第十幕 メソッド演技への挑戦
七月初旬。
期末テストが終わり、テストが返却された舞風学園には、ゆるやかな夏の気配が漂い始めていた。
放課後の多目的室。
いつものように机を囲んだ演劇部の面々は、それぞれの疲労を全身で表現するかのように、椅子にだらりと身を預けていた。
「テスト明けって、こんなに空が明るく見えるんだね」
りんかが窓の外を見上げてつぶやく。
「……この前の休日、3人で過ごしたから、余計そう感じるのかも」
音羽が微笑みながら答える。
「うん。“遊んだあと”の方が、勉強よりも頭がスッキリしてる気がする」
まひるがノートを閉じて、落ち着いた声で言った。
「あの映画、思ったより深かったよね~」
「ね。セリフの言い回しとか、参考にしたいかも」
りんかと音羽の会話に、まひるが頷く。
「今度、衣装の資料も兼ねて、また一緒に行こうね」
そんな3人の様子を見て、ひのりがふと呟く。
「……なんか、いいチームになってきたね」
七海がプリントをめくりながら微笑む。
「息抜きも大事。舞台は生活から生まれるから」
⸻
「……終わった……完全に終わった……世界史が地獄だった……数学も英語もダメ……」
ひのりが机に突っ伏し、くぐもった声で呻く。
「実はあたしも古文も無理ゲーだったよ~。係助詞ってなに? 日本語じゃないでしょ!」
りんかが椅子に投げ出された格好で、大げさに頭を抱える。
「ふふっ……“ひのりんか”コンビ、まさかのダブル赤点ってやつ?
赤点戦隊ダメレンジャー☆結成~!」
紗里がニヤニヤしながら茶化すように言うと、
「それはちょっと……言いすぎじゃないかな……」
まひるが心配そうに声を上げる。
「そうね。成績は一部分にすぎないもの」
音羽が静かに視線を上げながら、冷静に言った。
「えっ……あ、ごめんごめん! 冗談、冗談だから!」
紗里は慌てて両手を上げて笑い、周囲の空気を和らげようとする。
「……まあ、事実なのは否定できないけど……」
ひのりが顔を上げぬまま、ぼそっと返す。
「“反省してる感”だけは出しておきなさい」
七海がプリントをめくりながら淡々と口を挟む。
「わ~ん、七海せんぱい怒んないでぇ~」
りんかが椅子ごとスライドして、ふざけたように謝る。
「……でも赤点って、再テストあるのかな? 補習も……」
みこが小さく首をかしげながら心配そうに言う。
「職員室前の掲示板に貼ってあったよ。赤点の人は課題提出って」
唯香がメモをめくりながらさらりと告げる。
「え!? マジで!?」
ひのりとりんかが揃って飛び起き、思わず目を合わせる。
「ほら……だから早めに勉強しようって言ったのに」
七海が冷静に続けると、
「りんかちゃん、前日もずっと舞台のアイデア描いてたよね……」
まひるが記憶をたぐり寄せるように言う。
「だってあの仮面案、降りてきたんだもん! インスピレーション最優先!」
りんかが胸を張ると、
「それを“言い訳”って呼ぶの」
音羽が鋭く突っ込む。
「うぐぅ……」
ひのりとりんかが、同時に撃沈したように崩れ落ちる。
⸻
やがて、部室の空気が少しだけ落ち着きを取り戻すと、七海がホワイトボードに目を向けた。
《演劇交流大会:台本提出〆切 7月15日》
「……残り、2週間切ってるわね」
七海が静かに言う。
「……今週中には方針だけでも固めないと。脚本、稽古、衣装もあるし」
唯香が続ける。
「えっ、じゃあ……このままだと、夏休み、稽古でぎっしりになっちゃうんですか……?」
まひるがそっと不安げに呟く。
「まあ、演劇部の宿命だよね」
音羽がさらりと受け止めるように言う。
「私、観たくてメモってきた演出プランあるんだけど……」
みこがおずおずとノートを取り出す。
「衣装案も、仮面案も私の方はだいたい形になってきてます……」
まひるが自分のスケッチブックを開いて見せる。
「ってことは、あとは“中身”か。何を演じるかってとこ!」
紗里がぐっと身を乗り出す。
「じゃあ、あたしは補習終わったら本気出す!」
りんかが手を挙げて勢いよく宣言する。
「……私も……なんとか間に合わせて見せる……!」
ひのりがぐっと拳を握ると、
「その“やる気”が一日早ければよかったのに」
七海がまた冷静に返す。
「ちょっとだけ耳が痛い……」
ひのりが苦笑し、りんかが「うん、でも頑張るよ!」と続ける。
「――ここからだね。舞風の夏は。」
唯香が静かに、けれど強くそう言った。
「そして、部活ものアニメのように私たちの大会に向けての物語が動き出す」
ひのりがお馴染みのメタ発言をし、七海がツッコむ。
「またメタ発言しちゃって」
「ひのり先輩のその発言何?」
りんかが思わずツッコむ。
「自分をアニメの主人公か何かだと思ってるってことなのよ」
七海も苦笑いしてそう答える。
⸻
こうして、演劇部の“夏”がゆっくりと動き出した――。
部室には、いつもより少しだけ真剣な空気と、舞台への新しい予感が漂い始めていた。
そんな中、多目的室にコン、コンと控えめなノックの音と共に、音屋亜希先生が姿を現した。
「――失礼、ちょっといいかしら?」
扉がノックされ、音屋亜希先生が入室してきた。
「先生!」
ひのりがすぐに姿勢を正すが、目の前に差し出された紙に思わず顔をしかめる。
「……それはまさか……」
「ええ、まさかの“赤点課題セット”。本宮さん、早乙女さん、先生からの伝言よ。再提出は金曜まで。頑張ってね?」
「うわあああ……!」
「現実を突きつけられたぁ~……!」
ひのりとりんかが同時に項垂れると、部室に笑いが起こった。
「まったく、反省の色が足りないわ」
七海が呆れながら資料を閉じる。
「先生……そういうの、“台本”みたいに書いてくれたら読みやすいんですけど……」
ひのりが弱々しく言うと、音屋先生は小さく笑って首を振る。
「演劇部員らしい意見ね。でも、残念ながらこれは現実の“指導”という名の脚本なの。演出は教師よ」
言葉に妙な説得力があって、再びくすくすと笑い声が起きた。
音屋先生は、全員を見渡しながら続けた。
「――さて。課題の件はこれくらいにして、本題に入りましょうか。演劇交流大会の件」
場の空気が、すっと引き締まった。
「七海さん、前回の話し合いで出た“自己解放”のテーマ。『仮面の庭で、私たちは演じる』という方向で、ほぼ固まりそうなのよね?」
「ええ。演出プランと構成案、今週中に初稿をまとめます」
「頼もしいわね。ならば次は“演技”の話に進みましょう。あなたたちが次に挑むのは、メソッド演技法。聞いたこと、ある?」
全員が目を見開き、一斉に視線が交錯する。だが、ほとんどの顔には“?”が浮かんでいた。
「メソッド……演技?」
ひのりが、首をかしげた。
「“演技法”っていうくらいだから、特別なやり方があるってこと?」
紗里が腕を組む。
「……なんか、聞いたことあるような……ないような……」
みこがノートをめくりながらつぶやく。
その中で、唯香だけが、静かに手を挙げた。
「……知ってます。子役時代、ちょっとだけ取り入れてた作品がありました。“自分の体験を演技に投影する”っていう……あの、内面から作っていく演技」
音屋先生は、彼女の言葉にうなずく。
「その通りよ。台本通りに“ただ演じる”のではなく、自分の心の奥から“実感”として引き出して、役を生きる。身体と心の両方を使って、“本当の感情”を舞台に乗せる。それがメソッド演技法」
音屋先生は頷いたあと、続けた。
「そしてこれは、心の“仮面”を脱ぎ捨てるような今回の作品には、まさに最適だと私は思ってる」
「……心の仮面を脱ぐ、か……」
まひるがぽつりと呟く。
その言葉に、ひのりが少し不安げに手を挙げる。
「でも先生、それって結構難しそう……私、普段“ノリ”とか“テンション”で演技しちゃってるから、そういう“本当の感情”って、うまく引き出せる自信ないかも……」
「うん……私も、ちゃんと“気持ちで演じた”って言える経験、ほとんどないかも……」
みこが続くように言う。
そこで、音羽が口を開いた。
「……あの、先生。私って、よく“声の演じ分け”が得意って言われるんです。いろんな声を出して、モノマネも好きだし」
彼女は一瞬言葉を止め、少し困ったような顔になる。
「……でもそれって、“本物の感情”じゃなくて、“声の技術”なんです。そういうのも、メソッド演技に関係あるんですか?」
音屋先生は、にこやかに微笑んだ。
「いい視点ね、音羽さん。もちろん、声の使い方や演じ分けも重要な“技術”。でもそれが“どこから出ているか”を意識することで、もっと深い表現ができるようになる」
「……どこから出てるか……」
「“この声を出せば面白い”とか“この口調なら冷たく聞こえる”という感覚、それ自体は悪いことじゃない。けれど、“なぜそういう表現をしたくなるのか”――その奥にある感情や過去を自覚できた時、演技は次の段階に進むの」
音羽は、しばらく黙ったまま何かを考えるように、視線を落とした。
一方で、りんかがぽんと手を上げる。
「私も~! 気づくと動きで感情出しちゃうタイプなんだけど、逆に“静かな演技”が苦手なんだよね! メソッドって、感情を抑えながらも出すとか、そういうのもできるの?」
「ええ。むしろ“抑えた感情”の中に“伝える力”を込めるのが、メソッド演技の面白いところよ」
「へぇ~……それ、できたらすごい演技力って感じするな」
紗里が興味深そうに腕を組む。
「“声でなく、目や沈黙で伝える”演技……そういうの、きっと今の舞風に必要な気がします」
唯香が静かに言う。
「衣装や仮面で“外見”を作ることと、演技で“内面”を見せること。両方が揃ったら、本当に“心の仮面”を舞台で表せそう……」
まひるも、自分のスケッチを見つめながら呟いた。
その空気の中で、七海がホワイトボードに一言だけ書いた。
【自分を使って演じる】
そして、振り返りながら言う。
「この夏、私たちは“誰かを演じる”んじゃない。“自分という素材”を使って、物語を伝える。だからこそ――舞風の舞台は、きっと他のどこにもないものになるはず」
誰もがその言葉に静かにうなずいた。
音屋先生が最後にこう締めくくった。
「メソッド演技は“難しさ”もある。でも、みんななら大丈夫。少しずつ体験していきましょう。“素顔のまま演じる”という、新しい扉を開くために」
夏の夕陽が、多目的室の窓を淡く染めていた。
舞風演劇部、演技に向き合う物語の幕が――いま静かに上がろうとしていた。
翌日、放課後の多目的室。
昨日の話し合いから一夜明け、空気は少しだけ引き締まっていた。
ホワイトボードには、音屋亜希先生の手によって大きくこう書かれている。
【演技レッスン①】:素の自分を知り、逆の役を演じてみる
先生はメンバーを見渡しながら言葉を続けた。
「メソッド演技の第一歩は、自分自身の“輪郭”を知ること。“本当の自分”を把握して初めて、“仮面の役”が演じられるようになる。だから今日は、お互いの“素の性格”について、まず語ってみましょう」
部員たちは、少し緊張した面持ちで顔を見合わせた。
「じゃあ……私から行くね」
ひのりが手を挙げた。
「私は……明るくて、人懐っこいってよく言われるけど……その分、テンション下がってると“らしくない”って思われがちかも。あと、意外と……臆病なところもある」
「うん、それわかる」
七海がすかさず頷く。
「ひのりは、自分から盛り上げ役をやってるけど……誰よりも空気を気にしてる」
「ありがとう……なんか、そう言ってもらえると嬉しいな」
「じゃあ逆の役ってことは……冷静で、全く感情を表に出さないタイプとか?」
紗里が提案する。
「うわぁ……無表情キャラとか無理かも……」
ひのりが頭を抱えると、部室に笑いが広がった。
「じゃあ次は私」
りんかが手を挙げる。
「私って、元気で活発で、よく“運動部にいそう”って言われるんだけど……実は、ひとりで家にいる時はけっこうボーッとしてて、ぼやーっと動画見てるだけだったりする」
「えっ、りんかちゃんが“静”とか想像つかない……」
みこが驚いたように声を上げる。
「つまり、真面目で物静かな文学少女……的な役が“逆”ってことかしら」
唯香が分析する。
「うへぇ、苦手そう……」
りんかが苦笑いする。
「じゃあ、私」
紗里が立ち上がる。
「私は……うーん、明るくて、ノリで動くタイプだけど、実はけっこう神経質っていうか、LINEの返事とかめっちゃ気にする性格」
「わかる……通知来てるのに返ってこないと不安になるやつ……」
まひるが小声で共感する。
「じゃあ、逆の役は“無神経で鈍感、他人の気持ちに疎い強キャラ”ってところかな?」
音羽が冷静に分析し、部室に再び笑いが起きた。
「私は……えっと……」
みこがそっと手を挙げる。
「私、人見知りであんまり前に出るの苦手だけど、演出とか裏方だとすごく集中できる。だから逆は……派手で自己主張強い“センター気質”の子、かも……」
「みこがギャルやるとこ見たい」
紗里がニヤニヤと突っ込むと、みこは慌てて首を振った。
「わ、私が“マジやば~”とか言うの、無理無理無理!」
「……面白いかもしれないわよ?」
七海が珍しく冗談めかして言い、場が和んだ。
「次、私行きます」
まひるが勇気を出して前を向く。
「私は……引っ込み思案で、自分の意見を言うのも苦手。でも……ものづくりや衣装に触れてるときだけは、ちょっと自信持てる気がして……」
「じゃあ逆は……リーダー気質で、堂々としてる役……かな?」
ひのりが優しく言う。
「……が、頑張ります……」
まひるが小さく拳を握った。
「私は……」
音羽がゆっくりと話し出す。
「いつも冷静で“クールキャラ”って言われがちだけど、実はすごく感情屋。表に出せないだけで、内心は焦ってたり、不安だったりする」
「演技になるとそれが“声”に出るの、すごいなって思う」
りんかがしみじみと言う。
「逆の役は……感情をそのまま爆発させる、“激情型”のキャラ、ですね」
唯香が淡々と補足すると、音羽は少し苦笑した。
「……苦手だけど、挑戦してみたいと思います」
「私の番ね」
七海が立つ。
「私は冷静で計画的って言われるけど……正直、融通が利かないところがある。だから逆は、“自由奔放で場をかき乱す”ようなタイプ、かしら」
「ツッコミ側がボケやるときの難しさってあるよねぇ……」
紗里がニヤリと笑う。
「そして最後は……唯香ちゃん!」
ひのりが振ると、唯香は一拍置いて口を開いた。
「私は……“落ち着いてる”とか“しっかりしてる”ってよく言われるけど、実はそれは“演じてきた自分”なの。子役の頃から“ちゃんとしなきゃ”って思い込んでて……本当は、もっと自由になりたいと思ってる」
その言葉に、部室の空気がすっと静かになる。
「だから逆の役は……本能で動く、ルールも常識も無視する“破天荒キャラ”。私自身の殻を壊せるか、試されそう」
「……それ、楽しみだな」
ひのりが小さく微笑んだ。
音屋先生が静かに頷いた。
「どの役も、いまの自分を映し出す“鏡”であり、“仮面”でもある。今日はその“逆の仮面”を被って、即興で演じてもらいます」
「えっ……今から!?」
りんかが焦ったように言うと、
「もちろん完璧な演技は求めません。ただ、“今のあなたと真逆の人格”を“5分だけ生きる”つもりで演じてみて」
そうして、部室の照明が少しだけ落とされた。
仮面を脱ぐための、**“仮面の演技”**が、静かに始まろうとしていた――。
演劇部の即興レッスン。
テーマは「自分とは真逆の役を5分で演じること」。
音屋先生の言葉を皮切りに、8人が順番に立ち上がる。
まずは、ひのり。
いつも明るく人懐っこい彼女が、無表情で立ち上がる。
「感情? 不要。行動は効率で決まる」
冷徹な言い回しに、みこがぽつり。
「ロボットかと思った……」
⸻
続いて、りんか。
元気な彼女は、下を向きながらも立ち上がると、もじもじと口を開いた。
「……人前に出るの、苦手で……あの……ごめんなさい……」
あまりの陰キャっぷりに、紗里が思わず突っ込む。
「りんかが陰キャって似合わなすぎ!」
「私の真似?!」
まひるも思わず反応する。
⸻
次に、まひる。
おどおどした普段とは打って変わって、堂々と手を上げた。
「私がこの舞台を引っ張ります。責任はすべて私が取ります」
りんかが「頼もしい……!」と拍手を送ると、まひるは赤面。
⸻
紗里。
ツッコミ役の彼女は、無表情で細かい位置をチェックしながら一言。
「そこ、鞄は縦置きじゃなく横に。視界のバランスが崩れます」
部室に静寂。誰もが「そこ気にする!?」という顔。
⸻
みこ。
おずおずと前に出たかと思えば、急に髪をかき上げながらポーズ。
「えー、マジうけるんですけどー。みんな真面目すぎ~」
ひのりがこらえきれず吹き出す。
「みこがギャルやってるの、なんか尊い……!」
⸻
音羽。
普段は落ち着いた声色の彼女が、急にハイテンションな声で叫ぶ。
「やっほー! 演劇って超楽しいねー! あたし、声出してこー!」
部員たちが一斉に凍りつき、七海が一言。
「なにその元気キャラ……誰か乗り移った?」
⸻
七海。
理詰めのクールキャラが、肩をぐでっと落として呟く。
「えー、なんでもいいし~。台本? 覚えてないし~」
唯香がすかさず指摘。
「……一番台本に厳しい人がそれ言うと怖い」
⸻
最後に、唯香。
普段はしっかり者の彼女が、笑いながら机に乗りかける。
「よーし、今日はルール無視でいっちゃうよ~! ヒャッホー!」
全員「いや誰!?」「飛ぶな飛ぶな!」と総ツッコミ。
⸻
全員が演じ終えると、音屋亜希先生が拍手と共に締めくくった。
「みんな、よくやったわ。今の“真逆”が、“本当の自分”を知る第一歩よ」
部室には、笑いと驚きと、ほんの少しの手応えが漂っていた。
即興演技を一通り終えたあと、部室には笑いと感嘆、そしてほのかな緊張感が残っていた。
ひとり、またひとりと、感想を口にする。
⸻
「……なんか、自分じゃない誰かをやるって、思ったより難しかった」
ひのりが照れ笑いしながら言う。
「でも、ちょっと楽しかったかも。冷徹キャラって“憧れ”はあったし」
「わかる。私も陰キャって普段絶対やらないから、新鮮だったな~」
りんかがぽりぽり頭をかく。
「ギャルは……二度とやりたくない……」
みこが机に突っ伏すと、紗里が笑いながら肩を叩く。
「いや、マジ最高だったよ! “やば~”の破壊力!」
「……私、思ったより声じゃなくて“気持ち”で動いてたのかもしれない」
音羽がぽつりと呟いた。
「……私も、自信ないなりに“前に立つ”って、ちょっとだけ感覚わかった気がします」
まひるが、小さくうなずく。
「私が自由人……って自分でも驚いた。でも演じてみたら、ちょっと心が軽くなった気がする」
唯香が、ふっと笑う。
「七海先輩、あの“だるそうな演技”、意外と似合ってたかも?」
りんかが突っ込むと、
「ふざけたように見えて、ちゃんと構成は計算してたわ」
七海は淡々と返し、全員が「そこはブレない」と笑った。
⸻
音屋先生が一歩進み出て、優しく語りかける。
「皆、よく頑張ったわね。自分の枠を越えて、少しでも“他者の心”に触れようとしたこと。それが、演劇の始まりなのよ」
そして、ひのりが立ち上がり、改めて部屋を見渡した。
「……じゃあ、ここからは本番の稽古! 私たちの“仮面の庭”を、最高の舞台にしよう!」
「ね、みんなで……頑張っていこう!」
「おーっ!」と、りんかが即座に応じて拳を上げる。
他の部員たちも、それに続いて声を上げた。
⸻
窓の外には、夏の夕日が差し込んでいた。
舞風演劇部の夏――その本番が、静かに、しかし力強く幕を開けた。




