第一幕 新入生を迎えて
ご来場の皆さま、本日はご観劇ありがとうございます。
舞台は再び、青春のキャンパス――舞風学園。
新たな幕が上がるのは、春。
先輩となった少女たちが、後輩達を迎え、次なる挑戦へと歩み出す季節。
友情と成長、そして演劇への情熱。
後輩達も加わり、新たな物語がここから始まります。
――舞風学園演劇部 2年生編、ただいまより開演いたします。
無事に1年間を走り抜けた、舞風学園演劇部。
気づけば私たちは、もう高校2年生。
たくさんの舞台に立って、たくさん泣いて、たくさん笑って。
あの時夢見ていた“演劇部の伝説”は、少しずつ形になってきたのかもしれない。
でも、物語はまだまだ続いていく。
今日からは、私たちに憧れてやってくる“後輩たち”を迎える日。
舞台の幕は、また新しい一歩を照らそうとしていた。
春。
桜が舞う舞風学園の通学路。
新学期の朝、制服のスカートを揺らしながら、5人の少女たちが並んで歩いていた。
「ふぁ〜……新学期って、なんか胸がドキドキするよね〜」
そう言って両手を伸ばし、空を仰ぐ1年の頃より少し伸びたショートヘアに緑のヘアピンをつけた本宮ひのり。
その表情には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「……あなた、浮かれすぎじゃない? もう2年生なのよ?」
すぐ横を歩く黒髪ロングヘアの伊勢七海が、呆れたように言いつつ、どこか嬉しそうに目を細める。
「いいじゃん!“2年生”って響き、ちょっと先輩っぽくてかっこよくない?」
「先輩でしょ、もう」
ふたりが笑い合うと、すぐ後ろから声が上がる。
「ほんとだよ〜、ひのりちゃんってば浮かれすぎ〜」
お馴染みのオレンジ髪のポニーテールの小塚紗里がケラケラ笑いながら続ける。
「ふふ……でも、ひのり先輩が元気なのは、いつものことですよね」
ツインテにリボンつけた城名みこが控えめに言うと、隣を歩く赤髪ロングヘアの宝唯香が、少しだけ口元を緩めて呟いた。
「……去年は迎えられる側だったのに、今じゃ“先輩”なんて、不思議な感じよね」
「ねっ! あたしたち、今日から“2年生”だもんねっ!」
ひのりがにんまり笑って、両手をぐっと握る。
駅で集合してから、こうして5人そろって学校へ向かうのも、すっかり日常になっていた。
けれど、この朝の空気には、どこか新しい風が混じっていた。
制服のデザインも、背負うカバンも去年と変わらないのに――
肩に感じる空気だけは、たしかに違っていた。
“1年生”ではなく、“2年生”になったという実感が、
春の風に乗って、静かに胸にしみこんでくる。
5人は校門を通って昇降口から校舎に入ると、生徒たちが掲示板の前に集まっていた。
新学年のクラス分け表が貼り出されていて、そこには賑やかな声が響いている。
「えっと……あった! 本宮ひのり、2年A組! あ、唯香ちゃんも一緒だ!」
ひのりがいち早く自分の名前を見つけて、嬉しそうに声を上げた。
「……そうみたいね。よろしく」
唯香が静かに答える。
「私は……B組。あ、みこも一緒ね」
七海が名簿を追いながら言い、みこもそっと頷いた。
「は、はい……同じで安心しました……」
「えーっ!? あたしC組じゃん! 一人だけ離れちゃったー!」
紗里の声が一際大きく響いた。
「放課後は部室に集まるから大丈夫でしょ」
七海がさらっと言うと、紗里は小さく唇を尖らせた。
「そりゃそうだけどさ〜……転入生とか来ないかな〜、面白い子」
「また面白い基準でクラスメイト求めてるし」
ひのりが笑いながらツッコミを入れる。
「……でもC組って、動画撮影部の冴木さんと中島さんいるわよね」
唯香がふと口にすると、
「たしかに! 真帆さんはA組だったよね。唯香ちゃんと一緒だ」
みこが思い出したように言った。
そこへ、ちょうど通りかかった動画撮影部の三人――冴木あさひ、中島りつ、名塚真帆が姿を現す。
「やっほー!舞風のスターたち!」
あさひが片手を上げて挨拶しながら、掲示板に目をやる。
「演劇部メンバー、バラけた?」
「わたしと唯香ちゃんがA組。七海とみこがB組で、紗里ちゃんだけC組だよ」
ひのりが元気に答える。
「おお、じゃああたしと中島と一緒じゃん」
あさひが紗里にウィンク。
「えっマジ!? やったー! 文化祭映画コンビ復活じゃん!」
紗里が思わずガッツポーズを決めると、
「よろしく頼むわ、C組ムードメーカー」
りつがスマホをいじりながらも、小さく笑って返す。
「名塚さんはA組だったね」
七海が確認すると、真帆は「うん」と頷いた。
「……宝さんと同じクラスか。安心してる」
少し照れくさそうに言うと、唯香も小さく笑みを返す。
「去年、文化祭映画やってから、クラスまたいで顔見知りが増えた気がするね」
みこがぽつりとつぶやくと、
「うん、すごく自然な繋がりができてる感じ」
七海も静かにうなずいた。
「私たち、演劇部じゃないけど、今年もいろいろ絡めたらいいなぁ」
あさひが軽く手を挙げる。
「宣伝映画とか作るなら、また協力するよ」
りつもさらりと補足し、
「裏方ながら、演劇部のステージを映像で残したい気持ちはあるし」
真帆が静かに続けた。
「ありがと! めっちゃ心強いわ〜!」
ひのりが嬉しそうに叫んだ。
「……あ、始業式そろそろ行かないと」
七海が時計を見ながら声をかけると、一同はそれぞれのクラスへと歩き出す。
新しいクラス、新しい春。
制服は変わらないけれど、歩く景色がほんの少しずつ広がっていく。
舞風学園演劇部の物語は、今年もまた――賑やかに始まりそうだった。
やがて体育館に入ると、すでに在校生たちが整列していた。
入学式の始まりを告げるアナウンスが流れ、新入生たちが拍手に迎えられて入場してくる。
去年は一期生として迎えられる側だったのに、今は迎える側にいる。
ひのりは拍手を送りながら、なんだか不思議な気持ちで胸を高鳴らせていた。
その列の中に、どこか印象的な新1年生たちの姿が目に入る。
小柄で元気そうなポニーテールの子、静かに周囲を観察している黒髪ショートヘアの子、両手に何か抱えているメガネにカチューシャの子――
後に演劇部の仲間となる三人の姿だった。
舞風学園、第二回入学式。
体育館の空気は、去年とはまったく違っていた。
新入生を迎える側となった在校生たちの拍手が、静かな期待と誇りを含んで響いていた。
ひのりは整列したまま、舞台の上に視線を向ける。
幕が上がり、落ち着いた雰囲気の校長が演台に立つ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
深みのある声が、会場全体に広がった。
「舞風学園は昨年開校し、学問と芸術の両立を掲げて歩み始めました。まだ歴史は浅いですが、皆さん一人ひとりの歩みが、この学校の未来そのものを形づくっていきます」
言葉はゆっくりと、しかし力強く。
それは、去年入学したときよりもさらに自信を帯びた響きだった。
一年間を過ごした在校生がいる今、学校そのものがすでに根を張り始めている証だった。
校長の挨拶が終わると、式の進行役が告げる。
「続きまして、校歌の斉唱を行います。演奏は舞ノ風フィルハーモニーの皆様。在校生の皆さん、ご起立ください」
ひのりは隣の七海と顔を見合わせ、小さく笑った。
去年はただ聴くだけだった校歌。
今年は、自分たちが“届ける側”なのだ。
――トゥン……トゥン……
管弦楽の前奏が流れ出す。
在校生たちが一斉に息を吸い、会場を包み込むような合唱が始まった。
(去年は聴くだけだったのに……)
ひのりは胸を張り、声を響かせた。
歌声が楽団の演奏と溶け合い、体育館全体をひとつにする。
新入生たちがこちらを見上げる瞳には、不安と期待とが入り混じっていた。
「風の舞う、この場所で――始まる物語」
歌詞の一節を歌いながら、ひのりは胸が熱くなるのを感じた。
あの日、自分も同じ気持ちでここに立っていた。
そして今は、迎える立場にいる。
(ようこそ、舞風学園へ。ここから、みんなの物語が始まるんだね)
校歌の斉唱が終わると、会場には大きな拍手が湧き起こった。
体育館の空気が、確かにひとつになった瞬間だった。
入学式が終わると、生徒たちはぞろぞろと体育館を出ていき、校庭や中庭には部活動紹介のブースがずらりと並びはじめていた。
色とりどりの立て看板、チラシ、パネル展示。声を張り上げる部員たちの呼び込みで、どこもにぎやかに活気づいていた。
舞風学園演劇部のブースも、その一角に設けられていた。
「よーし、今年はバッチリ後輩つかまえるぞー!」
ひのりが看板を掲げながら元気よく声を張る。
「去年はゼロからだったけど、今は違う。公演実績もあるし、PRもできる」
七海は机の上に、去年の旗揚げ公演『記憶の庭園』のフライヤーを丁寧に並べながら呟いた。
「初心者歓迎! 舞台の裏方も大募集中で〜す!」
紗里が呼びかけると、通りがかった生徒たちが少し足を止めてこちらを見る。
「……人、来てくれるかな」
みこは手作りの写真アルバムをそっと抱えながら、不安げに看板の文字を見つめていた。
そんなとき――。
「すみませーんっ! 演劇部ってここですかーっ!?」
元気いっぱいの声が飛び込んできた。
ひのりたちが振り返ると、ひときわ小柄な新入生の少女が立っていた。
サイドテールがピョンと跳ね、制服の袖をまくって、両手を元気よく振っている。
「私、早乙女りんかっていいます! バク転できます!とうっ!舞台で戦うヒーロー役とか、やってみたいですっ!」
その場でバク転して見せ、ひのり達を驚かした。
「え、元気すぎ!?」「……いやでも、めっちゃ映えそう」
驚く一同を前に、ひのりが思わず手を打つ。
「おお〜! よし、合格! 入部決定ー!」
「ちょ、まだ入部届出してないから!」と七海が素早くツッコミを入れた。
その直後。
「……白石音羽。演劇には、興味があります。特に“声の使い分け”」
今度はりんかの後ろから、ショートカットで中性的な印象の新入生が静かに歩み出る。
目元は鋭く、表情にあまり起伏はない。だが――
「悪役の老人、少女、若い男……任せて」
そう言うやいなや、まるで舞台の上の俳優のように、声色と表情を切り替えて数人の人格を演じ分けてみせた。
「な、何それ……すごい……!」「プロ……!?」
部員たちは思わず息を呑んだ。
そして、そんなふたりの間から、最後に現れたのは――
「ご、ごめんなさいっ、遅れちゃって……あ、あの……成川まひるっていいます……!」
肩までのセミロングにメガネ、カチューシャ姿の女の子が、両手いっぱいに布のサンプルを抱えて駆け寄ってきた。
「衣装作るのが大好きで……演劇って、そういうのも必要って聞いて……裏方からでも入部できますか……?」
「もちろん!」
真っ先に反応したのは唯香だった。即答のように頷いて言う。
「舞台は衣装がなければ成立しない。あなたのような人がいてくれたら、とても心強いわ」
「そ、そうですか!? やったぁ〜〜っ!」
嬉しそうに跳ねたまひるは、すぐさま机の上に持参した布地を広げはじめる。
「これ、舞風学園ホームページに載ってた去年の公演写真を参考に縫ってみた試作品なんです! この裾の処理、二重ステッチにしてて……あっ、あとこの金糸の刺繍も見てくださいっ!」
まくし立てるように早口になるその様子に、紗里が笑いながら言う。
「わ、早口スイッチ入った〜!」
⸻
こうして、演劇部のブースに現れた新入生三人――
バク転アクション担当志望の早乙女りんか、声の変化で自在に演じ分ける白石音羽、衣装マニアの成川まひる。
それぞれの“個性”が強烈すぎるほどに際立っていたが――
同時に、舞風学園演劇部という場所に、間違いなくぴったりなメンバーだった。
ひのりは心の中でそっと呟く。
(……これは、面白くなるぞ。きっとまた、何かが始まる)
中庭の春風に乗せて、舞風学園演劇部に新しい“風”が吹き込んでいた。
中庭に設けられた部活動紹介ブース。
その一角で、舞風学園演劇部の布看板が春風に揺れていた。
「じゃあ、そろそろこっちも自己紹介しとこうか」
ひのりがぱっと顔を上げ、後輩の3人に向けて言った。
りんか・音羽・まひる――それぞれ個性的な表情で見つめている。
「本宮ひのり! 2年A組! えっと……演じるのが大好きで、去年は色んな役に挑戦しました! それと、演劇部の部長やってます!」
「部長さんなんですねっ! なんか、元気で頼れる感じします!」
りんかが笑顔を弾けさせて拍手を送る。
ひのりが「えへへ」と照れ笑いする中、七海がすっと前に出る。
「伊勢七海、2年B組。脚本や演出を中心にやってる。縁の下の力持ちって感じかな。よろしく」
「すご……物語を作る人って、舞台全体を支えてるんですね」
音羽が真剣な眼差しで言った。
「小塚紗里、2年C組! 身体動かすの大好きで、いろんな演技やってみたい! それと――子どもと遊ぶのが得意で、将来は保育士になりたいなって思ってる!」
「えっ、保育士さん!?」
まひるが目を丸くする。
「うんっ! 小さい子と関わる仕事、ずっと興味あってさ! 舞台でも子ども向けの劇とかやってみたいんだ〜!」
「わ〜すごいっ、優しい先輩……!」
まひるがきゅっと手を握りしめると、りんかも「子ども好きって素敵だな〜」と感心したように頷いた。
「……城名みこです。2年B組。舞台の上では頑張れるんですけど、人前はちょっと緊張します……」
みこが恥ずかしそうに言うと、まひるがすかさず笑顔で返す。
「私も、話すと早口になったり緊張しちゃうんで……仲間です!」
ふたりのやり取りに、場がほんわかと和んだ空気に包まれる。
そして、最後に唯香がゆっくりと前に出た。
「宝唯香。2年A組。……中学時代まで、子役として活動していたことがあります。でも今は、この舞風で“ひとりの部員”として演劇をやっていきたいと思ってる」
「えっ……やっぱり……!」
りんかがぽんっと手を叩いた。
「さっきから思ってたんですけど、テレビで見たことあります! 映画の……あの、ちょっと泣けるやつで――」
「“手紙を届ける少女”の役、ですよね!」
まひるが勢いよく食いつく。
「えっ……じゃあやっぱり、あの宝唯香さんなんですね……」
音羽まで驚いたように目を見開いた。
「……うん。あれはもう数年前だけど、たぶんそれ」
唯香は少し困ったように微笑んだ。
「すごい人がいるんだなあ……!」
りんかが感嘆の声を上げ、
「でも、それなのに“普通の部員としてやっていきたい”って言うの、すごくカッコいいです」
まひるが目を輝かせながら言った。
「“名前に頼らない”ってことですか……演技に、真剣なんですね」
音羽の声にも、敬意がにじんでいた。
ひのりはそれを見て、ぽんっと手を打つ。
「いや〜、こうして改めて見るとさ……うちらもけっこう個性バラバラだよね!」
「でも、それがいいんじゃない?」
七海がさらっと言いながら微笑む。
「これだけキャラ立ってるなら、どんな劇でもやれそうだよ」
紗里が胸を張って笑った。
「じゃあ、演劇部“新チーム”として――ここから、また始めよう!」
ひのりの言葉に、8人がうなずいた。
春の陽射しが、中庭の布看板をふわりと揺らしていた。
「楽しそうね、あなたたち」
やわらかな声が響く。
振り返ると、ベージュのジャケットにパンツスタイル、長い髪を後ろでひとつにまとめた女性が立っていた。
「音屋先生!」
ひのりがパッと顔を輝かせる。
舞風学園演劇部の顧問――音屋亜希。
優しげな口調の中に確かな芯を感じさせる、演劇経験者であり、部員たちからの信頼も厚い先生だ。
音屋先生は微笑みながら、掲げられた看板や集まった部員たちの顔を順に見渡す。
「新入生が入って、8人ね。ずいぶん賑やかになったわね」
「はい! 元気いっぱいの1年生が入ってくれました!」
ひのりが元気よく答えると、音屋先生は満足げにうなずいた。
「ふふ、いいわね。演劇って、人が増えるほど広がる世界があるのよ。
今年はさらに、その“世界”を外に向けて届けてみない?」
「外……って?」
七海が問い返すと、音屋先生の表情が少し引き締まる。
「――今年、舞風学園演劇部は、“高校演劇大会”への出場を目指します」
その言葉に、一瞬その場の空気が静まり返った。
「大会……!?」
ひのりがぽかんと声を漏らすと、
「高校演劇の、あの……?」
紗里も驚いたように眉を上げる。
「演劇大会って、観客も審査員もいる、ガチのやつ……ですよね?」
みこがそっと確認すると、音屋先生は静かにうなずいた。
「ええ。公演とは違って、限られた時間・舞台・条件の中で“作品”を作り上げ、審査される場。
でも、今のあなたたちなら――挑戦する価値があると思うの」
音屋先生は、先輩たちの方へと視線を向ける。
「ひのり、七海、紗里、みこ、唯香。
この1年、本当によく頑張ってきたわ。旗揚げ公演、外部公演、文化祭、クリスマス朗読劇、ミュージカルも、どれも“本気”が伝わる舞台だった」
言葉を受けて、5人はどこか照れたように視線を交わしながら、小さく頷いた。
そして、先生はそのまま、りんか・音羽・まひるの方にも目を向ける。
「そして新たに入ってくれたあなたたち。
まだ始まったばかりだけれど、今日のやりとりを見ていて、既に“チーム”としての芽があると感じたの」
3人は思わず背筋を伸ばす。
「大会を目指すのは簡単なことじゃない。脚本、演出、演技、舞台装置……すべてを限られた枠の中で磨いていく必要があるわ。
だけど、あなたたちなら、先輩と後輩で支え合って、きっと素晴らしい舞台を作れるはず」
先生の言葉には、信頼と期待が込められていた。
ひのりは、じっと先生の目を見つめて、小さく拳を握る。
「……やってみたいです。あたしたちの“次の伝説”を、舞風の名前で外に届けたい!」
「私も、作品としての完成度に挑戦してみたいわ」
七海がすっと頷き、
「観客の前でも、審査される舞台でも、全力で盛り上げます!」
紗里が拳を握る。
「……私も……もっと成長したいです……!」
みこは緊張気味ながらも、しっかりと声を出す。
唯香は静かに一歩進み出て、まっすぐに言った。
「演じる者として、もう一度、自分の限界を超える舞台に立ちたい。今の私なら、それができる気がする」
そして、3人の1年生たちも次々に声を上げる。
「バク転でも、殺陣でも、アクションでも! あたし、舞台の上で輝きたいです!」
りんかが笑顔で勢いよく言い、
「声の力、もっと磨きたい。審査される舞台、面白そう」
音羽が静かに目を光らせる。
「衣装、絶対に全力で作ります! 映えるやつ、誰よりこだわるから!」
まひるはいつもの早口で気持ちをぶつけた。
その様子を見て、音屋先生は柔らかく微笑んだ。
「いい返事。じゃあ、覚悟してね。舞風演劇部、いよいよ“外の世界”へ――」
風が、布看板を大きく揺らす。
「“挑戦”の幕が、上がるわよ」
音屋先生の言葉が、春の風に乗って余韻を残す中。
ひのりは静かに前に出た。
新入生の3人と、信頼する仲間たち――
そして、顧問の音屋先生が見つめる前で、ひのりは一呼吸おいた。
軽く拳を握って、胸の前に添える。
「──あたし、最初はただ“演劇が好き”って気持ちだけで、この舞風に来ました。
なんにもないところから、部を作って、舞台に立って、泣いて、笑って……やっとここまで来ました」
その声は最初こそ少し照れたようだったが、言葉を重ねるごとに力強さを帯びていく。
「だけど今、こうして仲間が増えて、先生から“大会”っていう大きな挑戦をもらって、あたし――思いました」
ぎゅっと握った拳を、ぐっと掲げる。
「演劇部の部長として、今年のあたしたちの目標はただひとつ!」
まっすぐな視線で、全員を見渡す。
「“舞風学園演劇部で、最高の舞台を作る!”
どこかの誰かにじゃなく、“自分たち自身”に胸を張れる舞台を!」
新入生たちも、先輩たちも思わず頷く。
「脚本も、演出も、役者も、衣装も、照明も、ぜーんぶ私たちで作る。
妄想も情熱も本気も、ぜんぶ詰め込んで、“舞風らしさ”全開で、絶対に伝説の舞台にしよう!」
ひのりは一度、手を胸元に戻し、ぐっと握りしめた。
「だから……一緒にやろう。舞風演劇部8人の、最高の1年を!」
「「「おーっ!!!」」」
全員が自然に声をそろえた。
拍手が起こるでもなく、叫びが飛ぶでもなく。
それは、これから始まる“戦い”に向けて、静かに心がひとつになる、確かな瞬間だった。
こうして――
舞風学園演劇部2年目の幕が、
新たなステージに向けて、静かに、力強く、上がったのだった。
続く。