照明が三方向から差し込み、
そこへ――3人が自然体のまま現れる。
勢いよくステップを踏んで登場。
仮面は持っているのに、まだつけていない。
リベルタ
「はーい! 途中から混ざってもいい?
なんか楽しそうだったからさ!」
ルーチェ
「仮面をつけずに舞踏会へ? 大胆〜!」
リベルタ
「え? だって、つけたらなんか苦しくなるじゃん?
私はこのままが一番動きやすいし!」
(自由=リベルタ、そのままの象徴)
そこへステラ(まひる)も登場。
胸の前で両手をぎゅっと握り、少し不安げ。
ステラ(まひる)
「わ、わたし……ここに来てもいいんでしょうか……?
仮面とか、そういうの……似合うかわからなくて。」
ルーチェ
「大丈夫。“星”は隠れてても光るものだよ。」
ステラ
「……! ほ、ほんとに……?」
(“星=奥に秘めた光”を象徴)
ミラ(ひのり)
「この人たち……仮面つけてないのに、
なんでこんなに“心”がそのままなんだろ……?」
ノワール
「素顔で立つ者ほど、仮面に近いものよ。
ミラ。あなたとは“逆”。」
ミラ
「逆……?」
ヴェール
「あなたは“自分がどんな仮面をつけてたか”気づいていない。
彼女たちは“最初から持っていない”。
――ただそれだけ。」
リベルタ
「なんか難しいこと言ってるけどさ! まぁ楽しくいこうよ!」
コルダ
「音が合えば、きっと踊れるはずです。」
ステラ
「わたしも……がんばりますっ!」
⸻
ここでミラが気づく。
ミラ
「ここは……舞踏会なんかじゃない。
“私の心の世界”。
……まるで、舞台に迷い込んだみたい。」
ノワール
「その通り。
ここはあなたが“自分を選び直す”ための庭。」
ルーチェ
「光も、影も、秘密も、自由も――全部、自分。」
ヴェール
「さあ、ミラ。
あなたも“踊る側”に来なさい。」
(照明がミラを包む)
───────────────
――軽い踊りと、心の本音が漏れ始める場面へ ――
照明がふわりと変わる。
弦のワルツは少し速く、軽く跳ねるようなリズムになる。
4人の“象徴の役”と3人の“素の役”が、自然に輪をつくる。
ルーチェ
「さ、せっかく集まったんだし――踊ろうよ。」
リベルタ
「そうこなくっちゃ! こういうのはノリと勢いだよね!」
ステップを踏みながら、リベルタがミラの手を取る。
気づけば、輪はひとつの渦になり、舞踏会の“核”が生まれる。
コルダ
(落ち着いた声で)
「大丈夫。曲に合わせて呼吸すれば、自然と体は動きます。」
ステラ
「こ、こんな……素敵な舞踏会、初めて……!」
ミラは戸惑いながらも、輪の中心で身体を揺らす。
ミラ
「みんな……仮面をつけてないのに、
どうしてこんなに迷いがないの……?」
ノワール
(ミラの背後から囁く)
「“仮面を持っていること”を恐れていないからよ。」
ミラ
「……!」
ヴェール(みこ)
「仮面を恐れる人は、自分の“内側”を見るのが苦手。
けれど……彼女たちは最初から“自分”で立っている。」
ルーチェ
「ねぇミラ。
光も影も、自由も不安も――全部ひっくるめて“あなた”だよ。」
踊りながら、自然に台詞が溶けるように流れる。
リベルタ
「私なんてさ、“元気で自由”って思われがちだけど、
実はけっこうビビりなんだよ?」
ステラ
「わ、わたしも……“支える側”って思われてるけど……
ほんとは、誰かに見てほしいって……思ってて……」
コルダ
「私の声が穏やかに聞こえるのは――
揺れている自分を、整えるためです。」
音が落ち、ダンスがゆっくりと止まる。
ミラははっとする。
目の前にいる3人は、仮面をつけていないのに“仮面のように素直”だ。
ミラ
「みんな……隠してないの……?」
ノワール
「隠す必要がないのよ。
“この庭”では、外側よりも内側が強いから。」
ヴェール
「ミラ。あなたはまだ――
“外側を演じている自分”に気づいていない。」
ミラは手に持つ白い仮面をぎゅっと握る。
ミラ
「……私……何を隠してるの……?」
四方から光が寄り、8人の影がひとつの模様を描く。
ルーチェ
「仮面はね、
“隠すためじゃなく、見つけるため”にあるんだよ。」
ノワール
「ミラ。
そろそろあなたも、踊るだけでなく――
“語る番”なんじゃない?」
ヴェール
「この庭が見せるのは、あなたの“奥”。」
コルダ
「音を聞いて。」
ステラ
「心を感じて。」
リベルタ
「逃げなくていいよ!」
そして――
ミラ
「……私……言葉にする。
“仮面の下の私”を……見つけたい。」
照明が強くなる。
第三幕
― 本音のワルツ、そして“仮面の主”の影 ―
舞踏会の灯が揺れる。
庭を彩る淡い照明が、ゆっくりと円を描くように回り始める。
ノワール(七海)
「さあ……ここからが“本番”よ。」
ミラ(ひのり)
「本番……?」
ルーチェ(紗里)が軽くステップを踏む。
ヴェール(みこ)が柔らかく袖を揺らす。
リベルタ(りんか)が「踊ろー!」とはしゃぐ。
そんな中――
静かに一歩前へ出たのは、コルダ(音羽)だった。
仮面を胸の前に抱え、少し震える指先。
コルダ(音羽)
「……あの……ひとつ、聞いてほしいことがあるの。」
リベルタ
「え? どうしたの、急に真顔じゃん!」
コルダは首を振る。
目を閉じ、深く息を吸い――
声で庭の空気を震わせる。
コルダ
「“私は……歌う時だけ、本当の自分になれるんです。”」
ミラが息を飲む。
コルダ
「いつもは穏やかで、静かで……
“優しい子”って言われるけど……
本当は……もっと揺れてる。
もっと、激しくて……
胸の奥は、嵐みたいにうるさいの。」
ノワールの目が細められる。
ノワール
「……それこそが、あなたの“仮面”ね。」
コルダは、小さくうなずく。
そして――
胸に抱えた仮面をそっと下ろす。
コルダ
「だから……歌います。
この庭で、隠してきた“わたし”を。」
コルダは両手を胸に添え、
柔らかく――しかし芯のある声で歌い始める。
♪「わたしの声は 眠っていた
静かな‘仮面’の奥で
揺れ続ける影も光も
ぜんぶ抱えたまま――
ここで息をする」♪
歌声が“庭”に満ち、
ルーチェの光が反射し、
ヴェールの影が静かに揺れる。
ステラが口元を押さえる。
ステラ(まひる)
「すごい……胸の奥に届く……」
ミラも涙ぐみながらつぶやく。
ミラ
「仮面より……ずっと“本物”……」
音に誘われ、他の登場人物たちも“仮面の下”をさらけ出していく。
リベルタ(りんか)
「私はさ、明るくしてないと誰かが困るんじゃないかって……
でもここなら……素で跳ねてもいいよね!」
ステラ(まひる)
「わ、わたし……‘支える役’ばっかりしてきたけど……
ほんとはもっと、動きたかった。」
ルーチェ(紗里)
「光って……照らすだけじゃない。
照らされたい時だってあるよ。」
ヴェール(みこ)
「秘密は……弱さじゃない。
“心を守る衣”なの。」
ノワール(七海)
「影はただの暗闇じゃないわ。
“本音”が一番よく見える場所なのよ。」
ミラ(ひのり)
「みんな……こんなに色んな“顔”を……」
⸻
そこで――
庭の空気が唐突に“止まる”。
まるで、風そのものが息を潜めたように。
ヴェール
「……来る。」
ノワールが仮面を持ち上げ、目だけでミラを見つめる。
照明がゆっくり“中心”へと集まっていく。
ルーチェ
「舞踏会の“主”……」
リベルタ(りんか)
「え、主って……誰!?」
ステラ(まひる)
「こ……こわ……!」
コルダが歌を止め、目を見開く。
コルダ
「この気配……ずっと、庭の奥に……」
足音もなく、
呼吸もなく、
ただ“存在”だけが舞台中央に満ちていく。
照明が一斉に暗転。
数秒の静寂。
――そして白い一閃。
舞台中央に、
黒白の仮面をつけた存在が立っている。
その人物が、ゆっくりと観客へ向き直る。
マスカレイド(唯香)
「……よく来たわね、旅人たち。」
一言で、庭の空気が震える。
マスカレイド
「“仮面の庭”の舞踏会――
本当の幕が、今……開く。」
白黒の仮面をつけたマスカレイドが、舞台中央で静かに腕を広げる。
マスカレイド(唯香)
「ここへ集まった理由――
あなたたちは、もう気づいているはずよ。」
ルーチェ、ヴェール、ノワール、リベルタ、コルダ、ステラ。
それぞれがミラの周囲をゆっくり囲む。
ミラ
「……理由……?」
マスカレイドは一歩、ミラに近づく。
マスカレイド
「“仮面をつけるため”じゃない。
“仮面を通して、本当の自分を見るため”よ。」
ミラの指先が震える。
マスカレイドは手を差し出す。
マスカレイド
「さあ。
あなたから始めなさい、ミラ。
あなたの“仮面の下”を教えて。」
ミラは息を吸う。
そして――胸元へ当てていた白い仮面を、そっと下ろす。
ミラ
「わたし……“強い自分”を演じてきた。
誰かを引っ張れる人になりたくて。
怖いって言えない自分が……ずっと苦しかった。」
ノワールが静かにうなずく。
ノワール(七海)
「それがあなたの“影”。気づけたなら、もう怖がらなくていい。」
マスカレイドが見届けるように目を細める。
マスカレイド
「次は――あなたたち。」
ルーチェが一歩前に。
ルーチェ(紗里)
「私は……ずっと“明るさ”の仮面を被ってた。
楽しくしてないと、場が止まってしまう気がして……
でもほんとは、弱い自分もいる。」
ヴェールがそれを受け止めるように言葉を重ねる。
ヴェール(みこ)
「弱さを隠す布が仮面。
でも、それを知れたなら――もう隠れなくていい。」
ステラ(まひる)が勇気を振り絞るように声をあげる。
ステラ
「わたし……“支えるだけの星”でいいって思ってたけど……
ほんとは、誰かに照らされたい……!
わたしだって、ちゃんと“光りたい”……!」
リベルタが手を叩く。
リベルタ(りんか)
「いいじゃんそれ! 私も――
“自由で明るい子”じゃないといけないと思ってた!
でも本当は、怖いし、不安もある!
……でも、それでも踊りたい!」
コルダが静かに言葉を紡ぐ。
コルダ(音羽)
「わたしの声は……‘仮面’でした。
落ち着いてるように聞こえる声で、
本当の揺れをごまかしてた……。
でも今は……揺れててもいい。
それがわたしの“音”だから。」
そして――
最後にノワールが、ミラの後ろへ立つ。
ノワール(七海)
「観察者で、言葉を書くことで距離を保ってた。
でも本当は……同じ輪の中に立ちたかった。
“演じる側”にもなりたかった。」
全員がミラの周囲に輪となって並び、マスカレイドの前へ向き直る。
マスカレイドがそっと手を掲げる。
マスカレイド(唯香)
「……いいわ。
それが“あなたたちの仮面”。
隠してきた心。
それを知って、語れて、認められた。」
照明がゆっくりと広がり、庭全体が柔らかい光に包まれる。
マスカレイド
「仮面をつけるのは、嘘をつくためじゃない。
“本当を見つけるため”よ。」
ミラが小さく息をのむ。
ミラ(ひのり)
「……仮面って……
本当の自分にたどり着くための手がかり……?」
マスカレイドは微笑む。
マスカレイド
「その言葉が出せたなら――
あなたたちはもう、“迷子”じゃない。」
マスカレイドは観客席のほうへ静かに手を向ける。
マスカレイド
「さあ――
“仮面の庭で、私たちは演じる”。」
ルーチェ
「仮面のまま、心を見せるために。」
ヴェール
「心を守りながら、歩くために。」
リベルタ
「素直に跳ねるために!」
ステラ
「星が……迷わず光るために。」
コルダ
「声を響かせるために。」
ノワール
「“本音”を、受け止めるために。」
ミラ
「そして……
“本当の私”に、出会うために。」
マスカレイドが最後に言い放つ。
マスカレイド
「――幕を閉じましょう。
けれど、この“演技”は終わらない。
あなたたちが生きる限り、仮面は続く。」
照明が深く落ち、
最後の一筋の光だけがミラを照らす。
ミラ(ひのり)
「……“仮面の庭で、私たちは演じる”。
だからきっと――
この仮面は、私たちの味方なんだ。」
暗転。
静かなコール音だけが響き、
舞風の“心の庭”に幕が降りる。
幕が下りたあと、舞台袖はしばらく呼吸だけが響いていた。
張りつめていた緊張が一気にほどけ、ひのりたちは順番に深く息を吐いた。
「……やり切ったね。」
七海が額の汗を拭いながら言う。表情は静かだが、目だけは興奮の熱を帯びている。
「本当に……全部、全部出せたよ。」
紗里は胸に手を当て、まだ鼓動が早いのを感じていた。
みこは衣装の端をそっと握りしめて、小さく笑った。
「……みんなの声、ちゃんと届いてた。客席、すごく引き込まれてた。」
りんかは座り込みながら天井を見上げた。
「はー……緊張で死ぬかと思った。でも、気持ちよかった!」
音羽は落ち着いた息のまま言った。
「舞台袖で聞いてた『静けさ』……あれ、たぶん全部“集中の音”でした。嬉しかった。」
まひるは両手を胸の前でぎゅっと握り、涙がにじみそうなのを必死に堪える。
「みんなで……ここに立てたことが……ほんとに、宝物です……」
そんなみんなの真ん中で、ひのりは深呼吸をしてから言った。
「……ねぇ。」
背中越しに客席の余熱を思い返すように目を閉じる。
「また、伝説作っちゃったね。」
その言葉に、全員が思わず笑った。
笑いながらも、胸の奥がじんと熱くなる。
そして唯香が、ゆっくり歩み寄る。
彼女は舞台上とは打って変わって、素の穏やかな表情だった。
「ひのり……みんな。お疲れさま。」
声は静か。だけど一番深く伝わる響きだった。
「今日の舞台……“ちゃんと届いてた”。
演技じゃなくて、心が。
だから……胸を張っていいと思う。」
ひのりは照れくさそうに笑った。
「唯香がそう言うなら……間違いないね。」
唯香は軽く頷き、言葉をひとことだけ添えた。
「……これで終わりじゃないよ。ここからだよ。」
その瞬間、みんなの表情が自然と引き締まる。
でも次の瞬間、紗里が嬉しそうに叫んだ。
「うん! とりあえず今日は、最高だった!!」
りんかが拳を突き上げる。
「準優勝でもなんでもいい! 私らが一番だって、胸張れる!」
まひるは涙を拭きながら笑う。
「……また、みんなで舞台……やりたいです……!」
七海はひのりの肩を軽く叩いた。
「ひのり。主役、ちゃんと務めたじゃん。さすがだよ。」
ひのりは照れながらも、はっきりと答えた。
「みんながいたからだよ。
……舞風の演劇、まだまだ続けよう。
ここから先も、もっと“伝説”作ろうね。」
その言葉に、全員がうなずいた。
――こうして、舞風学園の秋に咲いた“仮面の庭”は幕を閉じた。
だが彼女たちの演劇は、まだ物語の途中だった。
_______
エピローグ
ロンドン郊外。重厚な家具が並ぶ古い邸宅の一室。
大きな窓から差し込む朝の光が、机の上のノートPCを照らしていた。
画面には、舞風学園演劇部の舞台映像。
それを無表情で見つめる少女がひとり。
腰まで届くほどの長いブロンド。ゆるく巻かれた明るい髪が光を受けて淡く揺れる。
青い瞳は鋭く、常に人を値踏みするような視線。
腕を組む姿勢はまるで「自分の評価こそが基準」と言わんばかりだった。
画面が暗転すると、少女はふっと鼻で笑った。
「Japanese high-school theater… is that all?」
その声は冷たくも、どこか挑発的。
続けて、机の横に置いたスーツケースの取っ手を引き上げる。
メタリックな音が静かな部屋に響き、彼女の決意を代弁するようだった。
そして、画面にもう一度視線を向け、英語で小さく呟く。
「Well… I’ll see it for myself.」
そう言って、少女はスーツケースを引きながら部屋を後にした。
――その背中が、日本で始まる“次の波”を予感させていた。
続く。




