第一幕 新入生を迎えて
ご来場の皆さま、本日はご観劇ありがとうございます。
舞台は再び、青春のキャンパス――舞風学園。
新たな幕が上がるのは、春。
先輩となった少女たちが、後輩達を迎え、次なる挑戦へと歩み出す季節。
友情と成長、そして演劇への情熱。
後輩達も加わり、新たな物語がここから始まります。
――舞風学園演劇部 2年生編、ただいまより開演いたします。
無事に1年間を走り抜けた、舞風学園演劇部。
気づけば私たちは、もう高校2年生。
たくさんの舞台に立って、たくさん泣いて、たくさん笑って。
あの時夢見ていた“演劇部の伝説”は、少しずつ形になってきたのかもしれない。
でも、物語はまだまだ続いていく。
今日からは、私たちに憧れてやってくる“後輩たち”を迎える日。
舞台の幕は、また新しい一歩を照らそうとしていた。
春。
舞風学園の通学路には桜が舞い、朝の光がやわらかく差し込んでいた。
「ふぁ〜……なんだか新学期って、胸がドキドキするよね」
ひのりは大きく伸びをしながら歩いていた。
その隣で、いつも通り落ち着いた表情の七海が小さく息を吐く。
「あなた、浮かれすぎじゃない? もう2年生なんだから」
「え〜いいじゃん! 2年生って響き、ちょっと先輩っぽくてカッコいいんだよ?」
「というか先輩なのよ」
七海がツッコミを入れて二人が笑い合っていると、背後から元気な声が響いた。
「おーい! 二人ともー!」
振り返れば、紗里が全力疾走で駆けてくる。その後ろには、少し息を切らしたみこの姿。
「はぁ、はぁ……なんとか間に合った……」
「新学期1日目から遅刻したらヤバいもんな!」と紗里は笑う。
5人が合流し、そのまま人だかりのできた掲示板へ向かう。
クラス分けの一覧表に自分たちの名前を探す時間は、毎年少し緊張する瞬間だ。
「えっと……あ、あった! 本宮ひのり、2年A組! あ、唯香ちゃんも一緒だ!」
「……そうみたいね。よろしく」
すぐ隣に立っていた唯香が、冷静な声で答える。
「私は……B組。あ、みこも一緒ね」
七海は淡々と確認し、隣でみこが小さくうなずく。
「は、はい……同じで安心しました……」
「えーっ!? あたしC組じゃん! 一人だけ離れちゃった!」
紗里の声が一際大きく響いたが、七海は肩をすくめる。
「放課後は部室に集まるんだから、心配いらないでしょ」
「そっか! じゃあいっか!」
新しいクラスの話題で盛り上がりつつ、四人は校舎の廊下を歩く。
自然と「2年生の目標」が話題に上がった。
「私はね、今年こそもっといろんな演技に挑戦したい!アクションとか」とひのり。
「私は小説も芝居も、作品として残せるものを形にしたいわ」七海が続ける。
「わ、私は……せめて台詞を噛まないようになりたいです……」とみこは控えめに。
「アタシは全力で体張って、舞台を盛り上げる! それが目標だな!」紗里は胸を叩いた。
「私は……周りに流されず、女優として恥じない芝居を積み重ねたい」唯香は静かに言う。
ひのりはその声を聞きながら、胸が温かくなるのを感じていた。
「うんっ、なんか“2年生”って感じがする!」
やがて体育館に入ると、すでに在校生たちが整列していた。
入学式の始まりを告げるアナウンスが流れ、新入生たちが拍手に迎えられて入場してくる。
去年は迎えられる側だったのに、今は迎える側にいる。
ひのりは拍手を送りながら、なんだか不思議な気持ちで胸を高鳴らせていた。
その列の中に、どこか印象的な新1年生たちの姿が目に入る。
後に演劇部の仲間となる、三人の姿だった。
舞風学園、第二回入学式。
体育館の空気は、去年とはまったく違っていた。
新入生を迎える側となった在校生たちの拍手が、静かな期待と誇りを含んで響いていた。
ひのりは整列したまま、舞台の上に視線を向ける。
幕が上がり、落ち着いた雰囲気の校長が演台に立つ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
深みのある声が、会場全体に広がった。
「舞風学園は昨年開校し、学問と芸術の両立を掲げて歩み始めました。まだ歴史は浅いですが、皆さん一人ひとりの歩みが、この学校の未来そのものを形づくっていきます」
言葉はゆっくりと、しかし力強く。
それは、去年入学したときよりもさらに自信を帯びた響きだった。
一年間を過ごした在校生がいる今、学校そのものがすでに根を張り始めている証だった。
校長の挨拶が終わると、式の進行役が告げる。
「続きまして、校歌の斉唱を行います。演奏は舞ノ風フィルハーモニーの皆様。在校生の皆さん、ご起立ください」
ひのりは隣の七海と顔を見合わせ、小さく笑った。
去年はただ聴くだけだった校歌。
今年は、自分たちが“届ける側”なのだ。
――トゥン……トゥン……
管弦楽の前奏が流れ出す。
在校生たちが一斉に息を吸い、会場を包み込むような合唱が始まった。
(去年は聴くだけだったのに……)
ひのりは胸を張り、声を響かせた。
歌声が楽団の演奏と溶け合い、体育館全体をひとつにする。
新入生たちがこちらを見上げる瞳には、不安と期待とが入り混じっていた。
「風の舞う、この場所で――始まる物語」
歌詞の一節を歌いながら、ひのりは胸が熱くなるのを感じた。
あの日、自分も同じ気持ちでここに立っていた。
そして今は、迎える立場にいる。
(ようこそ、舞風学園へ。ここから、みんなの物語が始まるんだね)
校歌の斉唱が終わると、会場には大きな拍手が湧き起こった。
体育館の空気が、確かにひとつになった瞬間だった。
入学式が終わると、校庭と中庭には部活紹介のブースがずらりと並んだ。
新入生たちはパンフレットを片手に行き交い、あちこちから「ぜひ見学に来てね!」という声が響いている。
ひのりたち演劇部も、手作りの立て看板を持って勧誘に励んでいた。
「初心者歓迎! 一緒に舞台を作ろう!」
看板にはカラフルな文字と、去年の公演の写真が貼られている。
「うーん、目立つけど……どうかなぁ、ちゃんと来てくれるかな」
みこが不安げに看板を見上げると、紗里がにかっと笑う。
「大丈夫大丈夫! 去年はゼロから始めたんだもん。今年は絶対に後輩つかまえるって!」
そんなとき――。
「すみませーん! 演劇部ってここですかっ?」
元気いっぱいの声が飛び込んできた。
振り返ると、サイドテールを揺らした小柄な少女が立っている。
目はキラキラ、勢いはすでに全開だ。
「私、早乙女りんか! バク転とか得意で、舞台で戦う役とかやってみたいんです!」
勢いに押され、ひのりは思わず拍手した。
「おお〜! 元気すぎるくらいだよ! よし、合格!」
「ちょ、まだ入部届も書いてないのに!?」と七海がツッコむ。
すると今度は、りんかの後ろからひょいっと顔を出した子がいた。
ショートカットで中性的な雰囲気、どこか無表情。
「……白石音羽。声を使った演技に興味がある。先輩の舞台、去年見た」
「えっ、見てくれてたの!?」とみこが目を丸くする。
音羽はコクリと頷き、すっと低い声で続けた。
「悪役の老人役、とか……できます」
次の瞬間、まるで別人のような渋い声色で台詞を口にし、部員たちは思わず息をのんだ。
「すごっ!?」「声優さんみたい……!」
そして最後に現れたのは、両手いっぱいに生地のサンプルを抱えたメガネの少女だった。
「ご、ごめん遅れた! あ、あの……成宮まひるっていいます! 衣装作るのが大好きで……演劇部って、衣装からでも参加していいですか?」
「もちろん!」と唯香が即答する。
「舞台は衣装と小道具がなければ成り立たないわ。あなたみたいな人材は貴重よ」
「や、やった〜っ!」
まひるは飛び上がって喜んだかと思うと、急に早口になって演劇衣装の熱弁を始めた。
「しかもね、去年の舞台の写真見たんだけど、スカートの裾の縫い方がすごく凝ってて! 私、ああいうの大好きで!」
「は、早口になってる!」と紗里が笑いながら突っ込む。
――こうして。
元気爆発のりんか、声の魔術師・音羽、衣装オタクのまひる。
三人の新入生が、演劇部に加わることになったのだった。
「2年A組、本宮ひのり! 演劇が大好きで、どんな役でも楽しんで演じます! 将来は大女優になるのが夢!」
勢いよく宣言して、拍手を求めるように両手を広げる。
「わぁ〜っ!」とりんかが真っ先に反応し、他の一年もつられて拍手。
続いて、七海が落ち着いた声で言う。
「2年B組、伊勢七海。普段は文芸部にも所属していて、脚本や物語づくりを担当してる。……よろしく」
その知的な雰囲気に、音羽が興味深そうに視線を向けた。
「2年C組、小塚紗里! 体を動かすのが大好きで、アクションとか派手な役なら任せて! あと運動系の力仕事もね!」
元気よく拳を突き上げると、りんかが「わ、わかる〜!」と嬉しそうに頷いた。
「2年B組、城名みこです……人前はちょっと苦手ですけど、演じるのは好きで……一緒に頑張りたいです」
おずおずと頭を下げると、まひるが小さく「わ、私も緊張しますから!」と返し、みこは少し安心したように微笑んだ。
最後に、唯香がゆっくり立ち上がる。
「2年A組、宝唯香。子役の経験があるけれど、私は私の舞台をここで作っていきたいと思ってる。……みんなと共に」
その凛とした言葉に、新入生たちは思わず背筋を伸ばした。
「――ってわけで、これからは私たち8人で舞風学園演劇部を作っていくんだよ!」
ひのりがまとめると、拍手と笑顔が部室いっぱいに広がった。
「それじゃあ、ちょっとやってみてもいいですかっ?」
りんかが突然、真ん中のスペースに飛び出した。
「えっ、この場で!?」とみこが驚く間もなく――
「はぁああっ! 空中殺法ぉぉぉ!!」
掛け声とともに、その場でくるりとバク転。
さらに軽々とバク宙まで決めてみせた。
「うおおお!?」「すごっ!!」
見ていた新入生まで思わず拍手する。
「舞台でアクションやるなら、絶対に映えるでしょ!」
りんかは胸を張ってにかっと笑った。
すると、その隣で音羽が口を開く。
「……じゃあ、私も」
次の瞬間、彼女の声は老人の低いしわがれ声に変わった。
「むかしむか〜し、この学園に伝わる……演劇の伝説がありましてな……」
続いて澄んだ少年の声、落ち着いた大人の女性の声。
まるで何人もそこにいるかのように、自在に声を変えていく。
「ひゃっ……本当に別人みたい……!」とみこが息をのむ。
ひのりも目を丸くして、「これ、舞台に出たらめちゃくちゃ映えるよ……!」と興奮気味に言った。
「んで、最後は私だね!」とまひるが前に出る。
胸いっぱいに息を吸い込むと――。
「わ、私は成瀬まひる! 衣装担当志望です! あ、でも役者もできます! えっと、去年の公演の写真見たんですけど、あのドレスの縫い目が神で!! 普通なら既製品で済ませるところを、あの刺繍! しかも二重仕立て! えっとえっと、それってつまり――」
みるみる早口になって止まらなくなるまひる。
慌てて七海が「落ち着いて」と肩に手を置く。
「はっ……す、すみません!」と真っ赤になって縮こまった。
だが――りんかが爆笑しながら言った。
「いや最高だよ! 私たち3人、いいトリオになると思う!」
「……だな」と音羽も小さく頷く。
「えっへへ……そ、そうかな……」とまひるも少し照れ笑い。
その息の合いっぷりに、ひのりたちは顔を見合わせた。
「……こりゃあ、すごい後輩たちが来ちゃったかも」
「うん。舞風演劇部、ますます賑やかになるわね」
――こうして、新しい風が演劇部に吹き込まれたのだった。
体育館に設けられた部活勧誘のブース。
演劇部の机には手作りのポスターや去年の公演の写真、衣装の一部などが並べられていた。
「演劇部はこちらでーす! 舞台に立ちたい人も、裏方やってみたい人も大歓迎ですよー!」
ひのりが声を張り上げると、何人かの新入生が足を止めた。
その中で、元気よく手を挙げたのはりんか。
「バク転できます! 舞台でやったら盛り上がると思います!」
「ちょっ、ここでやるなー!」と紗里が慌てて止めるも、すでに目を輝かせる一年生たち。
続いて、音羽が一歩前に出て、低い声で「よろしくお願いします」と言ったかと思えば、次の瞬間には幼い子どものような声で「入れてくださいっ!」と続ける。
「……え、同じ人!?」新入生たちがざわめく。
さらにまひるは熱弁を始めた。
「舞台衣装とか小道具なら任せてください! 私、昨日もミシンで試作品作ってきてて――!」
早口のまま机に布の切れ端を広げる彼女に、「おぉ〜」と周囲から感心の声が上がる。
自然と笑いと拍手が起こり、演劇部のブースは小さな人だかりができていた。
――その空気の中、パンパン、と手を叩く音が響く。
「はいはい、ちょっと注目〜」
顧問の音屋亜希先生が、にこやかに前に出てきた。ベージュのジャケットにパンツスタイル、柔らかい雰囲気ながら目には確かな芯がある。
「新入生の皆さん、ようこそ舞風学園演劇部へ。そして、演劇部のブースに来てくれてありがとう」
少し間を置いて、先生は真剣な声色になる。
「去年の演劇部は、旗揚げ公演を成功させて大きな一歩を踏み出しました。今年は――さらに挑戦します」
「挑戦……?」
ひのりが思わずつぶやく。
「ええ。今年から、夏に行われる“高校演劇大会”に出場する予定です」
部員たちが一斉に顔を上げる。
「大会……!?」「ほんとに!?」「すごっ!」
「舞台に立つことはもちろん、台本や演出、照明や音響、衣装作り……演劇は総合芸術です。みんなで力を合わせて挑めば、必ず素晴らしい経験になるはず。だから――この演劇部の一員として、ぜひ一緒に頑張りましょう」
「大会……かぁ」
七海は腕を組みながら小さく息をついた。
「責任重大ね。台本も一から作らなきゃだし、審査員相手となると“遊び”では済まされない」
「えっ、なにそれ急にプレッシャー……!」
ひのりは両手をぶんぶん振って大げさに狼狽える。
みこも不安そうに指先をいじりながら呟いた。
「わ、私……お客さんいっぱいだと緊張しちゃうかも……」
「でも、やりがいあるよね!」
紗里はにかっと笑って背筋を伸ばす。
「私、演劇大会ってテレビで見たことあるけど、舞台に立つみんなめっちゃキラキラしてた。ああいうの、憧れるなぁ」
りんかも元気よく両手を挙げた。
「そうだそうだ! 私、なんでも体当たりで挑戦するタイプだから! バク転だって百発百中!」
「いやいや、演劇大会でバク転って……」
七海が呆れ顔をするが、りんかは全く気にしていない。
音羽は冷静に口を開く。
「……審査員の前で、声を使い分けるのは……面白そう」
その声は少年のように低かったが、次の瞬間には少女のように明るく変わる。
「緊張もするけどね」
まひるは机に身を乗り出し、早口でまくしたてた。
「うわー、大会ってことはさ、衣装も本格的にしなきゃだし、小道具も観客席から見ても映えるようにサイズとか色味考えなきゃだし、照明との相性もあって...って、これ完全にアイドルアニメの全国大会編じゃない!?」
「わかる! わかるそれ!」
ひのりが勢いよく食いつく。
「なんか“大会で輝いて夢を叶える”って……ほんとにアイドルアニメみたいになってきた!」
「……演劇部なんだけどね」
七海が冷静にツッコむと、場に小さな笑いが広がった。
不安もあるけど、胸の奥では確かにワクワクが芽生えている。
後輩3人入部し、8人となった舞風学園演劇部の新しい一年が、いよいよ動き出そうとしていた。
続く。