第95話 ゆらぎ
李花の告白に、ヒナタは静かに「……そう」とだけ返事を返した。
李花が子供に恵まれなかったということは、おおよそ予想していたことだ。
というより、器量もよく見目もいい李花が、嫁がずに宝珠邸に留まる理由がそれくらいしか思い当たらなかった。
降りしきる雨音は、野外で遊ぶ子供たちの上では晴れやかに響くのに、軒下のヒナタと李花の耳にはどこか重苦しい。
「……わたくしは、十八の時に一度結婚いたしました。ですが、子宝に恵まれず、二十でまたこの屋敷に出戻ることになったのです」
「そっか。……元旦那様は再婚を?」
「そう、聞いてます」
「その後、その元旦那様に子供が生まれたって話は?」
「え……? いえ、その、詳しくは……でも、なぜ?」
戸惑うような李花の声と視線に気づきつつも、ヒナタは子供たちに視線を向けたまま落ち着いた口調で続けた。
「あのね、こちらでは一般的ではないかもしれないけれど、不妊って女側だけの話じゃないの。男側が不妊ってこともあるのよ。再婚してすぐ子供が出来たっていうんなら、もしかしたら李花が妊娠しづらいのかもしれないけど、そうじゃないなら、元旦那様のほうにも何かしらの妊娠しづらい原因があったってことになるのよ」
ヒナタの言葉に、どう反応していいのか分からないように李花の瞳が揺れた。
黎煌国では、子供を産むこと、それこそに女に最大の価値がある。
だからそれができない女は、欠陥品とラベルを貼られてしまうのだ。
そのような文化はもちろん銀河にもあった。それを理解しているからこそ、ヒナタはことさらゆっくりと話す。
「まぁ、医学が未発達の場所では女側の責任にされることも珍しくないんだけどね。事実、子供に恵まれない理由って男女両方に理由があるのよ。例えば、そうね……よく馬に乗る職業だったり、過去にひどい高熱を出したことがあったり……そういう理由で男性側が子供を残しにくくなる場合もあるの」
「……そんなことは、初めて聞きましたわ……」
どこかぼんやりとした李花の様子に、ヒナタは見上げて微笑む。
「まぁ、本当なら李花ぐらいの年齢で産むのが安全なんだよ。女の体の成熟具合で言えばね。ただ、そうなると医療や寿命の問題が出てくるから、数打ちゃ当たる方式で早めにたくさん産ませるようになるんだよねぇ、どの文明も」
なんてことない。
そんな声色を意識しながら、ヒナタは再度子供たちに目を向けた。
以前李花が子供たちを見て切なげな視線を見せたのは、きっと過去に子供ができなかったせいだろう。
李花と元旦那のどちらに理由があったかは分からない。もしかしたら、どちらにも不妊の原因はあったのかもしれない。
けれどこの国で、それを今調べることはできないからヒナタもこれ以上の断言はできなかった。
一度、子を宿せずに離縁されたというレッテルが李花に貼られたのなら、再婚も難しいはずだ。
「さっきも言ったけどさ、わたしは気にしない。子供がいないからって、だからどうしたの? 誰に迷惑をかけたの? 李花はこんなにも自立して、宝珠様を支えてる。それ以上の何を求めるっていうのかしらね、この国は。女に求めすぎよ、ばかみたい」
「ぁ……」
並べ立てるようなヒナタに、李花は何も言えない。
ヒナタの声色は抑揚少なく平坦なのに、その言葉一つ一つには強い意志が込められて思わず涙が滲みそうになる。
「宝珠様の時も思ったんだけど、この国に李花や宝珠様はちょっともったいないと思うの。だって李花みたいな可愛い子がうちの国にくれば間違いなく引手あまたよ? 例え子供がいなくても、二人で幸せに生きていこうっていう男はわんさかいるわ。だからもしもこの国が嫌になっても安心して。その時はあたしの国に連れて行ってあげる」
あちらでの生活は保障するわ、と冗談交じりに笑ったヒナタに李花はぐっと気持ちを堪えた。
例え今の言葉が社交辞令のようなものだとしても。
それでもヒナタの言葉は、今までの痛みをほんの少し軽くさせてくれたから。
「そうね……あげられないけど、ライはどう? 顔も体も性格も、全部が一級品よ?」
「へ!?」
唐突にヒナタがライを指さし、思わず李花から素っ頓狂な声が漏れた。
くすくすと笑うヒナタに、「ご冗談を」と少し慌てたように返した李花だが、おずおずと視線をライへと向ける。
少し離れた場所で雨に濡れながら子供たちと遊ぶライの表情は、普段と違ってどこかやんちゃな子供のように見えた。
李花がライと初めて会ったのは、ヒナタがアオバの手を取ったあの夜だ。
小柄な李花から見れば見上げるほどに体躯のいいライだったが、その大きさに反して威圧感はまったくなかった。
それどころか、李花や李姜のような家人に対しても頭を下げ、ヒナタたちの世話をしてくれたことへの感謝を告げた彼に驚いたものだ。
それから李花は、ライが人間ではないのだと知った。
原理はよく分からなかったが、そういうものだと同調作用で刷り込まれた李花にとっては、いつもさりげなく家事や作業を率先して手伝ってくれるライの存在は、黎煌国のどの男とも違うものだった。
ふいに隣に座っていたヒナタがよっこらしょと立ち上がり、ライたちに向かって叫ぶ。
「もう時間だよー! お風呂行くよー!」
「はぁい!」
元気いっぱいの返事で駆け寄ってくる子供たち。
ふと、濡れた前髪をかき上げるライと李花の視線が交わり、ふっと微笑まれる。
その瞬間、李花の鼓動が一瞬で跳ねあがった。
(な、な、何を考えているのわたくし……!)
その鼓動を抑え込むように、李花は赤くなった顔を隠すようにぎゅうっと洗濯物を握りしめた。




