第十一幕 伝説の二度目の夏
7月15日に無事に台本の提出を終えた舞風演劇部に、ようやくほんの少しの余白が訪れていた。
放課後の多目的室。窓から差し込む陽光がカーテンを揺らし、8人の部員たちが集まっていた。ホワイトボードには「夏休みスケジュール案」と書かれたメモが貼られている。
顧問の音屋亜希が、手にした資料を軽く持ち上げた。
「さて、皆さん。夏休みのスケジュール、ようやく確定しました。7月末までは通常練習と台本の仕上げ、そして8月からは合宿です」
「きたっ……合宿!!」
ひのりがぱあっと顔を輝かせて、机から立ち上がる。
「ってことは……! 今年も、あの別荘!?」
期待いっぱいに唯香へと顔を向けるひのり。すると、唯香は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさい。……あの別荘、今年はちょっと難しいの。練習メニューが本格的になってきてるから、環境的に不向きかもしれないわ」
「えぇ〜〜〜〜っ!?」
ひのりが思いっきり机に突っ伏す。
「去年の、あの別荘……最高だったのに……! 映画みたいな屋敷、海水浴、BBQ、星空、朝焼け、そして青春……」
「そんなにすごかったんですか……!」
まひるが感嘆の声を上げる。
「去年の合宿、写真で見ました! めっちゃロケーションよかったですよね」
音羽がうらやましそうに身を乗り出す。
「なんかもう、サマーバケーションな夏休みじゃん……」
りんかは両手で頬を押さえて言った。
「あの政治家の構文じゃないんだから」
七海が思わず笑いながらツッコむ。
「私たち、まだ入ってなかったから……正直、超うらやましい……っ」
まひるも羨望の目で言う。
唯香は、ふぅと息をつきながら付け加える。
「もちろん、思い出の場所としては大好き。でも今年は、演技に集中する時間が必要なの。だから、設備の整った演劇合宿所を使おうと思ってるの」
「なるほどね……」
七海が手元のスケジュールに目を通しながら頷く。
「練習用の稽古場とステージ、照明や音響機材もあるから、去年以上に充実した練習ができるはずよ」
音屋先生も補足する。
「今年は私も帯同して、本格的な指導に入るつもりです。だから、ちょっとハードになるかもね?」
「うぅ〜、本格的だ……」
音羽がプレッシャーに身をすくめると、
「胃が……すでにキリキリしてきた……」
まひるがノートをぎゅっと抱えた。
「じゃあ、練習が詰まってるからこそ――!」
そこで紗里がぱっと手を上げた。
「見晴町の夏祭り、今年も行かない? 去年、すっごい楽しかったじゃん!」
「おおっ、ナイス紗里!!」
ひのりが一気に復活してガッツポーズ。
「ラムネ、風鈴、縁側、神社、即興劇に手持ち花火……“夏”が全部あったの、あの町だったんだよ!!」
「うわ〜、いいなぁ!」
りんかが目を輝かせる。
「去年行ってないから、その話めっちゃ羨ましいです」
音羽が頷き、
「しかも、ちょっとした舞台挨拶やったって聞いてます! 今年もそういうの、できるんですか?」
まひるも期待を込めて問いかける。
「うん! 今年もできるといいな〜って思ってる!」
ひのりが笑顔で答え、
「駄菓子屋のおばあちゃんや神社の人たちも、きっとまた歓迎してくれると思う」
音屋先生は手帳をパラパラとめくりながら、少しだけ考え込んだ。
「……7月末なら、祭りの日に合わせてオフを入れられそうね。台本もその頃には固まってる予定だし、良い“気分転換”になるわ」
「やったあああ!!」
ひのりが立ち上がり、りんかたち1年組も拍手を送る。
「舞風演劇部、今年の夏もやっぱ最高ですね!」
りんかが両手を挙げて言う。
「青春って、こういうことなんだなぁ……」
まひるがぽつりと呟き、
「ふふ、演劇部に入ってよかった」
音羽がにっこり笑った。
「じゃあ――行くぞ、舞風演劇部!」
ひのりが机を叩いて勢いよく立ち上がる。
「“伝説の二度目の夏”、始まるよっ!!」
七月末、夏祭り当日――。
夕方前の見晴町。私服姿の舞風学園演劇部の8人が、ホームに降り立った。
「……うわ、セミの声がすごいね」
音羽が少し緊張気味に空を見上げる。
「空気がもう“夏”だよね」
まひるはうちわを仰ぎながら笑い、りんかはスマホを構えて風景をパシャリ。
「ここが……去年の、あの場所かぁ...あたしいなかったけど」
りんかが感慨深げに呟くと、ひのりがパッと振り向く。
「そう! ここが伝説の夏の舞台《見晴町》だよ!!」
胸を張るひのりのテンションに、後輩たちが笑い出す。
「はいはい、落ち着いて」
七海がいつもの調子でツッコミを入れながら、先頭を歩く。
商店街の角を曲がり、懐かしい路地を抜けて――
今年も、あの古びた木造の駄菓子屋「ふるや」が見えてきた。
風に揺れる「氷」ののれんと、色あせた看板。
そして店の奥から聞こえてくるうちわの音――
「こんにちはーっ!」
ひのりが声を張ると、
「……あらまあ、来た来た! 待ってたよ」
ふるやのおばあちゃんが、奥からゆっくりと現れた。
「うわぁ〜っ!おばあちゃん、今年も元気そうで!」
紗里が手を振り、みこも「こんにちは……」と照れくさそうに笑う。
「みんな揃ってるねぇ、いやぁ賑やかでいいこと!」
おばあちゃんが目を細めて嬉しそうに言う。
そして――
奥から二人の少女が顔を出した。
「お姉ちゃんたち、来てたーっ!!」
元気いっぱいの妹が声をあげ、少し背の伸びた姉が後ろから続く。
「見て、背、伸びたんだよ!」
妹がりんかの前にぴょんと跳ねる。
「もしかして……去年の?!」
まひるが驚くと、ひのりが頷く。
「そう! 去年、一緒に“魔法使いごっこ”した子たち!」
「えっ、すごっ。ほんとに再会してるんだ……青春じゃん……」
音羽がぽそっと感動してると、
「私は早乙女りんか。初めましてだよね?」
りんかがしゃがんで笑いかける。
「うんっ! わたしたちは、ふるやのおばあちゃんの孫姉妹!」
「舞風学園演劇部の、新一年生の成川まひるですっ!衣装作り得意です」
まひるがぺこりと頭を下げ、
「私は白石音羽。見晴町、来てみたかったんです」
音羽も続けて自己紹介。
「まあまあまあ、いい後輩ちゃんたちが入ったのねぇ」
おばあちゃんが手を叩いて喜ぶ。
「元気で、礼儀も正しくて……こりゃまた、にぎやかな夏になるわけだ」
姉妹が目を輝かせて後輩たちを見つめている。
「演劇、やるの? また見られるの?」
妹が興奮気味に聞くと、
「うんっ、今年もね、ちょっとしたミニステージがあるかもよ?」
ひのりがウィンクする。
「お姉ちゃん、また魔法使いになってくれる?」
妹が嬉しそうに声を弾ませると、
「なるなるっ! むしろ、何でもなるよ私!」
「じゃあ……炎の魔法使い、またやる!」
妹の宣言に笑いが起こる。
「じゃあ……せっかくだし、私もちょっとだけやってみてもいい?」
「えっ、音羽ちゃんが?」
ひのりが驚くと、音羽はにっこりと笑った。
「実はこう見えて、いろんな“声”とか“キャラ”を演じるの得意なんだ。七変化、披露しちゃおうかなって!」
「出た!音羽ちゃんの十八番!」
ひのりが笑い、りんかが「絶対見たいっ!」と食いついた。
「やったぁーっ!!」
妹たちが拍手をして駆け寄ってくる。
音羽は小さく息を吸い、すっと姿勢を正した。
「ではまず、王国のお姫さま──」
優雅に裾を持ち上げ、おしとやかに首をかしげる。「まぁ……あなたが、私の騎士様なのですね?」
「続いて、町のガラの悪い兄ちゃん──」
ガラリと声が低くなり、口調も荒っぽくなる。「おう、そこのラムネ買い占めてんじゃねーぞ!」
「そして、アニメの悪役令嬢!」
背筋を伸ばし、芝居がかった高笑い。「おーっほっほっほっ!庶民がこの私に刃向かうなんて100年早いですわよ!」
「わぁー!!」
妹たちが大興奮で手を叩く。
「ちょっと、音羽……クオリティ高すぎない!?」
紗里が目を丸くし、ひのりも感心しきり。
「声だけじゃなくて、ちょっとした仕草も変わってる……」
まひるがぽつりと感心すると、
「音羽ちゃん、やっぱすごいよ……ほんとに“演じてる”」
唯香も微笑みながら頷いた。
音羽は照れくさそうに笑って肩をすくめた。
「へへ……楽しくなっちゃって」
「ねえねえ、もっとやってーっ!!」
妹たちがせがむと、
「うーん……じゃあ、最後に老舗駄菓子屋のおばあちゃん!」
「……あらまあ、よぉ来たねぇ。おまけに金平糖でもつけといたろか?」
しゃがれた声に、おばあちゃん本人が吹き出した。
「ふふっ、うまいこと真似るねぇ、あたしゃもう引退してもいいかねぇ」
全員がどっと笑った。
こうして、再会と新しい出会いが交差する見晴町で、演劇部の「二度目の夏」は、ゆっくりと幕を開けていった。
駄菓子屋「ふるや」でひとときの再会を楽しんだ後、舞風学園演劇部の8人はひとまず浴衣に着替えるために公民館へと入った。
駄菓子屋「ふるや」を出た一行は、見晴町公民館の小さな控室へと向かった。ここで一度仕切り直し――着替えを済ませて、浴衣で夏祭りに臨むのだ。
「さてさて、いよいよ着替えタイムだね!」
ひのりが鞄を持ったまひるの後ろで声を弾ませる。
「まひる、例のやつ……!」
「はいっ。全員分、ちゃんと持ってきましたよ~。母と祖母が、朝から“くれぐれもシワに気をつけて持って行きなさいよ”って」
まひるが、そっと大きな鞄のチャックを開くと、8着分の鮮やかな浴衣が丁寧に畳まれていた。
「うわ~、本当にきれい……」
音羽が感嘆の声を漏らす。
「事前に採寸してもらってたから、みんなピッタリだよね」
唯香が嬉しそうに微笑む。
「柄もそれぞれ違ってるし、どれも舞風演劇部っぽいっていうか……」
紗里が浴衣を一つ一つ眺めながらつぶやく。
「これは桜模様に金糸があしらってある……ひのりちゃんにぴったり」
まひるが1着を手に取って言う。
「私のは……水色地に風鈴柄。なんか音羽っぽいって思ったって、おばあちゃんが言ってました」
まひるが照れくさそうに笑う。
「私は紫陽花と雨粒……あ、これ、みこ先輩のイメージじゃない?」
りんかが手に取りながら言うと、
「うん……なんか、しっとりしてて、いいね」
みこが控えめに微笑んだ。
「私のは、ひまわり! 元気印ってことだよね!」
紗里が腕まくりするように浴衣を掲げると、みんなが笑い声を上げた。
「私の、朝顔だ~……涼しげで可愛い~!」
まひるが嬉しそうに浴衣を抱きしめる。
「七海先輩のは、藍染めっぽいストライプで……なんかキリッとしてる」
りんかがうなずくと、
「ふふ、イメージ通りね」
七海が少し照れたように目を伏せた。
「唯香ちゃんのは……夜空に花火の柄。なんかロマンチック」
ひのりがぽつりと呟いた。
「あら……まひるちゃんのお母様、おばあさま、さすがね」
唯香も小さく目を細めた。
「事前に採寸してもらってたから、みんなピッタリだよね」
唯香が嬉しそうに微笑む。
「柄もそれぞれ違ってるし、どれも舞風演劇部っぽいっていうか……」
紗里が浴衣を一つ一つ眺めながらつぶやく。
「うちのお母さんとおばあちゃん、こういうの燃えるタイプでして」
まひるが少し照れながら言うと、
「“部活って、衣装まで含めて舞台なんでしょ?”って張り切ってました」
まひるが笑いながら肩をすくめると、全員がくすっと笑った。
そして全員が浴衣を着ると見晴町の夏祭り会場――《天ノ杜神社》へと向かっていた。
夕暮れが迫る境内には、すでに多くの人が集まり、色とりどりの浴衣と提灯の明かりが揺れていた。太鼓の音が響き、屋台からは焼きそばや綿あめの香りが漂ってくる。
「……昔ながらのお祭りって、いいですね」
まひるが感慨深げに辺りを見回しながら、小さく微笑んだ。
「ねーっ!こういうのってアニメの世界だけかと思ってたー!」
りんかがテンション高めに声を上げ、スマホで境内の様子を撮影しながらきょろきょろと周囲を見渡す。
「射的!あれやってみたい!ていうかわたあめも!あと、かき氷も絶対!」
ひのりはすでに祭りスイッチが入っており、紗里と並んで屋台に一直線。
「また始まった……」
七海が肩をすくめ、呆れたように呟いた。
「相変わらずね、ほんと」
後ろからは、音羽とみこが笑いながらついていく。
「みんな元気でいいな……あっ、わたしもりんかちゃんについて行ってきます!」
音羽が小走りに屋台の方へ駆け出すと、
「私は……ちょっと風鈴の音、聞いてたいかも……」
みこは神社の縁側に腰掛け、提灯の光を見つめながら、そっと風鈴の音に耳を澄ませた。
そして――
見晴町の夜空に、少し早めの第一発目の花火が上がる。
「わあっ!」
りんかが思わず歓声を上げる。
「え、早くない? まだ7時ちょいすぎだよ?」
ひのりが慌てて空を見上げる。
「お祭りのはじまりの合図、だってさ」
紗里が得意げに言い、
「……うん、やっぱりいいな。去年のこと、思い出す」
唯香がぽつりと呟く。
神社の境内に響く笑い声と花火の音。
夏祭りの熱気に包まれる《天ノ杜神社》。
屋台の灯りが揺れる中、舞風学園演劇部の8人は、境内の一角に設けられた小さな特設ステージへと歩みを進めていた。
神主のもとに姿を見せると、ひのりが手を振りながら声をかける。
「神主さーん、こんばんはっ!」
「やあやあ、こりゃまた懐かしい顔ぶれじゃな。今年も来てくれて嬉しいわい」
神主は柔らかな笑みを浮かべて、ひのりたちにゆっくりと近づいてきた。
「去年の夏は、君たちの即興劇に感動したもんじゃよ。……おや、初めて見る顔もおるな?」
「は、はじめましてっ! 1年の早乙女りんかです!」
「成川まひるです、よろしくお願いします」
「白石音羽です……あの、今日はご挨拶できて嬉しいです」
3人の1年生が緊張しながらも、まっすぐに頭を下げた。
「ほほう、みんな礼儀正しいな。後輩が増えたということは……」
神主が優しく目を細めると、ひのりが「はいっ!」とステージの方に振り向く。
そして、スポットライトのように夕闇に照らされる簡易ステージの上へ――
浴衣姿の8人が並んだ。
拍手が自然と境内から湧き起こる中、ひのりが一歩前へ出る。
「えっと、皆さんこんばんはーっ! 私たちは――」
ひのりが舞台全体を見渡してから、手を広げる。
「舞風学園・演劇部ですっ!!」
りんか、まひる、音羽の3人も、声を合わせてお辞儀をした。
「去年の夏も、ここで素敵な出会いや思い出がありました。
そして、今年は――新しい仲間が3人も入って、にぎやかになったんです!」
「いまは、9月の演劇大会に向けて、日々練習中です!」
七海が続けると、音屋先生も会場の端で静かに頷いていた。
「今日は公演じゃなくて、近況報告と簡単なご挨拶すが……」
唯香が声を整えて前に出る。
「この見晴町で過ごす“もうひとつの夏”が、私たちにとって、またひとつ大切な舞台になっています。
温かく見守ってくださる皆さんに、心から感謝を込めて――」
ぺこり、と8人全員が深く頭を下げた。
その瞬間――
「さりーっ!!」
「さりちゃーん!!」
舞台の下から、元気な声が飛んだ。
その方へ目を向けると、紗里の両親と、小学3年生の妹、花乃ちゃん、そして小学1年生になったばかりの弟・陽翔くんが、満面の笑顔で手を振っていた。
「えっ!? ちょ、来てたの!?」
紗里が驚いて声を上げる。
「せっかく夏祭りって聞いたから、仕事早めに終わらせて来たのよ〜!」
母親が笑いながら答える。
「花乃も陽翔もずっと“おねーちゃんの劇見たい!”って言ってたんだから」
父親の言葉に、ユメとリクが照れながらも元気よく手を振った。
そして――
みこがそっと隣に立つと、ひときわ大きな拍手と共に、一人の年配女性が前に出てきた。
「おばあちゃん!」
みこが驚きながらも嬉しそうに声を上げる。
「去年の舞台、よう覚えとるよ……今年もまた来れるとは思わなんだ。みこ、お友達も立派にやっとるねぇ」
「……うん。ありがとう」
みこが照れくさそうに目を伏せながらも、優しく笑った。
境内には拍手と温かな歓声、そして風鈴の音――。
見晴町の夏の宵に、舞風演劇部の“今年の夏”が、静かに刻まれ始める。
神社での挨拶を終え、夏祭りの賑わいが少しずつ夜の静けさに溶けていく頃――。
舞風演劇部の8人は、ふるやのおばあちゃんからもらった手持ち花火を片手に、神社の裏手にある草地へと足を運んでいた。
あたりには人気もなく、虫の音と時折聞こえる花火の音が夜の帳を彩っていた。
「……よし、ここなら誰にも邪魔されないねっ!」
ひのりがぱちんと袋を開くと、色とりどりの花火がごそごそと音を立てた。
「うわー、花火だぁ。夏って感じ」
りんかが嬉しそうにしゃがみこみ、まひると音羽も顔をほころばせる。
「こういうの、ちょっと憧れてたかも……」
まひるがそっと呟くと、
「うち、こういう“夜にみんなで集まって遊ぶ”って、あんまりなかったから……めっちゃ青春って感じです」
音羽が口元を緩めた。
七海がライターで一本ずつ火をつけていくと、最初の火花がパチパチと静かに弾けた。
「おお〜……やっぱりキレイ……」
みこがそっと火花を見つめる。
「ひのり先輩、今年もこの時間、用意してくれたんですね」
まひるがふと振り返ると、ひのりは少し照れたように笑った。
「うん。去年もさ、こうして“ただ遊んでるだけ”って感じがすごくよかったの。
演劇とか関係なくて……でも、すごく“演劇部”らしい時間だった気がするんだ」
「“演じてない時間”も、大事にしたくなる。そんな感じ?」
唯香が優しく問いかけると、ひのりは強く頷いた。
「うん。だって、こういう時間があるから、また“本気”で頑張れる気がするんだよ」
ひときわ強い火花がバッと散り、夜の空気が一瞬だけ染まった。
「……なんか、胸がぎゅーってなってきた」
りんかが花火の光に照らされた顔でそう言うと、
「うん……ほんとに、今ここにいられてよかった」
音羽も花火を見つめながら、少しだけ目を細めた。
「来年の夏も、こうやって……全員で、また来たいですね」
まひるが小さく呟くと、
「絶対来よう。約束ね」
ひのりが、一本の線香花火を灯しながら言った。
ぱちっ、ぱちっ……と小さな火玉が揺れて、まるで消えかけの星のように、そっと夜に散っていく。
「この花火みたいに……一瞬一瞬、大事にしていこうね」
唯香の声に、誰もが頷いた。
やがて、全員の手持ち花火が終わった頃、夜空に再び大きな打ち上げ花火が咲いた。
ドンッ――
「わぁ……!」
全員が一斉に空を仰ぐ。
その瞬間、誰もが黙って、ただその光景に見入っていた。
去年とは少し違う。
でも、確かに“続き”なんだ。
舞風演劇部の、伝説の二度目の夏。
火花が散り、花火が咲き、そして笑顔が重なって――
この夜、8人の心にまたひとつ、忘れられないページが刻まれた。
続く。




