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舞風学園演劇部 第二部 大会への挑戦  作者: 舞風堂
第二章 大会に向けて
12/26

第十二幕 合宿という名の舞台へ

 朝の光が差し込む山道を、一台の白いマイクロバスがゆっくりと進んでいく。

 ハンドルを握るのは――舞風学園演劇部の顧問、音屋亜希。


「よし、あと少しで到着よ。みんな、酔ってない?」

「全然! テンション上がってきたー!」

 助手席のひのりが元気に答え、後部座席からもにぎやかな声が返る。


「さすが音屋先生、運転上手いです!」「ナビもいらないのすごすぎ……」

 りんかとまひるが尊敬の眼差しを向ける。


「元々、演劇巡業で地方の学校行ってた頃、機材車も自分で運転してたからね」

 音屋先生はルームミラー越しに笑いながら応えた。


「すごいね、山の空気が冷たい……」

 音羽が窓を少し開けて、風を感じるように目を細めた。

「こういう所で芝居の練習とか、ちょっと非日常でいいね」

「非日常っていうより、修行って感じするけど……」

 隣のまひるが苦笑しながらノートを抱えている。

「まひるちゃん、もう台本見てるの? まだ着いてもいないのに」

 りんかが笑うと、まひるは頬を赤らめて答えた。

「え、いや……どんなことやるのかなーって、心の準備」

「真面目すぎて尊敬する」

「りんかちゃんは逆に余裕だね」

「いやぁ、バスの中で文字読むと酔うタイプだからさ!」

「……理由がゆるい」

 音羽が小さく笑い、1年生組の空気はすっかり和んでいた。


「なんか……後ろの三人、すっかり仲良くなったね」

 七海がそう言うと、紗里が肩をすくめる。

「まぁね。にぎやかさなら私ら負けてるかも?」

「いいことよ。舞風の“今”がちゃんと動いてるって証拠」

 唯香が微笑みながら言い、みこも静かにうなずいた。

「……こうしてみると、舞風もほんとに大所帯になったね」

「うん。でもその分、舞台も広くなった気がする」

 ひのりのその言葉に、車内の空気が少しだけ引き締まった。


 音屋先生はルームミラー越しに全員を見渡し、口角を上げる。

「そうね。今年の合宿は“形にする”ことがテーマよ。

 去年までの経験も、新しい仲間も、全部混ぜて――“今の舞風”を見せてちょうだい」


「了解っ!」

 ひのりが元気よく答え、バスがカーブを曲がる。

 フロントガラスの向こう、木々の間から木造ロッジが姿を現した。

 そこが――高原演劇研修センター。


 森の静けさと木漏れ日の中、舞風の新しい夏が幕を開けた。


マイクロバスが木陰に止まり、ドアが開く。

 湿った高原の空気が流れ込み、ひのりが両手を広げた。


「うわぁ……空気がおいしいっ!」

「ほんと、都会の学校とは別世界だね」

 七海が深呼吸し、唯香も穏やかに笑う。

「空気だけで演技力上がりそう」

「それは言いすぎでしょ」

 紗里がツッコミを入れ、みこが苦笑した。


 1年生たちはそれぞれキャリーケースを引きながら、初めての合宿に胸を弾ませていた。

「ここが泊まるロッジかぁ。木の匂い、すごい落ち着く」

 音羽がドアを開けると、ログ調の室内に小さな歓声が上がる。

「私、このベッドに荷物置くね」「待って、私その隣がいい!」

 りんかとまひるが早速場所取りを始め、ひのりが笑って止めに入った。

「こらこら、まだ部屋割り決まってないから!」


 そんな賑やかさの中で、音屋先生は腕を組みながら全員を見渡した。

「はい、落ち着いたらホールに集合。施設の説明をするわね」



 ロビーの奥、木の梁が通る広いホール。

 大きな窓からは稽古棟の黒幕と舞台セットが見える。


「ここが、今回の合宿拠点“高原演劇研修センター”。

 宿泊棟、稽古棟、舞台棟、それに野外ステージの四つに分かれてるわ」

 音屋先生がホワイトボードの地図を指差す。

「稽古棟は午後から使えるから、それまでは自由時間。昼食後に本格始動ね」


「先生、この施設ってけっこう有名なんですか?」

 七海が尋ねると、音屋先生は懐かしそうに微笑んだ。


「ええ。私が大学生の頃……役者を目指してた時期に、何度もここで合宿してたの。

 でも、どんなに努力しても結果が出ないこともあった。

 その時に思ったの――“舞台に立つこと”だけが表現じゃない。

 私はきっと、教える側に立つ“役”の方が向いてるんだろうなって。」


 少しの沈黙が流れる。

 先生は穏やかに続けた。

「“教える”ことも、“演じる”ことの延長線にある。

 人の心を動かすという意味では、舞台も教室も同じなのよ。」


 みこがそっと手を挙げた。

「……でも先生、先生は“役”じゃなくて“本物”の先生です」


 音屋先生は目を丸くし、すぐに柔らかく笑った。

「ふふっ……ありがとう、みこさん。

 でもね、“本物”でいるためには、今でも毎日少しずつ“演じてる”のよ。

 みんなの前で弱い顔を見せないように、ね。」


 ひのりが呟く。

「……先生も、私たちと同じなんだね。演じながら、伝えてる」

「ええ。それでいいのよ。演じることは嘘をつくことじゃない。

 本気で伝えるための形――それが、演技なの。」


 先生の言葉に、全員が自然と背筋を伸ばした。

 窓の外では、陽光を受けた稽古棟が静かに輝いていた。


「みんなにも、自分だけの“演技”を見つけてほしい。

 それが舞風の夏。――覚悟して挑みなさい」


「ひぇ〜、プレッシャー来た!」

 ひのりが肩をすくめ、りんかが笑う。

「でも、こういうの燃えるタイプでしょ?」

「もちろん! 舞風魂、全開でいくよ!」

 ひのりの声に、部員たちは笑い声を上げた。



 昼食を終えた八人は、午後の稽古場へと足を運んでいた。

 木の香りが漂う板張りの稽古室。片側の壁は全面鏡張りで、窓の外からは夏の光がまぶしく差し込む。


「よし、まずは軽く体をほぐしましょうか」

 音屋亜希先生の掛け声に、全員が円になってストレッチを始めた。


「いーち、にー、さんっ!」

 りんかの元気な掛け声に紗里が笑いながら続く。

「声だけは体育会系なんだから!」

「いやいや、こういうとき気合いで乗り切るのが舞風流でしょ!」


 笑いが起きるが、先生は穏やかに微笑んだまま手を叩いた。

「その“笑うこと”も大事よ。呼吸が整うし、感情のスイッチを入れる練習にもなるの」


 続いて発声練習。

 鏡の前でひのりが「あ・い・う・え・おーっ!」と声を張ると、音羽が「ちょっと声でかっ!」と笑い、部屋が明るくなる。


「いいわね。舞風らしいウォームアップだわ」

 音屋先生は小さく頷き、静かに空気を切り替えるように一歩前へ。


「――さて。身体と声が起きたところで、次は“心”を起こしましょう」

 稽古場の空気がふっと静まった。


 先生はホワイトボードに言葉を書く。

 『感情の再現――メソッド演技・応用編』


「前にやった“メソッド演技”を覚えてるわね?」

 全員がうなずく。

「今日はその“応用”に挑戦してもらうわ。自分の中にある“本当の感情”を、どう引き出すか」


「応用……ってことは、もう少し踏み込む感じですか?」

 七海がタブレットを閉じて尋ねる。

「そう。“想像”ではなく、“記憶”をより深く使うの。

 演じるために自分の心を信じて掘り下げるのよ」


 先生の声が稽古場に響く。

 生徒たちは息を呑み、耳を傾けた。


「でも、涙を出すのが目的じゃないのよ」

「涙の“手前”にある感情を、どう伝えるか。そこが本当の演技。」


 ひのりは少しうつむき、心の奥で小学生の頃の“魔法使いごっこ”を思い出す。

 演じることに夢中だった、あの頃の自分――。


「……先生、それって、ちょっと怖いです」

 まひるが小さな声で言った。

「自分の心を使うって、開けちゃいけない引き出しを開けるみたいで」


 先生はゆっくりとうなずいた。

「そうね。怖いわよ。

 でも、自分の心を見つめられるようになって初めて、“表現者”になれるの。」


 唯香が静かに言葉を添える。

「“演じる”って、誰かになることじゃなくて、自分の中の“誰か”を見つけることなんだと思います。」


 先生は微笑んだ。

「その通りよ。――明日はその“心の演技”を、実際に使ってもらうわ。

 今夜、台本を整えるから準備しておいてね。」


「はいっ!」

 ひのりが元気よく返事をする。


 鏡に映る全員の顔には、さっきまでの笑顔とは違う光。

 “舞台に立つ者”の表情が浮かんでいた。



 夕方。

 宿泊棟の食堂では、地元の野菜を使ったシチューの香りが漂う。

「いただきまーす!」

 ひのりの掛け声で、食器がカチャリと鳴る。


「これ、じゃがいもホクホク!」「田舎の味だね!」

「りんかが作ったの?」「えぇ!? そんな万能じゃないって!」

 笑いが絶えず、音屋先生は穏やかにその様子を見つめていた。


「みんな、いい表情してるわね」

「さっきの練習、けっこうキツかったですよ〜」と紗里が口を尖らせる。

「でも、不思議とスッキリしてるかも」

 みこが微笑み、唯香がうなずいた。

「感情を掘るのって疲れるけど、“演じる”ってこういうことなんだなって思いました」


「そうね。芝居って、舞台だけじゃなくてこういう時間も含めて“表現”。

 一緒に食べて、笑って、語って――その積み重ねが呼吸になるの。」


 七海がふと呟く。

「……先生。“仮面の庭”ってタイトル、やっぱり深いですね。」

「“仮面”はね、人が持つ“守り”でもあり“表現”でもあるのよ」

 先生が微笑むと、りんかが頷く。

「“演じるための仮面”なら……それもアリ、かも。」


 笑いが生まれ、窓の外では夜の蒼が広がっていった。

 それぞれの胸に、“仮面の先にある自分”が静かに芽生え始めていた。


 翌朝。

 高原の空気はひんやりとして、窓の外では鳥の声が静かに響いていた。

 稽古室の鏡に映る八人の顔は、昨日よりも引き締まって見える。


「それじゃ、今日はいよいよ“実践”ね」

 音屋亜希先生が手帳を閉じ、全員を見渡した。

「昨日の“応用編”で話したように、今日はみんなに“違う自分”を演じてもらうわ。」


 ひのりが首をかしげる。

「違う自分……?」

「そう。“仮面の庭”のテーマでもあるでしょ。

 “自分の仮面”を理解するには、まず“本当の自分”を見つけなきゃならない。

 そのために――今日は“自己分析”から始めます。」


 先生の言葉に、全員が小さく息を呑んだ。


机の上に並んだ紙とペン。

それぞれに『わたしという役』と書かれたシートが配られる。


「今の自分を“役”として分析してみて。

 どう見られたいか、何を隠しているか、何を恐れているか。

 それを素直に書き出してみましょう。」


 ペンの音が静かに響く。

 外では風が木々を揺らし、どこか舞台の幕間のような静けさが訪れていた。


 まひるはペンを握ったまま、しばらく動けなかった。

(私は……誰のために演じてるんだろう)

 心の奥に、衣装店で母や祖母に囲まれながら針を動かす光景が浮かぶ。

 “支えることが自分の役割”――そう思ってきた。

 でも、それは“隠れている自分”でもある。


 一方でりんかは紙いっぱいに文字を書き連ねていた。

(私、明るくて元気って思われてる。でもほんとは、けっこう臆病)

 楽しそうに笑いながらも、周りの空気を読む癖がある。

(“ムードメーカー”って言葉、便利だけど時々重いな……)


 音羽は静かに目を閉じ、自分の声を頭の中で反芻していた。

 人を安心させる声、冷静で落ち着いたトーン。

(でも私、本当はもっと感情的なタイプ。押し殺してるだけ)

 紙の上に“穏やかな仮面”と書いた。


 七海は全員の様子を見守りながら、自分の欄に一行書いた。

「他人を観察してばかりで、自分を演じるのが苦手。」

 その一文を見て、彼女は少し笑った。

(それが脚本家の宿命なのかもね)


 紗里はペンをくるくる回しながら、いつもの明るい表情のまま小さくつぶやいた。

(私はムードメーカー。でも、たまに“明るい自分”が嘘っぽくなる時がある)

 笑っていなきゃ、場が重くなる――そんな思い込みが、少しだけ痛かった。


 みこはペンを握り、迷いながらも一文字ずつ丁寧に書いた。

(私はみんなを支える立場。でも、自分の本音はなかなか言えない)

 支えることで安心していた。でも本当は、誰かに支えてほしい時もある。


 唯香は静かに目を伏せ、紙にゆっくりと書いた。

(私は“子役”という過去をまだ演じている気がする。

 本当の自分を見せるのが、少し怖い。)

 書き終えると、彼女は軽く息を吐いた。

 ――まるで、胸の奥の糸がひとつほどけたようだった。


 やがて先生が口を開いた。

「書けた人は、短く読んでみましょう。声に出すことで“仮面”が見えてくるから。」


 静かな順番で、それぞれの声が響いていく。


 ひのりは迷いながらも、紙を見つめて口を開いた。

「……私は、“人を引っ張る自分”でいようとしてるけど、ほんとは不安です。

 でも、その不安ごと見せたいって思えるようになりました。」


 七海が続く。

「私は、人の感情を書くのは得意。でも、自分の感情は言葉にしづらい。

 だからこそ、舞台で“自分の声”を見つけたいです。」


 紗里は少し笑って肩をすくめた。

「私はムードメーカーって言われるけど、ほんとは無理してる時もある。

 ……でも、笑顔の力を信じたい。」


 みこは控えめに手を挙げて言った。

「私は、支えるのが好き。でも、支えられるのが怖い。

 誰かに頼ることも、悪くないって思えるようになりたいです。」


 唯香は深呼吸して立ち上がる。

「私は、昔の自分をずっと引きずってる。

 でも、今の“私”でちゃんと舞台に立ちたいです。」


 りんかが勢いよく言葉を放った。

「私は明るくて元気って言われるけど、ほんとは緊張しい!

 でも、それを笑いに変えられるのが、私の強さです!」


 まひるが続いた。

「私は支えるのが得意。でも、“自分の気持ち”を演じるのが苦手。

 ……だから、今回は少しだけ、素の自分を出してみたいです。」


 最後に音羽が立ち、静かに言った。

「私は落ち着いてるように見えるけど、本当はすぐ揺れる。

 今日は、その“揺れ”を隠さずに演じたい。」


 言葉が一巡し、静寂が訪れる。

 音屋先生は微笑みながら言った。

「いいわね。今の言葉――全部、あなたたち自身のセリフよ。

 弱さも迷いも、そのまま舞台の力に変わる。

 それが、“本当の演技”なの。」


音屋先生は静かにみんなを見渡した。

「それじゃあ――次のステップにいきましょう。

 今、紙に書いた“本当の自分”を、そのまま舞台の上で解放してみて。

 恥ずかしがらずに、自分をさらけ出すの。

 即興でいいわ。“新たな自分”を演じてみなさい。」


 ざわり、と空気が揺れた。

 八人の視線が交差する。

 だれもが少し戸惑いながらも、心のどこかで“試してみたい”という衝動が芽生えていた。


「順番は自由。思いのままに動いてみて」

 先生の言葉に、最初に動いたのはりんかだった。


「じゃ、あたし行く!」

 りんかは床を軽く蹴り、ステージ中央に立つ。

「“私は笑ってるけど、本当は泣き虫なんだ”――でも、それでも笑うのが私!」

 その声に、自然と拍手が起きた。明るさと弱さが混じった表情に、皆が息をのむ。


 次にまひるが立ち上がった。

 両手を胸に当て、ゆっくりと語り出す。

「誰かを支えるのは好き。でも、“支える”ことで自分が見えなくなる時がある。

 だから……今日だけは、私が主役でもいいですか?」

 その一言に、みこが思わず微笑んだ。


 音羽は深呼吸をし、声を出した。

「私は穏やかに見えて、実は心の中で嵐が吹いている。

 だからこそ、声で静けさを作ってるの。」

 その声は凛として美しく、空気が一瞬張りつめた。


 みこは小さな一歩を踏み出して言った。

「私はずっと支え役。でも今日は……誰かに抱きしめてほしいって思ってる自分がいる。」

 その言葉に、唯香がそっと手を伸ばした。


「……私も、逃げてたかもしれない。」唯香がつぶやく。

「子役だった頃の自分を守るために、“完璧な私”を演じてた。

 でももう、それじゃ届かない。だから……壊す。」

 彼女の目に一瞬、涙が光った。


 紗里は両手を広げ、明るく言う。

「私は明るさで守ってきた。でも今は、無理して笑わなくてもいい。

 暗い顔も、全部“私”だから!」

 その声が響いた瞬間、りんかが「それ最高!」と拍手を送った。


 七海は静かに一歩前に出た。

「私は“観察者”でいた。でも、もう見てるだけじゃない。

 この舞台で、私も“登場人物”になる。」

 短い言葉に、覚悟がこもっていた。


 最後に、ひのりがゆっくり前に出る。

「私はリーダーであろうとしてた。けど、怖い時は怖いって言う。

 それでも立ちたい。みんなとなら、どんな不安も演じられるから!」

 その声は、8人をひとつに繋ぐように響いた。


 音屋先生はゆっくり拍手を送った。

「――今のあなたたちが、明日の“役”を超える原石よ。

 今日解放した自分を、明日まで心に留めておきなさい。

 七海、台本の修正はどう?」


 七海はノートを開き、ペンを走らせていた。

「はい。みんなの言葉、全部メモしました。

 “仮面の庭”のセリフも、もっとそれぞれの本音に近づけます。」

 その真剣な横顔に、ひのりが微笑む。

「七海の言葉なら、きっと伝わる。」



 夕方。

 稽古場の窓の外は、茜色に染まっていた。

 森のざわめきが穏やかに響く中、8人は疲れた体でマットに座り込む。

 唯香がぽつりと呟いた。

「……なんか、みんな違う人になったみたい。」

 紗里が笑って返す。

「いや、“本当の自分”になったんだよ。」


 音屋先生が穏やかに告げた。

「今日の経験を忘れないで。演技とは、誰かを演じながら、自分を見つける旅。

 ――では、今日はここまで。お疲れさま。」


 拍手が自然と起こる。

 窓の外の光がゆっくりと夜に変わる。

 八人の胸には、それぞれが見つけた“新しい自分”の灯が、静かにともっていた。



 三日目の午前。

 山の空気は少しひんやりして、稽古棟の窓から差す光が鏡の上で淡く揺れていた。

 机の上には、昨晩七海がまとめ上げた最終稿――《仮面の庭で、私たちは演じる》。


 八人それぞれがその台本を手に取り、静かにページをめくっていた。

 ペンでつけたメモ、折り目、消し跡――それぞれの“時間”が紙の上に刻まれている。


「……よし、これが完成形か」

 ひのりが深く息を吸い、ページを閉じる。

「この台本、全員の言葉が詰まってるね」

「うん。“自分を演じる”ってこういうことなんだなって」

 唯香が柔らかく微笑んだ。


 音屋亜希先生が稽古場の中央に立ち、静かに声をかける。

「さあ、最終通し稽古を始めましょう。

 舞台の上で、昨日までの“心”をもう一度確認して。」


 全員が円を描くように立ち位置につく。

 空気がすっと張りつめ、稽古場が“舞台”へと変わった。


ひのりが一歩前に出る。

 舞台の中央で、柔らかい光を浴びながら語り出した。

「“仮面をつけてるのは、誰かに見せたくないものがあるから。

 でも……本当は、それを見せたいって思ってる”」


 その声に呼応するように、まひるとみこが向かい合う。

 まひるが小さく息を吸い、心から絞り出すように言葉を放つ。

「“私は誰かを支えるのが好き。でも、ときどき自分がどこにいるかわからなくなる。”」

 みこが静かに手を差し伸べた。

「“支えることは、隠れることじゃない。支えられることも、強さだと思う。”」


 舞台の空気がふっと柔らかく変わる。

 りんかが明るく前へ出た。

「“怖くても、笑ってたい。それが私だから!”」

 その声は軽やかで、どこか涙の気配を含んでいた。

 紗里がすぐに続く。

「“笑うことは逃げることじゃない。前を向くための“祈り”なんだよ!”」

 二人の声が重なり、舞台の色がいっそう明るくなる。


 音羽が一歩進み、静かな声で語り始めた。

「“穏やかに見えるのは、嵐を隠しているから。

 でも今は……この声で、心を震わせたい。”」

 その声に、唯香が舞台の奥から歩み寄る。

「“演じるって、嘘をつくことじゃない。

 本当の自分を見つけるために、嘘を借りてるだけ。”」


 七海は舞台袖から一歩出て、台本を胸に抱えたまま口を開いた。

「“私たちは物語の登場人物じゃない。

 この“仮面の庭”は、私たち自身の心の中にある。”」


 そして最後に、ひのりがもう一度中央に立つ。

 仲間たちをゆっくり見渡しながら、声を重ねる。

「“見せるために演じるんじゃない。

 分かり合うために演じるんだ。”」


 全員が自然に頷き、静かな呼吸のまま一歩ずつ前へ出た。

 八人の姿が光に包まれ、舞台の空気が一瞬だけ止まる。


七海は舞台袖でペンを握りながら、誰よりも真剣に見つめていた。

 彼女の書いた“言葉”が今、仲間の“生きた演技”として息をしていた。


 稽古が終わる頃には、全員の額にうっすら汗がにじんでいた。

 静寂のあと、音屋先生がゆっくりと手を叩いた。


「――素晴らしいわ。三日間で、ここまで仕上げるなんて思わなかった。」

 先生はひとりひとりに視線を向ける。



 「ひのり。」

 「はい!」

 「あなたの“迷い”が消えた。今のあなたは“引っ張る”んじゃなく、“寄り添って導いてる”。それが本物の部長よ。」

 ひのりは小さく頷き、胸の前で拳を握った。


 「七海。」

 「……はい。」

 「言葉で人を導くあなたは、もう観察者じゃない。

  今日のあなたの脚本は、心のドキュメントよ。」


 七海は少し照れながら「ありがとうございます」と頭を下げる。


 「りんか。あなたの笑顔、嘘じゃなかったわ。

  明るさの中に“勇気”があった。それが舞台を照らしたの。」

 「うわぁ、うれしい……!」とりんかが目を潤ませた。


 「まひる。あなたは“支える役”を越えて、“想いを縫い合わせる人”になった。

  衣装職人のように、感情を丁寧に繋いでたわ。」

 「……ありがとうございます。私、縫うの好きなんです。」


 「音羽。」

 「はい。」

 「あなたの声が、みんなの呼吸を整えていた。

  穏やかさは強さよ。その声で舞台を守りなさい。」

 「……はいっ。」


 「紗里。」

 「へへっ、来た来た。」

 「あなたの明るさが、本当の意味で“場を変えた”。

  無理して笑わなくても、あなたの笑顔は力になるの。」

 「……ちょっと泣きそうっすね、それ。」


 「みこ。」

 「はい。」

 「あなたの静けさは“支え”そのもの。

  舞台の空気を感じ取る力がある。演出家としての素質も見えたわ。」

 「……演出、ですか?」

 「ええ、これから考えてみなさい。」


 「唯香。」

 「……はい。」

 「あなたは“子役”を脱いだ。今は“舞風の役者”。

  その目の強さを、忘れないで。」

 唯香は深く頭を下げ、静かに微笑んだ。



 最後に先生は全員を見渡した。

「この三日間で、みんな“自分という仮面”を理解した。

 演技とは、仮面を外すことじゃない。

 ――“仮面のままでも、心を伝える”ことなの。」


 ひのりが代表して一歩前に出た。

「……私たち、これからも舞風らしく、演じ続けます。」

「ええ。その言葉があれば大丈夫。」


 音屋先生は微笑み、手を叩いた。

「では――これで合宿、終了です!」


 拍手と笑い声が一斉に広がる。

 りんかが「終わったー!」と叫び、紗里が「写真撮ろう!」とスマホを構える。

 みんなが寄り添って笑うその姿に、先生はそっと目を細めた。



 夕方。

 荷物をまとめ、外に出ると、風が優しく吹いた。

 高原の空は金色に染まり、ロッジの影が長く伸びている。


「この三日間、あっという間だったな……」

 七海の言葉に、ひのりが微笑む。

「でも、ぎゅっと詰まってたよね。

 “仮面の庭”も、“自分たちの物語”も。」


 バスのエンジンがかかる。

 音屋先生が振り返って言う。

「みんな、本当によく頑張ったわ。

 次は――本番の舞台で見せてちょうだい。」


「はいっ!」

 全員の声が揃った。


 バスが走り出す。

 窓の外の夕陽が、まるで舞台のカーテンコールのように輝いていた。


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