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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第97話 掴めない距離感


 徹夜しても朝の光が目に沁みないのは黎煌国のいいところだな、と思いながらヒナタは廊下から空を見上げた。


 黎煌国は常に雲に覆われている分、光は一点ではなく、乱反射して空中が明るく見える。

 ただ明るいと言っても赤雲に覆われているから、ずっと薄い夕焼けのような状態だ。


 ふいに廊下の向こうにある軽膳室からアステリアが飛び出してきた。


 

 「ママ! きょうのおやつね、にくまんだって!」


 

 朝ごはんを食べる前から嬉しそうな表情を浮かべるアステリアに、ヒナタもほっと肩の力を抜く。

 

 昨日の夜、激しく泣きじゃくっていた面影はない。

 ルークはまだ眠っていたからそのままライに任せ、ヒナタは部屋を飛び出したアステリアを追いかけた。



 「肉まんかぁ楽しみだねー」

 「うんっ! リア、リキョウのにくまんすきっ!」

 「まぁ、リア様のお口にあったようで何よりです。いい小麦が手に入りましたのでたくさん作りますね」



 穏やかに微笑んで戸から姿を見せた李姜(リキョウ)に、どこか自身の母親が懐かしくなってヒナタは目を細める。

 こういう時、無性に家族に会いたくなるのはきっと何歳になっても変わらないのだろう。



 (心配、してるだろうな)



 見送りの時、「またね」と笑顔で別れた地球の祖父母も、ガイアにいる両親や兄たちも。――ロイドの両親も。

 行方知れずになったヒナタと子供たちの身を案じているはずだ。


 特にヒナタを蝶よ花よと育て上げた年の離れた兄たちは、毎日のように銀河(G)共生(C)機関(O)に殴り込んでいてもおかしくない気がして、ほんの少しだけ窓口の惨状を考えては笑みがこぼれる。



 (あたしまで引きずられたらダメだな。しっかりしないと)



 まだ二ヶ月も経っていない。

 普段なら平均して二ヶ月から四ヶ月、最長で半年は銀河を離れて未知の惑星へ飛び込むのが調律士(コードネア)だ。

 

 だからこの惑星では、ヒナタにだけ他惑星での適応能力がある。勢いに任せて今の生活基盤を整えることができたのもそのおかげだろう。



 (宝珠様が押しに弱くて本当に助かったけど、でも多分、元から世話好きだよね。あの人……)



 ぼんやりと金髪金眼のこの屋敷の主を思い出した瞬間、ぼふっと何かにぶつかって思わず足が止まった。



 「うわっ」



 寝不足の体がよろめく。その時、ぐっと腕を引かれた。



 「……寝ていないのか」

 「へ? あ、おはようございます、宝珠様。今日も美人ですね!」



 いきなり現れた美貌に、ヒナタはいつもの笑顔を浮かべた。

 この時間帯に宝珠がいるということは、今日は出仕日なのだろう。

 

 いつもどおり振る舞うヒナタの様子を少しだけ見下ろしていた宝珠は、それ以上は何も言わなかった。

 ただ、長い指先がそっとヒナタの頬に触れる。


 「!?」

 「李姜。()()を寝かせておけ」


 

 そう廊下の向こう側にいた李姜に命じて、驚いたまま硬直するヒナタを置いたまま宝珠は真横を通り過ぎていく。

 

 李姜の「いってらっしゃいませ」という声を背中で聞きながら、戸が閉まると同時にヒナタはわなないた何とも言えない表情で一気に我に返った。

 

 一瞬だけ頬骨の上を掠めたのは宝珠の親指。

 大した時間でも、行為でもない――はずなのに。



 「そ、それは反則でしょー……」



 ずるずると崩れるように膝を抱え、ほんのりと赤くなった顔を隠す。

 

 

 (え、宝珠様ってこんなふうに触れてくるような人だったっけ? 黎煌国でもこれくらいの触れ合いならある? あっいや、というかあの綺麗すぎる顔で朝からファンサとか……! え! むりぃぃぃ)

 

 「ヒナタ様、大丈夫ですか? リア様でしたら私が見ておりますので、どうか部屋でお休みになってくださいませ」

 「……ねぇ李姜。今、宝珠様に札束ぶん投げたら怒られるかな?」

 「? 宝珠様は金銭的にお困りではありませんよ?」

 「あぁー……うん、それは分かってるんだけど……なんていうかちょっと朝から衝撃がすごくて、札束投げないと心が落ち着かない」

 「?」



 不思議そうに首を傾げる李姜に、ヒナタは「ごめん、なんでもない」と軽く笑って立ち上がった。

 さすがの同調能力でも、推し活という文化への理解は難しいようだ。

 

 

 (裏律界(ディスコードゾーン)でよかった……銀河だったら速攻でギフティングしてた……っ)


 

 リアルタイムで投げ銭(ギフティング)する文化のある銀河だったら、限度額まで宝珠に貢いでいたかもしれない。

 なんて恐ろしい顔面だ。銀河女子の財布の危機である。


 そんな百面相をする母を、李姜のそばにいたアステリアがきょとんとした顔で見上げた。


 

 「どうしたの? ママ」

 「リア、どうしよう……! 宝珠様が尊くてつらい……っ」

 「ギフト~?」

 「ここ、銀河じゃないから投げられないの! しかも朝から優しくされたしどうしよう!? ママ、推し供給過多で死ぬのかな!?」

 「だいじょうぶだよ、ママ。しんこきゅーだよ」

 「うちの子、冷静!」


 

 そんなヒナタとは裏腹に、三歳の娘は実に落ち着いて深呼吸を勧めてくる。

 

 ひとまずヒナタはやりきれない気持ちを腕に込め、アステリアを抱きしめると一番の理解者に思考会話(ブレインリンク)で尋ねた。



 (ねぇライ! 宝珠様に何を貢いだら喜ぶと思う!?)



 宝珠なら大抵のものは手に入れられるだろうが、何かを返さないとヒナタの心が落ち着かなかった。

 ギフティングなら簡単だったのに! と思いつつ返答を待てば、喉を震わせたような声が聞こえる。



 (そりゃ、宝珠様に貢ぐならアレだろ。胃薬)

 「なんでよ――!」

 

 

 一体どの惑星に自分の後始末のための薬をせっせと貢ぐ人間がいるというのだろう。

 そんなライの言葉を全否定するかのように、ヒナタの絶叫が朝の宝珠邸にこだました。

 

 

 

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